大人 に なれ なかっ た 弟 たち に。 おとなになれなかった弟たちに…

「大人になれなかった弟たちに…」

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

2 1年生の授業で、「大人になれなかった弟たちに…」を読んだ。 今日が初回。 この作品は、俳優の米倉斉加年さんが 戦争中に栄養失調で亡くなってしまった弟の話を 絵本にしたもの。 今年から教科書が変わったので、 私にとっては10年ぶりくらいに扱う教久々の教材。 まず、少し戦争の話(空襲とか配給とか…)をしてから、 教科書会社作成の朗読CDをかけた。 この作品の朗読は、米倉斉加年さん自身。 「筆者本人が朗読しているからね。 」と前置きしてから聞いた。 日頃元気な受け答えをしてくれる1年生が、 しーんとして、みんな真剣に教科書を読んでいる。 それはいつもと似ている光景なんだけど… 何かが違う。 水を打ったような静けさ。 重たい空気。 39人の生徒たちの感性が大きく揺れているのを感じた。 こんなことは初めてだった。 いろんな生徒たちとこの話を読んできたけれど、 読んでいる最中にこんな雰囲気を感じたことってなかった。 いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって、 CDを聞きながら、私の方が泣きそうになってしまった。 CDを聞き終わった後の授業が、またすごかった。 いつもはお調子者の男の子まで、真剣にノートに向かっている。 「感想を言ってくれる人?」と聞いたら、たくさん手が上がった。 一人一人当てていくと、神妙な顔をして 「戦争ってこんなことになってしまうのかと悲しかった」 「母の強さが支えになっていたと思った」 「弟の死を看取った僕とお母さんの気持ちがかわいそうだった」 などなど、いっぱい語ってくれた。 一人目を当てて発表してもらった後に、はっと気づいた。 「手をあげている子は、感想を言うことで、 今の気持ちを私に癒してしてもらいたいのかもしれない」 人は、文章を読んだり映画を見たりしたときに感動してしまうと、 それを誰かに語りたくなる。 言うだけではなくて、相手に共感してもらうことで、 ホッとしたり、感動が倍になったりする。 それと同じような気がした。 だから、感想を言ってくれた子に少しずつコメントした。 みんなホッとした顔になる。 きらきらした目でうなずいている子もいる。 なんだか、感動した。 この子たちの感性に見合うような、 良い授業をしないといけないと、気持ちが引き締まった。

次の

おとなになれなかった弟たちに…

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

しかし「ヒロユキ」とカタカナで書くことにより、戦時中に栄養失調で死んでいった多くの子ども達すべてを表現するために、「たち」という複数形を用いたのだと思います。 ちなみに戦争で死んだ子どもというのは、「ちいちゃんのかげおくり」のちいちゃんのように空襲で死んだり、ヒロシマやナガサキで原爆で死んだりした子どもばかりではありません。 戦争末期から戦後にかけて食糧不足の中、弱い者から栄養失調や病気(当時、薬も不足していました)で死んでいきました。 一番弱い者…それは乳幼児でしょう。 「・・・」の省略法には、どんな気持ちがこもっているのか、それは作品を読んだ読者に任されていると思います。 ちなみに、原作の絵本には「母に捧ぐ」という言葉が添えられています。 もしこの話が、作者の母親に捧げるものであるとするならば、「弟たちに・・・」の「に」にはどんな言葉が続くのでしょう。 この作品は、栄養失調で亡くなった子ども達への鎮魂歌(レクイエム)のような気がしますね。 そのときの 顔を、僕は今でも忘れません。 強い顔でした。 でも 悲しい悲しい顔でした。 僕はあんなに 美しい顔を見たことはありません。 僕たち子供を必死で守ってくれる 母の顔は、美しいです。 この部分には「顔」という言葉が5回も使われています。 読者の注意を喚起する反復表現です。 それぞれの顔は以下の関係になります。 強い顔+悲しい悲しい顔=美しい顔=母の顔 「強い顔」とは「子供を守ってくれる顔」です。 そして「悲しい悲しい顔」とは、誰にも頼らずに一人で命がけで守ろうとする顔」です。 この叙述の直前、親戚に「食べ物をもらいにきた」と誤解され、弁解せずに「くるりと後ろを向いて」帰ってしまいます。 誰にも頼ることができないことを悟り、たった一人で子どもたちを守っていかなくてはいけないと決意した、強さと悲しさがあるのでしょう。 思うはずがありません。 「子供を必死で守」ろうとした母親ですが、ヒロユキを守りきることができなかったのです。 そして「子供を守れなかった」という事実を一番受け入れることができなかったのは母親自身です。 この言葉は、「『ちいちゃんのかげおくり』のようにひとりぼっちで死ぬよりずっとましだった」と、なんとか自分を納得させようとする言葉です。 ヒロユキの死を「自分のせいだ」と思って、それでも自分をなんとか納得させようとする言葉なのでしょう。 そして納棺の時に、母親はヒロユキ自身が大きくなっていることに気づきます。 自分の中では「小さい」赤ちゃんで、自分が守ってやらなくては生きていくことができないと思っていた母親ですが、ヒロユキ自身もまた「生きよう、成長しよう」としていたことに気づき、ヒロユキの無念さを思って初めて泣くのです。

次の

大人になれなかった弟たちに・・・

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

国語の問題がわかりません。 『大人になれなかった弟たちに…』という教材の問題をやっているのですが、次の問題の答えがどうしてもわかりません。 どなたかわかる方いらっしゃったら回答してく ださるとありがたいです。 (所々改変してます。 ) Q. 文章中に「その時、母は初めて泣きました。 」とありますが、この時『僕』が感じ取ったことを次の中から2つ選びなさい。 母がそれまで涙をこらえて頑張ってくれていたこと。 母の方がヒロユキを愛していたこと。 母は戦争を憎んでいる思いをずっと隠していたこと。 母は成長に気付かないくらい弟に興味がなかったこと。 弟の命を守れなかったことに対して母は悔やんでいるということ。 『ナガサキ』、『ヒロシマ』などと作品中で所々片仮名になっているのは、作者のどんな意図があるからですか。 よろしくお願いします。

次の