おじたんのお世話してる人のユニーク魔法名。 ぼくの人生を軽く変えてしまった魔法の猫との出会い【猫写真家・沖昌之の猫連載スタート】|ねこのきもちWEB MAGAZINE

ゆきの結晶: 2008年10月の61件の記事

おじたんのお世話してる人のユニーク魔法名

おじたんは、「今日はやめといたら?」という。 しかし、姉妹は決断した。 「登山するわけじゃないんだから、とにかく行ってみようよ。 」 登山ではないがバスは結構な山道を行く。 途中の紅葉もなんともうつくしい~! 「やっぱり首都圏の紅葉とは違うよね。 」 「赤も黄色もオレンジも濃いわあ~」 条件が悪かったら戸隠中社で降りるつもりだったが、結局終点の奥社前まで来てしまった。 やはり、雨である。 一緒のバスに乗ってきた中国人のカップルは、彼女の方がカーディガン姿。 もう一組は旅館の名の入ったビニ傘という軽装で奥社の入口で敗退。 「お~ほほほ。 私達、装備はしてきたもんね。 」 アホな姉妹は、勝ち誇って奥社への道を進むのだった。 ぬかるんでいるとはいえ、最初は平坦。 きついのは最後の石段だ。 木の根も混じってるし、すべりそう。 途中のトイレは手洗い水がないので雨水で洗った。 よかった、雨で。 ・・・でも、脇に小川も流れている。 もちろんお社の前には、お手水場があるよ。 戸隠神社奥社のお社 雨雲の中にぼんやりお山が見える? みんな傘を差しているのですれ違いは大変。 でも危険だし、神前でもあるのでみんな譲り合ってスムーズに行き来している。 うんうん、街でもこうできたらトラブルもないのにね。 「雨に煙る戸隠神社も神秘的でよかったわ」といいながら、階段を下りる。 ふと振り返った妹おばが叫んだ! 「あ、ねえちゃん空が!」 「え?わぁ!」 感動の瞬間! なんとなんと 魔法のようだった。 雨雲が切れて山頂が青空の中にギザギザの姿を見せてくれていた! 「ありがたや~」 姉妹は、神さまとか山とか空とかに感謝をささげるのだった。 地上の雨もあがって行き、陽もさしてきた。 鴨そば 温かいおつゆと冷たい蕎麦 すぽたんとおばたんの旅に妹おばたんが加わった。 「リンゴが畑になってるとこを見たい」とのたまう。 おばたんが昔同じようなことを言っていた。 さすが姉妹だね。 と、いっても・・・ おじたんは仕事中なので、電車と徒歩で行けるところじゃないと・・・ ということで春にリンゴの花を確認済みの小布施に出かけた。 長野市周辺では須坂(Suzaka 市が産地として有名。 小布施は栗の産地として有名なのだけど、栗もリンゴもぶどうの畑もある。 中心部は昔とは違ってオサレに変身しているが、ちょっと歩くとのどかに果樹園が拡がって、その向こうには北信五岳(飯綱山、戸隠山、妙高山、黒姫山、斑尾山)が見えてるの。 この眺めをゆっくり見るなら日帰り温泉小布施の湯だよ。 秋の陽に映える赤い実黄色い実。 今年店頭に並んでいた「秋映(Akibae 」はもう畑にはなくて、今なってるのはシナノスイート(赤)とシナノゴールド(黄)とこれから出荷を迎えるフジだと思う。 神社の境内はまっきっ黄のケヤキの葉でふかふか 境内にはいろんなお社が集められているなぜか金毘羅宮もあった ユニークな遊具 オバサン型ではなくヤドカリ型 後ろはホタテ? 地元感いっぱいの菊花展 いいなあ・・・ さて、ちょっと歩くと・・・は、結構大変なことになった。 リンゴ畑を見るというミッションは早々にクリアできたのだが妹おばが農産直売所へも行きたい、といいだしたのだ。 グーグル先生片手に歩き出したものの、小布施の道は京都や札幌とは全然違う。 まっすぐ行っているつもりがどんどん目的地から離れ、その方向へ向かえる横道が皆無。 迷っているところへ向こうから外国人のおばさんがやってきた。 「ハイ!」に 「ハイ!」ととっさに返せるのは妹おばさすがの洋行帰りだ。 迷子になったらしい。 北斎館へ行きたくてもうず~っと歩いてきたのに行けども行けどもつかない!」とプリプリしている。 グーグル先生も見せてここをまっすぐ行けばいいと言っても、「私はそっちから来たんだ!」と譲らない。 妹おばが「でも、あなたは間違ってたんだと思いますよ。 私達も旅行者だからこれ以上は無理!」とペラペラっとしゃべって逃げ出した。 そう、おばたんたちもほぼほぼ迷子なんだから。 小布施は北斎が晩年滞在していたのでマンホールのふたは波柄 緯度の脇のガマズミ真っ赤 それでも何とか直売所にはついたものの、3時過ぎ、もう物品はまばらだったのでした。 そこからは、さくさくと行きの2割くらいの速さで中心部に戻れたの。 栗菓子が食べられるお店でお茶をして駅に戻ったよ。 モンブランは、栗栗していて疲れた体に沁みました。 夜明け前は零下二桁だそう。 凍った土がとけて道はぬかるんでいた おじたんが「そんなにいっぱい歩くのはいやだ!」というので真ん中のかっぱ橋から明神池を回って戻ることにした。 2日前には今きれいだと聞いていたカラマツの黄葉は終わったらしく、林の道にふわふわと降り積もっていた。 わりと平坦な道だけど松葉づえをついた外国の青年とすれ違ったのには驚いたよ。 両側に女の子も付いていたので、転んだら今度は彼女たちの肩で運んでもらうのかもしれないな・・・ なめこがにょきにょき!国立公園なので採れません ヒラヒラしたキノコ コロッとしたキノコ このあたりは安曇という地域で、わさび園がある安曇野とはかなり離れている。 松本からくねくねの野麦街道を通って山へ分け入るが、狭くて暗いトンネルも多く、よくも観光バスがすれ違えるものだと感心する。 昔々、朝鮮半島から九州に渡り、戦に敗れ逃げてきた安曇族と呼ばれる人たちが住みついたのだって。 元々は海の民だった人たちがこんな山に閉じ込められたような土地を終の棲家に選んだんだね。 穂高神社奥社 ご朱印は500円 「あ」の狛犬さん 明神池には穂高神社の奥社があるんだけどここに祀られている神様は海の神様で、今でも船を使った神事をするそうだよ。 明神池。 澄んだ水に山と空が写り込んできれいだ。 池に入るには入場料300円 桟橋の上に祠がある 神秘的 一人ずつお参り 写真のように一人ずつお参りするのでとても時間がかかる。 みんな「何で一人ずつ~?」とブツブツ言っていたが、同調圧力ってやつかはたまた写真効果を計算したかなんとなく平和に並んでいた。 その明神池のそばにある明神荘。 宿泊や食事ができるんだけど今季の営業終了を伝える貼り紙があったよ。 「宿泊は11月3日まで。 お食事などは4日まで」 お昼ご飯を食べた所の窓からも 街から見える山もいい色です 写真屋さんのもみじも真っ赤だな 3時半。 皆さんは車で帰路へ。 おばたんとぼくは、4時半頃、しなの鉄道の各停にのりこんだ。 しなの鉄道軽井沢駅の旧駅舎 沿線のキャラクターが大集合の電車。 高校生が乗り込んできて賑やか 軽井沢から新幹線に乗ったら30分で長野に着いちゃう。 お仕事じゃない旅は、時間かけなきゃ。 ・・・などと忙しい人たちに蹴飛ばされそうなことを思いながら、暮れゆく浅間山麓をガタゴト揺られるおばたん。 ・・・信濃追分あたりで立原道造の詩を思い浮かべているうちに寝てしまったよ。 6時すぎ長野に到着。 お友達はもう着いてるだろうとお礼のラインを送ってびっくり! 関越の大渋滞にまきこまれたからと、SAで肉まんをほおばっている写メが届いた。 おそるべき首都圏の高速渋滞。 申し訳ない気持ちになるぼくたちだった。

次の

ゆきの結晶: 2008年10月の61件の記事

おじたんのお世話してる人のユニーク魔法名

カメラ嫌いが猫写真家に。。。 はじめまして、 猫写真家の沖 昌之(おき まさゆき)と申します。 ねこを本当に撮れているのか未だに謎ですが、一応『そとねこ専門の写真家』をしております。 ねこ以外の撮影はとてつもなく下手です。 (自分で言うなって感じですが。。。 ) もともと、ぼくはカメラが嫌いというか、むしろ苦手な人間でして。 というのも、自分を撮られることがとてつもなく大嫌い。 今は仕事柄、仕方ないと割り切ってますが。 ちょうど、ぼくが学生の時は"写ルンです"が流行ってました。 友達とどこか行くと記念撮影を頼まれるじゃないですか。 で、撮ってあげると、「じゃー、今度は沖くん撮るよ」ってな展開になるのが嫌すぎて、記念撮影大会が始まると、必ずどこかに逃げてました。 なので、自分が撮られない方法は『カメラに近づかない』! これをひたすら社会人まで続けてきたので、カメラが全く使えなくてあたりまえ。 で、社会人になり仕事上カメラを使うことが増えてきて、使い方はいまいちわからないけども、オート機能でサクっとなんとなく撮ってその場をしのいで生きてたのですが、31歳から東京で勤めた婦人服屋さんで、しのぎきれなくなりました。 下手だったら、もう何度も撮り直しさせられる会社でして。 「(カメラ)使ったことないから下手なん当然!」って意味もなく悟りながらも、2年くらい黙々と社長の教えに従って続けていたら、徐々にカメラの楽しみに気づき…。 いつの間にかカメラを自分で買って、カメラで撮るということが休日の趣味になってました。 そんな感じでして、カメラを本気で始めてから10年経ってないような気がします。 ねこを撮り始めて、やっと5年くらいのビギナーです。 ちなみに今41歳。 かなりの遅咲きの猫写真家です。 カメラ嫌いでもねこは好き。 『ねこはもともと好きだったんですか?』って よく聞かれます。 本当によく聞かれます。 きっとぼくの撮る写真が悪いんだと思います。 ねこの変な表情であったり仕草をSNSにUPしているから、そのあたりでぼくが本当はねこがそんなに好きでないのではと思われてる気がします。 もともとねこは好きなのですが、これまで飼える環境がなくて。 ぼくが子供のころ、母親が幼少期飼ってたねこの話を食卓でよく聞かされてたので、そこから好きになっていったのかなと思います。 そのねこは、母曰く、すこし頭が弱くて母が学校に行く時間くらいに木に登り、 母が家に帰ってくる頃までずっと木の上から降りられなくて、にゃーにゃーと一日中鳴いてたんだそうです。 「バカなコなのよねー」って話しながらも、とても好きなんだろうなって感情が母からダダ洩れしてて、そういうねこの抜けた感じも含め好きだと思ってます。 それに、ねこの個性や感情が出ている瞬間って どこかしらユニークで、でもそのコらしくてかわいい。 だから、 「逃したくない」って思いながら、いまはシャッターをきってます。 そんな瞬間も普通の瞬間も含め、すべてのねこの瞬間を撮ってます。 運命のねこに出会う。 趣味で、スカイツリーやらスィーツやらいろいろなものを週末に撮影する感じのカメラライフがスタートして2年が経ち、写真はさほど上達することもなく、でも 楽しいなーって感じつつ、仕事を続けながら生活してました。 ちょうど、2013年の大晦日 35歳くらい? 仕事の休憩時間の合間に近くの公園の椅子に座ってやさぐれてたんですけど、 その時に運命のねこに出会ったんですよね。 アメショのような渦巻柄のグレーの毛並みに エキゾチックのつぶれ顔。 どう見ても、家ねこのようなルックスなのにそとねこ。 だったら、普通ストレスで痩せてるんじゃないの?って思うところ、彼女はとてもわがままボディ。 いろいろと不思議で 当時の自分と比べると自由な立場そうな感じだし、ぼくの頭では理解できないタイプのコでした。 不思議すぎて、このコってどんな風に生活してるんだろう、って。 翌日の会社の休憩時間にカメラを持って、そのねこを撮るところからぼくのねこを撮る活動がスタートしました。 って言っても、彼女はいつも寝ていたので、彼女以外のコを撮ることが多かったのですが。。。 プロフィール 沖 昌之 猫写真家 著書に『ぶさにゃん』(新潮社)『必死すぎるネコ』(辰巳出版)『明日はきっとうまくいく』(朝日新聞出版)など多数。 令和元年5月に、初の写真絵本『にゃんこ相撲 下町編』(大空出版)を発刊。 日本テレビの『Oha! 4 NEWS LIVE』で「おはにゃん」を担当するなど、表情豊かな外猫の事前な姿をとらえた写真が人気。 Instagram ID : okirakuoki 文/沖昌之 猫写真家・沖昌之さんの作品も多数出展!『ねこがかわいいだけ展』全国5会場で開催!.

次の

猫額園便り: 11月 2018

おじたんのお世話してる人のユニーク魔法名

カメラ嫌いが猫写真家に。。。 はじめまして、 猫写真家の沖 昌之(おき まさゆき)と申します。 ねこを本当に撮れているのか未だに謎ですが、一応『そとねこ専門の写真家』をしております。 ねこ以外の撮影はとてつもなく下手です。 (自分で言うなって感じですが。。。 ) もともと、ぼくはカメラが嫌いというか、むしろ苦手な人間でして。 というのも、自分を撮られることがとてつもなく大嫌い。 今は仕事柄、仕方ないと割り切ってますが。 ちょうど、ぼくが学生の時は"写ルンです"が流行ってました。 友達とどこか行くと記念撮影を頼まれるじゃないですか。 で、撮ってあげると、「じゃー、今度は沖くん撮るよ」ってな展開になるのが嫌すぎて、記念撮影大会が始まると、必ずどこかに逃げてました。 なので、自分が撮られない方法は『カメラに近づかない』! これをひたすら社会人まで続けてきたので、カメラが全く使えなくてあたりまえ。 で、社会人になり仕事上カメラを使うことが増えてきて、使い方はいまいちわからないけども、オート機能でサクっとなんとなく撮ってその場をしのいで生きてたのですが、31歳から東京で勤めた婦人服屋さんで、しのぎきれなくなりました。 下手だったら、もう何度も撮り直しさせられる会社でして。 「(カメラ)使ったことないから下手なん当然!」って意味もなく悟りながらも、2年くらい黙々と社長の教えに従って続けていたら、徐々にカメラの楽しみに気づき…。 いつの間にかカメラを自分で買って、カメラで撮るということが休日の趣味になってました。 そんな感じでして、カメラを本気で始めてから10年経ってないような気がします。 ねこを撮り始めて、やっと5年くらいのビギナーです。 ちなみに今41歳。 かなりの遅咲きの猫写真家です。 カメラ嫌いでもねこは好き。 『ねこはもともと好きだったんですか?』って よく聞かれます。 本当によく聞かれます。 きっとぼくの撮る写真が悪いんだと思います。 ねこの変な表情であったり仕草をSNSにUPしているから、そのあたりでぼくが本当はねこがそんなに好きでないのではと思われてる気がします。 もともとねこは好きなのですが、これまで飼える環境がなくて。 ぼくが子供のころ、母親が幼少期飼ってたねこの話を食卓でよく聞かされてたので、そこから好きになっていったのかなと思います。 そのねこは、母曰く、すこし頭が弱くて母が学校に行く時間くらいに木に登り、 母が家に帰ってくる頃までずっと木の上から降りられなくて、にゃーにゃーと一日中鳴いてたんだそうです。 「バカなコなのよねー」って話しながらも、とても好きなんだろうなって感情が母からダダ洩れしてて、そういうねこの抜けた感じも含め好きだと思ってます。 それに、ねこの個性や感情が出ている瞬間って どこかしらユニークで、でもそのコらしくてかわいい。 だから、 「逃したくない」って思いながら、いまはシャッターをきってます。 そんな瞬間も普通の瞬間も含め、すべてのねこの瞬間を撮ってます。 運命のねこに出会う。 趣味で、スカイツリーやらスィーツやらいろいろなものを週末に撮影する感じのカメラライフがスタートして2年が経ち、写真はさほど上達することもなく、でも 楽しいなーって感じつつ、仕事を続けながら生活してました。 ちょうど、2013年の大晦日 35歳くらい? 仕事の休憩時間の合間に近くの公園の椅子に座ってやさぐれてたんですけど、 その時に運命のねこに出会ったんですよね。 アメショのような渦巻柄のグレーの毛並みに エキゾチックのつぶれ顔。 どう見ても、家ねこのようなルックスなのにそとねこ。 だったら、普通ストレスで痩せてるんじゃないの?って思うところ、彼女はとてもわがままボディ。 いろいろと不思議で 当時の自分と比べると自由な立場そうな感じだし、ぼくの頭では理解できないタイプのコでした。 不思議すぎて、このコってどんな風に生活してるんだろう、って。 翌日の会社の休憩時間にカメラを持って、そのねこを撮るところからぼくのねこを撮る活動がスタートしました。 って言っても、彼女はいつも寝ていたので、彼女以外のコを撮ることが多かったのですが。。。 プロフィール 沖 昌之 猫写真家 著書に『ぶさにゃん』(新潮社)『必死すぎるネコ』(辰巳出版)『明日はきっとうまくいく』(朝日新聞出版)など多数。 令和元年5月に、初の写真絵本『にゃんこ相撲 下町編』(大空出版)を発刊。 日本テレビの『Oha! 4 NEWS LIVE』で「おはにゃん」を担当するなど、表情豊かな外猫の事前な姿をとらえた写真が人気。 Instagram ID : okirakuoki 文/沖昌之 猫写真家・沖昌之さんの作品も多数出展!『ねこがかわいいだけ展』全国5会場で開催!.

次の