キニーネ トニック ウォーター。 万能なジュース【トニックウォーター】とは?起源・原料・飲み方などを解説

トニックウォーターとは?おすすめ人気商品&作り方や代用法などご紹介!

キニーネ トニック ウォーター

キニン 9- epi- 識別情報 特性 C 20H 24N 2O 2 324. 44 p K a 4. 2, 8. キニーネ(: kinine)または キニン(: quinine)は、のに含まれる分子式C 20H 24N 2O 2のである。 名は 6-Methoxyquinolin-4-yl [ 2S,4S,5R -5-vinyl-1-aza-bicyclo[2. 2]oct-2-yl]- R -methanol。 にキナの樹皮から、命名され、に平面構造が決定し、1944年にも決定された。 またにらがを達成した。 ただしウッドワードらの全合成の成否については後述の通り議論がある。 に特異的に毒性を示すの特効薬である。 が移植を手がけて以来、時代からを経てまで、ずっとかけがえのない薬だった。 米国は等でキニーネを使い、1962-1964年頃に手持ちが底をついた。 急に大量発注され、そこへ国際が便乗し、キニーネは暴騰した。 その後、キニーネの構造を元にやなどの人工的なが開発され、ある程度ののあるキニーネは代替されてあまり用いられなくなっていった。 しかし、および、、中北部といった直下の地域において熱マラリアにクロロキンやメフロキンに対してを持つものが多くみられるようになったため、現在ではその治療に利用される。 また強いを持つ物質として知られている。 発見 [ ] キナ属のはのに自生する植物であり、のはキナのをとして用いていた。 マラリアはにはもともと存在しなかったが、後にの渡来とともに拡散したと推定されている。 その後偶然にキナ皮にマラリアを治療する効果が発見され、頃にヨーロッパにとしてされるようになったと思われる。 この点に関しては、1640年、夫人Cinchon氏が、からキナ皮をヨーロッパに 輸入し、マラリアに対するキニーネ療法が始まったという説が、頃の日本では、信じられていた。 このキナ皮からをしようとする試みは中ごろから行われた。 キナ皮の需要の増加につれての悪いものやニセモノが出回るようになったため、品質評価のために活性成分をする方法が必要になったのである。 このとき彼はキナ皮を抽出した水がアルカリ性になることに気が付いていた。 しかし、それ以上の研究を行わなかった。 にの軍医はキナ皮をエタノールで抽出し、そこに水と少量のを添加すると微量のが生じることに気がつき、これにと命名した。 にでが単離された。 このとき用いられた方法は酸によってモルヒネのを作り、それを単離するというものであった。 この方法に興味を持ったは同僚のにこの方法を紹介した。 ロビケの元で働いていたとはこの方法を用いて多くのアルカロイドを単離した。 に彼らはゴメスが単離した結晶が単一物質ではなく、2つの物質、キニーネとシンコニンからなることを発見し、これらの分離に成功した。 この2つの物質のうち、キニーネのみが抗マラリア活性を持つことが分かった。 なお、彼らの単離したキニーネはのに展示されている。 構造決定 [ ] キニーネの正しい分子式はにによって提出された。 これを出発点としてキニーネのがスタートした。 キニーネの構造決定は主に分解反応の生成物を同定し、それらを組み合わせることで行われた。 まずはストレッカーが分子式の提案とともに2つのが三級窒素であることを示した。 が付加することやによってが放出されることからビニル基が存在することは1870年代のうちに確定された。 キニーネの部分構造にが存在することは1880年代にが確認している。 スクラウプはキニーネのまたはによる分解でキニン酸 6-methoxyquinoline-4-carboxylic acid を、融解水酸化カリウムによる分解で6-メトキシキノリンを得ている。 またヴィルヘルム・ケーニヒスらによって同時期に1つのヒドロキシ基が存在することも確認された。 一方、ケーニヒスはにキニーネの酸処理によって新しい分解物 3-vinylpiperidin-4-yl acetic acidを得てメロキネンという名前を付けた。 その後、までにキニーネが骨格を持つことが明らかになった。 にはがキニーネのアルコール部がに酸化されキニノンを生じることから、が二級であることを確認した。 以上の知見を総合してにラーベは正しい平面構造式を提案した。 続いて4つの不斉中心の立体化学の決定が行われた。 キニーネとそのであるキニジンからは同じメロキネンが得られること、酸化でキニノンとキニジノンという別のケトンを与えることから、正しい平面構造式が提案された時点でこれらが8位(キヌクリジン環の2位)のの異なるであることは判明していた。 にアルコールとの間でを行なわせると、キニジンでは環化が起こるのに対し、キニーネでは起こらないことが判明した。 このことからキニーネは8位がexoで、3位のビニル基は8位の置換基と同じ側にあることが判明した。 9位(ヒドロキシ基のある炭素)については1932年にの立体配置と塩基性の強さの相関との比較から8位との関係が配置であると決定された。 にはシンコニンの還元体であるジヒドロシンコニンをメロキネンのである2- 3-ethyl-4-piperidin-4-yl ethanolへと誘導し、さらに立体配置を保ったまま1,2-ジエチルシクロヘキサンと3-エチル-4-メチルヘキサンへと誘導した。 これらの生成物の立体配置を決定し、その結果からメロキネンの3位(ビニル基の付いた炭素)は R -配置、4位(キヌクリジンの4位の炭素)は S -配置を持つことを決定し、キニーネの絶対立体配置を確定させた。 合成 [ ] 全合成研究の歴史 [ ] キニーネの合成をはじめて試みたのは、で1856年のことである。 彼はキニーネの分子式から、N-アリルトルイジン C 10H 13N を酸化すればキニーネが得られるのではないかと考えた。 当時はまだ化学構造の概念は未熟であったので、このような考え方が成り立ったのである。 パーキンはキニーネを合成することはできなかったが、研究途中で最初の合成染料を発見した。 1860年代に化学構造論が興るとには構造決定が必須ということが判明する。 構造決定のためになされた研究で発見されたキニーネの分子断片であるキニン酸やメロキネン、また1853年にによってキニーネの酸による分解で得られたキノトキシンなどはキニーネの合成原料や合成中間体として重要であった。 1908年にパウル・ラーベはキニノンの脱メトシキ体であるシンコニジノンをで還元してシンコニンを得、さらに1911年にはキノトキシンの脱メトシキ体であるシンコトキシンを、続いてナトリウムエトキシドで処理することでシンコニジノンを得た。 1918年にはラーベとカール・キンドラーはこの手法をキノトキシンに適用してキニーネを得ることができたと主張した。 しかしこの論文ではキニノンの還元についての実験操作の詳細が書かれず、また後から補完もなされなかったことが後に問題を引き起こすことになる。 さらに1931年にはラーベらはジヒドロキニーネの全合成に成功した。 彼らはp-からキニン酸エチルを、3-エチル-4-メチルピリジンから N-ベンゾイルホモシンコロイポンエチル ethyl N-benzoyl-3- 3-ethylpiperidin-4-yl propanoate を構築した。 でこれらを結合させた後、塩酸でとを行ってジヒドロキノトキシンに誘導し、さらに上で述べた次亜臭素酸ナトリウムと、を用いてジヒドロキニーネへと誘導している。 なお、この方法では8位と9位のについてはコントロールできず、生成物は4種類のジアステレオマーの混合物となる。 1943年にはウラジミール・プレローグらがシンコトキシンを分解してホモメロキネン3- 3-vinylpiperidin-4-yl propanoic acidを得た。 彼らはこれをラーベのジヒドロキニーネの全合成と同じ方法でキノトキシンへと誘導できることを確認した。 キノトキシンは1918年のラーベの報告によればキニーネに誘導できるから、ホモメロキニンの合成法が確立できればキニーネの合成法が確立することになる。 1944年にとは3-ヒドロキシベンズアルデヒドからホモメロキネンを合成する方法を報告した。 さらにウッドワードらはこれをN-ベンゾイルキノトキシンまで誘導した。 これをもってキニーネの全合成が完成したとされる。 当時は第二次世界大戦中であり熱帯地域での戦闘でマラリアに感染する兵士が続出しキニーネの需要が高まっていたこと、キナの主産地であったインドネシアを日本におさえられていたことから、実際には工業的にはとても利用できない成果であったにも関わらず、などの一般の新聞紙や雑誌でも大きく報じられた。 ウッドワード以降の全合成例 [ ] 二例目の全合成は、キニーネの工業的な生産を目指した社のミラン・ウスココヴィッチらによって達成された。 彼らは6-メトキシレピジン(6-メトキシ-4-メチルキノリン)と N-ベンゾイルメロキネンをで縮合させ、で脱保護とケトンの還元を行った。 さらにヒドロキシ基をアセチル化して、三フッ化ホウ素を作用させてキヌクリジン環を構築し、デスオキシキニーネとした。 最後にこれを中で酸素酸化することでキニーネを合成している。 この方法では酸素酸化が立体選択的に起こるため9位の立体化学はコントロール可能であるが、8位については混合物となる。 この時点ではメロキネンの全合成が確立していなかったが、これが1971年に彼らにより行われ全合成が達成された。 8位と9位両方の立体化学を制御した全合成は2001年にによって初めて達成された。 ストークは学生時代からキニーネの全合成に興味を持っており、1944年にウッドワードに宛てた合成の詳細を問い合わせる手紙が残っている。 ストークは S -3-ビニルブチロラクトンを原料にキヌクリジン部分の元になる保護されたヒドロキシ基、アミノ基の前駆体となるを持つ鎖状アルデヒドを合成した。 続いて6-メトキシレピジンをアルデヒドに付加させ、生成したアルコールをケトンへと酸化した。 アジド基を還元するとケトンとの間でイミンの形成が起こり、これをで還元すると環となる。 8位の立体化学はこの還元の段階で決定され、キニーネと同じ立体配置の化合物だけが得られる。 その後、保護されたヒドロキシ基をメタンスルホン酸エステルへと誘導して、環化させキヌクリジン環を構築してデスオキシキニーネへと誘導した。 デスオキシキニーネからキニーネの合成はウスココヴィッチと同じ方法を用いており、9位についてもキニーネと同じ立体配置の化合物だけが得られる。 ウッドワードの全合成の成否 [ ] は2001年の全合成を報告する論文で、パウル・ラーベの報告の不備について指摘した。 すなわち、ラーベの論文ではキノトキシンからキニーネの合成について他人が追試できるだけの情報の記載がないこと、一方ウッドワードらの全合成論文では単にラーベの方法は確立されているという記載しかないことを指摘した。 これを受けてラーベの報告の妥当性について調査が行われた。 ウスココヴィッチらは調査に対して、キノトキシンをキニーネにアルミニウムで還元するラーベの実験の追試を行ったと述べている。 そして、生成物にキニーネは含まれるものの合成に成功したといえるほどの収率ではなかったと述べている。 またウィリアム・デーリングは、2005年に自分の実験ノートでラーベの実験の追試は行わなかったことを確認し、ウッドワードもプレローグもラーベの実験の信頼性に疑問は持っていなかったと述べた。 ストークもラーベの実験の追試は行っていない。 彼はラーベの論文では実験の詳細が不明であるので追試実験に必要なコストが大きすぎる、仮に追試に成功したとしてもそれはラーベの成果にしかならないし、失敗したとしたらラーベやキンドラーよりも腕が悪いということにしかならないので利益がないと述べている。 一方、ラーベは論文の中で得られたキニーネの融点や旋光度を報告しており、また1931年に同じ方法論に基づいたジヒドロキニーネの全合成を報告している。 ラーベの報告は実験の詳細がなくとも信頼できるものと考えても特に無理はない。 ウッドワードの全合成の成否はラーベの合成報告が信用できるかどうかという点にかかっていた。 これはそれぞれの化学者の判断基準によって意見が分かれるところである。 仮にラーベの合成を認めないとすれば、ホモメロキネンを利用する全合成はウスココヴィッチの1973年のキノトキシンからキニーネを合成した報告まで成立しないことになり、最初のキニーネの全合成は1970年のウスココヴィッチのメロキネン全合成によって行われたことになる。 なお、ウスココヴィッチは還元剤にを用いてキニノンからキニーネの合成に成功している。 ラーベの合成の追試 [ ] 、のロバート・ウィリアムズとAaron Smithは、これまで誰も手をつけなかったラーベの合成の追試を試みた。 その際、ラーベがに1918年の合成についてさらに詳細な論文を作成していたことが判明。 ウィリアムズは、ウッドワードとデーリングが実験した1944年当時の状況を再現した中でラーベの追試を試み、その結果、キニーネの合成に成功。 こうして、ラーベの合成及びウッドワードの全合成の正しさが証明された。 生合成 [ ] キニーネをはじめとするは生合成的にはの一種であることが明らかとなっている。 すなわちに由来するとであるが縮合したを中間体として生合成される。 ストリクトシジンからの生合成の詳細は明らかになっていないが、ピペリジンの開裂、キヌクリジンの構成、インドールのピロール環の開裂、キノリンの構成と複雑な経路を経て生合成されると推定されている。 用途 [ ] 抗マラリア薬 [ ] キニーネ自身の水溶性は低いため、やといった塩の形で投与される。 キニーネはに特異的に毒性を示す。 マラリア原虫は中でを取り込み栄養源として利用している。 しかしヘモグロビンの代謝の際に原虫にとって有毒なが生成する。 原虫はこのヘムをヘムポリメラーゼによって重合させて無毒化している。 キニーネはこのヘムポリメラーゼを阻害することによって原虫に対して毒性を発揮するという説が有力である。 キニーネはほぼ唯一のの特効薬として第二次世界大戦頃までは極めて重要な位置づけにあった。 の各国は熱帯地方の植民地を経営する上でキニーネを必要とした。 はとに、はにキナのを作ることに成功し、これらがキニーネの重要な供給源となった。 (などを含む)の場合、キニーネ製造量が国内需要を満たしたのは大正時代に入ってからのことである。 大正末期には外国へ輸出するようになり、日本のキニーネ生産高は世界第2位となった。 米国ではキニーネの値段が1880年には1オンス4. 5ドルであったのが、1913年には25セントと安くなった。 そしてキニーネが一般庶民に急速に普及し、米国におけるマラリア減少の一因となった。 もっとも、~の時点では南部諸州の平均罹患率はおよそ4%で、には40. 9%の原虫保有率を示す地域さえあった。 第二次世界大戦前後に、キニーネの構造を元にやなどの環を持つ抗マラリア薬が合成された。 キニーネは胃腸障害や視神経障害、血液障害、腎障害、心毒性といった副作用が存在するため代替され、あまり用いられなくなった。 しかし、熱帯熱マラリアにクロロキンやメフロキンに対して耐性を持つものが多くみられるようになったことから、やとの併用で利用される場合がある。 また、熱帯熱マラリアの重症例に対しては経口投与ではなく静脈注射で利用される。 苦味剤 [ ] 強い苦味を持つ物質として知られている。 味覚研究の分野では苦味標準物質として用いられている。 キニーネは食品添加物として認可されている。 また、薬事法施行規則別表第三には指定されておらず、にはあたらない。 しばしば、に指定されている stry chnine と混同されることがあるが、本項で述べるキニーネ quinine)とは別物である。 有機合成 [ ] 有機化学分野では剤として用いられる。 の酸をキニーネ塩にしてとし、分離する方法で用いられる。 またはとして用いられる。 に用いられる、ビス(ジヒドロキニニル)フタラジン DHQ 2PHAL が代表的である。 キニーネを四級塩化したによる不斉反応も知られている。 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] [].

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トニックウォーターのカロリーや糖質、効果とは?炭酸水との違いって何?

キニーネ トニック ウォーター

トニックウォーターと似たものに、炭酸水があります。 炭酸水は、クラブソーダと呼ばれることもあります。 トニックウォーターと、炭酸水は、見た目がほぼ同じで、どちらも炭酸飲料であり、どちらもアルコールと一緒に使用することが多いため、同じものだと思っている人も多いのではないでしょうか?実は、トニックウォーターと炭酸水は、まったく異なる飲み物なのです。 まず、炭酸水について説明します。 炭酸水とは、精製した水に、炭酸ガスを入れたものになります。 普通の水に、炭酸ガスを入れただけなので、甘み・苦味といった風味は一切ありません。 炭酸水には、硬水を使ったもの、軟水を使ったものがあります。 また、炭酸水は、カロリーが0kcalであることも大きな特徴です。 炭酸ガスが入っていて、しかもカロリーがゼロであるため、ダイエット中に炭酸水を飲むという人もたくさんいるようです。 トニックウォーターとは、炭酸水にライム・レモンなどの柑橘類の果皮エキスやハーブなどの香草類に、糖分を加えて作る飲み物です。 トニックウォーターとは、果皮エキスやハーブ類が入っていることが特徴であるため、ややほろ苦い味わいとなっています。 風味や香りを楽しむことができるのが、トニックウォーターの魅力なのです。 トニックウォーターは、アルコール類との相性が非常に良いため、カクテルに使用されることが多いのも大きな特徴です。 炭酸水と違って、トニックウォーターには、糖分が加えられているため、カロリーや糖分が多く含まれてます。 炭酸水とトニックウォーターが異なるものだとは知らずに、ダイエット中の人が飲んでしまうと、カロリーを多く摂取してしまうことになるため、注意が必要です。 トニックウォーターは、アルコールと一緒に使用することが多い飲料ではありますが、アルコールは一切含まれておりません。 トニックウォーターは、スーパーやコンビニで見かけることもほとんどないでしょう。 トニックウォーターは、どこで販売されているのでしょうか?トニックウォーターは、お酒売り場で販売されていることが多いようです。 アルコールを取り扱っているスーパーであれば、お酒コーナーに、トニックウォーターが陳列されていることもあります。 コンビニでは、炭酸水はたくさん販売されていますが、トニックウォーターは、あまり売られていないようです。 トニックウォーターは、リカーショップや酒屋であれば、間違いなく販売されています。 アルコール飲料ではないのに、リカーショップなどで販売されているのは、やはりお酒に使うものというイメージが高いためでしょう。 トニックウォーター代用の材料です。 オールスパイスは、スーパーなどの香辛料コーナーでも手に入ります。 オールスパイスにより、トニックウォーター独特のほろ苦さを再現できます。 アガベシロップとは、アガベの樹液から作られた甘味料です。 アガベシロップにより、トニックウォーターの甘みを出します。 材用の中で、ちょっと手に入りにくいのがアガベシロップです。 通販などでも手に入りますので、チェックしてみてくださいね。 これらの材料が揃えば、本格的なトニックウォーターが作れて、簡単に代用できるようになります。

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トニックウォーターと炭酸水の違い

キニーネ トニック ウォーター

「Getty Images」より 僕は今、南アフリカで仕事をしているのですが、こちらでも新コロナウイルス感染症が大きな話題になっています。 クラシックコンサート会場も多くの方々が集まる閉鎖空間なので、日本ではキャンセルを余儀なくされているケースも出始め、ポップス音楽も含めた音楽産業への影響も大きくなってきています。 WHO(世界保健機関)を中心とした研究開発チームが、新型コロナウイルスの治療法として抗エイズウイルス(HIV)薬などを組み合わせた2種類の臨床試験を行っており、その暫定結果が3週間以内に判明すると発表しました。 治療薬の開発が待たれますが、すぐ手に入る既存の薬が特効薬として使用できれば、これほど良いことはありません。 いずれにしても、早く終結してほしいと願っています。 感染症に対する特効薬と聞いて頭に思い浮かべるのは、ジントニックというカクテルです。 蒸留酒のジンと清涼飲料水のトニック・ウォーターを混ぜただけのもので、僕も夏の暑い盛りなどに、よく自分でつくって飲みます。 今、はやりのウイスキー・ ハイボールのように、誰でも簡単につくることができ、そこにレモンを入れても最高です。 これは、 イギリスならではのカクテルです。 11世紀にイタリアの修道士によってつくられたジンが大量に飲み始められたのは、18世紀のイギリス・ロンドンで、産業革命の頃です。 職を求めて集まってきた大量の労働者により形成されていたスラム街で飲み始められました。 労働組合もなかった時代で、劣悪な環境で働きに働かされた労働者の楽しみといえば、仕事帰りの一杯ぐらい。 しかし、重労働で得られる給料はとても低いためビールすら買うお金はなく、安くてすぐに酔うことができるジンを飲みにパブに繰り出しました。 花婿がジンを飲んでいると聞いた花嫁の両親が、婚約を解消することもあったといわれています。 今でも、ロンドンのそのあたりには古いパブ風居酒屋が多くあり、むしろ歴史を感じる観光地としてにぎわっています。 そんなジントニックですが、同じ銘柄を揃えても、日本で飲むのと英国で飲むのとでは味わいが違うことを不思議に思っていました。 実は、海外のトニック・ウォーターには「キニーネ」という薬品が入っており、それが独特の苦みを出しています。 日本では、キニーネ自体は食品に添加できないのですが、キニーネを主成分とする「キナ抽出物」としてなら添加できます。 しかし、残念ながらコスト上の問題で、キニーネではなく、別の物で代用されているものがほとんどなのです。 「やすお、トニック・ウォーターの瓶に、キニーネが入っていると印刷されているだろう。 このキニーネはマラリアの治療に効果があるとされていて、イギリス植民地時代のインドでは、労働者はマラリアを恐れてトニック・ウォーターをどんどん飲んでいたんだよ」 こう教えてくれたのは、友人のケンブリッジ大学出のイギリス人医学博士です。 実際に、キニーネの入ったトニック・ウォーターは、熱帯地方の英国植民地でマラリア原虫に毒性を示す特効薬として飲まれており、ベトナム戦争当時のアメリカ軍の野戦病院でも、キニーネはマラリアの薬として使われていたのです。 マラリアは、マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染する病気です。 日本では、1960年代に根絶されたとなっていますが、今でも1年間に世界中で2億5000万人が感染し、80万人以上が死亡している怖い病気です。 1週間から、時には1カ月近くの潜伏期間を経て、高熱に襲われます。

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