小林 賢太郎。 作・演出・出演 小林賢太郎、演奏 徳澤青弦、<うるう年>にだけ上演されてきた舞台『うるう』が遂に映像化!

KERAさん、小林賢太郎さんとはどんな人? パラリンピック開・閉会式の演出に決定

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2019. 11 2019. 23 エンタメ 花 【SWITCHインタビュー達人達】小林賢太郎が椎名林檎に語る人間全員おもしろい説 SWITCHインタビュー達人達 (NHK Eテレ毎週土曜午後10時~午後11時、再放送毎週土曜午前0時(金楊深夜)) に 劇作家・パフォーマーの小林賢太郎さんと 音楽家椎名林檎さんが出演し対談しました。 先日、小林賢太郎さんは東京2020パラリンピックの閉会式で、 ステージの演出を担当されることが発表されました。 原作・演出・表現者としては同じ 椎名林檎さんと語り合います。 小林賢太郎さんは、絵本うるうの森の作家で、 小林賢太郎 本の世界という展覧会を催したり、 2007年K. P「TAKE OFF~ライト三兄弟~」では2006年、2007年に上演された 演劇雑誌の読者が選ぶ2007年のナンバー1に選ばれました。 そんな小林賢太郎さんを椎名林檎さんは 最初にマスターするところみたいなものなんだと思って クラッシックなんですって かっけーと思って と言われています。 小林賢太郎さんと椎名林檎さん、お二人とも言葉選びがすごくセンスがあり おもしろかったのですが、 今回は小林賢太郎さんにSWITCHして 小林賢太郎さんのお話の中の 人間全員おもしろい説の話 そして 椎名林檎さんが小林賢太郎さんに絶対聞きたいこと ペース配分はどうしているかについて 小林賢太郎さんは尊敬される Mr. マリックさんからの助言についての話をされましたので この2つをお届けします。 【SWITCHインタビュー達人達】小林賢太郎が椎名林檎に語る人間全員おもしろい説 【テレビ】 本日深夜、再放送です。 椎名林檎さんはそのことを 「かっけーと思って」 と言われました。 小林賢太郎のこだわり 小林賢太郎さんは最近こだわりがなくなってきたと言われています。 以前は 笑いの場合笑いが起こる瞬間のせりふとかアクションよりも、 そこで笑いが起こる理由をその前に置いておくことが すごく大事なんですね。 ふりとおちっていう表現をしたりしますけど。 ふりがおちの為に機能するには、 これふりですよ、覚えといてくださいねーと 大きい声で出さなくても全員にしっかり伝えとかなきゃいけないなと だからその機能に気づかない役者さんとか音響、照明さんとか そのシーンすごく際立たせちゃったとしたら 「そこは目立たせちゃダメなんだ」と言って 「そうですか。 わかりました。 」って言って 目立たなくなって紛れ込んじゃったら 「伝えなきゃいけないんだよ」 声は張らないで、でも他の人達この瞬間動かないで このせりふだけは全員に聞かせておかなきゃいけないから」っていう 機能してないところが、1mmあったらもう気持ち悪いっていう思いで ずっと演出してきたんです。 by小林賢太郎 小林賢太郎人間全員おもしろい説 最近は 思ってた笑いと違うけどと思っても 役者さんや小道具さんが小林賢太郎さんの思ってたものや 頼んでいた道具と違っていたとしても でもこの人の良さはこれだよな なるほどこういう解釈 この人こういう種類のおもしろさ だから 人間全員おもしろい説みたいなのが きっと最近僕の中にあって おもしろい人とおもしろくない人がいるでしょ、世の中には 一般論でいいです おもしろくない人は、おもしろくないんじゃなくて 本当はおもしろいのに おもしろくなく見えているっていう説。 by小林賢太郎 小林賢太郎説 フィルターが厚くなると、おもしろくなくなる 小林賢太郎さんによると、モテたいとか儲けたい、すごいって思われたい というような 思惑のフィルターが重なれば重なるほど フイルターが厚くなって本質が見えなくなる と言われます 全部取ったら天然のおもしろさがある のに 見えなくなってる とのことです なので ほんとだねぇ、僕も知らなかった というように 一回その人側に回ってみるとのことでした それを聞いて椎名林檎さんは、 「えっ、前からそうかと思っていました」 小林賢太郎さんが大勢のお世話をしている時とか、 すごい上手だと思ってたそうです。 誰でもおもしろいところがあるから、あて方こっちにしてみたら ほらっていうのが上手だと思っていたとのこと。 小林賢太郎 ペース配分 基本は仕事は重ねない 小林賢太郎さんは24時間その作品に無中になってしまうので 2個やるとどちらも散漫になってしまうのが嫌で、 重ねないようにしているとのことです 小林賢太郎 Mr. マリックの助言「机を変えるんです」 小林賢太郎さんが尊敬されるMr. マリックさんから、 助言をいただいたそうです 小林賢太郎さんが忙しくなり、 2個以上仕事が重なった時に、気持ちの切り替えが難しいが どうしているかを Mr. マリックさんにお聞きしたそうです Mr. マリックさんは 「机を変えるんです」 「景色を変えて下さい」 との助言があったそうです。 小林賢太郎さんは、 本当に宝物、その助言がなる程と思って と言われました。 仕事ごとに机を変える アトリエには机が3か所、3つあるそうで 仕事ごとに机を使い分けているようです 例えば 「前やった公演のDVDのパッケージのチェックお願いします」が来る 今やってる事とは関係ないけれど今やらないといけない そういう時に せめて景色を変えて (机を別の机にして) これは目に入らないようにして(今までやっていた作業を) 「これ写真もっと大きい方がいいですね」と言って帰して そしてまたこっちに戻って(今作業していた机に戻って) あ~おもしれぇ~、ってやる それが机を変えるという感じだそうです。 椎名林檎さんは小林賢太郎さんの話を聞き、 私もMr. そして 文化芸術に興味のない人にはわからないというものを 作ってはいけないと思っているそうです 何だかうれしい言葉です そう言ってもらえると、演劇がよくわからない人も 敷居が高くなくて行きやすいです また 一人でいる時間は大事かという話で 椎名林檎さんは 大事です。 ほとんどです。 と言われていました。 小林賢太郎さんは、 人からどう思われたいかとか どう思われたくないかとか フィルターのない時間を持つ (フィルターが)ない時間に生まれた作品はいい。 よかったんです というフィルターのない一人の時間を持つことの大事さ を語られました。 さて 人間全員おもしろい説を語られた小林賢太郎さん。 東京2020年パラリンピックの閉会式は 人々とどう関わってその人達のおもしろさを 引き出してあげるのか、とても興味深いですね どんなステージを創り上げられるのか楽しみです。 よかったらこちらの記事も合わせて読んでみてくださいね。 最後までお読みくださいまして、ありがとうございます.

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小林賢太郎(ラーメンズ)の嫁や弟がいる?イケメンで名言が深い!

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スポンサードリンク 小林賢太郎のプロフィール 小林 賢太郎 こばやし けんたろう 愛称:コバケン 生年月日:1973年4月17日 年齢:44歳 出身地:神奈川県横浜市旭区 血液型:A型 身長:182cm 大学:多摩美術大学版画科 職業:芸人、コメディアン、俳優、劇作家、演出家、漫画家、アニメ監修、パフォーミングアーティスト コンビ名:ラーメンズ 相方:片桐仁 事務所:スタジオコンテナ 活動:1995年~ 作品:漫画「鼻兎」 著書「小林賢太戯曲集」 「ラーメンズ」は小林賢太郎さんと片桐仁さんによるお笑いコンビです。 相方の片桐仁さんは俳優もされており、特徴的な外見からご存じの方も多いのではないでしょうか? 俳優としての片桐仁さんしか知らなかったので、芸人さんだと知って驚いたのを覚えています。 ラーメンズはテレビのお笑い番組にも出演していましたが、今は舞台を中心に活動されています。 コンビとしてテレビで見かけることが少ないので、一般的にあまり知られていませんね。 ラーメンズの2人は多摩美術大学版画科の同級生。 実は2人とも絵画科を志望していましたが、揃って落ちてしまい版画科へ進学されました。 そして小林賢太郎さんが片桐仁さんに 「絵を売りたいならば名前を売ってからでも遅くない」と話し、 お笑いコンビ「ラーメンズ」を結成されました。 ラーメンズとしての舞台は2009年から行われていませんでしたが、 2016年にNHK BSプレミアムの「小林賢太郎テレビ」に片桐仁さんが出演され、7年ぶりの共演をされました。 その後も小林賢太郎の舞台にも片桐仁さんが登場されています。 長い間2人の共演はありませんでしたが、「解散はありえない。 継続していきたい」と話されています。 小林賢太郎の嫁は? 小林賢太郎さんは2000年7月7日に多摩美大の同級生で一般の方と結婚されているようです。 2000年という区切りの良い七夕に結婚するなんてロマンチックですね! 小林賢太郎に弟がいる? 小林賢太郎さんには弟がいらっしゃるようです。 「 ラーメンズつくるひと」というクイックジャパンの連載をまとめた単行本に 「子どもの頃、弟と同じ部屋だった」という発言があります。 小林賢太郎はイケメンで天才的な芸能人! 小林賢太郎さんはイケメンとしても有名ですが、いかがですか? とってもかっこいいですよね~。 お笑いコンビ「ラーメンズ」として活躍している小林賢太郎さん。 実はお笑いと同時に舞台のプロデュース公演もされています。 ラーメンズとしての活動が止まっている間も舞台公演をされていたようですね。 ソロプロジェクトとしては「POTSUNEN」という公演を定期的に行っています。 また、お笑いと舞台だけではなく非常に多彩な小林賢太郎さん。 芸人、コメディアン、俳優、劇作家、演出家、漫画家、アニメ監修、パフォーミングアーティストと様々なことをされています。 小林賢太郎さんの多彩で天才的な経歴をご紹介します。 芸人と役者をされている方は居ますが・・ 漫画と絵本! そしてスペイン映画の字幕監修まで。 小林賢太郎さんの多彩さには頭が下がります。 小林賢太郎の名言が深い! 小林賢太郎さんの様々な名言もあります。 ご紹介しますね。 そういった人のダメな部分で笑いを取るのは、僕は美しいとは思えないし、見えない所で誰かが傷ついているような気がする。 笑える人と笑えない人が居たりするんですよ。 もちろん本人が弱点を笑いに変えて、ポジティブに生きていくことはすごく大事なんですけど、 僕たちが作っているものは「商品」であって「夢」ですから。 それでいいじゃん。 目的地に辿り着くこと事って、本当は目的じゃないのかもしれないね。 お前ももっと自分本位に生きてみな。 1位は作れるんですよ・・ それを10回繰り返せば良いんです。 何だか考えさせられる名言ばかりですよね。 確かに 今のお笑いは、人のダメな所で笑いを取っていることが非常に多いですよね。 小林賢太郎さんのお笑いに対する考えは、素晴らしいなと思いました。 同じのような考えの方が増えて、お笑いが変われば、みんなが笑えるお笑いになりますね。 まとめ 小林賢太郎さんについて詳しく知りませんでしたが、色んなことをされている凄い方なのですね~。 とっても驚きました。 2016年から再びラーメンズとしてテレビにも出演されたみたいなので、これからも活躍が楽しみですね。 小林賢太郎さんを応援しています。

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ゆうパックのCMのナレーションは誰?もしや小林賢太郎?調査してみた|はろりくブログ

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はじめに 小道具なし、セットなし、衣装替えなし、BGMなし、特殊効果なし。 体2つでよくやったって言われたいのがまずラーメンズのそのものの企画書ですから。 それができてはじめて小道具とかセットとか使う権利があるのでないかと。 自分にはそういう枷を作ってラーメンズってのをはじめました。 ここでいう枷とは、コント自体の長さや公演の枠を決める時間だけでない。 そうしてできた作品は、何もない(あっても箱程度)シンプルなステージで繰り広げられる。 にもかかわらず、緻密な状況描写と、巧妙な台本、2人の絶妙に保たれたちぐはぐな関係によって、観る者は知恵熱を伴った、ある種無防備な笑いを引き起こされる。 「ラーメンズ」のセットは限りなく何もない状態に近いが、その中に情報があるとしたら、ふたりが動くことによって何かが見えてくるのだ。 本稿では、情報不足のコントを作った作家小林の意図を考察する。 まず、小林が情報不足な世界を作った理由として、以下の3つが考えられる。 目次 はじめに 第1章 クリエイターとしての覚悟 第1節|「目の前の観客を楽しませる」という信念を実現するため 1. 1|小林が舞台を中心に活動する理由 1. 2|情報制限によって積極的な観客を作り出す 第2節|予備知識がいらない笑い 1. 1|情報制限によって観客なパーソナルな部分に入り込む 1. 2|笑うために欠かせない図式はどのようにつくられるか 1. 3|セリフは一行でも少なく 1. 4|単純なルールから「驚き」や「発見」を見せるということ 1. 5|道具を使わずに世界を作り上げる 1. 6|らしさの笑い 1. 7|「夢」を作る故にダメを笑う行為を制限する1. 8|芸術における"封印" 第3節|耐久性のある作品をつくるため 1. 3|アナログで作る理由 第2章 プロとしての覚悟 第1節|表現者として成長するため 2. 1|表現力を丁寧に鍛えていく 2. 1|芸で食っていくためには憧れよりも覚悟 2. 2|日常で見応えをつくる まとめ 第1章 クリエイターとしての覚悟 第1節「目の前の観客を楽しませる」という信念を実現するため 小林が舞台を中心に活動する理由 その前に、確認しておきたいのが、 小林の活動が舞台中心ということ。 なぜ、小林賢太郎は活動の舞台を劇場に絞ったのか。 小林の著書『僕がコントや演劇のために考えていること』で次のように書かれている。 そもそも、僕がやりたかったのは「自分の作品で目の前のお客さんを楽しませる」ということでした。 …(中略)そして、その場で結果が出る「舞台」というフィールドにしぼることにしました。 舞台はナマモノ、あとから加工なんてできません。 面白ければ笑うし、そうでなければ笑わない。 満足してもらえればまた次の作品も観に来てくれるし、そうでなければもう来ない。 これを積み重ねることが、エンターテイメントクリエイターとして訓練になると思ったのです。 (小林賢太郎『僕がコントや演劇のために考えていること』幻冬社、18頁) 舞台について小林は、 演劇はお客さんとのコミュニケーションですからね。 おもてなしするためにあの手この手ですよ。 」と発言している。 小林にとって舞台は観客と直にコミュニケーションを取れる場であるとわかる。 「面白くて、美しくて、不思議であること」が小林の目指す世界観である。 それを実現する重要なルールは「コント」とか「演劇」という概念の完成予想図を持たずに自分の作りたいものを純粋に形にするというやり方だという。 その見せたい世界観をパフォーマー側が「見てください!」と一方的に押し付けるのでなく、観客側も一定以上の努力をして「見せてください!」という態度であり、リアリティのある表現の場であることが舞台を中心に活動をする理由の1つであるという。 前掲書に、 "デビュー当時から 「自分の作品で目の前のお客さんを楽しませる」ことがやりたいことだった"と小林は記しているが、この信念というべき創作への原動力は、物心ついたときからのものだと考察できる。 小林のホームページで公開された観客からの「どうやって今の職業をやると決めましたか?どこからそんな勇気が出てくるのですか?『好きなことをやる』というのと『この世界で生きていく』ということを考えたとき、不安はありましたか?」という質問に対して小林は次のように答える。 「特に勇気を出した記憶はありません。 うまくいかなかったらどうしよう、という考えはまったくありませんでした。 「自分で作ったもので人を楽しませたい」という思いが物心ついたときからありました。 始めた記憶がないので、辞め方がわかりません。 どうしましょう。 小林は物心ついたときから「 絵を描いて、お話考えて、なんか作っていた」と述べ、 さらに子供のころなりたかった人は「 テレビ番組『できるかな』のノッポさんみたいになりたいと思っていました。 ノッポさんは、毛むくじゃらの相棒と、いろんなものを作って見せてくれる、帽子を被った背の高いおじさんです……だいぶ近いところには来た気がします」と発言している。 幼少期よりもつ「自分の作品で目の前のお客さんを楽しませる」ことが実現できる場所こそが舞台だったのだろう。 それでは、舞台に来る客を楽しませるために、小林はどのような工夫を施しているのであろうか。 情報制限によって 積極的な観客を 作り出す 雑誌のインタビューで「観客の想像力にゆだねるとか、ある程度フォーカスをぼかす、という方法は最初から意図的だったのか」という質問に対して、小林は次のように答えている。 お客さんもいろいろ。 ラーメンズをすごく好きな人もいれば、初見の人も相手にしなきゃいけない。 興味ない人も知らない人もいるかもしれない。 でも、二度目のお客さんも楽しませなきゃいけない。 そこでどうしたらいいか考えると、それには情報不足というのが一番キーになった。 小林は舞台を観に来る「お客さん」が舞台に対してのモチベーションや予備知識に差があることを前提として、 「消極的なお客さん」に合わせた作品を作っていると述べている。 小林は年に一回テレビに登場する。 自身がプロデュースする「小林賢太郎テレビ」についてテレビと舞台との違いについての質問に小林はこう答えている。 テレビを見ている人と劇場に来ている人とでは、集中力が基本的に違うと思うんです。 こちらからどのくらい歩み寄るかというところが難しいね。 視聴者は部屋の中でテレビを見ていますけど、舞台は部屋より広い劇場で、遠い席はとても遠いんです。 だから劇場の場合は、最前列より一番うしろのお客さんに合わせて作ります。 距離感がまったく違うので、使う勘が違うんですよね。 4人でできる最大公約数を目指したかったんです。 それと、今回は入り口をコントにしたかったから。 そんなに深刻に見ないでくださいと、最初にお客さんを油断させる係が欲しかった。 だから久ヶ沢さんという信頼できる芸人さんに登場してもらって、笑いを取っていただきました。 それで後半につれて深いところに、段階を追って落差をつけていきたかったんです。 やっぱり最初は客席に温度差はあるんですよ。 …それを1回、冷静な人のほうにあわせてもらうんです。 とりあえず落ち着いて、あのガタイのいい人が何を作ってるのかに集中してくださいと。 舞台は広いですけど、点で始めてるのはそういうことなんです。 ここから全体を少しづつ、2時間かけて暖めていくんです。 子供の頃、学校行事で国立劇場にミュージカル「レ・ミゼラブル」に観に行ったときのこと。 僕はとても感動して、カーテンコールでは泣きながら拍手をしていました。 すると、クラスの一部の生徒が「見ろよ、コバケン泣いてんの」と、はやし立てました。 すごく悲しくて、いやな気分になったのを覚えています。 …(中略)感動を顔に出すことを否定的にとらえる人がいます。 面白いと感じても、素直に笑わない人。 感動して泣くことを恥だと感じる人。 どういうわけだか、そういう人も客席にはいます。 全員が積極席な観客とは限らないのです。 実は僕の作品は、そんな消極的なお客様に合わせて作られています。 (小林賢太郎『僕がコントや演劇のために考えていること』幻冬社 96頁) 「演劇を観るのが苦手」という人がいます。 かつては僕もそうでした。 …(中略)そんな演劇アレルギーを持っている僕ですが、その後、本当に面白いと思える演劇にいくつも出会うことができました。 そして思ったのです。 「アレルギー反応が出るときと出ないときとの違いはなんだ?」と。 …(中略) 演劇を観るのが苦手な人の視点から観ても「面白い」と思えるものをつくることができれば、観客を選ばない強い作品ができるということですから。 僕の作品は、演劇を普段観ない人にも楽しんでもらいたいと思っています。 「小林のつくるものは面白い」と思ってもらうには、面白い作品をつくり続けるしかありません。 そしてその「面白い」は、けっして一部のマニアのためのものであってはならないのです。 (小林賢太郎『僕がコントや演劇のために考えていること』幻冬社 70頁) 以上の発言から、ラーメンズの舞台に訪れるいろいろなお客さんのなかには以下のようなお客さんが含まれると考察できる。 ・ラーメンズをすごく好きな人 ・二度以上舞台をみている人 ・ラーメンズに興味ない人 ・ラーメンズを知らない人、初見の人 ・客席で冷静なままの人 ・感動を顔に出すことを否定的にとらえる人 ・面白いと感じても、素直に笑わない人 ・感動して泣くことを恥だと感じる人 ・演劇を観るのが苦手な人 根底は、小さな劇場で目の前にいるお客さんを笑わせるところから始まった芸人ですから、そこは大事にしたいと思っている。 様々な観客を前に10年以上も舞台に立ってきた小林流の観客の楽しませ方を考察していこう。 第2節 予備知識がいらない笑い 小林が目指す笑いの一つに「 予備知識がいらない笑い」があるという。 これは「 舞台作品の前に観客は平等であるべき」という思いから及んだものだという。 予備知識がいらない笑いにこだわる理由として、小林は次のように発言する。 初見のお客様も常連のお客様も、同じように楽しんで頂きたい。 ひらたく言うと「まんべんなくウケたい」。 もちろんエンターテイメントにも好みがありますから、万人の大好物になれるようなものではない。 でも少なくとも劇場に来てくれた目の前のお客様には、もれなく楽しんで頂きたいわけです。 では、予備知識がいらない笑いのために小林が作品で制限したものはなにがあるのか。 小林いわく、 「世代や性別などによって、知識にばらつきがある題材は使わないようにしている。 」それは、その題材を知っている人と知らない人とで、受け取る面白さが変わってしまうからだという。 インタビュー記事や、小林の著書から上記の知識にばらつきがある題材をまとめると以下の項目が挙げられる。 ・はやり言葉 ・若者を中心に使われる新しい表現 ・そのとき話題になっている事柄 ・恒例のフレーズ ・おなじみの見せ場 もちろん、シリーズ化したパフォーマンスはあれど、新作には旧作の情報がフリとして機能することが無いように気をつけている、と小林は言う。 上記に挙げた項目は、いわば「内輪ネタ」になりうるものだ。 笑いは共通認識があってこそ起こるものである。 笑いの社会的機能について、笑いと社会の関係に詳しい森下は「 笑い仲間が形成されるには、そのメンバーにある種の共同性が存在していなければならない。 」と指摘する。 ここでの笑い仲間とは、「その連中といるだけで愉快になり自然に笑顔がわき、ジョークがとびだし、互いに悪口を言い、みんなで一緒に笑い合う、そんな仲間である。 」と森下は表現する。 共同性の基礎となるのはたとえば仕事や職場や地域や趣味や階級や世代といったものの共同性であるが、 メンバーが笑いを共有するためには、ユーモアに対する感覚の共同性、とりわけ笑いのツボに対する共通した感性が決定的に重要となる。 笑いのツボの中核をなすのは、 知識や経験、価値観、世界観、人間観といったものである。 小林は、極力までに笑いのツボに差が出ない「 予備知識がいらない笑い」を目指す。 脳科学者である茂木は、過去のラーメンズとの対談記事の中で、ラーメンズが内輪に向けたネタを封印して笑いを作っていると指摘して、次のようにコメントをしている。 ラーメンズはそういうふつうの人を笑わせる回路を閉ざしてる感じがする。 その原体験としてこうこうのときのことがあるっていうのは、すごく面白い。 その場でうまくいっちゃう人って、それで回せるから、どんどんそっちいっちゃうもんね 茂木が指摘する「 その原体験」を理解するには、小林がインタビューで繰り返し答える学生時代のエピソードにまで振り返る必要がある。 彼がエンターテイメントの道に進む原体験はどこにあったのか。 過去のインタビューでの発言を元に推測した記事のを参照いただきたい。 情報によって 観客のパーソナルな部分に入り込む 真っ白な無機質な服を着ている状態でコントをやると、お客さんは勝手に、おまわりさんの恰好とかサラリーマンの恰好とか想像してくれるんです。 …全員がパーソナルなものとダブらせてくれるにはどうしたらいいか考えると、もう無機質な恰好がストレートなんです。 パントマイムの研究を行う藤倉は、パントマイムにおける模写的表現が、 観客の脳に補完を喚起し「現実を再構築」させる芸術であると主張したうえで、イメージの構築は各々の観客がその想像過程に積極的に参加することにより達成されるものだと指摘する。 彼は、 観客の脳は積極的にその過程に参加することによって、その創作物をより現実的な身近な経験として共有することになるという。 余白を残すことで、場面場面に観客の生活、常識、こうなるであろう、こうであろうという一定の図式が出来上がる。 笑うために欠かせない 図式はどのように作られるか 森下は、『ユーモア学入門』で、「知性レベルで生じる笑い」 を論じている。 彼は、知性レベルでの笑いを、「知性の満足から生じる快笑系の笑いのもの」と「知性の撹乱から生じる苦笑系のもの」の2系統があると整理している。 それぞれを「 やっぱりそうか」の笑い、「ええっ、どういうこと?」の笑いと呼ぶ。 加えて、「やっぱりそうか」の笑い、「ええっ、どういうこと?」の笑いとが結びついた笑いを「なあるほど」の笑いとする。 まず、「やっぱりそうか」の笑いとは、図式どおりに現実が進行することによって知性の満足から生まれる笑いである。 ここでいう図式とは、人間が知性に蓄積する「〇〇はこれこれこういうもの」(森下曰く、〇〇の部分は、カボチャでも、時計でも、山でも、パソコンでも、愛でも、人生でも、政治でも、神でも、なんでもいい) という、漠然とした知識あるいは図式である。 森下は、われわれはそのような図式をいくつか組み合わせることによって、推論や予測を立て、そのとおりになることを期待し、そして実際にそうなったとき、「 やっぱりそうか」と知性の満足を感じると論じる。 ただし、あまりに推論や予測が容易すぎるときには、知性はそれだけの働きをしていないから、報酬はわずかにとどまるという。 つぎに、「 ええっ、どういうこと?」の笑いとは、図式のズレからやってくる、知性の撹乱から来る逆説的な笑いである。 常識的図式をくつがえし、それから大きくはずれた姿を認知したときに、ある種の新鮮な愉快さを感じる逆説的な愉快さを感じる。 森下は、この図式のズレから生じるこの逆説的な愉快さこそ、ユーモアの本体ほかならないと主張する。 最後に、「 なあるほど」の笑いは、現実と図式からズレによって知性がひとたび撹乱されたのち、最後にそれが図式の中に再度おさめられることによって生じる知的安心感が、それぞれ愉快感と笑いのもとになって生じる笑いである。 セリフは一行でも少なく 小林は「 セリフはヒント集」というように、セリフによって舞台上の二人の関係性、状況を観客のイメージによってつくられていく。 いわば、観客は舞台上に自分で作った世界観を生み出す状態となる。 僕が台本を書く時には、一文字でも言葉を少なくしたいんです。 まぁ、それはまず一文字でも覚える量を減らしたいからという現実的な事情はありますが笑、「伝えたいことは何なのか」に関わるからでもあります。 観客自らが考えるためのヒントを受け取り、 察する楽しさを味わうことは笑いや感動を押し付けない、観客の体内に発生させることができるのだ。 小林は笑い方には3つあると言う。 「笑われる」「笑わせる」「観客が自分の力で笑う」のうち、セリフをヒントとして使うことで最後の笑いを引き起こすことができる。 "僕の場合には劇場にいらっしゃったお客さんを笑わせて、それからストーリーを理解してもらって、あとは九十分の所定の時間内に納めなければいけないわけで、その目的を果たすためにも、できるだけ体脂肪の低い台本にしていきたい。 (中略)もちろん、演劇に必要な装飾としての言葉というのもあるんでしょうけれども、それにしても「なくても同じ程度の見ごたえ」なのだとしたら、僕としては「ないほうが水準が高いんじゃないかな?」と、特にコントや演劇に関してはそう思っています。 "(中略)そうした考えがあって、セリフにふくまれる説明文みたいなものはいつもタイトにするようにしているんです。 小林は小学校から「広告批評」を愛読していたことや、父が広告代理店で勤めていたことなど、広告に強く影響を受けていることを語っている。 父が広告やってたというのもあるけれど、CFって15秒でしょう。 15秒のなかに盛り込める最大限の情報を入れなければいけない。 入れたい。 それに近いものとして俳句があると思うんです。 CFは映像の俳句だと思う。 で、祖父が俳句家をやっておりまして…小さいころから、おじいさんの俳句、ずっと読んでたんです。 真似事で自分もやっていた。 広告に近いものとして俳句があるというが、祖父に習って俳句をやっていた小林。 時間や文字数などの 「枷」にたいして最大限の情報を盛り込んでいく思考は家庭で培われたものだと考えられる。 単純なルールから 「驚き」や「発見」を見せるということ 小林のつくる作品はシンプルでいて簡単なしくみから、思いも知らない面白さを生み出す。 単純なルールから観客に驚きや発見に見せる作り方について小林は次のように語る。 お客さんが「どういう構造でできているか」をシンプルに理解できるものでなければ。 それこそ「今回はこんな単純なものだけでものごとを実現させますよ」「こういう『枷』でやってますよ」というルール説明をしておいて、ちゃんとお題を解決させるというのが大事なんですね。 何がすごいのかということがわからなければ、ほめてもらえないですから、できるだけ、単純な範囲の中にある驚きを採用するようにしています。 そのようなシンプルでいて、しかもまるで観客が思いつかない発想をみせるという作り方は、 「小さなころからマジックが好きだったために余計にそういうものを作りたいのかもしれませんね。 」と語る。 超能力者とかマジシャンとか、テレビで不思議なことをやるおじさんたちが、僕が子供の頃にいっぱいいたんです。 ユリ・ゲラーだったりMr. マリックだったり。 僕はそういう人たちにすごいあこがれていて、いつも観ていて、そのうちにたとえば「スプーン曲げで曲げる対象がスプーンであること」には理由があると分かるようになったんです。 まず、みんなが「これは硬いぞ」とよく知っているということ。 指先ひとつではとても曲げられるものではないと知られていますよね。 だから曲げたら不思議なのであって、それが「……見たこともない、鉄らしきものでできた何かしらの棒」で(笑)、それをテレビカメラの前で「見てください……はい、曲がりました!」と言われても、「あの棒……何なんだ?まぁ、やわらかいんだろうな」と思うだけじゃないですか(笑)。 しかし、スプーンでやられたら、われわれはスプーンの硬さをしているから、そこではじめて不思議さや面白さが生まれるわけです。 つまり使われている道具をお客さんが「はじめから知っている」ということに意味があるのであって、それは今言ったようなサイキック・エンターテイメントに限らず、コントでも演劇でも、僕はそうなんだよなと思っているんです。 観客があらかじめ知っている素材は、日常に無数にころがっていると小林は語る。 小林がどのような意識で日常を見つめ、拾い集めた素材を磨いていくのだろうか。 アイデアはたどりつくもの 小林の公式サイトで「いつも奇想天外でびっくりしています。 パフォーマンスのアイデアは、どうしたら思いつくのですか?」という質問に対して小林は次のように答える。 僕はずーっと考え続けていられるんで、思いつくというより、そのうちたどり着く、という感じです。 僕は作る段階では「アイデア」という言葉を使っていません。 「何かいいアイデアないかなあ」という言葉で考えてしまうと、無意識のうちに頭の中で「アイデア」という言葉の概念をもとに完成予想図を作ってしまうからだと思います。 完全に自由な状態から、作りたい、観せたいものを純粋に追い込んでいく。 そのうちに「アイデア」と呼べるものにたどり着く、という感じ。 この思考順序は、クライアントが自分自身だからできること。 アーティストという立場の特権です。 アイデアは「ひらめく」とか「おりてくる」と表現されることがあるが、小林は「たどりつく」ものだと考える。 日常のすべてにアイデアにたどりつくためのヒントが隠されているという。 大事なことは、そのヒントをうっかり見落とさないよう、いつでも意識しておくことであるという。 小林賢太郎テレビで、小林は「ヒントの拾い集め方」に対する考えを発言している。 見つけることはできると思うんですよ。 いくらでも転がってますから、面白いことは。 それを、面白がらないともったいないでしょう。 それくらいの感覚でいいと思うし、僕はそれくらいの気持ちで拾い集めてるし。 大事なことはそっから先だよね。 見つけてきたものを並べることは僕はアートでは無いと思うし。 表現を仕事にする以上は、自分の中を通して、出されたものがみんなにお金を払って買ってもらうっていうレベルまでは磨き上げないとなんか、成立してないと思うから。 小林は日常の中で見つけた宝物を 「目で、手で、足で、何日でも考え続けます。 作って、壊して、また組み立てて、壊して、まるめて、壊して・・・。 最終的に『アイデア』と呼べるレベルに到達させる」のだという。 合格の条件は 「シンプルで、わくわくできること」。 小林が拾い集めた素材の磨き方のひとつに、ルールの発明がある。 例を挙げると、小林の作品に「戸塚区」というものがある。 日本の地名の中で擬音風なものを集め、滑舌の良いボイスパーカッションのように繋いだ作品である。 その作品の出発点は、「あるとき『戸塚区』という地名が、口に出すと打楽器の音に似てる」ことに気づき、日本の地名の一覧をプリントアウトして、片っ端から調べたのだという。 このプロセスについて小林派このように語る。 こんなふうに、とくに面白くもない普通の言葉も、ルールを与えることで使える素材に化けてくれることがよくあります。 良いルールにたどりついたら、可能性のある言葉を徹底的に調べ上げます。 埋もれた宝物を見すごしてしまってはもったいないですからね。 拾い集め、磨き、素材へと変えていき、アイデアにたどりつく。 そのアイデアは舞台上で生身の身体で表現されていく。 舞台上にはほとんど小道具を使用しない。 いかに道具を使わずに辿り着いたアイデアの世界観を観客に伝えているのだろうか。 道具を使わずに世界を作り上げる ラーメンズの舞台では、演技においてほとんど小道具を使用しない。 観客は、実際舞台上には存在しない物や、舞台上の2人以外の人物たちの動き、話しぶりを、2人の演技を通じて見ている。 ホルトの生きた20世紀初頭の心理学は、神経や筋肉など、行為をつかさどる諸要素を分析することによって意識の減少が解明できると考えていた。 ホルトはそれを批判する。 たとえば、ホルトがあげるのは次のような魚の例である。 その魚は、右眼に光が当たると左ひれを動かし、左眼に光が当たると右ひれを動かす。 しかし、ラーメンズがおこなっているのはその逆のことである。 それでもラーメンズは、あたかもそこに環境があるかのように、行為する。 そうすることで、行為を制約しているはずの目には見えない環境が、舞台の上に現れてくる。 らしさの笑い モデルはいないほうがいいんです。 取材しちゃうとダメなんですよ。 リアルとリアリティって違うと思うんですけど、リアルを作ってしまうと、その元を知らない人はピンとこない。 そのための、あのセットと、あの芝居なんです。 「 ありがちなこと」や世の中の矛盾や変なこと、すなわち「言われてみればおかしいこと」がネタの中核となる。 この笑いは、日常生活における小さな発見を元に作られる笑芸の最も基本的なタイプであるが、 観客の側の共感が必須の笑いである。 例を挙げると、ラーメンズのコント「不透明な会話」と「名は体を表す」の笑いの素材はどちらも 「誰もが思うことでもあり、見たわけじゃないけどあるあるが成立しちゃう内容」である。 「不透明な会話」のコントは「透明人間を見た!」というパラドックスを取り扱っており、「名は体を表す」では「語感」を取り扱う。 しかし、 "リアル"、つまりは明らかに誰かをモデルにしたキャラクターやどこかを限定させた場所設定を基盤とした場合、その元を知らない人は笑うことができない。 小林は人間観察力に優れ、演技も高く評価されることが多いが、小林の演技の練習法は真似ることに重点が置かれていると、小林は明かす。 "真似ですよ。 好きな役者さんのセリフとかを、ビデオ撮って何回も見て、ずっとしゃべってますもん。 これは一つのトリック。 もう一つのトリックでもあるんですけど、似てない物真似って、オリジナルになってしまうんです。 似てると、パクリじゃんって言われてしまうけど、似てないがために、小林賢太郎が作った新しいキャラクターになったりすることがある。 (中略)どこかでみたことあるような気にさせる芝居にはしなきゃと思ってるんです。 他方、ラーメンズのコントで描かれる「非日常の中の日常」の仮想世界とが対比される。 しかしラーメンズのコントで描かれる日常は、どこか観客が経験してきた馴染みの景色とも共存する。 ゆえに、観客は非日常の世界を抵抗なく受け入れることができ、笑えるのである。 「夢」を作る 故にダメを笑う行為を制限する ラーメンズでは、「予備知識がいらない笑い」を制限するだけでなく、コント上で「ダメを笑う」ことや「おどけて笑わせる」行為も制限している。 「ダメを笑う」行為を避けていることについて小林は、このように答えている。 例えば気にしている体型のこととか、年齢のこととか、そういった人のダメな部分で笑いを取るのは、僕は美しいとは思えないし、見えないところでだれか傷ついてるような気もする。 笑える人と笑えない人がいたりするんですよね。 もちろん本人が弱点を笑いに変えて、ポジティブに生きていくことはすごく大事なんですけど、僕たちが作ってるものは「商品」であって「夢」ですから。 身体的または能力的にネガティブなところに触れて笑いを取ることは、小林は作品に使わない。 自分も他人を傷つけない笑いは、小林がコントは商品であり夢であるべきという考えが基盤となっている。 意図して封印してる?ナチュラルな指向性の表現なのか」という質問に対し小林は次のようにこたえる。 最初の最初は択んだ。 「僕にできることはなんだろう?」「僕らしさとはなんだろう?」「みんなに僕にやってほしいことはなんだろう?」って。 そういうものが積み重なって、いまの自分の選び方になっていったんだろうなっていう気がしますけどね。 茂木はその答えに対して「芸術上の大収穫って、今まで使ってた大ネタを封印することで生まれるから」と絶賛するが、小林は「もともと面白い人ではなかったから、僕は。 追いこまないとダメだったから。 」と自分を評する。 第3節耐久性のある作品をつくるため 「エンターテインメントの世界には、旬やブームがあって、それゆえに続けていく難しさがあると思うのですが、小林さんの先品はそことは一線を画していますよね」という質問に小林は次のように答える。 僕の作品はあんまり関係ないですよね。 瞬発力がないぶん、持続力のある作品でありたいと思っています。 その分ブームは作れない。 ある程度のクオリティーを保って経済的な成功をしながら継続し続けるということ。 僕はプロでやっていますから、僕は表現活動することでご飯を食べている人達がいるので、そこは社会人としての約束事ですよね。 きちんと守らなければいけないことがあって、その上で続けていけることが理想だと思います。 " 理想の笑いについて、「予備知識のいらない笑い」ともうひとつ「 古くならない笑い」これも出来るだけ心がけるようにしているという。 例えば10年以上経っても当時と同じように笑えるコントは、純度が高いというか、本質的な笑いに近いのではないかと思うからです。 アナログで作る理由 考え抜かれた作品は、すべて身近な言葉や道具で表現されている。 「わかる道具でやらないと意味がない」とは、彼の手掛けるすべての作品に通じて言えることである。 時代を反映した要素、流行りの商品名、固有名詞などは使わない。 作品が古くならないようにするには、古いものを使えばいい。 新しいものは古くなっていきますけど、古いものはすでに古いから、そんなに変わらない。 スタンダードになるものは、スタンダードになるだけの実力を持ち合わせている。 ラーメンズがからだ二つでコントをするのには、スタンダードになるための一つの理由である。 ラーメンズの基本はアナログです。 デジタルの世界はものすごいスピードで進化しますよね。 でも人間の手が2本あって、指が5本あるってことはこの先も変わらないと思うんです。 それでできることを追い込んでやっていくことは、ひとつのものごとを極めていくことにつながるんじゃないかと。 こんなことをやったらお客さんが喜んでくれるんじゃないかという感じではなくて、僕がやりたいことをやりたいんです。 僕が見たいと思うものを、一生向き合えるような作品を生み出せるようになりたいですね。 …定番になりうる実力のある作品だからこそ、上演され続けるんですよね。 定番になる作品を作ることは今後の目標のひとつではあります。 それこそ僕が死んでからも誰か違う役者が演じ続けてくれるような作品ができたら、作家としては本当のエゴの達成ですよ。 でもどうしていきたいか、どうなっていきたいかというのは、実はあんまり重要じゃないと思っていて。 やらなければいけないことはどんどん自然に現れていくので、逆らわずにやるのみです。 第2章 プロとしての覚悟 第1節表現者として成長するため 小林賢太郎テレビのセットを手がけるスタッフは、製作裏話として小林のこだわりを明かしている。 どうしてセットがあるのか明確な理由がないとつくりたくないと。 (中略)カット割りをせず、ワンカットだけで5分もつコントのほうがレベルとしては高いと考えている。 好みとして、セットは真っ黒や真っ白の空間が多くなります。 なくてもいいものはなくすミニマムな舞台は、なぜつくられたのか。 表現者として成長するため、と作品の実力を純粋に評価してもらうための二つの理由が考えられる。 小道具やセットを使わない理由として小林はこのように語る。 そういう道具については、なにか「基礎ができるようになってはじめて、そういうものの力を借りていいんだよな」と自分で決めていたんです。 ほかの要素が自分を守ってくれている状態では成長できないだろうと思ってぜんぶ排除する、というところからコント作りをはじめたんです。 衣装とかセットとか音楽とか、そういうものには力があるから頼ってしまうんですよね。 ただ、お客さんがそのセットとか衣装とか音楽とかの効果もふくめて「今日の舞台は面白かったな」と言ってくれたとしても、それは企画力や演技力で純粋に評価されているわけではないから、実力を正しく捉えられないと思って……。 小道具やセットや衣装は「もの」として舞台上に存在すると観客はそこから情報を得ようとする。 しかし、ラーメンズ では何にも使わずに観客にものの存在を想像力をもって補う。 それには演者側の技量が相当必要となる。 ラーメンズについて小林は高地トレーニングのようだと発言している。 やっぱりラーメンズは一番むずかしいですね。 高地トレーニングみたいな感じというか。 自分を守ってくれるものが何もないので、そういう意味ではいいフィールドだと思います。 作品にお金をかけようと思えば、いくらでもかけることはできる。 しかし、役者が台本を演じるだけの無装飾な作品ならば、予算もずいぶん抑えられる。 そんな経済的な面の理由もあるが、なによりも無装飾な笑いは、 芸で食っていくための覚悟の表れであろう。 芸で食っていくためには憧れよりも覚悟 小林はデビューしてからコントや演劇の上演だけで生計を立てることが割と早い段階でそうなることができたと語る。 まず、芸で食ってるという憧れを現実にするために、アルバイトを辞めた小林。 憧れは覚悟に変わり、とにかくコントがウケなくては生活していけないという自分の命に関わることとしてコントに向き合いはじめたという。 そうして「 面白くなりたい」「ウケたい」「売れたい」という欲が強くなった上で、一番鍛えられる方法としてとったのが映像やセットや衣装替えをしない「無装飾」というやり方であった。 小林はデビュー当時を振り返る。 勝負はコントの面白さだけ。 脚本や演技の実力が一番バレるやり方です。 思惑どおり、大変でした。 その分成長できたと思います。 脚本や演技の実力が鍛えられる手段としてとられたのは無装飾という目で見えるものだけではない。 コントの題材もまた、制限をかけて小林は作品を作っているのだ。 日常で見応えをつくる ラーメンズのコントには ・人が死ぬ ・大事件が起こる ・極端な非日常 ・極端で品のない言葉 ・グロテスクな言葉 ・差別的な言葉 ・激しくおどける行為 ・変な顔、奇声を発する ・社会的モラルに反すること などといった事実として強い出来事は使われず、あくまで登場人物にとっての日常が描かれる。 強い出来事を扱わないことにたいして小林はこう語る。 事件を起こしたくないんですよ。 人が死ぬとか銀行強盗とか大惨事とか。 そんなのドラマがあるに決まってるじゃないですか。 それがない状態で同じような見応えを作ることができるなら、絶対そっちのほうが上質だと思うんです。 ラーメンズが衣装替えをしないのもそこなんです。 セットがないのもそこなんです。 セットや衣装に見応えがあったら、弱い脚本でも面白いかのように見えてしまって、これは損なんです。 脚本家が育たない。 これは僕の欲ですね。 極端でない、激しくない、登場人物にとっての日常で見応えのある作品をつくれる実力、商品としてのクオリティに昇華させるためには、ストーリーやセリフで面白さを的確に表現する脚本家と表現者の両方の実力が必須である。 また、上記で小林の舞台は消極的な観客に合わせて作られていると述べたが、その環境も表現者としてトレーニングになるという。 欧米と比べて、日本人は感受性が乏しいいう意見があるそうです。 しかし、感動しづらい人を感動させる努力は、酸素の薄い山の上でマラソンのトレーニングをすることに似ています。 表現力を鍛えるには、いい環境だと思っています。 (小林賢太郎『僕がコントや演劇のために考えていること』幻冬社 97頁) なぜここまで小林は自分を追い込めるのであろう。 小林は「枷」という言葉を用いて、自分の表現者としての理想を明かす。 「枷」を作って、その中で自分の能力を最大限だしていくという創作をどんどん繰り返していけば、スキルがどんどん上がっていくでしょう?"あらゆる「枷」を自分に設定して、どんなお題でも解けるようになっている。 もしもそうした達人的な表現者になっていたら……その時にこそ「枷」なしで、ジャズみたいにもう、思うままに物語を作ってみたら、今はできていないことが何かできるかもしれないじゃないですか。 「自分の作品で目の前のお客さんを楽しませる」ために自分の作ったものをプロとして発表するのなら、それを買ってくれるお客さんには、計り知れない最高のレベルに達していなければいけない。 そのためには、自分自身を疑い続けて、ハードルを見つけて、乗り越えてという革命を自分の中で何回繰り返せるかが勝負と小林は語る。 まとめ 小林が情報不足な世界を作った理由として、以下の3つが考えてきた。 ・はやり言葉 ・若者を中心に使われる新しい表現 ・そのとき話題になっている事柄 ・恒例のフレーズ ・おなじみの見せ場 ・人が死ぬ ・大事件が起こる ・極端な非日常 ・極端で品のない言葉 ・グロテスクな言葉 ・差別的な言葉 ・激しくおどける行為 ・変な顔、奇声を発する ・社会的モラルに反すること ラーメンズの情報不足のコントは、小林の憧れと覚悟によって生まれたものであった。 コント ユーモア学 人はなぜ笑うのか ミニマム 研究 情報制限 小林賢太郎.

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