小池百合子 学歴。 「小池百合子学歴詐称の真偽」と「アラブ文化の真実」【イスラーム法学者・中田考】(BEST TIMES)

小池百合子氏が学歴詐称疑惑をスクープした文藝春秋を簡単には訴えられない法的理由

小池百合子 学歴

小池百合子氏は7月の東京都知事選に出馬を表明。 一方小池氏の正体について書かれた『女帝 小池百合子』が話題になっている。 これまでも問題化されてきたのが学歴詐称問題。 「カイロ大学を首席で卒業は? ではないのか」というもの。 『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』(サイゾー刊)が話題のイスラーム法学者・中田考氏は、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程を修了。 小池氏の学歴問題に白黒つけた。 またそこから見えるエジプト文化の真実を語る。 見ての通り写真はホッチキスで一ヶ所とめただけだし、タイプした文字を白い修正液で消したところ、ボールペンで消した跡もある。 本物でもこんなもの」(中田考氏)。 学部長、学長、会計係の判子がある。 会計係、学長、学部長の判子がある。 さて卒業証書は本物か? 今回掲載した写真は、私のカイロ大学での博士号取得証明書です。 博士号の取得は1992年、発行は1993年です。 昔のものなので、タイプライターで書かれています。 学長、学部長、会計係それぞれの署名があり、博士号の取得だけではなくて、取得したテーマについても記述があります。 優・良・可でいうと良にあたるSecond Honour'sで取得しています。 この書類で重要になるのは名前です。 名前がHassan Ko Nakata ハサン・コウ・ナカタ とありますが、これがパスポートの名前と異なっているんですね。 アラビア語の命名システムは、「自分の名前・お父さんの名前・おじいさんの名前」になります。 ですから「ハサン・コウ・ナカタ」と表記した場合、「ハサン」は私の名前、「コウ」は私の父親の名前、「ナカタ」は私の祖父の名前と、普通は理解されるんです。 全然違うものなんですね。 ところが大学に入る時、うっかり自分の名前をエジプトでの通称「ハサン・コウ・ナカタ」と書いたら、証明する文書も要求されずに見せずに登録されてしまったんですけれども、最後に博士号を取るときに、「パスポートと名前が違うじゃないか」と言われまして、それで後から変更してもらいました。 カイロ大学もそうですし、エジプトはそういう、日本の感覚からすればだいぶ適当なところなんです。 今回週刊ポストに再掲載された、小池百合子さんが93年に公開したカイロ大学の卒業証書(以下リンク参照)ですが、真贋はわかりませんが、私は基本的に信憑性高いと思っています。 news-postseven. html? DETAIL カイロ大学の成績評定は5段階で、5段階目が不可です。 A・B・C・D・EでEが不合格ということです。 小池百合子さんが公開された証明書での評定はCに相当します。 わざわざ評価の低い証明書なんて偽造しないでしょうから、信憑性は高いと思います。 大学から卒業証明書ではなく、「小池百合子は卒業生」という声明が出てきたのは、多分現物が無いからでしょう。 カイロ大学もエジプトも、そもそも記録が保管できるシステムになってない。 私も博士号を取ってから2年経ってもけっきょく博士の学位記はもらえませんでした。 最初からそれは予想できたので、取りあえず貰える博士号取得証明書はもらえるうちにできるだけたくさんもらっておこうと思って4枚もらったのです。 多分、学位記は結局今も作られないままうやむやになってしまったと思います。 学位記や証明書の許になる名簿自体、40年前のオリジナルの原本なんて探そうにもとっくになくなっているのではないかと思います。 カイロ大学には「卒業した」と宣言する資格があるわけですから、それでいいんじゃないですかね。 小池さんの評定は下のほうですから、「首席」というのは嘘というか、そもそも「首席」というのが何を意味しているか、これはわからないですよね。 カイロ大学の首席のわけはないし、文学部のわけもない。 社会学科の首席だった、あるいは外国人の首席だったのかもしれないけれど、「どこの首席」って書かれてないから、嘘とも言いきれないと思います。 小池さんが在籍していた当時、カイロには私立大学がほとんどなく、国立大学だけでした。 唯一の例外が「カイロアメリカン大学」というアメリカ資本の大学なんですけれども、それ以外は私立大学はひとつもなかったのです。 ナセルが大統領だった1960年代、腐りきったエジプトの機関の中で、大学の成績に関しては、唯一賄賂が効かないところとして知られていました。 私が在籍した1990年前後にはかなり崩れていましたが、それでもその後の時期よりはマシでした。 だから多分、小池さんが在籍していた1970年代にはもうちょっとマシだったと思います。 カイロ大学の成績評価はそれなりに厳しかったんですよ。 話題の『女帝 小池百合子』にも「カイロ大学は入学は比較的、外国人には甘い。 しかし、進級試験は厳しく、コネも効かないといわれる。 」と書かれています。 ただし、それとはまったく別に「客人」という論理、要するに「お客様をもてなす」というような論理があります。 小池さんに関しては、そちらのほうが強かったと思います。 中東には「客人をもてなす文化」があります。 客人とは「その社会のなかに頼る人がいない」人のことです。 お金や権力は全然関係ありません。 局地的なことで言えば、「隣町や隣の村から来た人」程度であっても、そこに頼りになる人がいなければ「お客さん」です。 ですから、エジプトだと、外国人は一般的に客人なわけですが、スーダン人やパレスチナ人など、言葉も同じアラビア語をしゃべり、国籍を超えて親戚がいたりするアラブ人はあまりお客さん扱いされません。 しかし見かけも、言葉も、文化もまったく違う「非アラブ人」は明確に客人扱いされます。 もちろん「いつまで客人でいられるか」という話もあります。 私なんかはムスリムとしては同胞でもあったこともあり、最初は客人として扱ってもらえましたが、だんだんぞんざいに扱われるようになりました。 でも小池さんの場合、女性でもあるし、ムスリムでもないし、誰がどう見てもエジプト全土に百人ほどしかいない珍しい日本人だったわけですから、あらゆる意味で客人だったでしょう。 父親の小池勇二郎さんのコネによるエジプトの元首相アブデル・カーデル・ハーテムからのカイロ大学への紹介もあったことだし、百合子さん自身も当然客人として振舞ったと思います。 ですから彼女も外国人の客人として特別扱いをしてもらって卒業したんだと思います。 それは全然おかしなことではなくて、アラブでは普通のことです。 アラブに行った人間であればそこの感覚はよくわかると思いますが、日本ではあまり理解されていないでしょう。 カイロ大学にはとにかくすごい人数の学部生がいます。 私が在籍していた文学部哲学科では、学部生の人数は哲学科だけでも3000人と言われていましたから、文学部全体だと万単位でしょう。 ですから教員も事務も、学部の学生の名前なんて基本的には誰も知らないんです。 但し、小池さんの場合は非常に特殊なので、多分学校側はみんな知っていました。 なぜかというと、カイロ大学はアラブ世界で最も権威ある名門大学でしたからアラブ諸国からの留学生はたくさんいましたが、「非アラブ人の学生」がほとんどいないんです。 私の時にも、非アラブ人の正規の学生は私だけでした。 哲学科には私しかいなかったし、全文学部合わせても何人かいた程度です。 ですから日本人である小池さんのことは、全員知っているんです。 要するに外国人の学生がほとんどいないから、例えば語学コースも用意していません。 そういうケアが一切なにも無いので、だからこそお客様として扱うという文化があったと思います。 当然お客様として、特別な試験を受けさせてもらうとか、そもそも試験をうけないとか、「何もせずにその人間を帰すというわけにはいかない」という扱いをされていたと思います。 留学生に対しては、そういうことはありますよね。 だから私は基本的に、小池さんは卒業してるんだろうと思ってます。 それはもちろん「お客様」として扱われたからです。 アラブはそういう文化なんで、変なことでもなんでもないんです。 エジプトは、細かい事件から大きな事件まで、毎日がトラブル処理で追われる所なんで、まともな神経ではやっていけないところなんです。 単に「電球が切れる」レベルのことでも本当に解決しないんです。 住居の召使いみたいな人に「電球変えて」って頼んだら、お金だけ持って消えちゃうとか、そういった話が日常茶飯事なんですよ。 私が借りた家具付のアパ-トに電話がなかったので、大家に頼んだら「あ、じゃあ来週つけるから」って返事されて、結局2年間そのままで終わりましたからね。 ともかく一事が万事、あらゆるレベルですべてがそうなんです。 そういうところでやっていたわけだから、小池さんも日本でのトラブル程度では動じないですよね。 その辺の感覚はなかなか、日本にいるとわからないでしょう。 『女帝 小池百合子』を読むと、彼女はかなりいい加減というか嘘吐きのようですが、政治家なんてそもそも嘘吐きですからね。 それを言うなら安倍のほうがもっと酷いでしょう。 NHKテレビの国会中継でみんなが見てる前で言った間違いを平気で書き換えさせるわけだから。 それに比べたら小池百合子なんて全然かわいいものです。 アラブの政治家の中には何百人、何万人と殺してるレベルの悪い奴がたくさんいるわけですから、私はそういうのをほっといて小池百合子だけ叩こうって気にはまったくならないですよね。 優先順位が違います。 私自身にとっては個人的な利害関係からいうと小池さんはどちらかというと敵ですので弁護する理由は何もありません。 今は仲が悪くなったみたいですが、『女帝 小池百合子』にも出てくる彼女のバックにいた右翼の活動家のせいで私は「私戦予備及び陰謀罪」の容疑で捜査を受けるハメになったんです。 これは後になってあるジャーナリストから聞いた話で、関係者の話とも符合するので本当だと思いますが、実はその男が「ISILにコネがある」と言って人を送り込んでいて、そのための偽の団体を作って、私の名前を勝手に騙ったらしいんですね。 当然警察も途中で気がついて私が無関係だったことは知っていたはずですが、あの辺は政治家とつながってるんで、多分アンタッチャブルなので彼らには捜査の手は伸びず、私たちが不起訴になっただけで曖昧に処理されたのです。 かつては児玉誉士夫だったり、こうしたうさんくさい右翼の有象無象が政治家たちの裏でうごめいていたわけですが、そういうのの一番下っ端だったのが、小池百合子の父親の小池勇二郎だったんです。 文:中田考/構成:甲斐荘秀生/写真:内閣官房内閣広報室 CC BY 4.

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小池百合子に学歴詐称疑惑!カイロ大学を主席卒業?高校などもチェック!

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窪田順生 [ノンフィクションライター] くぼた・まさき/テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。 これまで200件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。 情報戦の裏側 できれば起きてほしくない「不祥事」だが、起きてしまった後でも正しい広報戦略さえ取れば、傷を最小限に済ませることができる。 企業不祥事はもちろん、政治家の選挙戦略、芸能人の不倫ネタまで、あらゆる事象の背後にある「情報戦」を読み解く。 学歴詐称疑惑が燃え上がる中でも、都知事再選が固いと思われる小池都知事の「したたかさ」とは Photo:JIJI 都知事選を控えて燃え上がる疑惑 小池氏再選にどう影響するのか 都知事選を来月に控え、小池百合子東京都知事の「学歴詐称疑惑」が盛り上がりをみせてきた。 「日本人女性として初めてカイロ大学を首席で卒業」という、華やかなプロフィールが虚偽ではないかというこの疑惑は、これまでも選挙のたびに指摘されていたが、いつも決定的な証拠がないまま鎮火していた。 しかし、今回は先日発売された『女帝 小池百合子』(石井妙子著 文藝春秋)の中で、若かりし頃の小池氏とルームメイトだった人物がかなり具体的な証言をしたことから、いつになく炎上しているのだ。 これを受けて、カイロ大学の学長が「小池氏は1976年に卒業している」と声明を出したものの、「エジプトではコネや賄賂で経歴詐称くらい不可能ではない」という指摘が相次ぎ、真相究明を求める声が収まらない。 ついには都内の男性から、東京地検特捜部に有印私文書偽造の告発状が郵送される事態まで発展。 18日公示の選挙戦では、「学歴」が争点の1つになる可能性も否めないのだ。 「しっかりと政治をしてくれれば学歴なんてどうでもいい」という都民もおられるだろうが、人間というのは1つ嘘をつくと、その嘘を隠すためにどうしても新しい嘘をつかなくてはならなくなる。 つまり、40年以上も学歴詐称で周囲を騙してきた人は、「嘘」をつくことの罪悪感が麻痺してしまっている可能性があるのだ。 そのような虚言癖のある人に、透明性や公平性が求められる公職がふさわしくないことは、説明の必要もないだろう。 そうした意味では、この「疑惑」は有権者に対してしっかり説明されるべきものなのだ。 ただ、その一方で個人的には、今の「疑惑」というレベルでは、小池氏の再選を阻むほどのものにはならないのではないかと見ている。 むしろ逆に、小池氏の再選にとって「ナイスアシスト」になってしまう可能性の方が高いのではないか、とさえ思う。 「小池百合子」という政治家は、自分に向けられた「批判」をセルフブランディングに活用することに非常に長けているからだ。

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自民党の田村利光議員が、「(カイロ大学を)卒業したのなら、卒論を書いたのでしょうか? 書いたのならテーマをお聞かせ下さい」と質問したのに対し、小池氏は「卒論という制度は学部、学科によって異なる。 自分が卒業した文学部社会学科には卒論はなかった。 当時の同級生たちもそのように言っている。 たぶん取材をなさったのは、別の学科の方ではないかと思います」と答えた。 これには「はぁ~?」と思わず声が出た。 小池氏と同じ年に卒業したカイロ大学教授は「卒論は必須だった」と証言 当時(そして現在も)カイロ大学文学部社会学科に卒論があることは、関係者なら誰でも知っている。 筆者は念のため、2018年9月17日にカイロ大学文学部社会学科を訪問し、小池氏が卒業したと称している1976年と同じ年に同学科を卒業した現役の社会学科の教授に会って、そのことを確かめた。 同教授の発言は次の通りである。 「カイロ大学文学部社会学科(1学年約150人)では、全員が卒論を書かなくてはなりません。 4年生の1年間は卒論を書くためのプロジェクト立案、資料集め、インタビューなどに追われます。 私の卒論のテーマは、『職業集団としての猿の調教師』で、分量はアラビア語で80~90ページでした。 他の学生の卒論のテーマは、教育、社会統制、カイロの貧民街、犯罪学というようなものでした」.

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