ウカノミタマ ノ カミ。 稲荷神についてウカノミタマが和魂(ニギミタマ)、荼枳尼天(ダキ...

ウカノミタマノカミ (女神) の転生とは?うかのみたまのかみ (宇迦之御魂神) のご利益!お姿画像は?

ウカノミタマ ノ カミ

ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 とは|お稲荷様として知られる神様 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 とは、全国3万あるに祀られる神様です。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 と聞いて、ピンとくる方は少ないかもしれませんが、一般に知られる 「」という名前なら聞いたことあるのではないでしょうか。 商売繫盛の神様としても有名なウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 はどのような神様なのか、お稲荷様と呼ばれる所以はなんなのかを具体敵に解説していきます。 ちなみに、お稲荷様と言うと、実はウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 以外の神様を意味することもあります。 そのあたりの複雑なところも解説いたします。 日本で最も祀られる神社が多い人気の神様 ちなみに、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 はアマテラスオオミカミという日本の総氏神と呼ばれる神様よりも、祀られる神社が多いのです。 日本でも最も人気の神様とも言っても過言ではありません。 ちなみに、 「お稲荷様と言えばウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 である」というのは間違いです。 仏教でのお稲荷様も存在し、お稲荷様という神様には様々な側面がありますので、詳しくは後半で解説いたします。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 のご利益・御神徳 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 のご利益・御神徳は、多岐にわたります。 商売繁昌• 産業興隆• 芸能・諸芸上達• 五穀豊穣• 家内安全• 諸願成就• 交通安全 大方、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る神社では上記のご利益があると言われています。 古くからウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 をお参りする伝統はあり、 「衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ」と崇められてきました。 また、稲荷神社の総本宮である伏見稲荷は、平安時代に良縁を願う神社として人気であり、 安土桃山時代には豊臣秀吉が母親の病気平癒を願ったという逸話も残っています。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 のご神格• 五穀 豊穣の神• 商工業の神• 諸産業繁盛の神• 農耕の神• 穀霊の神 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 の別名・読み方 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 はお稲荷様の総本宮の伏見稲荷大社のご祭神として、祀られていますが、他の稲荷神社では別の神様の名前として祀られていることも多く、別名を持つだけでなく、別の神様と同一視されています。 それらも含めてご紹介します。 大物忌神 オオモノイミノカミ• 御饌津神 ミケツノカミ• 御倉神 ミクラノカミ• 三狐神 ミケツノカミ・サンコシン• お稲荷様 オイナリサマ• 稲荷神 イナリノカミ このような別名を持っています。 お稲荷様と呼ばれる神様で考えると、神道では他にも五穀豊穣の神である• 保食神 ウケモチ• これだけ多くの別名があるのは、日本は八百万の神々がいる国で、長い年月をかけて、をしていったように、様々な神様が同一視されていったからです。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る神社 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る神社と言うと、やはり日本三大稲荷です。 日本三大稲荷と言っても、実は3つだけではなく、伏見稲荷大社以外は各種説があります。 また、稲荷神を祀る点では同じでも、仏教の稲荷神を祀る寺院も日本三大稲荷には入ってきます。 今回は、その中でも最も一般的な 日本三大稲荷神社に数えられるのは、伏見稲荷大社、祐徳稲荷神社、笠間稲荷神社だとされます。 伏見稲荷大社 稲荷社の総本宮 稲荷神社と言えば、やはり最も有名なのは京都市伏見区深草に鎮座する伏見稲荷大社です。 全国3万社あるといわれる稲荷社の総本宮です。 千本鳥居で世界的観光地になる伏見稲荷大社です。 伏見稲荷大社では、ご本殿に下社のウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 と並び、中社の佐田彦大神 サタヒコオオカミ 、上社の大宮能売大神 オオミヤメノオオカミ 、田中社の田中大神、四大神 しのおかみ が祀られています。 ちなみに伏見稲荷大社の中には、他にも古くから祀られる神社も存在しており、そこでは別の神様も祀られています。 筆者も毎年初詣に加え、時間の許す時に参拝していますが、最近では参拝客の半分以上が海外の方で山の頂上に行く道も中々込んでいますね。 祐徳稲荷神社 佐賀県鹿島市にある、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る日本三大稲荷の祐徳稲荷神社です。 清水の舞台のような、荘厳な本殿が有名で見たことある方も多くいるのではないでしょうか。 こちらも、最近はタイで放映されたドラマのロケ地になったことから、多くの海外旅行客が来る観光名所にもなっています。 笠間稲荷神社 茨城県笠間市にあるウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る日本三大稲荷の笠間稲荷神社です。 創建は、伏見稲荷よりも古い651年とされる古くから崇敬を集める神社です。 日本三大稲荷の中の、神社ではその他に、• 宮城県• 岐阜 が有名です。 ちなみに、日本三大稲荷神社ではなく、寺院も含めて日本三大稲荷と言うと、愛知県の豊川稲荷も有名です。 こちらは、豐川吒枳尼眞天 とよかわだきにしんてん という、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 とは別の神様であるお稲荷様を祀っています。 他にも、日本五代稲荷として、• 熊本 が有名です。 ちなみに、福島稲荷神社では、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 ではなく、豊穣の神として、豊受比売命が祀られています。 ここからは、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 とはどんな神様として神話で描かれ、どのように今のお稲荷様として民衆の支持を集める神様になったのか、その由来について詳しく解説していきます。 神話のウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 の由来・系図 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 は、名前から豊穣の神様という由来を持ちます。 古代の日本では、「ウカ」や「ウケ」という言葉には、「 穀物・食物」という意味を持ちます。 神話の中に現れる、五穀豊穣を司る神様として、保食神 ウケモチ 、豊受比売神 トヨウケビメノカミ 等の神様にはやはり、「ウケ」という言葉がついています。 同一視される宇賀神も「ウカ」がついていますね。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 は日本神話の中では、描かれる物語は全く、どの神様の子供として生まれたという表記しかありません。 しかも、古事記と日本書紀ではそれらの表記も違うのです。 スサノオノミコトの子として描かれる 古事記では、と、神大市比売 カムオオイチヒメ の間に生まれる神様として描かれます。 兄弟 姉妹 の神として、大歳神がともに生まれています。 ちなみに、大歳神はお正月に家々にやって来る豊穣の神のと同一視されています。 イザナギノミコトとイザナミノミコトの子として描かれる 日本書紀では、スサノオノミコトの子ではなく、との子として生まれます。 日本書紀のイザナギノミコトとイザナミノミコトが、、を生む神産みの段のある書にて、おなかがすいて飢えている時に生まれたのが、「倉稲魂命」と記されるウカノミタマノカミです。 日本神話を記した古事記や日本書紀ではそれぞれ、生まれたと言うことしか書いていません。 一般には偽書とされる日本神話を描いた書物のホツマツタヱには詳しく書いていますが、こちらは後程ご紹介します。 お稲荷様とウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 という神様が伏見稲荷大社に祀られ、お稲荷様として、民衆の支持を得るまでの歴史をご紹介します。 実は、今ではウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る伏見稲荷大社でも、元々は お稲荷様はウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 ではありませんでした。 伏見稲荷大社を創建したのは、秦伊呂具 ハタノイログ、もしくは伊呂臣 イロコ という者です。 この秦伊呂具は、海外から当時先進文化をもたらした渡来人の秦氏族の長です。 秦と書いて「ハタ」と呼ぶのは、仁徳天皇の御代にて優れた機織りの技術を認められ、「ハタ公」の姓を受けたと言われます。 秦氏族は機織りだけでなく、酒造りにも秀でていたり、農耕技術も先進的なものを持っていたと考えられます。 そんな、氏族であった秦氏は当時山背国と呼ばれた京都の太秦に拠点を置き、その後深草に拠点にも置きました。 この深草にて、莫大な資産を持って創建されたのが、伏見稲荷大社という神社なのです。 伏見稲荷大社の創建の説話 伏見稲荷大社の創建の説話は五穀豊穣の神を祀る神社にふさわしいものです。 秦伊呂具は、ある時餅で作った的を作りそこに矢を放ちました。 すると、矢が刺さったお餅は白鳥となって飛んで行き、山 現在伏見稲荷大社が鎮座する山 に飛んでいきました。 そして、そこにたくさんの稲が成ります。 この稲が成り豊かな土地になった場所に秦伊呂具は社を創建したそうです。 当初は秦氏の祀る神様 伏見稲荷大社は深草にいた秦氏によって創建された神社ですので、秦氏の氏神が祀られる神社として始まります。 秦氏は先ほど解説した、大陸の先進技術を持った氏族であったこともあり、農耕技術も優れたものを持っていたことからか、伊奈利社は人々の間で五穀豊穣をお祈りしに行く神社として有名になったと言われます。 時代の流れも、伏見稲荷大社創建すぐ都が平安京へ遷都され都が賑わうようになった時代でもあり、宮中の崇敬も深くなります。 ちなみに、伏見稲荷大社自体がそもそも秦氏に由縁のある場所ではありますが、古くから秦氏に深く由縁のあると言われる場所が伏見稲荷大社の敷地の中に存在しています。 その場所はとても落ち着いた良い場所ですので、人が殺到しないようにここでは名言は避けます。 豊穣の神のお稲荷様がウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 へ 豊穣の神として人気を集める伊奈利社のは、その後日本神話に出てくる、五穀豊穣の神であるウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 と習合をするようになります。 お稲荷様の歴史や稲荷神社についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。 稲荷社の狐はお稲荷様ではない ちなみに、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を祀る伏見稲荷大社を含む稲荷神社と言えば、では狛犬ではなく、狛狐が神様の遣い 眷属 として神社内に多数像が祀られています。 そのため、お稲荷様と言えば狐のイメージはありますが、あくまで狐は眷属と呼ばれる神様のお使いであり、お稲荷様という神様は狐ではありません。 ちなみに、お稲荷様のお使いの狐は、白狐と呼ばれ、目に見えない狐であるとされています。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 のお姿 画像 では、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 はどのような見た目の神様か。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 という神様は女神ともされる説が多くあります。 これは伏見稲荷大社が、仏教の稲荷神としての荼枳尼天 女性神 を由来として女性神をイメージするとしていることから言われています。 しかし、他の稲荷神社ではウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 は次のようなお姿の絵が伝えられています。 出典:笠間稲荷神社 ご祭神について この画像を見ると、狐にまたがり、豊穣の神として稲を持ったお爺さんのような姿をしていますね。 ちなみに女性神のイメージはという神様から来ていると言いましたが、そちらの画像はこちらです。 お稲荷様と呼ばれる神様は仏教にも さて、先ほどから何度も触れてきましたが、お稲荷様という神様はウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 という日本神話に出てくる神様以外に、インドから渡ってきた仏教の神様の荼枳尼天もお稲荷様と呼ばれます。 伏見稲荷大社がの時代に、荼枳尼天と習合しお稲荷様は女性神としたというもありますが、現在はの影響で別々の神様として考えられています。 この荼枳尼天は、人の余命が残り半年ということがわかる神様で、その人達を食べていたという恐ろしい神様と言われます。 荼枳尼天についてさらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。 また、神社の神様と仏教の神様が同一視されていた神仏習合やそれが終わるきっかけとなった神仏分離令について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 にまつわる様々な説 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 という神様は全国3万社あるといわれ、全国で最も祀られる人気の神様であることから、様々な説が存在しています。 それらの説についてご紹介しましょう。 お稲荷様は怖いや、祟りがあるという説について まず、ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 を含む、お稲荷様という神様は• ちゃんと祀らないと祟りが起きる• お稲荷様は怖い などと言う、噂がネット上にあります。 この噂は間違ってもいませんが、合ってもいません。 なのでむやみにその証拠なしに信じることは絶対にしないでください。 お稲荷様は怖いと言われる原因は複数ありますが、今回は特に大きな原因の2つを解説します。 稲荷神社への崇敬の念を忘れる頃に祟りが お稲荷様は、江戸時代から商売繫盛の神様としてとても有名になり、多くの商工業者が鳥居を奉納していますね。 そんな商売繫盛のお稲荷様に「 稲荷を祀れば3代で家が潰れる」という言葉があると言われていますが、残念ながらお稲荷様と家がつぶれることの因果関係はありません。 私の知り合いで、創業者が伏見稲荷大社をお参りしてすでに何代も続いているという会社の創業家の人はいますし、事実無根もいいところです。 3代でつぶれているのは、祟りではなく単純にビジネスモデルが立ち行かなくなったことや、会社組織の問題でしょう。 このようなことが言われるようになったのは、「 神様への 感謝の心を忘れないように」という教訓のためと言われているそうです。 3代も経ると神社への崇敬の念が薄まりお稲荷さんの罰が当たり、家がつぶれるぞと言い、跡継ぎの人に傲慢な心を律する一つの教えにしたのかもしれませんね。 稲荷社に集まる低俗霊 こちらは、昔から言われる信仰の一つの考え方です。 現代でも家によっては言い伝えられていると思いますが、低俗霊が憑りつき祟りが起こるというものです。 こちらは信じる信じないは皆さんにお任せしますが、やはり古くから言われる信仰の形として、ご紹介します。 稲荷社は全国に小さな祠も含めて3万社もあるといいます。 こういった小さな祠で整備がされていない神社では、動物霊等の低俗霊が集まると言われています。 そういった祠にお参りをすると、低俗な霊がついてしまい不幸なことが起こるようになり、稲荷社に参ると祟りが起こると考えられるようになったのです。 お盆に川や海と言った水辺に行ってはいけない、お葬式の帰りは塩を肩に振って家に入る等々、現代の生活でもいまだによく言われる霊の憑く場所の話と同じように、気を付けるべき場所として「整備されていない稲荷社」もあるというイメージです。 しかし、世の中の稲荷社すべてがそうではありません。 ちなみに、この整備されていない神社に関しては稲荷社に限ったものではありません。 稲荷神社が特に多いことからこのように言われたのかもしれませんね。 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 の様々な説 ウカノミタマノカミ 宇迦之御魂神 という神様はたくさんの神様と同一視されています。 やはり、祀る神社が多い分様々な信仰との習合が多いのでしょう。 その一つが、田の神です。 日本の各地には民間信仰という地域に独自の信仰があります。 日本の男性器のお祭りなどもも民間信仰ですが、その一つが田の神というものです。 こういった民間信仰では、狐は田んぼを荒らすネズミを退治してくれる救世主であったことから神様の使いというイメージがついたともされます。 他にも、地域によって大物忌神や白蛇神等の信仰とも集合したそうです。

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八百万の神大図鑑

ウカノミタマ ノ カミ

概要 [ ] 『』では 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『』では 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記する。 名前の「宇迦」は・食物の意味で、穀物の神である。 また「宇迦」は「ウケ」(食物)の古形で、特に稲霊を表し、「御」は「神秘・神聖」、「魂」は「霊」で、名義は「稲に宿る神秘な霊」と考えられる。 記紀ともに性別が明確にわかるような記述はないが、古くからとされてきた。 のであり 、(お稲荷さん)として広く信仰されている。 ただし、稲荷主神としてウカノミタマの名前が文献に登場するのは以降のことである()。 ではそれより早くから、御倉神(みくらのかみ)として祀られた。 史料における記載 [ ] スサノオの系図(『古事記』による)。 青は男神、赤は女神。 『古事記』ではウカノミタマの性別について言及していないが、延喜式祝詞の記述などから女神と考えられる。 記紀神話 [ ] 『古事記』では、の系譜において登場し、須佐之男命がの次に娶ったとの間に生まれている。 同母の兄に(おおとしのかみ)がいる。 大年神は一年の収穫を表す年穀の神である。 『日本書紀』では本文には登場せず、の第六の一書において、とが飢えて気力がないときに産まれたとしている。 飢えた時に食を要することから、穀物の神が生じたと考えられている。 『古事記』『日本書紀』ともに名前が出て来るだけで事績の記述はない。 また『日本書紀』には、が戦場で祭祀をした際に、供物のに厳稲魂女(いつのうかのめ)という神名をつけたとあり、は『』において、これをウカノミタマと同じとしている。 延喜式祝詞 [ ] 神名の「ウカ」は穀物・食物の意味であり、同じ意味の「ウケ」「ケ」を名前に持つ食物の女神 とはしていくことになる。 の『』(大殿祭)には、の別名ともされる 屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)が登場するが、この女神について祝詞の注記では「これの霊(みたま)なり。 世にウカノミタマという。 」と説明しており、ウカノミタマを女神と見なしていたことがわかる。 上述した『書紀』の厳稲魂女も稲の霊であり、これらの記述から、食物の持つ生命力や稲霊(いなだま)が女性的なものと考えられていたことがうかがえる。 神道五部書 [ ] (みしねのみくら) 伊勢神宮・内宮 に伊勢神宮で編纂された「」には、との主な社殿と祭神が記されている。 その一つ、『御鎮座伝記』では内宮について、「御倉神(みくらのかみ)の三座は 、スサノオの子、ウカノミタマ神なり。 また、専女(とうめ) とも三狐神(みけつかみ)とも名づく。 」と記される。 外宮についても、「調御倉神(つきのみくらのかみ)は 、ウカノミタマ神におわす。 これイザナギ・イザナミ 2柱の尊の生みし所の神なり。 また、とも号す。 また、(うけもちのかみ)とも名づく。 社内におわす御膳神(みけつかみ) とはこれなるなり。 また、に祝い祭る三狐神とは同座の神なり。 故にまた専女神とも名づく。 専女とはこの縁なり。 また、稲の霊もウカノミタマ神におわして、西北方に敬いて祭り拝するなり。 」と記される。 記紀神話に登場する食物神は、やの食事を司ることから「津神」(みけつかみ)とも呼ばれるが、ウカノミタマには「三狐神」の字が当てられている。 これは関西方言ではを「ケツ(ネ)」と呼んだことから付けられたといわれる。 また、『日本書紀』ではウカノミタマを倉稲魂命と表記し、伊勢神宮でも御倉神として祀られることから、この神はの神である食物神の中でも、特に稲倉に関係の深い神ではなかったかとも考えられている。 吉田家神道書 [ ] に神祇次官・が著した『神名帳頭註』の伏見稲荷の条では、「本社。 ウカノミタマ神なり。 この神はスサノオの娘なり。 母はオオイチヒメなり。 ウカノミタマ神は百穀を播きし神なり。 故に稲荷と名づくか。 イザナギの御娘にこの名これ有り。 」と記される。 また、同じく神祇次官のが著したといわれる『二十二社註式』の伏見稲荷の条では、「中社。 ウカノミタマ命。 この神は百穀を播きし神なり。 一名をトヨウケヒメ命という。 の、伊勢の外宮とは同体の神なり。 と名づく。 」と記されている。 平安・鎌倉時代の文献に登場する稲荷神は女神であるが 、神名についての記述はなく、室町時代になり稲荷主神としてウカノミタマの名が登場する。 最古の稲荷縁起は『山城国風土記』逸文に記されるが、この伝承によると稲荷神は稲の神であるため、いつしか同じく稲の神格を持つウカノミタマのことと認識されるようになったのだろうといわれる。 伏見稲荷社記 [ ] 伏見稲荷・御膳谷奉拝所 (中社のあった場所といわれる) になると、伏見稲荷のなどによって諸々の由緒記(『水台記』ほか)が著されるが、その多くが稲荷三神 の主神をウカノミタマとしている(天倉稲魂命、若倉稲姫魂命、と表記される場合もある )。 本来は稲荷山の上・中・下の三社のうち、中社に鎮座するとされていたが、江戸後期から下社とする記述が増え、現在もそのようになっている。 これに対し、他の2神の神名は文献によって異同があり、現在の形(ウカノミタマ、、)に決まるのはになってからである。 なお、総本山・のに登場する、稲束を担いだ翁の稲荷明神がウカノミタマと呼ばれることもあるが、近世以降の付会である。 中世の東寺縁起では、この翁の稲荷神に固有の神名はなく、鎮座場所も稲荷山の上社である。 伝来の『稲荷五所大事聞書』では、この翁の稲荷神の名は「太多羅持男」としている。 系譜 [ ] 『古事記』においてととの間に生まれた子で、兄にがいる。 『日本書紀』においてはとの間の子とし、食物の神を生もうという明確な意思によって誕生する。 『』においてととの子であるの子とされるが、別の資料ではとしており、八杵命の子である倉稲玉神が記紀の宇迦之御魂神と同一神であるとは限らない。 祀る神社 [ ] ウカノミタマは、現在は穀物の神としてだけでなく、農業の神、商工業の神としても信仰されている。 ()、()、()などの全国の稲荷神社で祀られているほか、ビルやデパートの屋上、工場の敷地内などにも、屋敷神として稲荷神を祀る社が設けられている(例えば、日本橋デパート屋上のなどがある)。 稲荷神社以外でウカノミタマを祀る神社としては、以下のような例がある。 () 平安時代に制作された、ウカノミタマの()を祀る。 垂髪(たれがみ)の女神の座像で、片膝を立て、手にを持つ。 木製で像高50cm。 ウカノミタマを主祭神とするが、稲荷神社ではない。 () 伊勢外宮の境外。 神道五部書の『御鎮座本紀』では、トヨウケ大神に随行してきた「ウカノミタマ稲女神」を祀ると記される。 地元では、稲女(いなめ)さん・稲嘗(いなべ)さん、とも呼ばれる。 (三重県伊勢市) により、4座の宇迦之御魂神を祀る。 (三重県伊勢市) 皇大神宮の別宮の境内。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 新潮日本古典集成 古事記• 中村陽・監修 『稲荷大神』 戎光祥出版 平成21年 67頁。 喜田貞吉 『福神』 宝文館出版 昭和51年 34頁。 次田潤 『新版 祝詞新講』 戎光祥出版 平成20年 250頁。 喜田 前掲書 49頁。 喜田 前掲書 59頁。 松前健・編 『稲荷明神』 筑摩書房 1988年 7頁。 山折哲雄・編 『稲荷信仰事典』 戎光祥出版 1999年 34頁。 『官幣大社稲荷神社明細図書』に基づく。 『稲荷大明神利現記』(年間・成立)など。 『稲荷大明神流記』(初期・成立)など。 宇治山田市役所 編『宇治山田市史 下巻』宇治山田市役所、昭和4年3月5日、1690p. (948ページより) 関連項目 [ ]•

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ウカノミタマの正体

ウカノミタマ ノ カミ

【和魂】御利益『欲しいものはなんですか?』 必要とするもの全て手に入る時です。 また、ご利益は感謝がある者に訪れます。 あなたの欲しいものは何ですか? 今すぐ口に出して明確にしてみましょう。 それが言えたなら、思わぬ形で転がり込んでくるかもしれません。 【荒魂】変化『準備をしましょう』 準備は出来ていますか? 変化しようとした時、妨げようとするものが現れるかもしれません。 正しい事よりも、礼を尽くし、信頼を勝ち取る事が大切です。 事を起こす前に、準備を丁寧にする事で上手くいきます。 【分かりやすく動画で解説】 【民の心を掴んだ御利益の神様】 民の心を掴んだ御利益の神様 ウカノミタマは稲荷神社の祭神で、稲荷神とも呼ばれています。 ウカノミタマはスサノオとオムオオヒメとの間に生まれた神様、またはイザナギとイザナミの間に生まれた神様と言われ、名前にある【ウカ】は穀物、食べ物を表すことから穀物の神様とされる。 いわゆる農耕神である。 ウカノミタマは稲荷神社の祭神として祀られているが、元々稲荷神社は百済かの渡来人、秦氏が信仰していた神社である。 秦氏は農耕、土木、鉄鋼などに長けており、秦氏を重用した豪族は大いに発展した。 民も秦氏の教えのまま農耕に励み、五穀豊穣に恵まれた。 すると、秦氏が祀っている神社がある。 そこに手を合わせれば何か御利益があるのではないかと、多くの民はこぞって参拝した。 つまり、元々稲荷神は日本の神様ではなかった。 その後、五穀豊穣の神としてウカノミタマが祀られるようになる。 その為、五穀豊穣の神として、稲荷神社は全国に広がる。 さらに、時代が変化し農業から工業、商業と発展するに伴い、山に行けば五穀豊穣、海に行けば大漁の神、そして都市に行くと商売繁盛の神様として発展を遂げる。 また、艶やかな赤い社の多くは稲荷神と八幡である。 全国にある神社が約12万社。 その過半数は稲荷神社と八幡神社の二社である。 国を支えるのに食料は絶対。 その国を支えていたのが多くの民であった。 その民に微かな希望として、御利益を与え祀られた稲荷神は大いに繁栄したのである。 未だに神社の中でも元気が良いのは、伝統に縛られる事なく、繁栄させる為に新しいものにトライし、進化して来たからかもしれない。 また、タブーとされた御利益や御加護があるという考え方も稲荷神社が促進したと考えられる。 ある時は皮肉るものもいたかもしれない。 しかし、この稲荷神社は一部の宗教団体の様な個人の所有物になる事なく、神道の伝統に則り、しっかりと神社としての役割の枠の中で努力をして来た。 その稲荷神社の祭神であるウカノミタマは繁栄の神、対応の神、柔軟性の神とも言える。 時として人は【伝統】【進化】で二分し対立する。 その中で本物とは伝統を重んじつつ、世の中の変化に対応し、進化し続ける者の事である。 ウカノミタマの史実はあまり残されていないが、民の御魂が作り出しているのであれば、大いなる力によって、変化し進化し対応した柔軟な神だと言える。 人は一人では生きていけない。 だからと言って人に頼ることもままならない。 そこで、神を感じることで、気持ちが楽になったり、神様が助けてくれると信じれば、気持ちが大きくなり、行動に移す事が出来る。 そんな人が沢山いるのも隠しきれない事実である。 八百万の神はそれも良しとしたのではないのだろうか? 神道は【教】ではなく【行】である。 しかし、誰もがその深い境地に到達するのは難しい。 人にはそれぞれ成長の過程がある様に、ウカノミタマも同じ様に進化し成長して来た。 【神格】 五穀豊穣の神、諸産業繁盛の神、農耕神、穀霊神、商工業神 【御利益】 商売繁盛、産業興隆、芸能上達、家内安全、五穀豊穣 【別称】 お稲荷さん、宇賀御魂、倉稲魂、稲荷神、大物忌 おおものいみ 【系譜】 スサノオの子またはイザナギ、イザナミの子 【祀られている神社】 伏見稲荷大社 京都市伏見区深草藪之内町 豊川稲荷 愛知県豊川市豊川町 笠間稲荷神社 茨城県笠間市笠間 祐徳稲荷神社 佐賀県鹿島市 笠森稲荷 東京都台東区谷中.

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