ブルータス おまえ も か。 「ブルータス、お前もか・・・」

ブルータスおまえもか。について

ブルータス おまえ も か

皆様の回答が間違っているというわけではありませんが・・ まず、古代ローマの共和制の末期にカエサル(生没年は紀元前100~紀元前44年。 なおユリウス・カエサルは当時の言葉であるラテン語読みでジュリアス・シーザーは英語読みです。 )という人物がでてきます。 当時のローマはその領域が大きくなりすぎていたり(西ヨーロッパ・北アフリカ・アジアの西部など、現在のイランが隣国です)、社会が変化したりしていて、当時の制度である共和制ではもはや国を治めることは不可能といっても良い状態でした。 そうした中で、カエサル・クラッスス・ポンペイウスという3人が政治を牛耳る三頭政治というのがはじまります。 この3人の中で、まずクラッススが対外戦争で戦死したこともあって残りの二人が対立し、いろいろありますが結局はカエサルが勝って、権力を独占することになります。 もちろん、カエサルは親分肌の優秀な人物ですから、その周囲には若くて前途のある優秀な青年が集まっていて、その中にブルータスがいます。 カエサルには実の息子としてカエサリアン(有名なクレオバトラとの間に出来た子供で、エジプトにいます)とか甥のオクタビアヌスとかもおりますが、ことさらブルータスを可愛がっていました。 さて、その一方で、カエサルが独裁権力を握ったことに対して当時の良識派というか伝統派は共和制の精神に反するとして、カエサルの暗殺を試みます。 で、ある日、元老院(ローマ共和制の議会に当たり、最高権威を持っていました)で演説しようとしたカエサルが一団の刺客に襲われます。 ここまでは時代背景です。 で、シェークスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」によるとその場面は・・ 元老院へ登院する時は武器を持たない伝統から、剣を持っていないカエサルは持っていた錫(しゃく)でこれを防いで戦いますが、その刺客の中にブルータスが入っているのを見つけて、 「ブルータス、おまえもか。 」 と叫びます。 ここにいたって、カエサルは息子のように可愛がっていた共和派の決意の固いのを知り、抵抗を止めておとなしく殺されます。 ということになるのですが、実の子供のように可愛がっていて信頼していたブルータスでさえ、暗殺者の仲間に入っていたのですから、彼の驚きと裏切られたという思いは大きなものだったでしょう。 最後になりますが、有名な理由です。 さて、ローマではカエサル暗殺後、動乱が起こりますが結局はカエサルの甥のオクタビアヌスがその後権力を握ってローマ帝政を始めます。 そしてそのオクタビアヌスが元老院から貰った称号であるアウグストゥスおよびカエサルというのがローマ皇帝の位を示す言葉になります。 後のドイツ語でのカイザ、ロシア語でのツァーリというのはいずれも皇帝の地位を示す言葉ですが、これもカエサルをその国の言葉で読んだものです。 つまり、カエサルというのは固有名詞であるとともに皇帝の意味の一般名詞にもなります。 それだけ、ヨーロッパ世界に対して大きな影響を与え、後世まで残った名前です。 ヨーロッパ人なら誰でもその名前を知っているでしょうし、世界中にカエサルという名前は知られています。 もちろん、シェークスピアの戯曲は創作ですが、世界最高の劇作家の一人であるシェークスピアが世界最高の有名人の一人であるカエサルの臨終の言葉としてこれを書いたのですから、有名であって当然だとは思いませんか。 A ベストアンサー ジュリアス・シーザーの台詞です。 尤も、シェークスピアのジュリアス・シーザーと云う作品です。 「ブルータス、お前もか?」(Et tu, Brute? )と云うあまりに有名なこの台詞の作品ですが、シーザーは物語中盤で殺されてしまい、それほど多くの描写があるわけでもなく、むしろブルータスが主役の感があります。 ポンペイウスとの戦いに勝ち、ローマに凱旋したジュリアス・シーザーをローマ市民は歓喜して迎えますが、キャシアスを始めとする陰謀者たちはシーザーを暴君にさせたくないという理由から彼の命を狙います。 シーザーの寵愛するブルータスも陰謀の仲間に加ります。 3月15日の明け方ブルータスのもとを次々と訪ねる陰謀者たち。 彼らはシーザーの臣下アントニーの命をも狙おうとするが、ブルータスはその必要はないと反対します。 シーザーは占い師から3月15日に用心するよう忠告されており、妻の説得により一度は外出を取り止めます。 しかし陰謀者の一人の口車に乗せられた彼は結局元老院に出かけ、そこで陰謀者たちに次々と刺され殺されてしまう。 その中にブルータスを見つけたときの台詞です。 ブルータスは実直で正義感が強く、シーザー暗殺も個人的理由ではなく、あくまでも公の理由を述べています。 しかしこの誠実な人柄が原因となり自らの破滅を招きます。 策略の主は、アントニーでこの後歴史は、アントニーを主人公とした『アントニーとクレオパトラ』へと続きます。 確か映画『アントニーとクレオパトラ』 にもこの台詞があったと思います。 ジュリアス・シーザーの台詞です。 尤も、シェークスピアのジュリアス・シーザーと云う作品です。 「ブルータス、お前もか?」(Et tu, Brute? )と云うあまりに有名なこの台詞の作品ですが、シーザーは物語中盤で殺されてしまい、それほど多くの描写があるわけでもなく、むしろブルータスが主役の感があります。 ポンペイウスとの戦いに勝ち、ローマに凱旋したジュリアス・シーザーをローマ市民は歓喜して迎えますが、キャシアスを始めとする陰謀者たちはシーザーを暴君にさせたくないという理由から彼の命...

次の

ブルータス、おまえモカ

ブルータス おまえ も か

ブルータス、お前もか Et tu, Brute! :ジュリアス・シーザー ||||||| ブルータス、お前もか Et tu, Brute! 「ジュリアス・シーザー」という劇の中でシーザーが登場する場面は三つしかない。 ひとつは凱旋して栄光の絶頂にあるシーザー、二つ目は占い師の不吉な言葉に迷うシーザー、そして最後はブルータスらによって倒されるシーザーだ。 これらの場面を通覧して観客が受ける印象は、シーザーという人物が歴史上の英雄に相応しい勇猛壮大な人物だというよりは、優柔不断でスケールの小さな人間だというのが偽らぬところだろう。 彼は栄光の絶頂にあっても細かいことにこだわり、妻の迷信に振り回されて政治を放り投げようとし、最後にはいとも簡単に殺されてしまう。 シーザーが果たして本当に優柔不断な男であったのかどうか、それはわからない。 シェイクスピアが依拠したプルタークの英雄伝は、シーザーを英雄として描いている限りで、彼の人間的な弱さを強調するようなところはない。 シェイクスピアはおそらく、民間に伝わっていたさまざまな俗説を考慮しながら、ことさらにシーザーを弱い人間に仕立て上げたのではないか、そんな風にも受け取られる。 演出家の中には、そんなシェイクスピアの意図を拡大解釈して、シーザーの弱さを強調するあまり、癲癇持ちであったとか聾唖であったとか主張するものもある。 さてシーザーが出てくる場面で最初の印象的な部分は、占い師の言葉を巡るものだ。 シーザーの凱旋を祝う群集の中から、シーザーに呼びかけるものがある。 シーザー:誰だ 人ごみの中からわしを呼ぶのは? どんな音よりも甲高い声で「シーザー」と叫ぶのが聞こえたぞ いっていろ 聞いてやろう 占い師:三月十五日に気をつけなされ シーザー:何者だ ブルータス:占い師があなたに「三月十五日に気をつけろ」といっています(第一幕第二場) CAESAR:Who is it in the press that calls on me? I hear a tongue, shriller than all the music, Cry 'Caesar! ' Speak; Caesar is turn'd to hear. Soothsayer:Beware the ides of March. CAESAR:What man is that? BRUTUS:A soothsayer bids you beware the ides of March. Ides of March とは、各月の半ばの特定の日をさす言葉で、3月の場合には15日にあたる。 ブルータスらの反逆者はその日にシーザー打倒を計画している。 それを占い師が予言しているのだが、シーザーはまともに取り合おうとしない。 劇の初めの部分で、これから訪れるであろう運命を予言する言葉を吐かせるのは、シェイクスピアの常套手段だ。 ここでは占い師にその言葉を吐かせるわけだが、シーザーにはそれをまともに受け取る心の余裕がない。 そのかわりに取り巻きの人物たちの品定めにうつつをぬかす。 シーザー:アントニー アントニー:はい わしの周りには太った男だけを近づけるようにしてくれ 髪をこぎれいになでつけ 夜はぐっすり眠るようなやつをな あのキャシアスは痩せていわくありげな顔つきをしている あいつは考え事が多すぎる ああいう男は危険だ(第一幕第二場) CAESAR:Antonius! ANTONY:Caesar? CAESAR:Let me have men about me that are fat; Sleek-headed men and such as sleep o' nights: Yond Cassius has a lean and hungry look; He thinks too much: such men are dangerous. この部分は、プルタークの英雄伝では、キャシアスとブルータスが一緒くたに扱われている。 シェイクスピアはそこからブルータスを除くことで、これから展開する劇との間で整合性を図ったと思える。 シーザーの優柔不断振りがもっともよく現れるのは、3月15日の当日になって、改めて予言にこだわる部分だ。 妻のカルパーニアが予言の内容を憂え、シーザーにどこにも出かけないでと懇願する。 それに対してシーザーはどう振舞うべきかさんざん悩むのだ。 いったんはカルパーニアの願いを容れて議事堂に赴くのをやめるが、結局はいくハメになる。 それも主体的な意思に基づいてというより、成り行きにまかせてという色彩が強い。 シーザーはこの成り行き任せの態度を、次のような勇者らしい言葉で紛らわしているのだ。 シーザー:臆病者は死ぬ前に何度も死ぬ思いをする 勇者が死を味わうのは一度きりだ この世の中でもっとも奇怪なことは 人間が死を恐れることだ 死は絶対避けられぬものなのだから 死ぬべきときがくれば必ず死ぬのだ(第二幕第二場) CAESAR:Cowards die many times before their deaths; The valiant never taste of death but once. Of all the wonders that I yet have heard. It seems to me most strange that men should fear; Seeing that death, a necessary end, Will come when it will come. シーザーは一回だけ、勇者らしい態度を見せる。 だがそれは殺される直前だ、そこのところが観客には心憎く映る。 シーザー:わしはあの北極星のように不動だ 確固としてゆるぎない点にかけて 天空で並びないあの星のように不動だ 空には無数の星明りが散りばめられ それぞれが燃えて光を放っているが 不動の星はただひとつしかない 世の中も同じこと 無数の人間がいて それぞれが血肉を持ち 理性をそなえているが その中で わしの知る限り 揺るぎのない地位を占め 不動であるものは ただひとりしかいない それはこのわしなのだ(第三幕第一場) Caesar:But I am constant as the northern star, Of whose true-fix'd and resting quality There is no fellow in the firmament. The skies are painted with unnumber'd sparks, They are all fire and every one doth shine, But there's but one in all doth hold his place: So in the world; 'tis furnish'd well with men, And men are flesh and blood, and apprehensive; Yet in the number I do know but one That unassailable holds on his rank, Unshaked of motion: and that I am he, この言葉の中でシーザーは自分の力に酔いしれている。 そこには専制君主がよく発する唯我独尊的な傲慢さがこめられている。 この傲慢さが自ら死を招き寄せたのだ、シェイクスピアはそういっているかのようだ。 そのシーザーが最後に発する言葉が、かの有名な言葉だ。 シーザー:ブルータス お前もか! 第三幕第一場) CAESAR:Et tu, Brute! Then fall, Caesar. これはプルタークの英雄伝には出てこない。 かといってシェイクスピアの独創でもないらしい。 ローマの歴史家スエトニウスの伝えでは、シーザーは死に及んでギリシャ語でこれに相当する言葉を発したということになっているが、スエトニウス自身はそれを容認していない。 ともあれシーザーのいまはの言葉として伝えられていたものを、シェイクスピアが取り入れたというのが真相のようだ。 だがこの言葉が世界中に広まるようになったのはシェイクスピアの功績である。 ||| 作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved C 2007-2010 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである.

次の

「ブルータスお前もか」に隠された意味とは?

ブルータス おまえ も か

ジュリアス・シーザーの台詞です。 尤も、シェークスピアのジュリアス・シーザーと云う作品です。 「ブルータス、お前もか?」(Et tu, Brute? )と云うあまりに有名なこの台詞の作品ですが、シーザーは物語中盤で殺されてしまい、それほど多くの描写があるわけでもなく、むしろブルータスが主役の感があります。 ポンペイウスとの戦いに勝ち、ローマに凱旋したジュリアス・シーザーをローマ市民は歓喜して迎えますが、キャシアスを始めとする陰謀者たちはシーザーを暴君にさせたくないという理由から彼の命を狙います。 シーザーの寵愛するブルータスも陰謀の仲間に加ります。 3月15日の明け方ブルータスのもとを次々と訪ねる陰謀者たち。 彼らはシーザーの臣下アントニーの命をも狙おうとするが、ブルータスはその必要はないと反対します。 シーザーは占い師から3月15日に用心するよう忠告されており、妻の説得により一度は外出を取り止めます。 しかし陰謀者の一人の口車に乗せられた彼は結局元老院に出かけ、そこで陰謀者たちに次々と刺され殺されてしまう。 その中にブルータスを見つけたときの台詞です。 ブルータスは実直で正義感が強く、シーザー暗殺も個人的理由ではなく、あくまでも公の理由を述べています。 しかしこの誠実な人柄が原因となり自らの破滅を招きます。 策略の主は、アントニーでこの後歴史は、アントニーを主人公とした『アントニーとクレオパトラ』へと続きます。 確か映画『アントニーとクレオパトラ』 にもこの台詞があったと思います。 Luckycatsさん、お答え戴いてありがとうございます。 まず、お答えを拝見して、今すっごく興味津々って感じです。 やっぱり古代ローマ時代のお芝居のセリフなんですね。 でも出てくる名前はクレオパトラくらいしか知りません。 ジュリアス・シーザーって、確か「賽は投げられた」とも言った人ですよね? あれ、カエサルだったかしら? とても面白そうです。 きっと、これらのこのセリフ自体はシェークスピアが創ったものなんでしょうね。 それともホントのセリフとして記録があるのでしょうか??? いずれにしても、この時代の映画(なるべく歴史に忠実なもの)を探してみます。 まずは『アントニーとクレオパトラ』ですね。 そして益々興味が湧きました。 ホントにありがとうございます。 これを機に今後もいろいろ教えて下さいね。 Luckycatsさん、お答え戴いてありがとうございました。 SALADA-GIRL様 Luckycatsです。 以下は全くの蛇足です。 「ジュリアス・シーザー」は、イタリア語で「ジュリオ・チェザーレ」です。 またmacky23様の仰るとおり「ユリウス・カエサル」とも読みます。 SALADA-GIRL様の書かれた「賽は投げられた」は、ガリア(今のフランス)を平定した後に、カエサルを危険視する元老院派の罠にはまり逆賊となってたため、ローマに攻め込む時の有名な台詞です。 後にエジプト遠征で、クレオパトラと巡り会い、ポンペイウス、クラッスス、シーザーの3人で第一回三頭政治を行います。 シーザー亡き後に、クレオパトラに恋したのがアントニウスです。 アントニウスは、オクタビアヌス、レピドウス、アントニウスで第二回三頭政治を行います。 アントニウスとクレオパトラを破るのがオクタビアヌスになります。 ここまでは歴史の話。 次に暦でユリウス暦と云うのは、シーザーに起因しています。 英語のJuly 7月 がシーザーのジュリアスが語源です。 つまり自分の名前を月名にしました。 次のオクタビアヌスもこれに倣い、August(8月)として自分の名前を使います。 このため、本来8を表すOctが10月に移動します October。 この二人が、自分の月を31日にするために、2月から日をとったため2月が28日になったそうです。 長々と駄文を連ねました。 Luckycatsさん、再び登場して頂いてとても嬉しいです。 学生時代にもこんな風に歴史に興味を掻き立てられるようなことを教えてくれる人がいたら、もう少し真面目に勉強したのになぁ~(な~んチって、遊んでばっかでした)。 先生ごめんなさい。 実は、なぜこのセリフに興味を持ったのかというと、弟の友達に美大に通っている学生さんがいるんです。 先日、みんなでおしゃべりしてると、美大でのデッサンの話になって、石膏でできたギリシャ彫刻の胸像をクラスでデッサンしているとき、いつもブルータスの胸像ばかりで飽き飽きしてたので、ある学生さんが「ブルータス、またお前か・・・」と言ったそうなんです。 もうクラス中大爆笑だったらしく、わたしも一日中笑い転げてました。 そのとき、「このセリフ、ホントはどんな意味があったのかな?」と、ふと疑問に思ったという次第でした。 今度のお休みの日にでも映画や書物を探してみます。 また、今後ともいろいろ教えて下さい。 Luckycatsさん、2度目のご登場に感謝します。 A ベストアンサー 皆様の回答が間違っているというわけではありませんが・・ まず、古代ローマの共和制の末期にカエサル(生没年は紀元前100~紀元前44年。 なおユリウス・カエサルは当時の言葉であるラテン語読みでジュリアス・シーザーは英語読みです。 )という人物がでてきます。 当時のローマはその領域が大きくなりすぎていたり(西ヨーロッパ・北アフリカ・アジアの西部など、現在のイランが隣国です)、社会が変化したりしていて、当時の制度である共和制ではもはや国を治めることは不可能といっても良い状態でした。 そうした中で、カエサル・クラッスス・ポンペイウスという3人が政治を牛耳る三頭政治というのがはじまります。 この3人の中で、まずクラッススが対外戦争で戦死したこともあって残りの二人が対立し、いろいろありますが結局はカエサルが勝って、権力を独占することになります。 もちろん、カエサルは親分肌の優秀な人物ですから、その周囲には若くて前途のある優秀な青年が集まっていて、その中にブルータスがいます。 カエサルには実の息子としてカエサリアン(有名なクレオバトラとの間に出来た子供で、エジプトにいます)とか甥のオクタビアヌスとかもおりますが、ことさらブルータスを可愛がっていました。 さて、その一方で、カエサルが独裁権力を握ったことに対して当時の良識派というか伝統派は共和制の精神に反するとして、カエサルの暗殺を試みます。 で、ある日、元老院(ローマ共和制の議会に当たり、最高権威を持っていました)で演説しようとしたカエサルが一団の刺客に襲われます。 ここまでは時代背景です。 で、シェークスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」によるとその場面は・・ 元老院へ登院する時は武器を持たない伝統から、剣を持っていないカエサルは持っていた錫(しゃく)でこれを防いで戦いますが、その刺客の中にブルータスが入っているのを見つけて、 「ブルータス、おまえもか。 」 と叫びます。 ここにいたって、カエサルは息子のように可愛がっていた共和派の決意の固いのを知り、抵抗を止めておとなしく殺されます。 ということになるのですが、実の子供のように可愛がっていて信頼していたブルータスでさえ、暗殺者の仲間に入っていたのですから、彼の驚きと裏切られたという思いは大きなものだったでしょう。 最後になりますが、有名な理由です。 さて、ローマではカエサル暗殺後、動乱が起こりますが結局はカエサルの甥のオクタビアヌスがその後権力を握ってローマ帝政を始めます。 そしてそのオクタビアヌスが元老院から貰った称号であるアウグストゥスおよびカエサルというのがローマ皇帝の位を示す言葉になります。 後のドイツ語でのカイザ、ロシア語でのツァーリというのはいずれも皇帝の地位を示す言葉ですが、これもカエサルをその国の言葉で読んだものです。 つまり、カエサルというのは固有名詞であるとともに皇帝の意味の一般名詞にもなります。 それだけ、ヨーロッパ世界に対して大きな影響を与え、後世まで残った名前です。 ヨーロッパ人なら誰でもその名前を知っているでしょうし、世界中にカエサルという名前は知られています。 もちろん、シェークスピアの戯曲は創作ですが、世界最高の劇作家の一人であるシェークスピアが世界最高の有名人の一人であるカエサルの臨終の言葉としてこれを書いたのですから、有名であって当然だとは思いませんか。 皆様の回答が間違っているというわけではありませんが・・ まず、古代ローマの共和制の末期にカエサル(生没年は紀元前100~紀元前44年。 なおユリウス・カエサルは当時の言葉であるラテン語読みでジュリアス・シーザーは英語読みです。 )という人物がでてきます。 当時のローマはその領域が大きくなりすぎていたり(西ヨーロッパ・北アフリカ・アジアの西部など、現在のイランが隣国です)、社会が変化したりしていて、当時の制度である共和制ではもはや国を治めることは不可能といっても良い状態でした。... A ベストアンサー 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。 残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。 当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。 従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。 ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。 それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。 例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。 これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。 風に抵抗できない。 いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。 しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。 しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。 少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。 人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。 自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。 そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。 ……このような意味の比喩ではなかったかと思います。 この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。 パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。 彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。 パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。 暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。 弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。 パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し... A ベストアンサー 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義 右派リバタリアン で、それ以後を新保守主義 ネオコン といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン 左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法 戦争など過激な改革を許容する を執ると言う主義 です。 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで 高福祉政策 」などが有ります。 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。 そして変える方向 変えない方向 が自由か統制かで分類できます。 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。 自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共... A ベストアンサー もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。 話す時はどちらでもいいですよ。 ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。 「すいません」はちょっとくだけた感じかな。 でも、これはあくまで私個人の語感。 人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。 書くときはもちろん「すみません」にしましょう。 これも、話す時にはどちらでもいいです。 「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。 A ベストアンサー イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、 狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。 つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の 体系です。 一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を イデオロギ-と言うんです。 例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。 だから賛成や反対といった意見が出てきますね。 しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。 イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。 例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに 組織されています。 つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。 しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して 公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。 ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。 一応これは一つの例ですけど。 というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。 こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。 この説明で理解してくれると思いますけどね。 イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、 狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。 つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の 体系です。 一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を イデオロギ-と言うんです。 例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。 だから賛成や反対といった意見が出てきますね。 しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。 イデオ... A ベストアンサー つまりは、西暦に関するご質問ですね? いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。 すなわち西暦1年)としています。 (ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。 ) この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。 それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。 しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれた年を紀元とすることにしました。 これが、現在我々が使っている西暦の始まりです。 何故西暦0年が存在しないかと言うと、西暦が作られた6世紀半ばのヨーロッパは、まだ数学が発達していなかったためか、「0」の概念が無かったのです。 そのため、「西暦0年」ではなく、「西暦1年」から始まったのです。 これは平成0年がないのと同じですね。 だから、紀元1年より前の年をあらわすには、0がないので当然ながらマイナスを使えず、「紀元前」とするしかないわけです。 この西暦は、まず教会で用いられ、それがヨーロッパの一般人に定着するのはそれから数世紀経ってからで、 実際に世界的に使われるようになったのは、18世紀になってからです。 日本に至っては、明治以降、つまり19世紀に入ってから、やっと使い始めました。 つまりは、西暦に関するご質問ですね? いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。 すなわち西暦1年)としています。 (ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。 ) この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。 それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。 しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれ...

次の