古川 こと ね。 古川雄大の実家はお金持ち?両親(父母)や姉弟などの家族についても調査

古川琴音

古川 こと ね

香川愛生 Manao Kagawa 1993年生まれ、東京都出身。 9歳から将棋を始め、中学生で女流棋士になる。 2013年に女流王将を獲得し、翌年も防衛。 現在は女流三段。 女流棋士の活動だけにとどまらず、YouTubeチャンネル「」で詰将棋や対談などの動画を定期的に公開しているほか、ゲーム雑誌での連載など多方面にわたって活躍している。 初の著書(マイナビ新書)が好評発売中。 古川洋平 Yohei Furukawa 1983年生まれ、宮城県出身。 高校時代からクイズに本格的に取り組み始め、大学時代には学生日本一決定戦『abc』3連覇を達成。 会社員や公務員を経て、2014年にクイズ作家として独立。 クイズ法人カプリティオを立ち上げ、バラエティ番組の制作協力・出演などで幅広く活躍。 YouTubeチャンネル「」ではさまざまなクイズ動画を公開している。 香川:他にも習い事をしていましたが決定的に自分に向いていると思えるものが無くて、初めて将棋を指したのはそんなときです。 クラスメイトの男子と対戦するようになったんですが、なかなか勝てないのが悔しくて将棋に入れ込むようになりました。 自宅の近所ではご年配の方々を中心に、気軽に将棋を指せる場所を作っていたので、私はそこをよく訪れて有段者のおじいちゃんたちに教わっていました。 その中で1人、本当は強いのに私にいつも負けてくれる人がいたんです。 古川:優しい! 香川:子どもだから「私ってちょっとすごいかも?」と思ったりして(笑)、将棋を続けるモチベーションになりました。 人や場所など、将棋を指す環境には本当に恵まれましたね。 子どもが「将棋を指したい!」と思っても、実際にすぐに指しに行ける場所は多くないので。 古川:小学生で日本一になったんですか。 すごい! それはプロになろうと思いますよね。 香川:ありがとうございます。 それから中学3年生でプロの女流棋士になりました。 ただ、中学生ということもあって、将棋を「仕事にする」意識はまだ希薄でしたね。 プロとしての普及活動も、もちろん今はとても大切な仕事と理解していますが、当時はあまり想像できていなかった。 そういう意味では、「どんな職業の世界なのか」について未知の部分を持ったまま将棋界に飛び込んだといえると思います。 最初は奇術部に入ろうと……クイズへの情熱と偶然再会 頭の中には約1,000万問ものクイズがストックされているという古川洋平さん 香川:クイズのプロはどうですか? 先達も少なくて、なるのは簡単じゃないですよね。 古川:難しいんですが…。 実は僕、ボタンを押すと音が出る、テレビなどでお馴染みの「早押し機」を幼稚園児のころには手にしていたんです。 父がテレビのクイズ番組出演を目指すほどクイズ好きだったんですが、年齢などの関係で夢を果たせずにいました。 そこで息子の僕をクイズ王にしようと目論み、早押し機とクイズの問題集を買ってきた(笑)。 内容は分からないながら、絵本感覚で楽しく読んでいましたね。 おかげで「ドイツの秘密警察は……ゲシュタポ!」とか、難しい言葉をたくさん知っている幼稚園児になりました。 香川:問題と答えがセットの呪文みたいな感じですね。 古川:分からないまま、とにかく暗記していたんです。 とはいえ小・中学生のころはバスケットボールを熱心にやっていました。 高校は仙台第一高校に進学したんですが、自宅から遠くて自転車で往復2時間もかかったので、バスケを続けるのはあきらめました。 手品が好きで奇術部を探したのですが、残念ながら奇術部も無かった。 そこで、幼い頃にクイズ少年だったことを思い出してクイズ研究会の部室に行ってみたら、僕が遊んでいたのと同じ早押し機で先輩たちがクイズをしていた! さっそく参加したら、幼稚園児にして英才教育を受けた僕は強くて「驚異の新人現る!」という感じに(笑)。 そこから入部して真剣に取り組むようになり、『アタック25』と『タイムショック21』の高校生大会で優勝できたんです。 香川:自分の得意とする世界に、期せずして飛び込んだんですね。 古川:高校が近かったらバスケを続けていたかもしれないし、奇術部があったらマジックにハマっていたと思います。 僕がいまクイズを仕事にしているのは、どうやら偶然のおかげみたいです。 大学生のころはどのように将棋やクイズに取り組んでいましたか? 古川:僕は大学でもクイズ研究会に入り、作ったクイズを部員同士で解きあう「例会」を開いてクイズ力を鍛えていました。 例会後には問題集を部員の家に持ち寄って徹夜で延々とクイズを出し合う「裏例会」もあって、一時期はほとんど毎日やっていましたね。 既存のクイズをこなすだけでは発想力が落ちたり新作に弱くなったりするので、クイズを作る作業も欠かさず行っていました。 「クイズ作家」という僕の現在の仕事も、クイズ研究会時代に土壌ができたと思います。 香川:クイズ研究会の一番の目標は何ですか? 古川:学生日本一決定戦とも称される『abc』というクイズ大会があり、その個人戦と団体戦が最大目標です。 せっかくなので自慢してしまうと、僕はabcの個人戦を3連覇していて、団体戦でも3年生のときに優勝しました。 香川:すごい! 古川:実は、僕が入学したころのクイズ研究会はあまり活動的ではなく、大会に出る部員も少なかった。 そんな状況で僕が「もっとクイズやろうよ!」と周りに声をかけ、クイズ未経験の友人も引き入れ、例会・裏例会を繰り返して……という活動を続け、最終的にクイズ歴1年の友人もいるチームで団体優勝できました。 僕は高校時代の実績を評価いただき、クイズ推薦のようなかたちで大学に入った。 「クイズで入学した以上、僕が立命館のクイズを立て直さなければ」という情熱が自分を突き動かしていたと思います。 香川:古川さんのお話には、共感するところが多いです。 私は将棋研究会に入っていて、空きコマや放課後に部員と将棋を指したり部内リーグ戦に参加していました。 その日の活動が終わった後もずっと将棋の話をしていましたね。 一つの戦法をとことん研究している部員と論争したり(笑)。 ずっと将棋漬けで面白かったですよ。 学生将棋界の強者が集まっていたので、技術的に本当に研鑽を積めました。 そんな環境にも助けられて、在学中の2013年には初タイトルの女流王将を獲得、翌年も防衛しました。 私も将棋を評価いただいて入学しましたが、高校時代はあまり実績を残せていなかったんです。 だからこそ 大学時代は、立命館の学生として結果を残したいという強い気持ちで将棋と向き合えました。 背負うものという意味では、古川さんと近い感覚があったかもしれません。 古川:「〇〇推薦」という肩書きが、お互い良い方向に働いたのかもしれないですね。 幼い頃から将棋とクイズという「好きなこと」に向き合い続けてきた、香川さんと古川さん。 後編では、将棋を越えて多方面で活躍する香川さんの原動力や、会社員・公務員という安定した仕事を辞めてクイズ作家として独立した古川さんの決断などについて語っていただいた。 (対談後編は).

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古川琴音

古川 こと ね

NHKで放送中の連続テレビ小説『エール』(月〜金 前8:00 総合ほか)。 第13週(22日〜26日)は、演じる佐藤久志にスポットライトを当てた週でもある。 主人公・古山裕一()と出会った子ども時代が描かれ、コロンブスレコードの歌手オーディションで、久志と、かつて音()に歌を教えていた御手洗清太郎()が火花を散らすことになるという展開…。 山崎が見どころを語った。 皆さんが思い描くミュージカル俳優としての山崎育三郎に近いかもしれませんね。 僕も美しいものにひかれるというのは、久志と同じですが、本当の僕は男四人兄弟で育って、野球をやってという男っぽい世界で生きてきたので、『昭和元禄落語心中』(NHK)で演じた助六の方が近い気もしますね。 久志は明るく、社交的であるけれど、それは自分自身を守るための立ち振る舞い で、きっと根は繊細でもっと人間的な部分もある んじゃないかと思っていて、表面的な部分だけでなく、そういった 彼の芯の部分も大事にして演じています。 第13週でも久志の子ども時代が描かれます。 台本を読んだ時はどうお感じになりましたか? 【山崎】子ども時代の久志は、いつも突然現れて、達観したことを口にしたかと思うと、また突然いなくなるというような少年でした。 13週では、それだけではない久志の物語が描かれます。 両親が離婚したため、実の母親と離れ離れにならざるを得なかったという、彼の悲しい過去が明らかになるんです。 そして、そんな久志を救ったのが音楽だということも。 13週は、やがて音楽の道を志すことになる久志の原点が垣間見える週でもあります。 「こんな過去があったから こそ、 久志は常に明るいんだ」と、思えるエピソードで、僕も台本を読みながらちょっと泣けましたね。 人は、つらい経験を通じて人の痛みを知るからこそ強くなれるはずです。 久志の達観した考え方や常に冷静でいられる強さは、彼にこんなつらく悲しい過去があったからこそ。 僕自身、久志をただのキザな奴としてだけでは終わりたくないと思っていただけに、久志の人間的な部分を視聴者の皆さんにも感じてもらえる機会を得て、とてもうれしいです。 【山崎】御手洗役の古川雄大くんは、ミュージカル界でともに頑張ってきた仲間です。 プライベートも含めて長い付き合いがあるので、今回も、2人であれこれ相談しながら収録に臨みました。 ぜひ見ていただきたいのは、久志と御手洗が発声練習をする場面ですね。 僕たちもアイデアを出しながら収録したシーンなんです。 久志と御手洗は、最初別々の部屋で発声練習をしているのですが、そのうち相手の声が してきて、発声しながら近寄っていく。 最後には、まるで剣を構えた侍が対峙するように、両者見合いながら発声を続けるという奇想天外なシーンになっています! 実は、久志と御手洗がにらみ合う場面は、古川くんとアドリブを交えながら演じている部分が多いんです。 ミュージカルならではの立ち振る舞いを生かすことで、 久志と御手洗の個性のぶつかり合いを、より面白い形で表現できたのではないかと 思っています。 ぜひ見ていただきたいですね。 【山崎】タイトルが示すように、この作品は、見る方に寄り添い、励ましのメッセージを送るようなドラマです。 何よりもそこに音楽の力が加わることで、より強い メッセージ を届けられ る。 誰だって音楽は身近にあって、音楽に救われながら生きている人がたくさんいると思うんです。 ぜひ『エール』という作品から、音楽の力を感じ取っていただきたい。 そして、大変な今だからこそ、全国の皆さんに見ていただきたい作品ですね。

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味処古川 岐阜県飛騨市古川町 宅配弁当 テイクアウト 郷土料理と飛騨の物産

古川 こと ね

演じる古川雄大 ふるかわゆうた も注目を集めている。 そんな古川について、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。 予告でも「プリンス佐藤久志です」「スター御手洗です」と火花をバチバチさせていた。 御手洗は御手洗というより「ミュージック ティ ーチャー 」という呼び名のほうがおなじみかもしれない。 「先生」と呼ばれることを拒み、「ミュージックティーチャー」と呼ぶよう音に言い続けてきて、何度も言うものだから「ミュージックティ」でカットされることがネタ化して、視聴者の間で話題になったのだ。 もともとの華のあるビジュアルに笑いがたされたことで、お茶の間によりアピール。 御手洗がなぜ「先生」と呼ばれることをいやがるか、その理由が作中で語られている。 未見の方にはここからネタバレになります トランスジェンダーである彼が学校の先生に暴力的にその志向を変えさせられそうになったことがトラウマになって「先生」と呼ばれることを拒絶するようになったのだった。 いつも明るく振る舞っていた御手洗は人知れず辛く苦しい体験をしてきた。 その物語は、「ミュージックティ」でゲラゲラ笑っていた視聴者の心を深く打った。 5次元舞台から帝国劇場での本格ミュージカルまで コント仕立ての芝居からシリアスな芝居までどちらも自然に成立させる古川雄大。 テレビドラマだと、2020年1~3月期の天海祐希主演の医療ドラマ「トップナイフ」 日本テレビ系 の「悩殺王子」こと来島達也の記憶がいまなお新しい。 キメ台詞は「Here we go~」。 サーフィンと女性が好きなBARのマスター役をテンション高く演じていたうえ、本編とは別に、宣伝隊長としてYouTubeで「来島達也チャンネル」を開いて番組宣伝に寄与してきた。 「トップナイフ」ではギラついた夜のイメージだった古川が朝ドラでは、エキセントリックな個性はありながら、ほどよい優雅さ、繊細さ、芸術の香りをまぶして愛されキャラに。 若い頃の美輪明宏に似ているという声もある。 御手洗が決しておちゃらけたキャラでなく、音楽や芸術を愛しその素養をもった人物に感じられたのは、古川雄大がミュージカルの世界で、高貴な役を多く演じてきているからであろう。 ミュージカルデビューは2007年、2. 5次元ミュージカル「ミュージカル テニスの王子様」。 2012年には東宝ミュージカル「エリザベート」 2012、2015、2016年 の新鋭ミュージカル俳優の登竜門的役である皇太子ルドルフ役を射止め、はじめてミュージカルの殿堂帝国劇場の舞台に立つ。 5次元ミュージカル出身で東宝ミュージカルに出演する俳優はなかなかいない、古川は偉業を成し遂げたひとりである。 2008年から音楽活動を始め、定期的にライブも行うという研鑽の成果であろう。 そのうえ恵まれたスタイルの良さが高貴な役にピッタリなのである。 これは久志役の山崎育三郎とダブルキャストであった。 子供の頃からミュージカルに出演、音楽学校で声楽を専門的に学んできたミュージカルに関してプロ中のプロの山崎。 一方、古川はダンスをはじめたことがきっかけでミュージカルに出演するようになったという全く違う歩みでここまで来た。 そんなふたつの個性のぶつかりあいは話題になった。 これはなんだか「エール」12週を思わせるではないか。 この年、テレビドラマでは日曜劇場「下町ロケット」 2018年、TBS系 に出演、主人公たちに嫌がらせをする悪役を好演した。 2020年4月には、同じく「エリザベート」ではとても重要な役である、死の概念・黄泉の帝王・トートを再び帝国劇場で山崎育三郎とダブルキャストで演じるところまで上り詰めた古川だったが、惜しくも新型コロナウイルス感染予防のため中止になってしまった。 また、5月1日公開予定だった「コンフィデンスマンJP プリンス編」にも大富豪一家の長男役で出演していたが、こちらもコロナ禍で公開延期に。 だがこちらは7月23日に公開が決定した。 せっかくの舞台や映画がストップしても、外出自粛期間中、「夜に咲く花」という曲を制作し、インスタにオルゴールバージョンを公開するなど活動を止めずにいた古川。 これから自著も発売されるなど、いよいよ古川雄大、活躍の夏がやって来る。 (ザテレビジョン).

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