短歌 意味。 俳句・短歌の切れ字とは?その意味をわかりやすく解説します!

「和歌」「俳句」「短歌」「川柳」の意味と違い

短歌 意味

和歌の一形式。 5音と7音のを,5・7・5・7と何回か繰返して,最後は7・7と結ぶのが標準的な形態であるが,初期の長歌には1句の音が3音・4音・6音のものなどもあり,また終結部も5・5のもの,5・7のもの,5・3・7のものなどがある。 にも多くの長歌形式のものが見出されるが,『』の歌人によって,最も文学的に完成された長歌が多く詠まれた。 しかし,人麻呂の時代をとして長歌は次第に衰え,,,大伴家持ら,の歌人によってもつくられたが,一部を除いてすぐれたものには乏しい。 平安時代に入っても,主として,,など複雑な内容をうたうためにときおり試みられ,『』では せどうか ,などとともにの一つに数えられているが,文学的にみるべきものはほとんどない。 ,にも試作されたが,それらのなかではの作品がやや注目される。 日本音楽の種目名称。 盲人音楽家によって伝承された三味線音楽の一種目。 現在はと称する。 三味線音楽の芸術歌曲の最古典であるに対して,いくつかの小編のを組合せたものでく,一続きのまとまったで一曲ができている。 その創始者はといわれ,元禄 16 1703 の『松の』に,佐山検校,朝妻検校,,小らの曲が収録され,,野川検校の曲も各1曲ずつあるが,宝永3 06 年刊の『若緑』になると,野川検校の曲が多数収録されるにいたる。 これらが盲人音楽家の間に伝承され,にいたって,長歌 40番,番外 10番 実際には計 51曲 の組織が定められ,野川検校のによる三味線本手とともに,のにおける伝承上の規範曲となった。 その教習順序のの最初の文字を連ねての便とした「ひさねふた…」は,『』『小夜衣』『子の日』『冬草』『滝尽し』以下をいう。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 和歌のの一つ。 古くは〈ながうた〉とも呼ばれた。 ただし,記紀歌謡,初期万葉など古い時代の長歌には反歌を伴わぬものがあり,また,終末部が5・7・7ではなく,5・3・7あるいは5・7・7・7となっているものもある。 その発生と展開についてはまだがないが,短歌が私的・日常的な場を発生の場としたと推測されるのに対して,長歌は公的・儀式的な場を発生の場としたであろうこと,さらには,長歌の形式的な完成の時期は,から記載へと文学史が展開していった時期であろうと考えられている。 出典 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について の解説 和歌の。 「短歌」に対して、長い形式の歌という意で名づけられたとみられるが、呼称の成立は『万葉集』の段階であろう。 儀礼の場とかかわり、いわば儀式歌として形づくられた歌の流れは、たとえば、舒明 じょめい 天皇の国見 くにみ 歌「大和 やまと には 群山 むらやま ありと とりよろふ 天 あめ の香具山 かぐやま ……うまし国そ あきづ島 大和の国は」(『万葉集』巻1、2歌)などを生み出してくる基盤として認められるが、そうした儀式歌の流れを受けながら記載の次元での様式の一つが確立され「長歌」とよばれるようになったものである。 万葉長歌の多くが、行幸 ぎょうこう など公的な場でなされた晴の歌であるのも、そのような様式としての歴史的性格による。 和歌形式としての長歌を確立したといってよいのは柿本人麻呂 かきのもとのひとまろ であろう。 人麻呂の多様で多面的な長歌の制作は、その時代の文化の要求として、中国の詩に拮抗 きっこう しうる自国の文芸をつくりだそうということに応じてなされたものであったが、和歌形式としての長歌の、短歌とは異なる可能性をそこに開示した。 たとえば、高市皇子 たけちのみこ の殯宮 あらきのみや にあたっての挽歌 ばんか 「かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに恐 かしこ き 明日香 あすか の 真神 まかみ の原に ひさかたの 天 あま つ御門 みかど を 恐 かしこ くも 定 さだ めたまひて 神 かむ さぶと 岩隠 いはがく ります やすみしし 我 わ が大君 おほきみ の……」(巻2、199歌)は、149句という万葉長歌でも最長の作であるが、そのなかの壬申 じんしん の乱の表現など歌による叙事も可能なことを示したのであった。 五・七を繰り返して五・七・七で結ぶという定型をたてたのも人麻呂によるところが大きく、長歌のあとに短歌を添えるという反歌の様式を定着させたのも人麻呂に負うとみられる。 このような人麻呂の達成とともに長歌は頂点を迎えた。 以後、万葉長歌は山上憶良 やまのうえのおくら 、山部赤人 やまべのあかひと らの独自な境地の作をも生むが、『万葉集』のあとは衰退した。 のちの時代にも散発的な試みはあったが、歌体としての生命は『万葉集』で終わった。 ただし,記紀歌謡,初期万葉など古い時代の長歌には反歌を伴わぬものがあり,また,終末部が5・7・7ではなく,5・3・7あるいは5・7・7・7となっているものもある。 その発生と展開についてはまだ定説がないが,短歌が私的・日常的な場を発生の場としたと推測されるのに対して,長歌は公的・儀式的な場を発生の場としたであろうこと,さらには,長歌の形式的な完成の時期は,口誦から記載へと文学史が展開していった時期であろうと考えられている。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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短歌(たんか)とは

短歌 意味

のページで、「」「かな」「」の三語は、特に強く詠嘆の意が込められる切れ字の代表格であると述べました。 このページでは、その三つの切字のうち、「かな」の用い方や効果について説明します。 なお、古句には「かな」を漢字で「 哉」と表記している作品が多いのですが、初心者向けの当サイトでは、わかりやすさのため、例句の「かな」を全て平仮名に直して掲載してあります。 一.俳句のどこに「かな」を置くべきか? 「かな」は句末、すなわち一句の一番最後に置くのが原則です。 「かな」という切字を用いると、切れの直後に余韻が生まれ、その余韻はすぐさま大きく膨れ上がります。 ですから、その大いなる余韻の後ろに何らかの言葉を続かせても、「かな」の前に置いた言葉と一体感が生まれず、まとまりのない一句になってしまうのです。 以下の名句においても、「かな」は、句の一番最後に置かれています。 さまざまの事おもひ出す桜 かな (松尾芭蕉) 野ざらしを心に風のしむ身 かな (松尾芭蕉) 石工の鑿冷したる清水 かな (与謝蕪村) 石工=いしきり。 鑿=のみ。 うら門のひてりでに明く日永 かな (小林一茶) 明く=開く。 どかどかと花の上なる馬ふん かな (小林一茶) 「かな」を上五や中七に置く例外的な俳句も有るには有るのですが、初心者には、句末に「かな」を置く作り方を、しっかりとマスターしてほしいと思います。 嘘一行文に書き足す炬燵 かな (凡茶) 炬燵=こたつ。 二.どのような語の後ろに「かな」を付けられるか? 「かな」は名詞、または活用語(動詞・形容詞・形容動詞・助動詞)の連体形の後ろに置きます。 俳句においては、特に名詞に付くことが圧倒的に多いので、初心者は、まずは名詞に「かな」をつける練習をしてください。 東北地方のこと。 定期船明日より減る 時雨かな (凡茶) 名詞の後ろに「かな」を置くことに慣れてきたら、活用語の連体形に「かな」を付ける練習に移りましょう。 以下の名句が参考になると思います。 業=ごう。 初富士のかなしきまでに 遠きかな (山口青邨) なお、稀にですが、名詞や活用語の連体形以外の言葉にも、「かな」が付くことがあります。 例えば、次の蕪村の名句の場合、動詞「愛す」の終止形の後ろに「かな」が置かれています。 二もとの梅に遅速を愛すかな (与謝蕪村) 文法は人々に言葉の用い方を強制するものではなく、人々が用いてきた言葉の中から後の人が発見した秩序、あるいは傾向にすぎません。 ですから、文法の教科書とは異なるこうした例外があるのは、ごく当たり前のことなのです。 三.切れ字「かな」を用いて得られる効果 切れ字の「かな」は、その直後にジワーッとした余韻を醸し出し、それを大きく、かつ、やんわりと膨らませます。 例えば、次の句を見てください。 さまざまの事おもひ出す桜かな (松尾芭蕉) この句を読み終えると、胸に沁み込んでくるような優しい余韻を感じませんか。 雲のように咲き誇る桜の花、その控え目な色、霞のかかった空、さまざまな事を乗り越えて来た人物の慈悲と憂い… そんなイメージが渾然一体となって、やんわりと頭の中に膨らんできませんか。 この余韻の膨らみこそが、切れ字「かな」の生み出す最大の効果であると思います。 もし、上の芭蕉の名句から、「かな」を取り払ってしまったらどうなるでしょう。 桜見てさまざまの事おもひ出す 一句を読み終えた後の余韻が、あまり膨らむことなく、消えていくのがわかると思います。 もう一句例を見てみましょう。 嘘一行文に書き足す炬燵かな (凡茶) この句と、この句から「かな」を取り去った次の句を比較してみて下さい。 炬燵にて文に書き足す嘘一行 どちらの句が、炬燵の温もり、静かに流れる時間、人物の心の落ち着き等のイメージを膨らませてくれるかは、明らかであると思います。 見てきた通り、切れ字「かな」は、味わい深く、かつ、柔らかい余韻を俳句に与える最高の道具です。 初学の頃から積極的に用いて、自分の俳句をより豊かなものにして下さい。 廉価な商品となっており、購入・ダウンロード後、ただちにお読みいただけるというメリットがあります。 Kindle本については、下で説明します。 上の商品リンクのうち、 右が製本版(紙の本)のものです。 「 やっぱり本は、紙のページをめくりながら読みたいなあ…」という方のために用意させていただきました。 オンデマンド ペーパーバック という、注文ごとに印刷・製本されるタイプの本です。 いずれかをクリックすると、本著の詳しい内容紹介や目次を見られるAmazonのページが開くので、気軽に訪れてみて下さい。 さて、俳句には、読者の心に響く 美しい形というものがいくつか存在します。 例えば、次の名句は、いずれも 中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。 なお、この本は、前著『書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版』(既に販売終了)を、書き込み型テキストから「純粋な読み物」に改め、気軽に楽しめる形に書き変えて上梓したものです。 あちこち加筆・修正はしてあるものの、内容は重複する部分が多いので、 すでに前著『書いて覚える俳句の形』をお持ちの方は、本著の新たな購入に際しては慎重に検討してください。 パソコン・スマホ・タブレットなどに無料でダウンロードできるKindleアプリを使って読むことができます。 あるいは、紙のように読めて目に優しく、使い勝手も良い、Kindle専用の電子書籍リーダーで、快適に読むことも出来ます。 この本の目次に並ぶタイトルから、ほんの一部を引っ張り出して並べてみます。 「裏返してみる」「動物の顔を詠む」「ドラマを仕立てる」「天気予報をする」「強引に断定する」「名づけてしまう」… どうですか? 目次の一部を眺めただけで、ハッと気付かされたような気になりませんでしたか? 長い間俳句をやっているいと、「若い頃にも似たような俳句を作ったなあ…」と頻繁に感じるようになります。 私もずっとそのような状態から抜け出せないでいましたが、この本と出合うことで、それまでの自分とは違った視点で、新鮮な俳句が詠めるようになってきたと感じています。 俳句作者として10年ほど若返ることができたような、そんな気持ちになっています。 追記: 著者のひらのこぼ氏は、他にも興味深い本をいくつか書いておられるので、以下に紹介しておきます。

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【中学国語】短歌の表現技法のまとめ

短歌 意味

定型詩とは、文字数が厳密に決まっている詩のことです。 その目的も似通っており、どちらも、喜びや悲しみなど、自分が感じたことや、見た風景、自然などのありさまを言葉にして伝えます。 このため、混同しやすく、門外漢だと、まったく違いがよくわかりません。 大きな違いは、文字数の違いと季語の有無です。 俳句は五・七・五の十七文字です。 夏草や兵どもが夢の跡 (なつくさや つわものどもが ゆめのあと) 松尾芭蕉が平泉で詠んだ俳句です。 「夏草」が季語となります。 「このあたりは夏草がぼうぼうに生い茂っているけれど、昔は藤原氏が栄え、源義経が無念にも討たれた場所なんだよなぁ……時の流れとは、残酷で寂しいなぁ」 という感傷の句です。 季語の夏草があることによって、自然や時の移ろいとの繋がりが生まれ、実際に夏草の生い茂る地に立っているような、句の世界に引き込まれる感覚が生まれます。 一方、短歌は五・七・五・七・七の合計三十一文字です。 長いため、俳句よりやや作るのが大変だと言えます。 隣室に書よむ子らの声きけば心に沁みて生きたかりけり (りんしつに ふみよむこらの こえきけば こころにしみて いきたかりけり) これは教師だった島木赤彦の歌です。 「病気で寝ていると、隣の部屋から勉強している子供の声が聞こえてくるじゃないか。 心に染みて、もっと生きたいという気持ちが湧いてくるなぁ」 という生きる希望と、子供たちの愛情を表現したものです。 短歌には季語を入れるという約束事がありません。 また、このように自分の身の周りのこと、家族への愛情や恋などを歌ったものが多いです。 俳句では恋の歌はあまり詠まれません。 ただ、俳句と同じように自然や四季を歌ったものも多くあり、この点が俳句との混同されがちな部分です。 例えば、 東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな (こちふかば においおこせよ うめのはな あるじなしとて はるをわすれるな) これは学問の神様にもなっている平安時代の大貴族・菅原道真の残した歌です。 彼が藤原氏との権力争いに負けて九州に左遷された時、家の梅の木を見て詠んだものです。 「春風が吹いたら、梅の花よ。 その香りを風に乗せて、私がこれから行く地まで送っておくれ。 私がいなくても、春を忘れず咲いておくれ」 という意味です。 「東風」「梅の花」と春に該当する言葉が入っていますが、この歌は春に詠まれたものではなく、これらは菅原道真の心象風景にあるものです。 久方のひかりのどけき春の日にじづ心なく花のちるらむ (ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずごころなく はなのちるらん) こちらは三十六歌仙の一人、紀友則が平安時代に詠んだ歌です。 「日の光のどかな春の日に、どうして桜の花は落ち着きなく散ってゆくのだろう」 という意味です。 こちらは、完全に春の風景を歌にしており、五七五七七の型になっていること以外、俳句とまったく同じと言えるでしょう。 恋の歌 俳句には恋の歌はほとんどありませんが、短歌には多いです。 俳句で恋の歌といえば、新撰組副局長の土方歳三の作とされる 「志れば迷い志なければ迷わぬ恋の道」 という無季語があります。 俳諧は歌道の基本である和歌の枝分かれです。 「和歌」とは、その字意のごとく、「和する歌」で意味解釈は「一歌に二つの意味が重なる」です。 つまり、俳諧なら、表歌の景情の部分に滑稽なネタが重なっている事が歌道の原則なのです。 気が付きませんか? 俳諧と呼ばれる歌の景情は皆、情緒あふれて滑稽な部分は微塵もありません。 しかるに俳諧という。 俳諧と呼ばれるゆえんはその歌の裏に重なっている事情が口にできないほど滑稽なネタだからです。 だから、俳諧・俳句なのです。 歌道には字数・歌題・季語とかの制限がありこの制限下で滑稽なネタを重ね合わせるというワザは至難の業で誰もが簡単に詠む事はできません。 これは一例です。 【金尽けば、義 扇動るなり、剣で打ち 泥め疎斥】 「扇動」は「アジ」と読み、「agitation」の略で明治時代の和製英語。 漱石さんは子規さんに対して、「モシ、生活資金が尽きるような事になったら、道義を持ち出すなり、剣で脅すなりしてしつこく軽蔑しなさい。 【歌技 愚詠 禍ね 怒鳴るなり、放り 扶持 ば サボが仕義】 「サボ」は「sabotage」の略で和製フランス語。 子規さんは漱石さんに「歌技が愚詠で最悪なら、駄作だと怒鳴り散らすなりして、(愚詠に)援助を続けると怠けてしまい良い結果にはならない。 」 要するに漱石さんは子規さんの生活費を全面的に援助する事を俳句で伝えた。 一歌三意という極めて難易度の高い歌を詠むという、歌道界最後の巨匠です。

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