兄役 千と千尋。 「千と千尋の神隠し」などジブリ4作品 東宝全国372館で6.26より上映!

金ロー「千と千尋の神隠し」感想 おにぎりと電車のシーン好き

兄役 千と千尋

ジブリ祭に参加せずにはいられない!ということで、 千と千尋についても語ってみようと思います。 そのほかジブリ記事はこちら 最初と最後でトンネルと石像が変わっているとか 契約書の名前の字がどうのとか 油屋のおねえさんたちはそういうおねえさんだとか 庭には全季節の花が一斉に咲いてるからあそこはあの世なんだとか いろんなネタは、よそのまとめサイトを見てください。 ミヤザキ過激派の方は「ラピュタより後の作品は駄作!」とか言いますけど 千と千尋もまあまあ好きです。 パッションのままに、書きたいことだけ書くよ!• 古代とか神話とか好きなんだって 見るからにジャパネスクなのはもちろんのこと。 名前をとって支配しちゃうというのがね。 「君の名は。 」の感想でも語ったんだけどね。 好きよね、そういうの。 日本に限った思想でもないようだけどね。 この世界のものを食べないとそなたは消えてしまう、とか ここのものを三日も食べればにおいは消えよう、とかは よもつへぐい感があるよね。 (よもつへぐいって変換できないのね) すごーく簡単に言うと、同じ釜の飯を食うってことだね。 千尋といっしょに呼吸を止めがち あのシーンのハクの合図に合わせて、もちろん息吸って止めるよね。 あれぐらい我慢できるだろ!と思いつつ、 まぁ実際にはすごく緊張しながら歩いてるわけで、酸素消費量も上がるだろう… と事情を考慮するよね。 失敗しても優しいなんて、ハクは器の大きい男。 頼れるー。 ちなみにわたしにとって、 壁ドンといえばハクである。 「ここで働かせてください」 就活のとき、千の声でずーっと脳内再生されてた。 いいなあ、あの面接。 志望動機も自己PRも言わなくていい。 ここで働きたいんです!のゴリ押しで採用してもらえるなんて羨ましい。 おおたは就活ボロボロでした。 本当にいやだった。 二度とごめんだ。 「八百万の神様が疲れを癒すお湯屋なんだぁ、よ」の湯婆婆様めちゃかっこいい。 仕事で認められてほっこりしている千の様子は健気でかわいい。 かまじい 「手出すなら終いまでやれ!」と言ったくせに 「気まぐれに手出して人の仕事をとっちゃならねえ!」と説教する理不尽上司のようなかまじい。 でも優しい。 かまじいのあのボイラー室は、全視聴者の癒し空間。 「わしの孫だ」とか、「愛だな」とか、 座布団かけてくれたりとか…。 そしてススワタリたち可愛い。 坊ねずみとの、えんがちょ再現遊びは微笑ましくて かまじいの話が入ってこない。 その二面性が「大人」なのだ ハクもリンも、千のこと応援しながら まわりの人の前では嫌がっているふりするじゃん。 それに対する千尋のリアクションがぴゅわーというか、 「えっ?」て感じになってるよね。 大人の社会ってこうだなあと。 うまく立ち回れて一人前というか。 信じちゃならない危ない人が、いいやつのふりしてることもありますし。 それにしてもリンはいい先輩。 あと父役と兄役のカエルも好きだ。 中間管理職具合がよく出ている。 ちなみに兄役がカオナシに食われた後、 みんなが 「喰ったーーー!」と逃げ惑うシーンが好きである。 カオナシが兄役の声を使って千にやさしく語りかけるのもよい。 あの猫なで声。 小野武彦さん。 声優には声優を使えばいいのにと言われがちだが、 千と千尋はどこにも文句のつけようがない。 巧くやれるなら俳優さんでも問題ないと思う。 巧くやっていただけるのなら。 まあ兄役はチョイ役だけれども。 坊の神木くんかわいい。 あ、あとカオナシの「許せん」というセリフは絶対に 「許せん (千)」というダジャレだと思う。 話がそれた。 おにぎり 「例のおにぎりのシーン」。 あのシーンは泣けます。 「千尋が元気になるようにまじないをかけて作ったんだ、お食べ」 張りつめてるとき、疲れちゃったとき、寂しいとき、 誰かが手間をかけてくれた料理なんか出てくると ぽろっときちゃうものですよね。 そしてあの場合は、おにぎりがベスト。 しかも塩おにぎりというシンプルさ。 日本人はおにぎり大好きです。 手作りキッシュとかじゃなくておにぎり。 素朴さがしみる。 とにかく おにぎりのシーンは良いんだよ。 どんなときでもお腹は空くし、食べたものからからだは出来るよ。 一晩経っても状況変わってなくて、 両親はぶたで、変なババアの下で働かなきゃいけなくて、 これからどうなるか分かんないっていうのに おにぎりおいしいよハクやさしいよ泣けるよー!という重要なシーンです。 千尋の怒涛の感情に寄りそいましょう。 電車 「例の電車のシーン」。 ここ大好きです。 昔はむしろ、この場面は眠くなってたぐらいなんですけど。 台詞もほぼないしね。 ただおばあちゃんのところ行くための移動タイムぐらいに思ってた。 今はこの、静かで落ち着いた感じが。 無言の乗客たちが。 海の景色が。 千尋の横顔が。 非常によろしい。 坊ねずみが窓枠ではしゃいでいるのもよろしい。 近かったり遠かったりの、いろんな記憶がよみがえってくるような電車旅。 わたしもあの中で揺られていたい。 銭婆 おばあちゃん。 「一度あったことは忘れないもんさ。 思い出せないだけで」 やさしい、いいセリフですよね。 もちろん「一度あったことは忘れない」は、悪い意味でもそうなんだけど。 自分の中にも、いろんな出会いや経験がつまっているし 誰かの中にも、わたしのことが引き出しの奥の奥かもしれないけれど しまってあったらうれしいなあって。 なんかそんな感じの。 おばあちゃんちでチーズケーキと紅茶をいただきながら 恋バナとかしたかった。 「銭湯」が「銭」婆と「湯」婆婆に別れちゃったんだって言ってる人ネットで見て そっかー!と初めて気づいた。 何回も見てるけどまったく考え付かなかったびっくり。 「わたしたち元は二人で一人前なのに」と話している意味も通じる。 銭婆が姉なのも、文字順が先だからか。 夏木マリさんの、湯婆婆のときのキレ声と銭婆の優しい声の使い分けすき。 最後のくだり ラストの豚選び。 これは何回見ても正解した理由はわかんないです。 少なくとも、見てれば理屈が分かるたぐいの仕組みにはなってないと判断し 考えても無駄だと思っている。 そしてハクとの別れ。 あの後、実はハクは八つ裂きに…とかいう都市伝説ありますけど ハクが平気って言ってんだから平気なんだよ。 「わたしは湯婆婆と話をつけて弟子をやめる。 平気さ。 本当の名を取り戻したから」 うん、だから、平気なの。 八つ裂き根拠とされている湯婆婆の「お前は八つ裂きにされてもいいんかい?」というセリフはありますが そのあと「はい、八つ裂きになってもいいです」という返事をしているところは映ってないですよね。 「いいえ、八つ裂きはさすがに困ります」と言い返したかもしれないじゃないか。 だから ハクが平気って言ってんだから平気なんだよ。 いつも何度でも いい歌…!!! 当時めちゃんこ流行ったし 誰しも「おほほっほっほ~ほっほほほほ…」とか言いながら茶化したことはあると思うが いい歌なのである!! 就活のどん底期とか 失恋で沈み込んでたときにも聴いていた。 優しい音色はもちろん、歌詞もいいのだ。 かなしみの数を言い尽くすより 同じくちびるでそっとうたおう 一番好きなのはここでしょうか。 でも全部いい。 しょうがない、もうちょっとがんばってみるかという気になる。 結婚式で使った曲 ジブリ曲で披露宴を構成した、「鳥の人」を披露宴の入場で使った、と ナウシカ記事で書いたんですけど。 千尋の曲も使いました。 花嫁の手紙のBGMに 「あの夏へ」を!! もうこれは絶対!と思ってました。 ナウシカでの入場を想定する前から決めてた。 あの、映画冒頭のピアノが印象的な曲です。 ちょっと切ないやつ。 泣かせにかかろうと思って。 手紙からの両親へ花束贈呈シーンには 「ふたたび」を。 あの、ニギハヤミコハクヌシ!!とか言いながら空を飛んでいるときの曲です。 この曲、途中でばーんと盛り上がる部分があるんです。 手紙を読み終わってから「ふたたび」を流してもらって、 両親の立っている端まで会場を歩いて、 (ドレスをわさわささせながらテーブルの合間を縫うのでゆっくり歩く) ちょうど花束を渡すその瞬間に、例の盛り上がりポイントになったときは 久石譲が降りてきて演出を手伝ってくれたのかと思いました。 いやあ、よかったね。 流行りの結婚ソングを徹底的に無視してこだわったからね。 ちなみに神前式をして、披露宴も色打掛での入場だったので 千尋の和っぽい曲もたくさん使いたいなあと思っていたのだけど うまく使えなかった。 結局、上の二曲と、みなさんのお帰りタイムに「いつも何度でも」を流しただけ。 サントラだと「お祭り騒ぎからのシリアスシーン」が一曲に入っていたりして難しいです。 式場の指示で、オリジナルのCDをそのまま貸してくださいと言われていたので編集もできないし。 おおたはジブリ好きといいながら、小さいころからディズニーにも浮気をしている。 挨拶できる子になってよかった とりあえず千尋が、きちんとした返事と挨拶ができる子になってよかったなあという感想で この記事を終わりたいと思います。 まぁ千は千のままあの世界にいても愉しいし生き抜けるよなといつも何度でも思うけど。 (ただし両親を見捨てることになる、というのはネック) 死ぬまでは現実世界を生きていこう。 みんなも悲しくなったときは「いつも何度でも」を口ずさんでね。 過去のジブリ記事はこちら.

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【千と千尋の神隠し】油屋の従業員の正体は?ナメクジやカエルがモデルの理由!

兄役 千と千尋

2001年7月20日公開。 宮崎駿の長編映画第8作。 宮崎駿いわく、「もののけ姫」までの作品でやりたいことはやりきったため、「千と千尋の神隠し」以降は作風をかなり変えており、ストーリーの一貫性を放棄したものもあえて用いたりしています。 宮崎駿は『僕はもう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない』や『自分の作品の大衆性が低くなっている』とコメントを残しており、実際に今までは明確なメッセージがあった宮崎駿のアニメ作品でしたが「千と千尋の神隠し」には明確なメッセージを特定できません。 しかし、いざ結果を見てみると、日本歴代興行収入第1位を達成と輝かしい結果を残し、世間からしっかりと評価されています。 単純に数えると、千尋は3泊4日の旅だったことになる… さらに、セリフ以外に景色も考慮することで、数週間より長い1ヶ月以上の滞在期間と考える説があります。 車のほこり、車の周りの草木が成長、とても数週間とは思えない! 千尋と両親が現実世界に戻って来た時、車の上に落ち葉が積もっていたり、車内がほこりだらけになっていたり、周辺の草木が少し成長していたりしたことを考慮した場合、少なくとも1ヶ月以上の月日が流れていたと考えることができます。 このように描かれた背景を考慮した場合、1ヶ月以上の滞在になると考えることができます。 半年以上の滞在時間 車のバッテリーは1年が限界? 千尋と両親が現実世界に戻って来た時に、車のバッテリーが上がっていませんでした。 一般的には1年も放置したらバッテリーが上がると言われており、数ヶ月に1回は車のエンジンをかけなければいけません。 その事実を考えると、半年が滞在期間の上限だろうとする説が非常に多くあります。 もちろんバッテリーが上がるまでの期間は車種にもよりますが、千尋と両親の車は「アウディA4 2. 4クワトロ」であり、特に放置した時のバッテリー耐性を強化したわけではないので、1年以上期間が過ぎていはいないと考えられます。 ちなみに、「アウディA4 2. 4クワトロ」は、宮崎駿が普段仕事で使っている車のようです。 時の流れは神々の世界と現実で違う? しかし、滞在期間が半年以上と考える説があります。 どういった場合かというと、神々の世界と現世とで、時の流れが違う場合です。 たった1ヶ月前後の間、千尋が神々の世界に迷い込んでいても、現世では数ヶ月以上の月日が流れていたと考えることができます。 このように時の流れが神々の世界の方が遅い場合、半年以上の滞在になると考えることができます。 『【千と千尋の神隠し】別世界にいた時間は何日間?』のまとめ.

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千と千尋の神隠し 感想~ハクやカオナシの謎、銭婆についての考察※ネタバレあり

兄役 千と千尋

解説 10歳の千尋は、両親と地方都市に引っ越す途中、異世界に迷い込む。 そこでは人間は、魔女=湯婆婆が経営する神さまのための銭湯で働かない限り、ブタや石炭に変身させられてしまうのだった。 ブタになった両親を助けようと、千尋はそこで働きはじめる。 作画監督の安藤雅司、美術監督の武重洋二、音楽の久石譲など、宮崎アニメの常連が結集。 宮崎監督の前作「もののけ姫」に続き、日本古来の土着神たちがユニークなデザインで登場する。 国内興行収入は304億円で歴代1位。 第52回ベルリン国際映画祭では、アニメーション作品として初の金熊賞を受賞し、第75回アカデミー賞でも長編アニメーション賞を受賞。 国内でも第5回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞(今敏監督の「千年女優」と同時受賞)、第6回アニメーション神戸作品賞ほか映画賞を多数受賞した。 2001年製作/124分/日本 配給:東宝 スタッフ・キャスト ネタバレ! クリックして本文を読む 1100円なので見に行った。 昔高校生の時に映画館に見に行ったのを覚えています。 命の不思議、命の記憶、人は過去を思い出せるのか、大好きな人と再びまた巡り合える日がくるのか、そしてアナタも私もそれを覚えているのかそんな人間の営みといのちの悲しさも身に染みましたそしてそれが痛いぐらいに千尋とハクを通じて私にテレパシー的にわかりました。 その時の記憶が蘇りました。 本当に素晴らしい体験でした。 不思議な映画ですね。 やはりこれは。 何がどうの、ってわけじゃなんだけども、見終わった後に「ウ~~~ン」と頷いてしまう、私にとってはそんな映画です。 ハッキリしたメッセージ性とか、そんなの別にいいと思うんです。 映画が何を伝えたいのか?とか何が言いたいのか?とか考えるのも好きですが、そんなこと本当はどうでもいいのかもしれません。 見た物感じた物が全てです。 それが人間の基本だと思っています。 あなたが経験し見聞きして感じた事全てがあなたの全てなのだと、私はそう思っています。 意味不明でごめんなさい。 とにかく、千と千尋もとい宮崎駿監督作品はそんな感じが多いなと思います。 見て感じて受け取った思いそのまま、それでいいのです。 その時に見て何を思ったのか何を感じたのかが大切でそれを大事にしてほしいどんな映画もどんな出来事も人間生きる上できっとそれが本当は一番大切だと思いますみんな、「あれはあの時ああだった」とか深く深く考え追求してしまうクセがありますがそれをやればやるほどドツボにハマります。 だからきっと本当はその時その時に思ったこと感じたことが全てなのだと思います。 だから千と千尋も感じたままでいいのだと思います。 それは日本の神様にしても同じなのだと思います。 湯ばあばが言っていましたが「八百万の神様が疲れを取りにくる湯だ」と。 日本の神様も、目には見えないけれどきっとみんなのまわりに存在していてあちらこちらにいて、私たちを見ています。 そんな目に見えない存在、感じる、見れる者は見れる、素晴らしいことだなと思います。 神様に悪い事していないかな、負担をかけていないかな、そんなことを思った映画だった。 特に大量のヘドロと共に神様がやって来た時、大量の(あれは)おそらく人間が捨てた家電製品とか自転車とか粗大ゴミだと思いますが)ゾッとしました。 神様、怒っているのだろうな、と思いました。 人間の欲望と人間の罪が感じられました。 またそれをアニメで見ました。 宮崎駿監督に感謝感謝でした。 そんな光景を見せてくれて感謝でした。 学ぶ事が出来ました。 神様も日々の疲れがあるからこうやって温泉に来ているのだなと思うと神様も本当に毎日ご苦労様です、と言いたくなりました。 感謝感謝。 千尋と共に観客も臨死体験をする、そんな不思議な映画だと思いました。 いつか千尋とハクがまたどこかで出会えることがあるのならば、私はきっとその時に人間の悲しみや苦しみも一緒に受け入れて喜ぶ事が初めて出来るのだと思います。 宗教的な映画でもありました。 人生は、私は長い長い旅路だと思います。 そしてそれはみんな、自分自身を癒して慰める為に気の遠くなるような長い長い、航海のような旅路なんです。 みんな、多分それを無意識の内にやっています。 私も、アナタもなんです。 千尋とハクも、きっとそうなんだと思います。 千尋の傷ついたあの心と、ハクの傷つけられたあの身体と心をお互いが癒し、そしてまたそれはもっともっと遠い未来なのかもわかりませんが、二人はきっとまたどこかで会えるのです。 きっと、きっと、本当にどこかでまた二人は巡り会えるんです。 それが人生なんです。 私はそれを信じたい、それを千尋とハクに教えてあげたい。 だってそれは神様が見てくれているからなんです。 神様に感謝なんです。 神様に感謝しながら生きたいです。

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