ほっとする。 会うとほっとする人、リラックスできる人の特徴、癒しの心理学

反町隆史「ほっとする」角川春樹監督との初タッグにしみじみ『みをつくし料理帖』

ほっとする

今回のテーマは、 会うとほっとする人、リラックス できる人の特徴、癒しの心理学 について紹介します。 ストレス社会で世知辛い世の中、 誰もが癒しを求めています。 人脈を広げ、新しい 人間関係を求めるものの、 逆にそれがストレスになり 悩みのタネになったります。 そんな中、 リラックスした雰囲気の中で 誰かと話しをするだけで 苛立っていた気分が収まったり、 落ち込んでいた気持ちが少し 元気になったりすることは 少なくないです。 明日からのチャレンジの 原動力にもなりますし、 心身の健全さを保つ上での 良い意味での息抜きにもなります。 もし誰が会うとほっとする人や リラックスできる人がいれば、 あなたの人生は幸せになります。 しかし、そういう人は 何も特殊な人ではないのです。 例えば、 会社で嫌なことがあると、 そのまま家に帰る気にもなれず、 「行きつけの酒場」に 寄って行こうか、、 となる人も多いのではないでしょうか。 この習慣にもメリットがあります。 会うとほっとする人は特別な人ではない 酒場のマスターや常連客は 特別な人でも心理学をマスターした カウンセラーでもありません。 心を癒すための存在ではありません。 でも、彼らに会うとなぜかほっとしたり、 リラックスできたしします。 店の人や常連仲間に仕事の愚痴を 聞いてもらいたい訳ではないです。 ただ、会社のしがらみの無い人たちと とりとめの無い話しをしているだけで、 ささくれていた気持ちが ちょっとは落ち着きます。 リラックスして自分になれるのです。 仕事で苦労している人の話しを聞いて、 「ああ、この人も大変なんだ、、 やっぱりみんな辛いながらも 頑張っているんだなあ。 私も頑張ろう」 と励まされることもあります。 バカ話で大笑いして、 すっきりと気分が晴れることもあります。 リラックスできる人の特徴 こんなことを書くと、 「それじゃあ、 家にまっすぐ帰ってくれば、 私が話し相手になってあげるのに」 と思う主婦もいるでしょうが、 それは早とちりです。 もちろん 「妻と話しをするのが、 一番のストレス解消」 と言う人もいるでしょうが、 実際にはそういう夫は少数派です。 長年連れ添っている分、 どうしても話題が偏ってきます。 相手の趣味や考え方も分かっているので、 「こちらがこういえば、 こう言う言葉が返ってくる」 と、 会話の流れも見えてきます。 どのような話し方をしようと マンネリの会話になり、 「ほっとする」ような癒しの 効果はあまり期待できません。 もちろん家族は特別な存在ですが、 家の外に気軽に会うとほっとする人や リラックスできる人を持つことは、 精神安定上の大きなメリットがあるのです。 癒しの心理学というのは、 マンネリの中のちょっとした刺激、 刺激の中の適度のマンネリ感、 こうしたバランスの上で 成り立つ繊細な心理学です。 会うとほっとする人がいる人は幸せ だから、家庭でも仕事でも バランスが必要です。 とは言えやはり、 大切な存在が最も癒しの存在、 であることが最高です。 もっと言えば、奥さんに下手に 仕事の愚痴でも言おうものなら、 「あなたなんか、まだ外で 発散できる場があるから良い でしょうけど、私なんか、、」 と、 やぶ蛇になることもあります。 この危険度は、世の夫は 誰でも肌身で感じるのでしょう。 仲の良い夫婦を見ていると、 あきれるくらい 話しが尽きないものです。 いつも笑い声が響く、 お互いに顔を見ると、 「ほっとする」 そういう気持ちなのでしょう。 もちろんこれは理解と尊敬 という前提の上に築いた、 特別な関係なのでしょうが、 「この人とはリラックスして話しが出来る」 そういう人が身近にいる人は 自分を幸運と思った方が良いです。 そして自分も誰かの 癒しの存在になれれば、 素晴らしい人間関係が構築 できるでしょう。 「自分は幸運だ」と 思って生きていれば、 さらなる幸運が舞い込んでくることも 良くある話しです。 癒しの心理学を踏まえた上で、 人生を豊かにしていくことが、 厳しい時代を勝ち抜く 秘訣であったりします。 まずは身近に癒しの存在を 作っていきましょう。 それがいちばんの近道です。 しかし、それほど 深く話さない相手でも 会うとほっとする人、リラックス できる人を生活のどこかに持って おくことも大切なのではないでしょうか。

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反町隆史「ほっとする」角川春樹監督との初タッグにしみじみ『みをつくし料理帖』

ほっとする

今回のテーマは、 会うとほっとする人、リラックス できる人の特徴、癒しの心理学 について紹介します。 ストレス社会で世知辛い世の中、 誰もが癒しを求めています。 人脈を広げ、新しい 人間関係を求めるものの、 逆にそれがストレスになり 悩みのタネになったります。 そんな中、 リラックスした雰囲気の中で 誰かと話しをするだけで 苛立っていた気分が収まったり、 落ち込んでいた気持ちが少し 元気になったりすることは 少なくないです。 明日からのチャレンジの 原動力にもなりますし、 心身の健全さを保つ上での 良い意味での息抜きにもなります。 もし誰が会うとほっとする人や リラックスできる人がいれば、 あなたの人生は幸せになります。 しかし、そういう人は 何も特殊な人ではないのです。 例えば、 会社で嫌なことがあると、 そのまま家に帰る気にもなれず、 「行きつけの酒場」に 寄って行こうか、、 となる人も多いのではないでしょうか。 この習慣にもメリットがあります。 会うとほっとする人は特別な人ではない 酒場のマスターや常連客は 特別な人でも心理学をマスターした カウンセラーでもありません。 心を癒すための存在ではありません。 でも、彼らに会うとなぜかほっとしたり、 リラックスできたしします。 店の人や常連仲間に仕事の愚痴を 聞いてもらいたい訳ではないです。 ただ、会社のしがらみの無い人たちと とりとめの無い話しをしているだけで、 ささくれていた気持ちが ちょっとは落ち着きます。 リラックスして自分になれるのです。 仕事で苦労している人の話しを聞いて、 「ああ、この人も大変なんだ、、 やっぱりみんな辛いながらも 頑張っているんだなあ。 私も頑張ろう」 と励まされることもあります。 バカ話で大笑いして、 すっきりと気分が晴れることもあります。 リラックスできる人の特徴 こんなことを書くと、 「それじゃあ、 家にまっすぐ帰ってくれば、 私が話し相手になってあげるのに」 と思う主婦もいるでしょうが、 それは早とちりです。 もちろん 「妻と話しをするのが、 一番のストレス解消」 と言う人もいるでしょうが、 実際にはそういう夫は少数派です。 長年連れ添っている分、 どうしても話題が偏ってきます。 相手の趣味や考え方も分かっているので、 「こちらがこういえば、 こう言う言葉が返ってくる」 と、 会話の流れも見えてきます。 どのような話し方をしようと マンネリの会話になり、 「ほっとする」ような癒しの 効果はあまり期待できません。 もちろん家族は特別な存在ですが、 家の外に気軽に会うとほっとする人や リラックスできる人を持つことは、 精神安定上の大きなメリットがあるのです。 癒しの心理学というのは、 マンネリの中のちょっとした刺激、 刺激の中の適度のマンネリ感、 こうしたバランスの上で 成り立つ繊細な心理学です。 会うとほっとする人がいる人は幸せ だから、家庭でも仕事でも バランスが必要です。 とは言えやはり、 大切な存在が最も癒しの存在、 であることが最高です。 もっと言えば、奥さんに下手に 仕事の愚痴でも言おうものなら、 「あなたなんか、まだ外で 発散できる場があるから良い でしょうけど、私なんか、、」 と、 やぶ蛇になることもあります。 この危険度は、世の夫は 誰でも肌身で感じるのでしょう。 仲の良い夫婦を見ていると、 あきれるくらい 話しが尽きないものです。 いつも笑い声が響く、 お互いに顔を見ると、 「ほっとする」 そういう気持ちなのでしょう。 もちろんこれは理解と尊敬 という前提の上に築いた、 特別な関係なのでしょうが、 「この人とはリラックスして話しが出来る」 そういう人が身近にいる人は 自分を幸運と思った方が良いです。 そして自分も誰かの 癒しの存在になれれば、 素晴らしい人間関係が構築 できるでしょう。 「自分は幸運だ」と 思って生きていれば、 さらなる幸運が舞い込んでくることも 良くある話しです。 癒しの心理学を踏まえた上で、 人生を豊かにしていくことが、 厳しい時代を勝ち抜く 秘訣であったりします。 まずは身近に癒しの存在を 作っていきましょう。 それがいちばんの近道です。 しかし、それほど 深く話さない相手でも 会うとほっとする人、リラックス できる人を生活のどこかに持って おくことも大切なのではないでしょうか。

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恋愛は!?ほっとする人の特徴

ほっとする

確かに「安心する」のほうがより「安心」ですね。 「ほっとする」は 「安心」という意味でも使うのですが、どちらかというと、なにかが終わって一息つくようなときによく使います。 たとえば、「緊張する発表が終わってほっとした」とか「旅行から家に帰ってきてほっとする」とか「寒い一日だったけれど、家であたたかいお茶を飲んでほっとした」「お風呂に入ってほっとする」などです。 安堵感をあらわす使い方です。 「安心する」 は文字どおり安心するですね。 「けがが大したことなくて安心した」とか「安心したいから保険に入っておく」とか。 「けがが大したことなくてほっとした」とは言います。 「心配」ということが終わった安堵感です。 一方、「ほっとしたいから保険にはいっておく」とは言いません。 保険に入るのは安堵感ではなく「安心」のためですから。 「面倒な保険の手続きが終わってほっとした」とは言います。 Q 目上の方へのメールでの文章で、以下の中に問題点はありますでしょうか? また、より良いものはありますでしょうか? 質問をし、返答をいただき、それに対する返信という状況でのことです。 1 「在庫確認に時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」と聞かれたので「在庫確認の件、承知いたしました。 」と返す 2 「お手数をお掛けしますが」という「お」が2連続する言い回し 3 相手の方から頂いたメールに対して、こちらからの返信の文章量が圧倒的に少ない 4 質問への返答に対し「~とのことで嬉しいです」または「~とのことで安心しました」(何かをしてほしいわけではないので「幸いです」も違う気がしています) 5 「残念ながら~です」と言う返答に対し「~は残念ですが、致し方ありません。 」または「~は残念ですが、承知いたしました。 」と返す 6 「お手数お掛けしますが」や「承知いたしました」といった表現が短いメールの中に繰り返し出てくる 敬語がどうにも苦手なので、書いているとどれも問題がある気がしてくるのですが、何処がどう違うと分かるわけでもないので教えていただけると幸いです。 目上の方へのメールでの文章で、以下の中に問題点はありますでしょうか? また、より良いものはありますでしょうか? 質問をし、返答をいただき、それに対する返信という状況でのことです。 1 「在庫確認に時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」と聞かれたので「在庫確認の件、承知いたしました。 」と返す 2 「お手数をお掛けしますが」という「お」が2連続する言い回し 3 相手の方から頂いたメールに対して、こちらからの返信の文章量が圧倒的に少ない 4 質問への返答に対し「~とのことで嬉しいです... A ベストアンサー メールでの文章の考え方は、私の経験でも人によって色々有りますので、それを承知の上で、私の意見を述べさせて頂きます。 > 1 「在庫確認に時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」 「在庫確認の件、承知致しました。 宜しくお願い申し上げます。 」 > 2 「お手数をお掛けしますが」 「お手数とは存じますが」 > 3 相手の方から頂いたメールに対して、こちらからの返信の文章量が圧倒的に少ない 必要な事がカバーされていれば、簡潔な方が望ましいです。 > 4 質問への返答に対し「~とのことで嬉しいです」または「~とのことで安心しました」(何かをしてほしいわけではないので「幸いです」も違う気がしています) なぜこの文章が必要なのか分かりません。 > 5 「残念ながら~です」と言う返答に対し「~は残念ですが、致し方ありません。 」または「~は残念ですが、承知いたしました。 」と返す これは内容にも拠りますが、「~は残念ですが、次の機会には宜しくお願い申し上げます」 > 6 「お手数お掛けしますが」や「承知いたしました」といった表現が短いメールの中に繰り返し出てくる それでは、機械的に返事を書いているような感じを受けます。 これを避けるには、返事を箇条書き煮にした方が良いでしょう。 ------例------ 挨拶文 XXXXXの件について、下記の通りご連絡申し上げます。 1.在庫確認の件、承知致しました。 宜しくお願い申し上げます。 2.お手数では御座いますが、XXXXXについて、YYYYYをお願い申し上げます。 3.~は残念ですが、次の機会には宜しくお願い申し上げます。 以上 ------------- 相手からの返信文章の状態が分かりませんが、ビジネス文書では、丁寧ながらも簡潔に表現する事が重要です。 長々、文章を書かれては、幾ら丁寧でも、要点が把握し難くなります。 メールでの文章の考え方は、私の経験でも人によって色々有りますので、それを承知の上で、私の意見を述べさせて頂きます。 > 1 「在庫確認に時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」 「在庫確認の件、承知致しました。 宜しくお願い申し上げます。 」 > 2 「お手数をお掛けしますが」 「お手数とは存じますが」 > 3 相手の方から頂いたメールに対して、こちらからの返信の文章量が圧倒的に少ない 必要な事がカバーされていれば、簡潔な方が望ましいです。 > 4 質問への返答に対し「~とのことで嬉しいです」... A ベストアンサー 昔の学校文法では、「です」は活用のない語に接続し、 形容詞や動詞には付かないとされていました。 (ただし推量の「でしょう」は例外的に許容) しかし現在では、「~い・です」は、平明・簡素な丁寧形 として認められています。 その根拠は、昭和27年4月の 国語審議会建議「これからの敬語」にある下記の一節です。 -------------------------- これ以降、学校文法でも「形容詞+です」を正しい形とし て認めているはずです。 半世紀以上も前のことです。 ただし、過去形についてはどうなのか? という話ですね。 なお、「動詞+です」は、今でも正しくないとされています。 (ただし推量の「でしょう」は例... A ベストアンサー そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。 原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。 九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。 【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。 【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。 【十分】の発音はshi2fen1 【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。 【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。 としたいところです。 【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc) ついでに、 「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。 いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。 いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。 そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。 A ベストアンサー No.1の方のおっしゃるとおり、二つとも日本語としてきちんと存在します。 「正しい言葉」という表現事態に違和感を感じますが、まあ「正しい言葉」です。 例文挙げればなんとなくお分かりいただけるとおもうのですが。 <気を使う> 「お正月でお義母さんのところにも挨拶に行くんだけど、あそこに行くと、いつも気を使っちゃって疲れるのよね。 」 みんなといたが、みんなが退出して恋人と2人きりになったとき 「気を使ってくれたのかな?」 この場合おそらく、気を利かせる、がより相応しいですが、気を使う、でもOKだと思います <気遣う> 見舞いのお礼 「お気遣いありがとうございます。 」 「気を使っていただいてありがとうございます」って言ったらイヤミです。 父親が子供に 「静かになさい。 お母さん疲れてるんだから、気遣ってあげなきゃ。 」 基本的に、『気を使う』は「使う」ので、意図的であり、あれこれ考えて行動します。 NO.2の方のおっしゃるとおり、疲れます。 笑 『気遣う』は、自発的・内在的にある優しさがベースの概念だと思います。 『気を使う』ときは何らかのフィードバックを期待する策略を巡らせている場合もありえますが、『気遣う』のは無償のいたわりです。 No.1の方のおっしゃるとおり、二つとも日本語としてきちんと存在します。 「正しい言葉」という表現事態に違和感を感じますが、まあ「正しい言葉」です。 例文挙げればなんとなくお分かりいただけるとおもうのですが。 <気を使う> 「お正月でお義母さんのところにも挨拶に行くんだけど、あそこに行くと、いつも気を使っちゃって疲れるのよね。 」 みんなといたが、みんなが退出して恋人と2人きりになったとき 「気を使ってくれたのかな?」 この場合おそらく、気を利かせる、がより相応しいで... A ベストアンサー 通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、 助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。 (*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞 唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。 ------------------------------ ~くらい・~ぐらい 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」 などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。 以前は,次のような使い分けが行われていた。 1 体言には「ぐらい」が付く。 2 「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。 3 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。 〈例〉10歳ぐらいの子 ------------------------------ 以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。 手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。 「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。 (*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡 『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。 ---------------------- 結論として、 伝統的には使い分けがあった。 現代語ではどちらを使っても間違いではない。 というのが、事実上の正解でしょう。 現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。 年代差や地域差もあるかもしれません。 ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。 seesaa. html 「くらい」の清濁 2006年03月09日 「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。 通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、 助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。 (*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞 唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。 ------------------------------ ~くらい・~ぐらい 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」 などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。 以前は,次のような使い分けが行われて... Q 「時間がたつ」の漢字は「経つ」だと思うのですが、漢字字典などで調べても、 「経」の読みに「たつ」とは書かれていません。 「経つ」は、常用外の使い方 なんですよね。 どうしても私は、常用の使い方ではないと聞くと、あまりよくない、 もっと言えば、間違った日本語、という印象があるのですが……。 1・「時間が経つ」は、日本語に詳しい 厳しい 人や、文章のプロに見せる 作文などに使っても問題ない、正しい日本語 使い方 なのでしょうか? 2・もし「経つ」という漢字を使いたくない場合、ひらがなにするしかないのでしょうか? 他に常用の使い方の漢字はないのでしょうか? 3・みなさんが文章を書くときは、「時間が経つ」と「時間がたつ」どちらにしますか? また、どちらのほうがいいと思いますか? A ベストアンサー 私は、小中高校生向けの国語の教材(参考書、試験の類)を作っています。 いわば規範的な国語を遵守する立場で売文を行っているわけです。 私の経験および立場からすると、そういった人々は、いわゆる規範的な国語からは随分離れた表記をなさっていますよ。 あえてそうするのか、あるいはそうした些事には無頓着なのかわかりませんが。 好意的に判断すれば、そのずれっぷりがまあ一つの個性と言えなくもありません。 そういった意味で、あまり人の目を気になさる必要はないかと思います。 もう他の方がおっしゃっているように、常用漢字表は、一つの目安に過ぎません。 そもそも私が今書いた「他の方」、この「他」に「ほか」という訓読みを認めていないのが常用漢字表なのです。 蛇足ですが、「等」に「など」の訓が認められていないのも不便です。 その常用漢字表の前身の当用漢字表音訓表では、しばらくの間(正確な年月日は忘れました。 ごめんなさい)、「魚」に「さかな」、「体」に「からだ」の訓を掲げていませんでした。 常用漢字表も、今後改訂されて、新たな音訓や漢字自体が加わるかもしれません。 ですから、常用漢字表に必要以上にこだわる必要はありませんよ。 常用漢字表自体、その前書きで「この表は,科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。 」と述べているのですから。 下記URL参照。 国の関連機構(国立国語研究所)が出している「新『ことば』シリーズ17言葉の『正しさ』とは何か」という冊子では、Q&A形式で次のように述べています。 「Q 常用漢字表にない漢字を使ってはいけないのでしょうか。 A(前略)常用漢字表は(中略)制限的なものではなく、また個々人の 表記にまで及ぼそうというものではありません。 しかしこれは、ふだんの生活の中で常用漢字表を無視してかまわないということではありません。 」 つまり、意思伝達の手段である言語を、スムースに阻害されることなく公的(「官」の意味だけではなく、個人を超えるという意味の「公」)に使用する目安、と常用漢字を初めとする諸規則(仮名遣い、送り仮名などに関する諸規則。 下記URL参照)はあるのです。 常用漢字表外の字や音訓でも、正しくて意思疎通がはかれる(だれもが理解できる)ものなら、使ってもかまわないでしょう。 ただし、常用外を使う場合には、その使用が正しいのか、はたしてそれで他人に通じるのか、と自己責任において判断する必要があります。 それは、面倒でしょうが、信頼の置ける辞書や表記に関する資料を手元に置いて、調べることから始まります。 長くなってすみません。 やっと本題ですが、「時間の経過」を表す「たつ」を「経つ」と表すのは、正しい用法であり、他の回答者の方々がおっしゃっているように十分に通じる用法ですから、自信をもってお使いになればよいと考えます(多数決が正しいとは限りませんが。 今、他サイトで「~の類」の「類」は「たぐい(これは常用外の訓)」以外に「ルイ」と音でも読む、とご回答したのですが、私以外、10人近い人はすべて「ルイ」という読みを間違いだ、と主張していらっしゃいます)。 bunka. asp? いわば規範的な国語を遵守する立場で売文を行っているわけです。 私の経験および立場からすると、そういった人々は、いわゆる規範的な国語からは随分離れた表記をなさっていますよ。 あえてそうするのか、あるいはそうした些事には無頓着なのかわかりませんが。 好意的に判断すれば、そのずれっぷりがまあ一つの個性と言えなくもありません。 そういった意味で、... Q おはようございます。 こちらではいつもお世話になっております。 こちらを利用していていつも気になってしまうことがあるのですが、質問をするときはほとんど必ず「教えてください」という言葉が質問文に入りますよね。 この「教えてください」という言葉、個人的にはそのまま書くとあまり丁寧ではない響きに感じます。 また、国語のカテゴリで質問しているのに恐縮ですが、文法的に間違っていたとしても一般的に違和感のない表現であれば構いません。 みなさんが普段使ってらっしゃる丁寧な表現をぜひ知りたいです。 よろしくお願いいたします。 この言葉の言い換えや言葉尻を変えるだけで言いやすくなる…なども教えていただけると助かります。 おはようございます。 こちらではいつもお世話になっております。 こちらを利用していていつも気になってしまうことがあるのですが、質問をするときはほとんど必ず「教えてください」という言葉が質問文に入りますよね。 この「教えてください」という言葉、個人的にはそのまま書くとあまり丁寧ではない響きに感じます。 A ベストアンサー はじめまして。 「教えていただけますか?」 が一番です。 女性的な上品さを持ち、かつ簡潔で、ひらひらした装飾部分がなく、理知的なイメージを与えます。 やや、丁寧なヴァリエーションは 「教えていただけますでしょうか?」 があります。 ここまでが限度ですね。 それ以上の敬語(丁寧語)の装飾を施しますと、妙に軽薄なオーラが漂います。 ちなみに「ご教示」という言葉は、漢語ですので、男性的な堅さを醸し出します。 女性にはエレガントではありません。 また、「~ませんか」「~ないでしょうか」という否定語との複合語は、相手に「~してくれないということはありませんよね」という二重否定の婉曲表現になっていますから、遠まわしで、素直な感じがしません。 ここは素直に「~くれますか」といった肯定形が、率直でストレートに伝わります。 要は好き好きですので、ご参考になさって下さい。

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