心 っ て どこに ある ので しょう。 心って、どこにあるの?

心ってどこにあるのでしょう?/こんのひとみ/作 いもとようこ/絵 本・コミック : オンライン書店e

心 っ て どこに ある ので しょう

心理学 enmid 心はどこにあるの?に対する心理学の教え さて質問です。 心ってどこにあると思いますか? 多くの人が心臓を思い浮かべるんじゃないでしょうか。 例えば・・・ 「心を込めてって」ジェスチャーしてみてください。 どうですか?胸に手を当てましたよね? 頭に手を当てて、心を込めてってされた方いらっしゃいますか? もしいたら会ってみたい気はしますが・・・ 心理学の世界でも、アリストテレス(古代ギリシャの哲学者)は、心とは心臓にあると提唱し、それを信じていた時代があるようです。 今でもそう思っている人の方が多いんじゃないでしょうか。 でも実は、心は脳にあると言われているんです。 ちょっと驚きですよね!? 心は脳にあるという事実 世間でもよく、心理学と脳科学の違いとかで論議されるようですが、心理学と脳科学の違いって、いったい何なのでしょう。 脳科学者の茂木先生は、「脳科学とは物質としての脳の働きに基づいて説明していくもの」と定義されています。 じゃ、心理学とは? というわけで今回は、心理学とはなんぞや!?心とはどこにあるのか?というお話です。 心理学とは、心を科学的に解明していく学問である 何を隠そうこの私、学生の頃は生物も科学も化学も、ついでに言うなら社会科全般苦手でして・・・ 国数英は全国トップレベルなのに、社理が全国ワーストレベルなものだから、国公立はおろか、文系にも理系にも属すことが困難で・・・て、なんの話や・・・ ここ数年、あまりにも過酷な日々に心がポキっと折れ、心にギプスをはめるために心理学を学び始めたのですが、なんと最初の科目が 精神解剖生理学だったわけです。 もうバキバキです。 私の心、 複雑骨折です、はい。 でも、勉強を進めていくうちに、目からウロコの事象が次々と・・・ その最たるものが、私にとってはこの 「心とは脳にある」という理論でした。 余談ですが「心を込めてってジェスチャーして」と家族に言ったらば、一同胸に手を当て 続いて「心はどこにある?」と問うと、1度は胸に手を当てるも以下のような動きがありました。 夫=胸のまま 娘(中2)=子宮 息子(小3)=頭 これらをどう捉えるか・・・研究対象になりそうです。 心が脳にあるという考え方 なぜ心が脳にあると考えられるようになったのか。 心とは、情報処理器官である脳という媒体にとっての媒質。 わかりやすく言うと、脳というハードウェアで働くソフトウェアということでしょうか・・・ 実は、まだ解明されていないのです。 脳科学は、それこそ日進月歩。 ものすごいスピードで解明されているのですが、心理学に関しては、正直グルングルンしていたりするようです。 (パキッとした実験心理学の先生方ごめんなさい!) ただ、心理学にとって基盤となる認知心理学で、昨今解ってきたことがあります。 それはこれまで散々議論されてきた、感情が先か身体反応が先か、の課題。 鶏が先か卵が先か・・・ それに関して、脳科学を交えて研究した結果、人間の心理的過程というものが明らかになったようです。 それは 何かの出来事が、目・耳・鼻・舌・皮膚などの感覚器官から受信され、各感覚器官から神経を通じて脳に伝達して知覚する。 知覚された出来事に対する認知として判断・評価などが行われ、過去の経験と比較することで、感情が生起する。 そしてその感情によって、行動(身体反応)などが起こる。 と言われています。 そこで、この認知を変えてしまえば、その後の感情や行動が変わるのではないかと考えた精神科医と言語学者が確立させたのが、NLP(神経言語プログラミング)という、新たな心理学の分野です。 実は、私が学んだのはNLPではなく、「実験・実践心理学」という、謂わゆる臨床心理学の方なのですが、追加で学んだこのNLPによって大きく救われた部分がある。 というわけで、ご紹介させていただきました。 NLPという心理学の分野については、また次回お話させていただきたいと思います。 本日は、心は脳にあるという事実を、雑学程度にご紹介させていただきました。 ぜひ雑学ネタにして、周りの人の反応を楽しんでみてくださいね!•

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心 っ て どこに ある ので しょう

、 心(こころ)の語源はコル・ココル [ ]で、動物のをさしていたが、人間の体の目に見えないものを意味するようになった。 「心」の多義性 は以下のようなものを挙げている。 人間の作用のもとになるもの。 人間の精神のそのもの。 ・・の総体。 おもわく。 思いやり、。 他に 趣き、趣向、、物の、等。 概説 [ ] 歴史概観 [ ] では、心は、部、部に宿っていると考えられていた。 では心に相当する語としてはヘブライ語lebが用いられ、旧約がギリシャ語に翻訳されることになった時、ギリシャ語でを意味する「kardia」が選ばれ 、それは広まった。 のは自著『』において 、すなわちこころやや命について論じた。 心をモノのひとつの性質・態と考え「モノの第一の""」と呼び、こころとからだはひとつであり、分離できるようなものではない、とした。 東洋ではが「宇宙は便ち是れ吾が心、吾が心は即ちこれ宇宙」また「心は即ち理なり」として、「心即理」の宇宙の理やそれと一体化した吾が本心をによって把握しようとした。 は、心には地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界があるとした。 これを論と言う。 (詳細についてはを参照のこと。 ) 現代でも世界の人々の大半は「心」と言う場合、を人間らしく振舞わせる事を可能にしている何か、を想定している。 西洋における心の理解 [ ] 聖書 [ ] ()におけるleb (eの音が長く、レーブ)というヘブライ語は、日本語の「心」に一致している点が多い。 イスラエル人にとっても、lebは心臓を意味するだけでなく、感情、記憶 、考え、判断 などの座とされた。 がギリシャ語に翻訳されることになった時、このlebの訳語に、ギリシャ語で心臓を意味する「kardia」が当てられた。 こうして、kardiaはヘブライ語lebの意味も担いつつ 新約聖書で広い意味を与えられることになった。 心は容姿などと対比される人間の内面性全てを含み、人格全体を表したり、特に人間の良心、あるいは、神が人間と関わる場、人間の宗教的態度の決まる場 、として登場する。 なお、は旧約の『』において「新しい心」の授与として約束されていた とされる。 西洋哲学 [ ] 西洋哲学でも心を扱ってきた。 ギリシャ語のpsyche はもともとはを意味している。 そのpsycheがやがて心やも意味するようになり、また《動く力》や《》なども意味するようになった。 「心はどこにあるのか」という疑問について言えば、では肝臓にあるとする説があり、は心は脳にあるとし、は脳と脊髄にこころが宿っていると考えた。 は心臓にそれを求め、その考えは中世に至るまで人々に影響を与えた。 その後こころは脳室にあると考えられるようになり17世紀まで人々から支持されるようになったという。 やによる、またの言語分析などが、心と身体に関する哲学的な新領域を開拓した。 また、ややらの哲学的考察が、時代を経て、やがて《心の学》としてのへとつながってゆくことになった。 最近でも心を巡ってさかんに哲学的な議論は行われている。 その領域をという。 詳細は「」を参照 現代において、人の心の働きを研究する学問のひとつにがあり、初期はから始まった。 古典的な説をいくつか紹介すると、は「心では抑圧された願望が意識のなかに持ち込まれないように様々な心理機制の働きを借りようとしている」ととらえ、心の範囲をにまで拡大し、を体系化し、彼の治療法をと名付けた。 は個人的無意識と集団的無意識があるとし、後者は全ての人間に共通のものとして人々の人格の基礎に伝わるものだ、とした。 こうして人間の心は次第に多層的に理解されるようになった。 現代の心理学では、以上のような古典的な説とは異なった観点で、人の反応を厳密な統計的手法で解析してもいる。 様々な手法がある。 東洋における心の理解 [ ] 心学 [ ] 「」も参照 中国では陸象山、王陽明らがを樹立した。 は「宇宙は便ち是れ吾が心、吾が心は即ちこれ宇宙」と述べ、また「心は即ち理なり」として、「心即理」の宇宙の理やそれと一体化した吾が本心をによって把握しようとした。 は、心によって理が発現する、とした。 これは、それまででは理というものが客観的に存在するとしていたのに対して異を唱えたのである。 心の能動的で主体的な発用を主張する内容であったため、は心学と呼ばれるようになった。 もともと中国では「心学」という語は、中国仏教における戒学・心学・慧学という分類用語として用いられてはいたが、が登場してからは「心学」はもっぱら陽明学を指すようになった。 仏教哲学 [ ] あたかもが己の独り子をばように、一切のに対しても、無量のを起こすべし。 全世界に対して無量の慈しみの心を起こすべし(『』 ) においては、「世界の実相」()を構成する法(ダルマ、ダンマ)として、「色法」などと共に、「心法」「法」の分析が進められた。 今日、その分析論は、「」・南伝「」の170法、「」の、その影響を受けた「」やその東アジア後継である「」のなどとして伝わっている。 日本では、は『』において、心の段階を10の層に分けて、最後の的な境地へのが深まる道筋を説いた。 では、心には地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界があるとする。 これを論と言う。 は、ひとりの人の心にが同時に備わっていると説いた。 心と脳と身体 [ ] 「」も参照 近年 [ ]の者らは、心の状態はの物理的状態と密接な関連がある、と考えている。 たとえば脳内の各部位と機能との関連 例:、 、ととの関連 例:、 などが次々と発表されている。 ただし最近では、 ()らによって、脳だけで説明しようとする理論では不十分なところがあり、脳に加えてまで含めた総体のダイナミックなが意識や心という現象を作り出しているとすべきだ、と指摘されるようになっている。 唯脳論を超える近年の諸見解 [ ] 2012年10月、脳神経外科の世界的権威であるは「死後の世界は存在する」と発言した。 かつては一元論者で死後の世界を否定していた人物であったが、脳の病に侵され入院中にを経験して回復した。 退院後、体験中の脳の状態を徹底的に調査した結果、昏睡状態にあった7日間、脳の大部分は機能を停止していたことを確認した。 そしてあらゆる可能性を検討した結果、「あれは死後の世界に間違いない」と判断して、自分の体験から「脳それ自体は意識を作り出さないのでは?」との仮説を立てている。 () 2013年、蘇生医療の専門家で「死後体験」の研究者である博士は脳波停止して蘇生した患者に停止後に意識が存続していた患者が複数いた事がわかり「意識は脳とは別個の 存在なのかもしれません」と語った。 精神医学のジム・タッカー博士は「物理法則を超える何かが在る、物理世界とは別の空間に意識の要素が存在するに違いない。 その意識は単に脳に植え付けられたものではない。 宇宙全般を見る際に全く別の理解が必要になって来るだろう」との仮説を立てている。 の数学者とのは、意識は何らかの過程から生じてくると推測している。 ペンローズらの「Orch OR 理論」によれば、意識はを単位として生じてくるのではなく、と呼ばれる量子過程が起こりやすい構造から生じる。 この理論に対しては、現在では懐疑的に考えられているが生物学上の様々な現象が量子論を応用することで説明可能な点から少しずつ立証されていて20年前から唱えられてきたこの説を根本的に否定できた人はいないとハメロフは主張している。 臨死体験の関連性について以下のように推測している。 「脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている」が「体験者の心臓が止まると、意識は脳から出て拡散する。 そこで体験者が蘇生した場合は意識は脳に戻り、体験者が蘇生しなければ意識情報は宇宙に在り続ける」あるいは「別の生命体と結び付いて生まれ変わるのかもしれない。 」と述べている。 心と意志 [ ] 「こころ」は、意思などが「宿る何か」だけでなく、的な作用そのものを指すこともある。 「心を受け継ぐ」などと表現する。 現代風に譬えるならば、PCのハードではなく、を指している、とでも表現できよう。 ソフトウェアはPCからPCへと自在に移りながら働いてゆく。 見方によっては、ソフトウェアのほうが主体で、ひとつひとつのPCはただの乗り物にすぎない、とも言える。 同じように、「こころ」がそれ自体ひとつの"生きもの"であり、人間はそれを受け取っている器という発想もある。 は「」において、「ことば」そのものが独自のいのちを持っており、成長し、増殖・衰退もするのであり、人間の集団はその「ことば」の"interpretant"(解釈体)としての面があることを指摘している。 これは伝統的に、において「教会はのからだ」としばしば表現されることにも通底している。 ここでいう「」とは建物のことではなく「信者の集団」のことである。 イエス(の意思、)が「こころ」であり、信者ひとりひとりがその「からだ」ということである。 心と情動と共感・他者理解 [ ] 他者の喜怒哀楽などの面を感じ取りそれを共有することをと言う。 1970年代ころから、他者の心の動きを類推したり、他者が自分とは違う信念を持っているということを理解したりする機能はと呼ばれ、研究されている。 従来、学問の世界では、心や精神を扱う時は知能(IQ)面ばかりが重視され面が軽視される風潮もあったが、近年では、人が実の中でうまく生きてゆけるか、またなを送れるかどうか、ということに関しては、統計的に調査してみると、実は知能の高さの影響はさほど高くはなく、ただ知能(IQ)が高いというだけではかえって人生が破綻することも多く、IQよりも、むしろ他の人々と面で健全な交流をしてを築く能力や、自分の情動を見つめて自制する能力などのほうが大きな要素だということが指摘されるようになっている。 こうした情動に関係する能力は、「EI」や「EQ」()と呼ばれている。 心の病気 [ ] 心の病気は医学的にはと呼び、目としては、神経科、心療科、などがそれにあたる。 心療内科は日本でに標榜科として認可された。 内科疾患の中でも、、、、などは心身相関のある疾患であり、身体面に併せて的要因・的要因が複雑に影響している。 同標榜科においては心身一元論的視点から、それらの要因も含めて全人的治療を行っている。 現在のところ同標榜科の医師には心療内科を専門とする心療内科医もいるが、大半はである。 心の病の専門家としては、、、などがある(も参照可)。 心の病を対象とした学問としては、、、などがある。 詳細はそれぞれの項目を参照のこと。 心と知能と人工知能 [ ] 詳細は「」および「」を参照 人の心の中でもやに関わる面に関してはなどで研究されている。 人工的に知能を実現することがである。 現代的な人工知能に対する研究は1950年代から始まった。 初期の段階で「そもそもコンピュータが心を持ちうるのか」という疑問や「何をもって心と定義するのか」という哲学的な疑問が提示された。 当初、PascalやLispなどの高級言語による抽象的な記述により知能を実現しようとする試みが一定の成果を挙げたが、その後・プログラミングも(一時期存在した障壁を乗り越えて)成果を出している。 最近では、感情的な面も含めて、できるだけ人間の心に似た反応を示すコンピュータを作ろうとする研究者も一部にはいるが、まだまだ課題は山積している。 脚注 [ ] []• 他人のや身の上などに心を配ることやその気持ちを指すこと• 翻訳としては、アリストテレス著、桑子敏雄訳『心とは何か』 講談社学術文庫、1999年 など。 発音を正しく表記するにはeの上に横棒を書く• 『』 4:9• 『』14:7• 『』10:9-10• 『』 36:25-26• , p. 108• NHKBSプレミアム「ザ・プレミアム超常現象 さまよえる魂の行方」• ダニエル・ゴールマン『EQ こころの知能指数』講談社、1998• 関連項目 [ ]• 、・、• - 意識獲得以前の人間の心の考察 外部リンク [ ]• (英語) - 百科事典「心」の項目。 この項目は、に関連した です。 などしてくださる()。

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楽天ブックス: 心ってどこにあるのでしょう?

心 っ て どこに ある ので しょう

課題図書対策! 「青少年読書感想文全国コンクール」小学校「低学年」の部(1,2年生用) 「心ってどこにあるのでしょう? 」の (あらすじ&ポイント)(書き方の例)などをご紹介いたします。 「心ってどこにあるのでしょう?」(金の星社) 著者:こんのひとみ・作 いもとようこ・絵 本体価格:1,400円 ページ数:24ページ ISBN978-4-323-02466-0 内容紹介 心ってどこにある? 好きな人の前で赤くなるからほっぺ? ドキドキするから胸? いやなことがあると痛くなるから、おなかかな。 犬の心はしっぽにあるかもしれない。 いろんな涙があるから目にあるのかも…。 Sponsored Link 「心ってどこにあるのでしょう?」読書感想文指定図書AI読み聞かせ 本書は「心はどこにあるか?」という問いに対し 「これまで考えなかった対象を考えてみること」・・を促す作品であると感じました。 また、本の中に出てくる、さまざまな動物の意見を聞くことにより、 物事には「さまざまな見方・考え方があるのだ」と知ることができる点に意義があるとも思いました。 例えば、自分は「心は胸にある」としか考えなかった子供にとって、本書の中にでてくる子供や動物の回答のように「ホッペにある」「頭にある」「お腹にある」「シッポにある」「目にある」「声の中にある」「涙の中にもあるかもしれない」などなど、さまざまな意見やその理由づけをする登場人物が出てくるからです。 またこれは、自分の考が絶対ではなく 「自分の考えはたくさんの考え方の一つに過ぎないことにも気づかせてくれる」ことになります。 それに伴い 間接的に・・・ 感想文を書きなさい=どのような学びを得られたかを書きなさい ・・の意味だからです。 感想文の書き方をアドバイスする親としては、そのような方向性(どのようなことが勉強になったか)を意識させながら、アドバイスをするとよいでしょう。 心のありかについて「ホッペにある」「頭にある」「シッポにある」といった意見は、自分の体の反応を思い出して意見を述べたものであるのに対し「目にある」「声にある」という指摘は、他人を観察して導き出した意見だという違いにも注目すべきです。 また「涙の中にも心があるのかもしれない」という意見だけは、人間から離れた「涙」という物質の中にもあるかもしれないと疑問をいただいた点が、ほかの意見と異なるものである点にも注目すべきです。 これらを参考に、感想文を書かせててみるのはいかがでしょうか? 読書感想文・用紙と字数のルール その他の詳細 原稿用紙を使用し、縦書きで自筆してください。 原稿用紙の大きさ、字詰に規定はありません。 文字数については下記のとおりです。 改行のための空白か所は字数として数えます。 平仮名に変更した場合、800文字をオーバーしてしまいますが、書き方の参考例としてご活用ください。 「心ってどこにあるのでしょいう?」を読んで ある日、私のお母さんがこの本を買ってきてくれました。 そしてこの本を見せながら私に「心がどこにあるか考えたことはある?」と質問をしてきました。 私は心がどこにあるかなんて、考えたことがなかったので「考えたことがない」というと、お母さんは、この本を読んで一緒に考えようといいました。 この本の中で、女の子は、好きな人と会うとほっぺが赤くなるので「心はほっぺにあるのでしょうか?」といい、ブタは「鼻にあると思う」といい、男の子は、いろいろ考えると頭がいたくなるから「心は頭にあると思う」といい、そばで聞いていた亀も「ぼくもそう思う」といいました。 そして、タヌキは「心はお腹にあると思う」といい、犬は「心はしっぽにあるに決まっている」といい、ウサギは「耳」だといい、猫は、「手にあるのかもしれない」といい、そのあとも「足かも知れないよ」とか「目にあると思う」「涙の中にも心があるのかもしれない」「口にあるのかもしれない」「声の中にもこころがあるのかもしれない」など、いろいろな意見がでてきました。 私はこの本を読んで、心がどこにあるのかという質問に対して、どうしてこの本に出てくる子供や動物たちは、心のある場所を手や足やお腹などと答えるのか意味が分かりませんでした。 手や足や目などの体の一部は、すべてそれぞれの体の場所であって、心の場所とは思えなかったからです。 男の子がはじめ、こころは頭にあるといっていましたが、私もそうだと思いました。 ただ、男の子はいろいろ考えると頭がいたくなるから心は頭にあるのだと理由を言っていましたが、私はそういう意味ではなく、思ったり考えたり悲しくなったり嬉しくなったりするのはすべて頭だから、それが理由で頭だと思ったのです。 私はこの本を読んで、一つのことでもいろいろな考え方があるものなんだなと思いましたが、本の中に正解が書いていないので困りました。 お母さんに答えを尋ねたところ「たぶん頭であってる」といいました。 そのため、私はいまだに「心がどこにあるのか」の本当の答えを知らないでいます。 私は細かいことを気にしないお母さんが大好きです。 (文字だけで877文字) 参考になるサイトの紹介 読書感想文の 「構成」や 「話の広げ方」「表現方法」などは下記のページに書かれています。 【最重要ページ】読書感想文で「高得点」を得るためのポイントはこちらのページに書かれています! 中高生向けですが、感想文の考え方として 「指導する際も」参考になる点もあるはずです。 ダウンロードできる 「そのまま使えるテンプレート」や 「構成のサンプル」もありますので是非活用してください。 小学校低学年 「魔女ののろいアメ」(PHP研究所) 著者:草野あきこ・作 ひがしちから・絵 本体価格:1,200円 ページ数: 80ページ ISBN978-4-569-78810-4 内容紹介 日曜日、サキはお姉ちゃんが借りてきた本も一緒に図書館に返しに行くことになりました。 お姉ちゃんは、遊びに出かけてしまったのです。 図書館に行く途中、いつもはない「アメ屋」と書かれた屋台を見つけました。 すると、屋台のおばあさんが、実は自分は魔女なんだと言いだしました。 そして、魔女はとっておきの「のろいアメ」をサキに売ってくれると言うのです。 のろいアメは、だれかさんの悪口を10個言いながらまぜてつくるアメ。 それは、苦くてからくてすっぱくて、食べた人はひっくり返るくらいまずいアメになるそうです。 サキは、魔女からのろいアメを買うことにしました。 サキは、早速お姉ちゃんの悪口を言いながらのろいアメをまぜていきました。 おねえちゃんの悪口は、20個でも30個でも言えそうです。 「おねえちゃんは、いばりんぼう。 それに、くいしんぼうでうそつき……」と、言っていると、だんだんアメが固くなってきました。 ところが……。 「スタンリーとちいさな火星人」(あすなろ書房) 著者:サイモン・ジェームズ・作 千葉茂樹・訳 本体価格:1,400円 ページ数:32ページ ISBN978-4-7515-2840-2 内容紹介 かあさんが仕事で出張にでかけた日、スタンリーは火星へと飛び立ちました。 すると、入れかわりにやってきたのは、スタンリーによく似た小さな火星人。 にいさんのウィルに「弟のスタンリーにそっくりなんだけどな」といわれても、 「ボクはスタンリーじゃない。 カセイジンだ」といいはります。 地球の調査のためにやってきたというこの火星人、 いつもヘルメットをかぶっていて、手は洗わないし、お風呂にも入りません。 そのうえ、学校では親友のジョシュをつきとばして、泣かせてしまいます。 そんな一日が終わり、かあさんが帰ってくると、火星人は……? 母親がいない日を、空想の力でなんとかやり過ごそうとする男の子と、 それをやさしく見守る家族の姿が、あたたかく描かれている絵本です。 「もぐらはすごい」 (アリス館) 著者:アヤ井アキコ・作 川田伸一郎・監修 本体価格:1,500円 ページ数:36ページ ISBN978-4-7520-0837-8 内容紹介 土の中のくらしに合った目や耳、驚きの食べっぷりなど、「もぐらってすごい! 」という感動を、ユーモアのある絵と文で紹介。 内容(「BOOK」データベースより) 土の中はまっくら。 なのに、どうしてわかるの? 歩けるの? いつ寝るの? いつ起きるの? あなの中はどうなってるの? 知らないことだらけ、びっくりだらけ。 感想文の指導において、もっとも注意しなければならない点は 「子供を本嫌いにしないこと」です。 大変だとは思いますが指導の方、頑張ってください。 関連記事&おすすめの記事•

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