中村 トメ 吉。 中村トメ吉の本名は?アクロスでの評判は?結婚や年収を調査!

美容師・中村トメ吉氏が「オーシャントーキョー」を卒業 高木琢也代表と創業時から活躍

中村 トメ 吉

考え始めたのは1年くらい前からですね。 仕事に対して、ワクワク感や面白さを感じづらくなっていたのは事実。 自分勝手ですが、創業5年で年商10億円とか、自分の中で立てていた夢や目標を次々と達成するうちに、理想や考え方、目指す先が変わっていきました。 昔から目立ちたがり屋の性格もあったので、以前はブランドサロンをつくって、カリスマ経営者として思いっきり目立ちたいと思っていました。 男の夢ってあるじゃないですか。 いいとこ住んで、いい車に乗って、いい時計つけて、いい飯食べて、いい女といてみたいな 笑。 いろいろ叶えて手に入れてそこから見た景色は、自分を満たすものではなかったというか・・・。 いま思うと20代の起業には「利己」の感覚が強くありました。 だけどサロンの経営とマネジメントをして、スタッフと向き合い、いろんな経営者とかわるうちに「裏方で経営とマネジメントに専念したい。 イチから仕組みやビジネスモデルをつくりたい」と考えるようになりました。 たとえて言うなら、街ができて人が集まってから、地下鉄とか道路のインフラを作り直して再開発するのって難しいですよね。 先にしっかりとした土台=インフラが必要だと思いました。 僕の理想や想いだけでそうするには、もはや街が大きくなり過ぎた、という感じです。 この規模で長期的に未来を見据え、成長と変化を継続していくにはこのままだと続かない。 だからこそ辞める前の1年くらいは組織改革に専念して。 35歳になったらハサミを置き、さらに経営に専念しなければいけないと覚悟を決めましたが、そこに対して賛同を得られない・・・。 僕がやっていたことは表面的な結果として見えづらいと思います。 美容師として表に出続けることが大事だと考える仲間からすると、裏方にまわりたいという僕の想いは、「何を言っているんだよ」と引き止めたいものだというのは十分わかります。 社長の自分にとって一番優先順位が高いことは「会社を継続させること」です。 それが担保できて初めて、自分が辞められると考えていました。 そのためにバックオフィスを整えて、短期の計画も立てて。 言うなれば、運転席から外れるために動いていたので、自分が辞めても会社はまわるようにしていたつもりです。 たくさんの時間を共有した弟子たちも残るので、安心もしていました。 彼らには全てを伝えてきましたし、僕が辞めるくらいでブレる奴らじゃありません。 事前に辞める予定を広報してしまうと、会社の中を大きく変えてしまうことになる。 人が乱れ、流出してしまうかもしれない。 それは「会社」にとって得策じゃないと考えたんです。 世間に対してはインスタで発表したんですけど、その文面も「どういう伝え方がお客さまや会社にとっていいか」という観点で、高木や幹部と相談して決めました。 僕からは誰にも連絡をしなかったし伝えなかったので、辞めると発表した日から、家まで会いに来てくれるスタッフはちょこちょこいました。 突然家の下に出待ちしてて「どういうことですか、納得できません!」みたいに。 僕はこれまで、中学を卒業したらもう中学の友達とはつるまない、高校の時もそんな感じで、そのステージごとに人生をかけて全力投球するので、やり尽くして卒業したらいったん全部リセットしてきました。 昔、夢であった医者、サッカー選手、バンドマンなどもやりきってキッパリ辞める。 次にいくために。 そのときは「OCEAN TOKYO」が自分のすべてだったからこそ、リセットしなければいけないという想いがありました。 でも矛盾しているかもしれないけれど、そんな自分に会いに来てくれたのは、やっぱり嬉しかったですね。 もちろん僕からは「GOALD」に一切誘ったりはしていません。 けれど付いて来ると言う仲間がいなかったら、こんなに早く新しい美容室をオープンしていなかったかもしれません。 当初は辞めてからしばらくは、世界一周でもしようか、いろんなビジネスの依頼もいただいているからそれをやってみるか…、なんてことも考えていたんです。 だけど付いて来てもらったからには、彼らを輝かせたい。 現実的にも早く雇用しなきゃならない。 それで急いで登記して店をおさえて、9月にオープンを迎えました。 司法書士さんや内装業者さんにも「こんなに急かされたことはないし、過去イチ早く出来た」って言われました 笑。

次の

GOALD 中村トメ吉/リセット、そしてリスタート。|業界TOPインタビュー|連載記事|美容サロン経営を学ぶならホットペッパービューティーアカデミー

中村 トメ 吉

2018年10月1日放送 NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』にてOCEAN TOKYOが取り上げられました! 「だからうちの若手は動かなかったのか! 」 50代・男性・管理職 「若手に仕事のモチベーションを持たせ、持続させるには? 」 「若手はなぜすぐ辞めたい、と思うのか? 」…悩んでいた答えがここに。 50代・女性・会社経営者 中間管理職メンバーに読ませたい! 50代・男性・会社代表 36歳、狭間の世代としてどストライクに響く本。 「先輩」「上司」「先生」は必読。 30代・男性・営業所長 読み終えた。 でも響き過ぎて、またすぐ読み返したい! 40代・女性 ---------------------------------------------------------------------------------- 「若手を動かせる人」こそ、成功できる! 社員平均年齢23. ツイッター122万人、インスタグラム52万人、YouTube登録者数92万人! YouTube再生2億3700万回突破! Twitterのトレンド入り数回! 数々の「日本一」記録を塗り替え、社会現象を起こす若手美容集団、 「OCEAN TOKYO オーシャン トーキョー 」代表、初の著書。 「最速で若手を育てるプロ」が伝授する 若手社員のモチベーションの育て方と、 気持ちよく人を動かすための21の鉄則。 隠れた能力を引き出し、最大限の結果を生むための教え方、伝え方とは? 年の離れた社員と「最適な距離感」を構築する、シンプルな方法とは? 部下や後輩から圧倒的な信頼を得て、自分についてきてくれるようになる、チームとしての仕事が飛躍的に伸びる極意とは? 若手の「モチベーション作り」を間違えなければ、社会現象すら起こせる! スタッフのTwitter、Instagramのフォロワー、YouTubeのチャンネル登録数の総数 【こんな人におすすめ】 「最近の若手は、何を考えているのかわからない」 「新卒の指導を任されたが、どうしていいのかわからない」 「後輩が、指示したことしかやろうとしてくれない」 「もっと部下や後輩から信頼されたい」 「自分のチームで圧倒的な結果を出したい」 「社内や取引先の人と距離感を縮めて、もっといい関係を築きたい」 ビジネスパーソン、必見! すべての業種に役立つ仕事の基本が詰まっています。 【本文紹介】 もし、あなたが若手に対して「なんとなく扱いづらい」といった苦手意識を持っているならば、 確実に損をしています。 これからの時代に活躍していきたいと思ったら、若手の協力を得ること、 若手が生き生きと働いてくれることは必要不可欠になります。 しかも、若手の扱いに悩んでいる人がこれほど多いのですから、 若手を動かせる人は、組織でも確実に重宝されます。 ひと言で言えば、これからは「若手を動かせる人こそ、成功できる人」ともいえます。 「はじめに」より 【若手を動かす新常識 抜粋 】 【ここを間違えると、人は動かない! ・若手を導ければ成長速度は倍になる ・成功したいなら若手を動かせ ・あらゆる職種に共通する「若手の動かし方」 ・「青い炎」を戦力にせよ 第1章 若手は何で動くのか 若手はモノでも情報でも動かない 若手の気持ちを動かせない人は、何が間違っているのか 自走する集団を作るためにやった「たったひとつのこと」 社員も顧客も、若い世代の動かし方は同じ 第2章 若手を動かす21の鉄則 若手を動かす鉄則1 若手は2か月自由に泳がせる 若手を動かす鉄則2 自分の口で志を吐かせる 若手を動かす鉄則3 若手の志を全員で共有する 若手を動かす鉄則4 山の頂上から見える景色を想像させる 若手を動かす鉄則5 途中まで併走する 若手を動かす鉄則6 お金の定義をする 若手を動かす鉄則7 「悪魔の実の能力」を発掘する 若手を動かす鉄則8 自分の取扱説明書を持たせる 若手を動かす鉄則9 マニュアルもカリキュラムもいらない 若手を動かす鉄則10 「やりきる」を体験させる 若手を動かす鉄則11 「見られ方」を意識させる 若手を動かす鉄則12 SNSを成長の機会にさせる 若手を動かす鉄則13 時間をともにする 若手を動かす鉄則14 見た目にこだわらせる 若手を動かす鉄則15 居場所をつくる 若手を動かす鉄則16 モチベーションと気分は別物 若手を動かす鉄則17 若手を輝かせる場を作る 若手を動かす鉄則18 叱るタイミングを逃がさない 若手を動かす鉄則19 居心地をよくしすぎない 若手を動かす鉄則20 「人を動かせる人」にする 若手を動かす鉄則21 辞める自由も尊重する 第3章 若手とともに成長する 【出版社より】 枻 エイ 出版社が「絶対に世に届けたい」と、自信を持って刊行する初のビジネス書! 今年創立45年を迎える枻 エイ 出版社において、ビジネス書の発行は今回が初となります。 『若手を動かせ』は、初ジャンルに挑戦してまでも、世に送りたいと思った一冊です。 「OCEAN TOKYO オーシャン トーキョー 」は、 美容業界において数々のレコードを塗り替え、大革命を起こした美容院です。 起業4年目にしてすでに、美容業界で、その名を知らない人はいないほどの 圧倒的な成長を今も続けている企業です。 オーシャンに関しては、美容業界のレコードを次々と塗り替える経営面の業績や、 何度もTwitterのトレンド入りを果たしたり、 YouTube再生2億3700万回を超える影響力などが よく話題にされがちですが、その偉業の本質は、 「若手の、若手による、若手のためのビジネス」 で圧倒的な成功を収めていることにあります。 若手のやる気を引き出したり、若手の購買意欲を高めることが難しいと言われる昨今、 オーシャンで行われている若手教育と、 若手顧客からの支持を得る秘策は、 全業界のビジネスパーソンの役に立つと信じて、企画しました。 「最近の若手は元気がない」と思っている皆さんに、ぜひ読んでいただきたい一冊です。 【著者プロフィール】 中村トメ吉 なかむら・とめきち 1984 年、栃木県生まれ。 メンズに絶大な人気を誇るトップ美容師として活躍した後、2013年9月に髙木琢也氏とともに、若い男性顧客をメインターゲットとしたOCEAN TOKYO を立ち上げる。 社員を「やる気」にさせる独自の教育法を用いて、平均年齢23. 8 歳の会社にもかかわらず、またたくまにマスコミが殺到する人気店に育て上げる。 SNS では社員の一人ひとりが圧倒的な発信力を持つようになり、You Tube での動画再生数1. 5 億回、チャンネル登録数60 万人を一人で記録したスタッフをはじめ、社員のインスタグラム、ツイッターのフォロワーとYou Tube チャンネル登録数の総数は266 万人を超える。 「OCEAN TOKYO の若手スタッフの発信ひとつで、日本のメンズの流行が変わる」と言われるほどの人気を築き上げ、業界内外で社会現象を巻き起こす。 「売り上げ減少」「人材不足」に悩む業界において、爆速の成長を牽引するその教育手法は 大きく注目され、「最速で若手を育てるプロ」として、数々のメディアで特集される。 美容 業界はもちろんのこと、多様な業種の経営者やマーケティング担当者が、「若手の本音を知 りたいなら中村さんに聞け」と、数か月待ちの予約を入れてアドバイスを求めにくるほど。 本書が初の著作となる。 【OCEAN TOKYO オーシャン トーキョー とは】 原宿に5店舗を展開する美容院。 80 人中75 人が20 代、平均年齢23. 8 歳という若手社員で構成される企業にもかかわらず、美容業界の数々のレコードを塗り替え続けている革命集団。 業界を超えて社会現象を巻き起こし、数々のメディアで特集されるなど、大きな注目を集めている。 他店では芽が出なかった社員も3倍から5倍の顧客を獲得するなど、入社後数年で頭角を現すようになり、特にSNS ではすば抜けた発信力を身につけていく。 美容専門学生が選ぶ「就職したい美容院ランキング」では1位獲得。 面接に必要な整理券の配布日には、徹夜で原宿に並ぶ学生たちの行列が話題になるほどで、その「新しい働き方」への注目度の高さと人気の高さを物語っている。 メンズに絶大な人気を誇るトップ美容師として活躍した後、2013年9月に高木琢也氏とともに、若い男性顧客をメインターゲットとしたOCEAN TOKYOを立ち上げる。 社員を「やる気」にさせる独自の教育法を用いて、平均年齢23. 8歳の会社にもかかわらず、ままたくまにマスコミが殺到する人気店に育て上げる。 「日本のメンズの流行が変わる」と言われるほどの人気を築き上げ、業界内外で社会現象を巻き起こす。 「売り上げ減少」「人材不足」に悩む業界において、爆速の成長を牽引するその教育手法は大きく注目され、「最速で若手を育てるプロ」として、数々のメディアで特集される 本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです.

次の

【オーシャントーキョー】中村トメ吉氏の退社の件

中村 トメ 吉

考え始めたのは1年くらい前からですね。 仕事に対して、ワクワク感や面白さを感じづらくなっていたのは事実。 自分勝手ですが、創業5年で年商10億円とか、自分の中で立てていた夢や目標を次々と達成するうちに、理想や考え方、目指す先が変わっていきました。 昔から目立ちたがり屋の性格もあったので、以前はブランドサロンをつくって、カリスマ経営者として思いっきり目立ちたいと思っていました。 男の夢ってあるじゃないですか。 いいとこ住んで、いい車に乗って、いい時計つけて、いい飯食べて、いい女といてみたいな 笑。 いろいろ叶えて手に入れてそこから見た景色は、自分を満たすものではなかったというか・・・。 いま思うと20代の起業には「利己」の感覚が強くありました。 だけどサロンの経営とマネジメントをして、スタッフと向き合い、いろんな経営者とかわるうちに「裏方で経営とマネジメントに専念したい。 イチから仕組みやビジネスモデルをつくりたい」と考えるようになりました。 たとえて言うなら、街ができて人が集まってから、地下鉄とか道路のインフラを作り直して再開発するのって難しいですよね。 先にしっかりとした土台=インフラが必要だと思いました。 僕の理想や想いだけでそうするには、もはや街が大きくなり過ぎた、という感じです。 この規模で長期的に未来を見据え、成長と変化を継続していくにはこのままだと続かない。 だからこそ辞める前の1年くらいは組織改革に専念して。 35歳になったらハサミを置き、さらに経営に専念しなければいけないと覚悟を決めましたが、そこに対して賛同を得られない・・・。 僕がやっていたことは表面的な結果として見えづらいと思います。 美容師として表に出続けることが大事だと考える仲間からすると、裏方にまわりたいという僕の想いは、「何を言っているんだよ」と引き止めたいものだというのは十分わかります。 社長の自分にとって一番優先順位が高いことは「会社を継続させること」です。 それが担保できて初めて、自分が辞められると考えていました。 そのためにバックオフィスを整えて、短期の計画も立てて。 言うなれば、運転席から外れるために動いていたので、自分が辞めても会社はまわるようにしていたつもりです。 たくさんの時間を共有した弟子たちも残るので、安心もしていました。 彼らには全てを伝えてきましたし、僕が辞めるくらいでブレる奴らじゃありません。 事前に辞める予定を広報してしまうと、会社の中を大きく変えてしまうことになる。 人が乱れ、流出してしまうかもしれない。 それは「会社」にとって得策じゃないと考えたんです。 世間に対してはインスタで発表したんですけど、その文面も「どういう伝え方がお客さまや会社にとっていいか」という観点で、高木や幹部と相談して決めました。 僕からは誰にも連絡をしなかったし伝えなかったので、辞めると発表した日から、家まで会いに来てくれるスタッフはちょこちょこいました。 突然家の下に出待ちしてて「どういうことですか、納得できません!」みたいに。 僕はこれまで、中学を卒業したらもう中学の友達とはつるまない、高校の時もそんな感じで、そのステージごとに人生をかけて全力投球するので、やり尽くして卒業したらいったん全部リセットしてきました。 昔、夢であった医者、サッカー選手、バンドマンなどもやりきってキッパリ辞める。 次にいくために。 そのときは「OCEAN TOKYO」が自分のすべてだったからこそ、リセットしなければいけないという想いがありました。 でも矛盾しているかもしれないけれど、そんな自分に会いに来てくれたのは、やっぱり嬉しかったですね。 もちろん僕からは「GOALD」に一切誘ったりはしていません。 けれど付いて来ると言う仲間がいなかったら、こんなに早く新しい美容室をオープンしていなかったかもしれません。 当初は辞めてからしばらくは、世界一周でもしようか、いろんなビジネスの依頼もいただいているからそれをやってみるか…、なんてことも考えていたんです。 だけど付いて来てもらったからには、彼らを輝かせたい。 現実的にも早く雇用しなきゃならない。 それで急いで登記して店をおさえて、9月にオープンを迎えました。 司法書士さんや内装業者さんにも「こんなに急かされたことはないし、過去イチ早く出来た」って言われました 笑。

次の