エディアカラ 生物 群。 生命の旅4 エディアカラ生物群の繁栄と超巨大噴火

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スポンサードリンク 2016-03-15 No. 86 どうも、ハンターのモーリーです。 興味があるので、 地球の生命史をまとめています。 貴方と一緒に勉強できたら幸いです。 前回記事。 3行まとめ 2度目の全球凍結を終え、生物の一部は多細胞からエディアカラ生物群へと進化した。 その後、巨大噴火(スーパープルーム)によってエディアカラ生物群は絶滅。 『カンブリア大爆発』という生命の大躍進時代への橋渡し役として。 全球凍結の雪解け 40億歳 地球の年齢で38. 7億歳、 今から7. 3億年前に、 地球はその全てが氷で覆い尽くされる全球凍結を迎えました。 この全球凍結は数千万年から一億年続きました。 この全球凍結の前に繁栄していた生物の 多細胞生物や単細胞生物は大量に死滅し、 生命は絶滅の危機にさらされます。 この全球凍結の期間も生命は、 海底火山などの周辺で、 細々と生き抜きます。 今回の全球凍結もまた、 火山活動による二酸化炭素の上昇により 温室効果を取り戻し、 地球は再び温まります。 温まる過程で、 シアノバクテリアなどの光合成による活動で、 大気の酸素濃度がさらに上がります。 2度目の全球凍結が終わり、 生命の息吹が聞こえ始めます。 エディアカラ生物群 40~40. 6億歳 「エディアカラ生物群のイメージ。 大きさは最大1m程度、厚さは3mm程度の生物が海底を動き回る」 柔らかく薄い生物群の発見 1946年オーストラリアのエディアカラで、 丘陵で多数の化石が発見されました。 肉眼で確認できる化石としては最古のものでした。 特徴は「柔らかく」、「薄い」生物でした。 ワカメやコンブが海底を 這い回る感じでしょうか。 大きさは数十cmから1m程度で、 厚さは数mmです。 発見された場所のオーストラリアの地名から エディアカラ生物群と言われています。 この時代になると、 ヒトの眼でも確認できるほどの 大きさの生物が登場し始めます。 エディアカラ生物群は、 巨大火山の影響で減少。 さらに、 新たに登場した捕食動物により、 食べ尽くされ、 絶滅しました。 現在の地球に エディアカラ生物群を先祖とする 生物は残っていません。 エディアカラ生物群の生活 エディアカラ生物群は、 海の底を這いまわり、 クラゲのように漂い、 時折水に運ばれてくる栄養素などを 食べていたと思われます。 この頃は、 捕食者もいないので、 のんびりと、ゆったりと 生活していたのでしょう。 なぜ多くが化石として残ったのか 昆虫や貝の様に硬い殻を持たないエディアカラ生物群は、 化石として残りにくい特徴をもっていました。 しかし、 この外骨格を持たない 柔らかい体を持つエディアカラ生物群の化石は 世界各地で見ることができます。 なぜか。 超巨大噴火、 スーパープルームです。 想像を絶する 巨大な噴火が発生し、 地球全体が大量の粉じんで、 短い時間で土砂に埋まり、 化石として残こりました。 ゴンドワナ大陸の形成と分裂 「5億5千万年前の大陸 現在と違い南半球に多くの大陸が集まっている」 ここで巨大噴火の原因を見てみます。 生命の歴史にとって 特記すべきイベント、 カンブリア大爆発のきっかけとなる事件です。 今から5億5千万年前に、 巨大なゴンドワナ大陸が形成されます。 ゴンドワナ大陸は、 今もある大陸や島を含む、 巨大な大陸でした。 ・アフリカ大陸 ・南アメリカ大陸 ・南極大陸 ・オーストラリア大陸 ・マダガスカル島など 巨大な大陸は 分裂する際に 巨大な噴火を引き起こします。 一例で、 2億5000万年ほど前に 超大陸パンゲアという、 巨大な大陸がありました。 ゴンドワナ大陸でも、 超巨大噴火が発生したのです。 超巨大噴火(V-C境界) 40. 5億年歳 今から5. 5億年前、 ゴンドワナ大陸のある場所で、 超巨大噴火(スーパープルーム)が発生。 火山灰が世界中の海底に降り注ぎ、 エディアカラ生物群は、 死滅したと考えられています。 最初のビッグファイブ 生物の大量絶滅は、 過去に五回起こっています。 ビッグファイブと呼ばれています。 5億年前の巨大噴火による大量絶滅が、 ビッグファイブの最初です。 この絶滅で、 当時の生物種の85%が死滅しました。 ちなみに、 ビッグファイブには、 全球凍結による、 単細胞や多細胞生物の大量死滅は含まれません。 V-C境界 エディアカラ生物群が死滅した時期は、 V-C境界と呼ばれています。 C=Cambrian Period( カンブリア期) なぜ、 境界というのか。 それは、 噴火による火山灰が 地層に黒っぽいラインをつくり、 境界として 残っているからです この5億5千万年前のV-C境界の後に、 生物史において 特記すべきイベントが起こります。 「生命の大爆発」とも呼ばれるイベント、 『カンブリア大爆発』 次回。 もふもふ 様 ハンター日記のモーリーと申します。 返信が遅くなり申し訳ありません。 全然コメントがないブログなのでつい見落としていました。 重ねて申し訳ございません。 ハンター日記の生物史の記事を紹介していただきありがとうございます。 当方はハンターもやっていますが、仕事で生物の調査をしている者です。 その流れで生物史も把握しておこうと思い、 自分の勉強のために本や研究者のサイトを読んで、 ブログにまとめています。 生物史は面白いので、 多くの方と共有したいとおもい 分かりやすくをモットーにブログに書きました。 今はカンブリア大爆発で止まっていますが、 その内には、人の誕生と、ポストヒューマンまで 書きたいと思っています。 もし、今後も興味を持っていただけたら幸いです。 今後ともよろしくお願いいたします。 北海道帯広市 モーリー.

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図37-1 最古の真核生物といわれるコイル状のグリパニア・スピラリス Grypania spiralis。 21億年前のアメリカの地層から見つかった、肉眼で見える最初の生物(七宗・日本最古の石博物館所蔵)。 真核生物がどのようにして生まれたかに関する水素仮説をで紹介した。 水素仮説では、その後ミトコンドリアに進化した共生体は、最初は酸素呼吸をするものではなかった(図32-3)。 この共生体は、水素仮説のモデルとなっているようにブドウ糖を水素分子と二酸化炭素に分解してエネルギーを取り出すヒドロゲノソームと、酸素を使ってブドウ糖を二酸化炭素と水に分解してエネルギーを取り出すミトコンドリアの2つの系統に分かれた。 後者が「酸素呼吸」と呼ばれるものであるが、ほかの方法にくらべて格段に効率がよいので、現在の真核生物のほとんどはこちらを採用している。 この2つの系統のあいだの分岐は、真核生物進化のごく初期に起ったものと思われる。 このようなミトコンドリアの進化に最初の全球凍結後の大酸化事変が関わっている可能性が高い。 そもそも最初の真核生物がいつ出現したかは不明であるが、酸素呼吸するミトコンドリアの進化は、酸素濃度の上昇がなければ起らなかったであろう。 それが正しければ、全球凍結という大量絶滅がなかったら現在地球上で繁栄している動物や植物などが誕生することはなかったことになり、地球上では細菌類や、たとえ真核生物が生まれたとしても、酸素呼吸を行なわない原生生物だけの、われわれヒトから見ると寂しい世界が今でも続いていることになったはずである。 しかし、全球凍結をもたらしたそもそものきっかけがシアノバクテリアであったことを考えると、これら一連の事件の始まりは、シアノバクテリアの進化にあったといえる。 複数回の全球凍結は、そのたびに生物の大量絶滅をもたらした。 現生生物の祖先たちは、度重なる大量絶滅の時代を生き抜いてきたわけであるが、大量絶滅のあとにはいつも生き延びたものの爆発的な進化が見られた。 このことは、阿蘇の放牧地などで野焼きを行なうと、そのあと植物が勢いよく育つのと似ている。 最後の全球凍結「マリノアン氷期」が終わった6億3500万年前から始まり、5億4200万年前まで続くのが「エディアカラ紀」である。 以前は6億3500万年前以前を一括して「先カンブリア時代」と呼んできた。 時代区分の指標となる化石が見つからなかったからである。 しかしながら、次第にそのような時代の化石が見つかるようになり、もっと細かく時代区分をする必要に迫られた結果、2004年になって国際地質科学連合 IUGS は、先カンブリア時代最後のおよそ9300万年間を「エディアカラ紀」と呼ぶことにした()。 全球凍結の時代を細々と生き延びた生物は、氷の時代が終わると多様な生物群としていっせいに現れた。 これがエディアカラ生物群である。 1946年に南オーストラリア・アデレードの北へ約500kmのエディアカラ丘陵で初めて化石として発見されたこの生物群は、それまでの生物にくらべて非常に大きく、なかには1mを超えるものもあった。 また扁平で体積のわりに表面積が広いという特徴をもつ。 エディアカラ生物は、南極大陸以外のすべての大陸で見つかっており、その大部分は5億8000万年前~5億4100万年前のものであるが、最近になって中国貴州省の陡山沱(Dosuahntuoドウシャントウ)層から6億3500万年前~5億5100万年前のさらに古い化石が見つかっている。 図37-2aのカルニオディスクスは、植物の葉のようなかたちをしているが、サイモン・コンウェイ・モリスによると下に伸びた茎のような部分を海底に固定して、水に揺れながら広い葉状部で海中を浮遊する餌を食べていたという。 彼によれば、このような動物は次のカンブリア紀の化石のなかにも見出すことができ、現在のウミエラ(図37-3)につながる系統だという。 ウミエラはサンゴやイソギンチャクの仲間で刺胞動物門に分類される動物である。 また図37-2bのディッキンソニアは左右対称のからだをもち、この標本では前後がはっきりしないが、コンウェイ・モリスによるとしばしばはっきりした前部をもつという。 もしもこの解釈が正しいとすると、ディッキンソニアは餌を求めて前方に移動する運動性を獲得した結果、前後の方向性が生まれ、左右相称になった最初の動物だったことになる。 図37-3 ウミエラ(刺胞動物門、花虫綱、八放サンゴ亜綱)。 しかしながら研究者のなかでは、一見左右相称に見えるこれらの構造は、その後の左右相称動物のものとは異なるものだという意見が多い。 ディッキンソニアは一見左右相称に見えるが、よく見ると、左右の体節構造が中心線のところで互い違いになっており、厳密な左右相称にはなっていない。 エディアカラ生物群が現生動物の系統かどうかも、よくわからない。 中国科学院南京古生物学研究所の陈哲Chen Zheらのグループは、そこでバクテリアによって形成されるバイオフィルムが層状に重なった微生物マットに残された動物が動き回った跡と思われる化石を発見した。 このように生物のからだそのものではなく、生物の活動の痕跡が地層中に残されたものを「生痕化石」という。 灯影層の微生物マットに残された生痕化石には、3種類のものがある。 微生物マットの下に掘られたトンネル、マット表面を通った跡、それにマットに垂直に掘られた穴である。 これらの痕跡は、自分の力で活発に動き回る能力をもった動物がエディアカラ紀に存在していたことを示している。 陈哲らは、これらの痕跡を残した動物が、左右相称動物だったと考えている。 系統樹の根元近くから分岐したカブトクラゲやクシクラゲなどの有櫛(ゆうしつ)動物は、以前は刺胞をもったクラゲやイソギンチャクなどと一緒に腔腸動物門に分類されていたが、2つのグループは別系統であることが明らかになり、前者は有櫛動物門、後者は刺胞動物門とそれぞれ独自の門に分類されるようになった。 有櫛動物門、海綿動物門、それに刺胞動物門を含むそのほかの動物との系統関係に関してまだ論争が続いていてはっきりしないので、ここではこの3者が同時に分かれたように描かれている。 これらの動物門は「二胚葉性動物」と呼ばれる。 この中から、左右相称の三胚葉性動物が生まれる。 図37-4 動物界の系統樹マンダラ。 赤い円は、およそ5億4200万年前から始まったカンブリア爆発の時期を示す。 クリックすると大きな図が表示されます。 先に図37-2で示したようなエディアカラ生物群は、現在の動物(多細胞動物)の系統かどうかはっきりしないと述べたが、多くの研究者は動物のなかの二胚葉性動物で、たぶん刺胞動物に近いものであったと考えている。 もしエディアカラ生物群が動物だとしたら、なぜ原生代の最後の時期になってはじめてこのような大型(1m近く)の動物が現れたのだろうか。 前回示したでは、22億2000万年前の最初の全球凍結のあとでそれまでは現在の100万分の1程度だった大気中の酸素濃度が急速に上昇し、現在のレベルまで達したあとで多少低下して、現在のおよそ100分の1程度で落ち着いた。 その後、およそ6億5000万年前の全球凍結のあとになって再び上昇し、最終的にほぼ現在と同じレベルの酸素濃度になった。 エディアカラ生物群はその頃に現れたものである。 動物が生きていく上で酸素は重要である。 動物の運動性は効率の良い酸素呼吸によって支えられている。 酸素濃度が低いあいだは大きなからだの動物は生まれないと考えられる。 なぜならば、酸素をからだの表面から取り入れるとすれば、からだが小さければ体重あたりの表面積が広いのでなんとかやっていけるが、からだを大きくすると取り入れられる酸素量が足りなくなるのだ。 ところが原生代最後のエディアカラ紀になると、大型動物の生存が可能な環境が整えられたと考えられる。 エディアカラ生物群は扁平なものが多く、表面積対体重の問題を解決するには有利なかたちではあったが、それ以前には目で見える大きさの動物の化石がなかなか見つからないことを考えると、酸素濃度の上昇が動物の進化に大きな影響を与えたのは確かであろう。 有櫛動物門、海綿動物門、それに刺胞動物門が分岐したあと、刺胞動物門から「左右相称動物」が分かれた。 左右相称動物は、初期の動物が運動性を獲得し、捕食のための口が前にでき、前後の軸が生じた結果として左右の対称性が生まれたと考えられる。 有櫛動物と刺胞動物の多くはクラゲと呼ばれるが、彼らは浮遊生活をする。 彼らにも多少の運動性はあるが、左右相称動物はもっと積極的に運動できるようになってから生まれた。 系統的には左右相称動物の棘皮動物には放射対称のものが多い。 そのようなものでも、幼生は左右対称であり、彼らの祖先が左右相称動物だった面影は残っている。 5億5100万年前~5億4100万年前の中国の灯影(デンイン)層でそのような左右相称動物が残したと思われる生痕化石が見つかっているのである。

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図37-1 最古の真核生物といわれるコイル状のグリパニア・スピラリス Grypania spiralis。 21億年前のアメリカの地層から見つかった、肉眼で見える最初の生物(七宗・日本最古の石博物館所蔵)。 真核生物がどのようにして生まれたかに関する水素仮説をで紹介した。 水素仮説では、その後ミトコンドリアに進化した共生体は、最初は酸素呼吸をするものではなかった(図32-3)。 この共生体は、水素仮説のモデルとなっているようにブドウ糖を水素分子と二酸化炭素に分解してエネルギーを取り出すヒドロゲノソームと、酸素を使ってブドウ糖を二酸化炭素と水に分解してエネルギーを取り出すミトコンドリアの2つの系統に分かれた。 後者が「酸素呼吸」と呼ばれるものであるが、ほかの方法にくらべて格段に効率がよいので、現在の真核生物のほとんどはこちらを採用している。 この2つの系統のあいだの分岐は、真核生物進化のごく初期に起ったものと思われる。 このようなミトコンドリアの進化に最初の全球凍結後の大酸化事変が関わっている可能性が高い。 そもそも最初の真核生物がいつ出現したかは不明であるが、酸素呼吸するミトコンドリアの進化は、酸素濃度の上昇がなければ起らなかったであろう。 それが正しければ、全球凍結という大量絶滅がなかったら現在地球上で繁栄している動物や植物などが誕生することはなかったことになり、地球上では細菌類や、たとえ真核生物が生まれたとしても、酸素呼吸を行なわない原生生物だけの、われわれヒトから見ると寂しい世界が今でも続いていることになったはずである。 しかし、全球凍結をもたらしたそもそものきっかけがシアノバクテリアであったことを考えると、これら一連の事件の始まりは、シアノバクテリアの進化にあったといえる。 複数回の全球凍結は、そのたびに生物の大量絶滅をもたらした。 現生生物の祖先たちは、度重なる大量絶滅の時代を生き抜いてきたわけであるが、大量絶滅のあとにはいつも生き延びたものの爆発的な進化が見られた。 このことは、阿蘇の放牧地などで野焼きを行なうと、そのあと植物が勢いよく育つのと似ている。 最後の全球凍結「マリノアン氷期」が終わった6億3500万年前から始まり、5億4200万年前まで続くのが「エディアカラ紀」である。 以前は6億3500万年前以前を一括して「先カンブリア時代」と呼んできた。 時代区分の指標となる化石が見つからなかったからである。 しかしながら、次第にそのような時代の化石が見つかるようになり、もっと細かく時代区分をする必要に迫られた結果、2004年になって国際地質科学連合 IUGS は、先カンブリア時代最後のおよそ9300万年間を「エディアカラ紀」と呼ぶことにした()。 全球凍結の時代を細々と生き延びた生物は、氷の時代が終わると多様な生物群としていっせいに現れた。 これがエディアカラ生物群である。 1946年に南オーストラリア・アデレードの北へ約500kmのエディアカラ丘陵で初めて化石として発見されたこの生物群は、それまでの生物にくらべて非常に大きく、なかには1mを超えるものもあった。 また扁平で体積のわりに表面積が広いという特徴をもつ。 エディアカラ生物は、南極大陸以外のすべての大陸で見つかっており、その大部分は5億8000万年前~5億4100万年前のものであるが、最近になって中国貴州省の陡山沱(Dosuahntuoドウシャントウ)層から6億3500万年前~5億5100万年前のさらに古い化石が見つかっている。 図37-2aのカルニオディスクスは、植物の葉のようなかたちをしているが、サイモン・コンウェイ・モリスによると下に伸びた茎のような部分を海底に固定して、水に揺れながら広い葉状部で海中を浮遊する餌を食べていたという。 彼によれば、このような動物は次のカンブリア紀の化石のなかにも見出すことができ、現在のウミエラ(図37-3)につながる系統だという。 ウミエラはサンゴやイソギンチャクの仲間で刺胞動物門に分類される動物である。 また図37-2bのディッキンソニアは左右対称のからだをもち、この標本では前後がはっきりしないが、コンウェイ・モリスによるとしばしばはっきりした前部をもつという。 もしもこの解釈が正しいとすると、ディッキンソニアは餌を求めて前方に移動する運動性を獲得した結果、前後の方向性が生まれ、左右相称になった最初の動物だったことになる。 図37-3 ウミエラ(刺胞動物門、花虫綱、八放サンゴ亜綱)。 しかしながら研究者のなかでは、一見左右相称に見えるこれらの構造は、その後の左右相称動物のものとは異なるものだという意見が多い。 ディッキンソニアは一見左右相称に見えるが、よく見ると、左右の体節構造が中心線のところで互い違いになっており、厳密な左右相称にはなっていない。 エディアカラ生物群が現生動物の系統かどうかも、よくわからない。 中国科学院南京古生物学研究所の陈哲Chen Zheらのグループは、そこでバクテリアによって形成されるバイオフィルムが層状に重なった微生物マットに残された動物が動き回った跡と思われる化石を発見した。 このように生物のからだそのものではなく、生物の活動の痕跡が地層中に残されたものを「生痕化石」という。 灯影層の微生物マットに残された生痕化石には、3種類のものがある。 微生物マットの下に掘られたトンネル、マット表面を通った跡、それにマットに垂直に掘られた穴である。 これらの痕跡は、自分の力で活発に動き回る能力をもった動物がエディアカラ紀に存在していたことを示している。 陈哲らは、これらの痕跡を残した動物が、左右相称動物だったと考えている。 系統樹の根元近くから分岐したカブトクラゲやクシクラゲなどの有櫛(ゆうしつ)動物は、以前は刺胞をもったクラゲやイソギンチャクなどと一緒に腔腸動物門に分類されていたが、2つのグループは別系統であることが明らかになり、前者は有櫛動物門、後者は刺胞動物門とそれぞれ独自の門に分類されるようになった。 有櫛動物門、海綿動物門、それに刺胞動物門を含むそのほかの動物との系統関係に関してまだ論争が続いていてはっきりしないので、ここではこの3者が同時に分かれたように描かれている。 これらの動物門は「二胚葉性動物」と呼ばれる。 この中から、左右相称の三胚葉性動物が生まれる。 図37-4 動物界の系統樹マンダラ。 赤い円は、およそ5億4200万年前から始まったカンブリア爆発の時期を示す。 クリックすると大きな図が表示されます。 先に図37-2で示したようなエディアカラ生物群は、現在の動物(多細胞動物)の系統かどうかはっきりしないと述べたが、多くの研究者は動物のなかの二胚葉性動物で、たぶん刺胞動物に近いものであったと考えている。 もしエディアカラ生物群が動物だとしたら、なぜ原生代の最後の時期になってはじめてこのような大型(1m近く)の動物が現れたのだろうか。 前回示したでは、22億2000万年前の最初の全球凍結のあとでそれまでは現在の100万分の1程度だった大気中の酸素濃度が急速に上昇し、現在のレベルまで達したあとで多少低下して、現在のおよそ100分の1程度で落ち着いた。 その後、およそ6億5000万年前の全球凍結のあとになって再び上昇し、最終的にほぼ現在と同じレベルの酸素濃度になった。 エディアカラ生物群はその頃に現れたものである。 動物が生きていく上で酸素は重要である。 動物の運動性は効率の良い酸素呼吸によって支えられている。 酸素濃度が低いあいだは大きなからだの動物は生まれないと考えられる。 なぜならば、酸素をからだの表面から取り入れるとすれば、からだが小さければ体重あたりの表面積が広いのでなんとかやっていけるが、からだを大きくすると取り入れられる酸素量が足りなくなるのだ。 ところが原生代最後のエディアカラ紀になると、大型動物の生存が可能な環境が整えられたと考えられる。 エディアカラ生物群は扁平なものが多く、表面積対体重の問題を解決するには有利なかたちではあったが、それ以前には目で見える大きさの動物の化石がなかなか見つからないことを考えると、酸素濃度の上昇が動物の進化に大きな影響を与えたのは確かであろう。 有櫛動物門、海綿動物門、それに刺胞動物門が分岐したあと、刺胞動物門から「左右相称動物」が分かれた。 左右相称動物は、初期の動物が運動性を獲得し、捕食のための口が前にでき、前後の軸が生じた結果として左右の対称性が生まれたと考えられる。 有櫛動物と刺胞動物の多くはクラゲと呼ばれるが、彼らは浮遊生活をする。 彼らにも多少の運動性はあるが、左右相称動物はもっと積極的に運動できるようになってから生まれた。 系統的には左右相称動物の棘皮動物には放射対称のものが多い。 そのようなものでも、幼生は左右対称であり、彼らの祖先が左右相称動物だった面影は残っている。 5億5100万年前~5億4100万年前の中国の灯影(デンイン)層でそのような左右相称動物が残したと思われる生痕化石が見つかっているのである。

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