ゲームボーイ 空爆 され て も 動い た。 『ゲームボーイ』と「平成」という時代

ゲームボーイをあの大統領もやっていた!?~ゲームボーイの逸話まとめ~

ゲームボーイ 空爆 され て も 動い た

こんにちわ まげ仙人です。 皆さんは昔、任天堂から発売されていたゲームボーイという携帯ゲーム機をご存知ですか? ゲームボーイ(GAMEBOY)は、今やWillでおなじみの任天堂から、約20年前の1989年4月に発売された携帯型ゲーム機で、モノクロながら4階調の液晶画面を持ち、発売後数ヶ月は売り切れ状態が続いた程の、人気ゲーム機でした。 同年に全世界で発売されましたが、実は湾岸戦争の際にアメリカ軍兵士に慰安用としても支給されています。 そうなれば当然、ゲーム中毒になる兵士もおり、戦場でも遊び続けていたようで、ゲーム中に空爆を受けて死亡する兵士も出ました。 ところが... 『ゲームボーイは爆撃されても正常に動くほど頑丈に造られていた』... のです。 これは、元々ゲームボーイは子供が触って遊ぶものだったため、本体が頑丈に設計されていたおかげですが、その頑丈さは、開発当時任天堂の社長だった山内溥が、完成直後の最終デモ機を床に叩きつけ、問題なく動作する事を確認してから発売を許可した、という逸話が流布した程だったのです。 破損前 破損後 ちなみに、この外装が焼けたゲームボーイは、ニューヨークの任天堂直営店「Nintendo World Store」に保管展示されており、触ることは出来ませんが、常時テトリスのデモ画面が動いているそうです。 これらの4点は、最近買ったものです。 思っていたよりもすごく良かったんで、今はものすごく満足してます! ちなみに、ヒップは5cm縮みました!!! 本当にお薦めです!.

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新時代が来る!中華ゲーム機「RK2020」が爆誕!今度は ニンテンドー64、PSP、ドリームキャストも動く。│とんちき録

ゲームボーイ 空爆 され て も 動い た

こんにちわ まげ仙人です。 皆さんは昔、任天堂から発売されていたゲームボーイという携帯ゲーム機をご存知ですか? ゲームボーイ(GAMEBOY)は、今やWillでおなじみの任天堂から、約20年前の1989年4月に発売された携帯型ゲーム機で、モノクロながら4階調の液晶画面を持ち、発売後数ヶ月は売り切れ状態が続いた程の、人気ゲーム機でした。 同年に全世界で発売されましたが、実は湾岸戦争の際にアメリカ軍兵士に慰安用としても支給されています。 そうなれば当然、ゲーム中毒になる兵士もおり、戦場でも遊び続けていたようで、ゲーム中に空爆を受けて死亡する兵士も出ました。 ところが... 『ゲームボーイは爆撃されても正常に動くほど頑丈に造られていた』... のです。 これは、元々ゲームボーイは子供が触って遊ぶものだったため、本体が頑丈に設計されていたおかげですが、その頑丈さは、開発当時任天堂の社長だった山内溥が、完成直後の最終デモ機を床に叩きつけ、問題なく動作する事を確認してから発売を許可した、という逸話が流布した程だったのです。 破損前 破損後 ちなみに、この外装が焼けたゲームボーイは、ニューヨークの任天堂直営店「Nintendo World Store」に保管展示されており、触ることは出来ませんが、常時テトリスのデモ画面が動いているそうです。 これらの4点は、最近買ったものです。 思っていたよりもすごく良かったんで、今はものすごく満足してます! ちなみに、ヒップは5cm縮みました!!! 本当にお薦めです!.

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ゲームボーイとは (ゲームボーイとは) [単語記事]

ゲームボーイ 空爆 され て も 動い た

4月21日で、初代『』が発売30周年を迎えたそうです。 『』が大ヒットされる前までは、家庭用ゲーム機は据え置き型が主流で、は、『』によって、『』で止まっていた時計の針を動かした、とも言えそうです。 発売当時、高校の寮にこっそりを持ち込んだ僕は、毎晩、学習時間に部屋でこっそり『』をたしなんでいました。 推薦で受かってしまったんで、学習時間を持て余していたんですよ、なんていうのは言い訳です。 『』は、いろんなことを考えなくてすむゲームであるのと同時に、僕にとっては、「本当に頭のいいやつ」が、信じられないようなスピードでクリアしていくのをみて驚かされることも多かったのです。 このゲームがものすごく上手いやつは、みんな、理数系の成績が飛び抜けてよかったという記憶があるのだよなあ。 あとは『』『』、晩年の『』。 大学に入ってからは一人暮らしをしていたこともあって、携帯ゲーム機にはそれほどありがたさを感じなくなり、『』は、子供向け」のイメージで、当時はほとんど触らなかった記憶があります。 さんは、「」という会社を「」で大きく躍進させ、後には、「」というが登場するまでは、「世界でいちばん売れたゲーム機」を開発します。 その「」について、横井さんは、こんな話をされていたそうです。 横井:当時、カラーなんかもありましたけど、電池寿命が1時間半だとかだったんですね。 しかも、バックライト液晶というのは屋外の明るいところでは見えないんです。 ですから、モノクロという選択しかなかった。 私はいつも「試しにモノクロで雪だるまを描いてごらん」と言うんです。 黒で描いても、雪だるまは白く見えるんですね。 リンゴはちゃんとモノクロでも赤く見える。 横井さんは、ずっと、「人間の、とくに子どもの『想像力』」というのを信じていた人だったと僕は思うのです。 そして、横井さん自身は、ずっと、というゲームメーカーの中にいながら、「いかにして、テレビの画面から子どもたちをはみ出させるか」を追い求めていた人のように見えます。 コスト的にかなり厳しかったで、最後まで「通信ポート」を残したのも、そんな横井さんの判断だったのです。 横井にとって「遊び」とは、何人かの友人が集まって遊ぶことで、一人で遊ぶのは友だちがいなくてしかたのないときにすることだった。 「コンピューターは難しいから、嫌いや」という横井の言葉は、ただ技術的なことだけを言っていたのではないように思う。 コンピューターと対戦すると、どうしても一人遊びになってしまう。 そこに横井の生理は拒否反応を示していた。 この本には、『』開発時のこんなエピソードも紹介されています。 1989年に発売されたの名前に、のように<コンピュータ>という文字が含まれなかったのは象徴的だ。 この新型ゲーム機は、<おもちゃ>であることに徹していた。 おもちゃとは、子どもや大人を問わず、誰もが一目見ればすぐに遊べて、乱暴に扱っても壊れないものだ。 「分かりやすさ」と「堅牢性」では、並の家庭用ゲーム機は足下にも及ばない。 そしてには、長年の経験に裏打ちされた「おもちゃを見るプロ」かつ「ゲームの素人」で、しかもの企画をできる人物が一人いた。 当時の社長・その人である。 山内にまつわる二つの逸話は、どちらもすさまじい。 一つは、の試作機をプレイしてみたときのエピソードだ。 当初の試作品は、と同じ、斜めから見やすい「TN液晶」を採用していた。 これは「電卓をのぞき込む」姿勢に適しており、サイズの小さいでは特に問題とされなかった。 ところが、山内はをつかむなり、おもむろに正面にかまえた。 「何だこれ。 見えへんやないか」 は本体サイズがかなり大きくなっているため、自然とバランスのいい真正面か上部からつかんで見ることになる。 予備知識のない山内は、初めてのおもちゃを手にする子どものように、ゲーム機に面と向かったのだ。 「どうするんや、これ。 こんな見えへんの売れへんぞ。 もう、売るのやめや」 自力で液晶を製造できないは、シャープと協力して開発にあたっていた。 すでに「TN液晶でいける」という前提のもとに、40億円をかけて製造工場が建設されていたのだ。 そこで、急遽「STN」というタイプの液晶に変更されたが、結果としてこれが吉と出た。 たしかに表示スピードが遅く、動きの激しいゲームでは残像が発生したりと欠点はあったが、ソフトの作り方によって対応できなくはない。 STN液晶は明るい部分と暗い部分のストが利いていて、正面からも見やすく、日光のある屋外でもゲーム画面が確認できる。 「遊ぶ場所を選ばない」携帯ゲーム機としては、いい落としどころだ。 もう一つの逸話でも、山内はまるで子どものようにふるまった。 開発陣から渡された最終デモ版の試作機を、いきなりカーペットの敷かれた床に投げ出したのだ。 ゲーム機は子どもが買うものだかあ、乱暴に扱っても壊れては ならない、と社長じきじきに「強度テスト」をしてくれたのだ。 そのかいあって、は「史上もっとも頑丈な」と海外でも定評がある。 の社長と、二つの試練に鍛え抜かれたタフガイなのである。 ちなみに、で『』が発売されたのが1996年の2月。 また、1997年は、インターネットが爆発的に普及しはじめた年だったそうです。 僕にとっての「平成」は、「インターネットと(というか、家族主義の崩壊)の時代」だったのです。 「家族のひとりひとりが『自分のゲーム機』を持つ時代」を切り開き、その一方で、通信ケーブルで「他者とつながる」ことの可能性を子どもたちにもわかりやすく示した『』というのは、まさに「『平成』という時代を象徴するアイテムだったのではないか、と思うのです。 その一方で、平成の終わりとともに、の市場が急速に衰退し、もも次世代携帯機に関しては消極的になっているのです。 SWITCHは、「携帯もできるゲーム機」だけれど、あの大きさは「ちょっと公園に持っていく」のは難しいのではなかろうか。 僕としては、まだまだ携帯ゲーム機市場も捨てたものではない、と思うのだけれども、なんだかメーカーのほうが切り捨てようとしているように感じています。 でゲームをやっていると、やっぱり「操作性」って大事だよなあ、って思い知らされますし。

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