梅崎司。 梅崎司 2017 選手データ

梅崎 司(湘南ベルマーレ 背番号7)

梅崎司

アグレッシブなプレーでチームを牽引する大黒柱! 大きな怪我を幾度も乗り越えてプロ入り15年。 「僕の人生は紆余曲折、ひと言で表すのは難しい」と語る湘南ベルマーレの中心的存在、MF(ミッドフィールダー)・梅崎司選手の素顔に迫りました。 鋭い眼差しで走り回るピッチ上とは裏腹に、オフは身に着けているふわふわのニットに匹敵するくらいの温和な表情。 加えて穏やかな口調でお話してくれたのは……。 —ご自分の性格をどう思いますか? ゆっくり、おっとりしていますね。 とにかくマイペースです。 人に合わせず自分のペースを大切にしたいので、言い方によっては頑固とも言えますね。 試合前の準備も遅くて、ピッチに出るのが選手のなかで一番最後のときも多いです。 —それはルーティンがたくさんあるとか? いや、ルーティンはそこまで多くはないです。 前はいろいろしていたのですが、年齢を重ねて、キチキチに決めるよりも流れや自分の感覚を大切にするようになりました。 前はそれこそ、勝ったら同じものを履く勝負パンツがあったり、試合の2日前はかならずスーパー銭湯に行ったり、前日は必ずリラックスを心がけたりと絶対的なこだわりがあったんですよね。 それは、試合に向けていい意味で張りつめた空気にして、自分を研ぎ澄ませたい思いがあったから。 でも、ここ1、2年は試合の前日に家族で外食したりと出かけることも多いです。 あえていろいろな決めごとを作るより、いつも通りに過ごしたほうがいいのかな、と思うようになりました。 とはいえ、試合直前のウォーミングアップは、昔に比べて厳選しているものの自分に課することがいろいろありますね。 全体アップのあとに、対人パスやトラップ、キックの感触、ゴールをめがけてシュート練習もちょっとやったり……。 あれ、なんだかんだでルーティンがけっこうありますね(笑)。 これでも、昔よりはだいぶ減ったということです。 —そのような意識の変化、というよりも「意識の進化」はほかにもありますか。 プレースタイル、ですね。 昔はガンガン仕掛けてゴールに向かっていくのが僕のやり方でした。 その姿勢を評価してもらえて、日本代表に入れましたし、海外移籍の夢も叶いました。 そして、浦和レッズからもオファーをいただけましたが(2017シーズンまで在籍)、怪我やうまくいかない時期が続いたので、生き残るためにプレースタイルを変えざるを得なかったんですよね。 だから、「チームにとって必要な選手」を目指したんです。 チームが勝ち進むために、うまく回るために、自分はどうすればいいかを意識しました。 結果、幅広く応用が利く器用な選手になれたと自負しています。 レッズに約10年間在籍できたのも、その証だと思うんですよね。 でも、2018シーズンからここベルマールに来て、意識がまた変わりました。 もう一度自分で仕掛けたい、勝負したい気持ちが再燃してきたんです。 だから、いまは個を出すこと、協調することという相反する2つをミックスできる自分を作っている過程です。 だいぶできあがってきてはいますが、まだまだ。 自分で勝負しつつ、チームの流れや状況を読み取り、最適な判断をしていけるよう、もっと完璧な梅崎司に仕上げたいですね。 中村俊輔選手をまねてつけ始めたサッカーノート —逆に、変わらないことはあるのでしょうか。 高校1年生の時から、サッカーノートを書いています。 かれこれ18年になりますね。 ノートも10冊くらいになりました。 きっかけは、中村俊輔選手がしているというのをテレビで見たからです。 基本、サッカーに関することを記していますね。 気づいたこと、ひらめいたこと、反省点など。 技術的なことはもちろん、心の在り方といったメンタル的なことも書くようにしています。 —書くことで、効果の程は? まず、忘れない、ですよね。 でも、書きっぱなしだと意味がないので、読み返すことが大事だと思います。 だから、いまもその10冊のノートを見返しますよ。 似たようなシチュエーションになったときに、当時のメンタリティや対処法を確認し、参考にしたりするんです。 あのときはこうしたのか、と気づきになりますね。 僕はこれを続けていてとてもいいなと思っています。 中村俊輔選手はサッカープレーヤーの生きざまとして、間違いなく影響を受けた人のひとりですね。 —その時の思考や策を記し、読み返すことで新たに遭遇した問題でも解決の糸口を見つけられる。 この方法は、あらゆる人に当てはまりますね。 そのようなやり方で解決やいい方向に進むことが望ましいですが、僕はのんびり屋に加えて優柔不断でもあるので、特に実生活ではひとりで決められないこともあるんですよね。 例えば、今日の服も自分で選べなくて、妻に委ねてしまったり……。 カトパンより永野芽衣さんより惹かれるのは… —一気に親近感がわきました(笑)。 奥さまに頼りがちですか? 妻もそうですけど、自分を持っている、しっかりした強い女性に惹かれます。 だからなのか、年上の女性を好きになることが多かったですね。 ウダウダしている僕のケツを叩いてくれたり、はっきり言ってくれたりするとありがたく思います。 —好みのルックスも教えてください。 昔は、カトパンこと加藤綾子さんが好きでした。 あと、最近久々に年下の子をかわいいと思えたんですけど、その方は永野芽郁さんですね。 でも、すっごく好きかと言われたら、そこまでの熱はないので(笑)、僕は内面重視といったところでしょうか。 ただ、普段は下ろしている髪をアップにしたり、かきあげたりするしぐさをされるとドキッとはします(笑)。 言ってて、恥ずかしいな……。 —外見よりも中身というお言葉に嬉しさを覚える女性は多いかもしれません(笑)。 ほかにも、「親しみやすい梅崎選手」情報は? 趣味でいったら、昔はバンドをやっていました。 僕はギターボーカルで、ミスチルやスピッツ、ウルフルズにスーパー・バター・ドッグなどをコピーしていました。 いまギターはオブジェ化しています(笑)。 —インタビューは終始笑顔でとても和やかに進みましたが、その後の撮影で見せてくれた男の色気だだ漏れのポーズに取材陣はよろめきまくり。 大人の男オーラを存分に放ってくれました。 最後に、来季の意気込みを問うと、「33歳になる年でもあるので、あらためて熱い気持ちで勝負したい、挑みたいです。 ゴールに向かっていく姿勢や、時には献身して走る姿や最年長としての声かけに注目していただきたいですね。 とにかく点をもっと取りたい。 目標は10ゴール以上! 期待していてください」と力強くコメント。

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湘南ベルマーレ梅崎司の壮絶な人生 一緒に乗り越えたおかんと僕の物語

梅崎司

梅崎選手は、父親のDVから家族を守るため、15歳のときに 「サッカーで成功してプロになり、自分が一家の大黒柱になる」ことを決意し、 母と弟とともに夜逃げ同様で父親のもとを離れました。 その後、大分トリニータユースへ入団しトップチームへ昇格。 オリンピック代表落選や度重なる大怪我を乗り越え、 浦和レッズを代表する選手になりました。 結婚を経て二児の父となったいま、家族とともに、家族のために 歩んできた苦難の半生を振り返ります。 信念を持ち続けることの大切さ、覚悟を決めて前進することの困難さと偉大さ。 サッカー選手としてだけではなく、一人の人間としてどう成長をしていくべきか、 子供はどのような感性をもち、どのような可能性を持っているのか。 子供の決断、覚悟の前に、親は何をすべきか。 一人一人の心に問いかける一冊です。 発売すぐに買うもなぜか読む気になれず、嫁と喧嘩してプチ家出する時にふと本棚に目をやると「持っていけ」と言われた気がしてカバンに放り込み喫茶店へ。 何を期待するでもなく、ただ時間をやり過ごすために表紙を開く。 梅崎の子供時代から今までの写真。 その中の一枚に目がとまる。 なんでこんなに悲しい目をしてるんだろう? Jリーガーはサッカーエリート、県で一番上手くてもプロになれない狭き門をくぐり抜けてきたバケモノ、しかも海外移籍も年代別代表も経験してるサッカーに愛されたスーパーマン、そんなイメージがたった一枚の写真で揺らぎ始める。 自分の家庭もそこそこグチャグチャだったけど、それでも写真の時は笑顔ぐらい作れた。 この本に書かれているのは不幸自慢でも成功体験でもプロサッカー選手になるためのノウハウでもない、1人の人間の人生そのものが書かれている。 一言で語るとすれば、苦悩、程度の差こそあれどんな人間にもつきまとう苦悩との戦いが書かれている。 全てが生々しく、赤裸々に、ページをめくるごとに心が素手で掴まれるような感覚に襲われる。 その苦悩と戦い続けている一人の男の物語。 だから、この本はどんな人にもきっと響く。 心地よいエンディングもシンデレラストーリーも書かれていないからこそ、僕は勇気をもらえた。 踏ん張ろう、ただそう思えた。 この本とこのタイミングで出会えて、本当に良かった。 読んでいて涙が止まりませんでした。 秘密の日記帳を読んだという感想です。 司くん、渉くんとは同じ習字教室に通っていて、お母さんとも毎週顔を合わせていました。 そんな諫早時代を知っている私からすると、とても衝撃的な内容でした。 特にお母さんは太陽のように明るい人で、いつも冗談を言って笑わせてくれていました。 眼帯をつけてお迎えに来た時は『おばちゃん、眼、どうしたと?』と尋ね、『ドジったとさー』とサラッと返していたのですが、今振り返ると、DVだったんだなーと。 司くんはクールというか、トゲトゲしたオーラを感じでいましたが、この本を読んで理由がわかった気がしたし、過去の彼らを知るからこそ、ここまで這い上がって来た気持ちの強さに心を打たれました。 今後も応援していきたいです。

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梅崎 司(湘南ベルマーレ)選手の年俸 2020年|サカマネ.net

梅崎司

国内リーグ戦に限る。 2019年12月10日現在。 2009年8月21日現在。 ・所属。 登録ポジションはで主にでプレーする。 来歴 [編集 ] 大分トリニータ [編集 ] U-18からにトップチームへ昇格。 途中からレギュラーに定着した。 同年、の最終予選に向けたメンバーに、当時のチームメイトであったと共に選出された。 これによりクラブ初のA代表選手となると、9月6日に行われた戦で交代出場し、代表初出場を記録した。 グルノーブル [編集 ] にのへ。 完全移籍のオプションもあったが行使されず、同年6月末の契約期間満了を前倒しして大分トリニータへ復帰。 同年、への完全移籍が発表された。 浦和レッズ [編集 ] 浦和移籍初年度となったは、鋭いドリブルと思い切りの良いシュートを武器に序盤戦はチームの攻撃を牽引していたが、フリーにポジションを取って自由にプレーすることを好む梅崎に反し、一部の選手を除いてリスクを冒してまで選手が自由に動くことを好まなかった当時の監督、の方針に合わず、中盤戦以降出場機会を失っていった。 、前年まで背番号7を付け、不調に陥っていたFWがなじみある背番号19への変更を希望したため、翌年からその背番号7をつけることになった。 この年から就任した監督から大きな期待を受け、キャンプでは練習試合で積極的に起用されていたが、開幕目前の3月に腰痛を患い手術を受けた。 長いリハビリを経て同年8月15日に復帰し出場機会を増やしていったが、同年のトレーニング中に右膝を故障してしまい、検査の結果、右膝損傷と診断 され、以降全ての公式戦に欠場した。 、夏頃の復帰を目指しリハビリに励む毎日を送っていたが、による中断期間直前辺りにトレーニングに完全合流し、オーストリアキャンプにも帯同、練習試合にも出場出来るほど回復したが、に行われたとの練習試合に出場した際に再び右膝を痛めてしまう。 後日、右膝損傷と診断され 、半月板の部分切除手術を行い再度離脱したが 、にチームの全体練習に合流し、翌に行われたJリーグ第25節、対戦で出場はなかったものの、約10ヶ月振りの公式戦ベンチ入りを果たした。 そして、第27節の戦で後半32分からの途中交代で、約1年ぶりに試合復帰。 しかしこの後は再び細い故障を繰り返した影響もあり、この年の公式戦試合出場はこの試合と次節の戦の2試合にとどまった。 、練習試合でゴールを量産し復調をアピールしていたものの、公式戦ではベンチ入りメンバーにすら入れない状態がシーズン終盤まで続いていた。 そういった中で監督がに交代すると、以降は右サイドの攻撃的なポジションのレギュラーの座を獲得、に行われた第30節、対戦では決勝ゴールを挙げるなどの活躍を見せ、チームのJ1残留に貢献した。 、移籍後初の開幕スタメンを勝ち取り、その後は左ウイングバックでスタメン定着を果たした。 また2シャドーの、が出場出来ない試合は、2シャドーにスライド出場している。 同年に自身の所属事務所のサイトを通して川上璃子との入籍を報告した。 、はグループステージに全試合スタメン出場し2007年以来の予選突破に貢献したものの、の加入、のスタメン定着がありリーグ戦はベンチ入りが続くが途中出場ながらコンスタントに出場していた。 ・ノックアウトステージ 準々決勝第1戦 戦に左ウイングバックでスタメン出場するがアディショナルタイムにと接触し負傷、左膝前十字靭帯損傷と診断された。 湘南ベルマーレ [編集 ] よりに完全移籍で加入。 6月3日、Jリーグカップ・POステージ第1戦の戦ではプロ入り後初の1試合2得点を記録し勝利に貢献した。 8月31日、第25節の戦では地元に凱旋し、約2年ぶりとなるリーグ戦での得点をマークした。 11月24日、第33節の浦和レッズ戦では古巣相手に先制点を決めて、残留に向けて貴重な勝ち点3獲得に貢献した。 所属クラブ [編集 ] ユース経歴• 長崎FC• 1999年 - 2001年 キックスFC• 2002年 - 2004年 大分トリニータU-18() プロ経歴• 2005年 - 2007年• 2007年1月 - 同年5月 (期限付き移籍)• 2008年 - 2017年• 2018年 - 個人成績 [編集 ] 国内大会個人成績 年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 期間通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 日本 リーグ戦 期間通算 2002 U-18 - - - 2 0 2 0 2004 7 - - - 3 2 3 2 大分 27 3 0 1 0 1 0 5 0 21 25 3 5 1 1 0 31 4 フランス リーグ戦 期間通算 2006-07 8 5 0 - - 5 0 日本 リーグ戦 期間通算 大分 32 J1 19 2 - 2 1 21 3 21 22 1 4 2 1 0 27 3 7 9 0 0 0 1 0 10 0 2 0 0 0 0 0 2 0 13 2 5 1 2 0 20 3 33 7 1 0 2 0 36 7 28 2 4 1 2 0 34 3 33 4 5 1 1 1 39 6 31 8 2 0 4 0 37 8 19 1 1 0 0 0 20 1 10 0 1 0 2 0 13 0 29 4 11 4 1 0 41 8 23 1 1 0 0 0 24 1 通算 日本 J1 299 35 41 10 20 2 360 47 日本 他 - - 5 2 5 2 フランス リーグ・ドゥ 5 0 - - 5 0 総通算 304 35 41 10 25 4 370 49 その他の公式戦• 2015年• 1試合0得点• 1試合0得点 国際大会個人成績 年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点 21 1 0 - 7 4 1 - 3 0 - 8 0 - 4 0 1 0 通算 AFC 20 1 1 0 その他の国際公式戦• 2019年• 1試合0得点• Jリーグ初出場 J1 第15節 対()• Jリーグ初得点 J1 第11節 対() 代表歴 [編集 ] 出場大会など [編集 ]• U-19日本代表• 2006年• 2007年• U-22日本代表• 2007年• 2008年• 2008年 バックアップメンバー• 試合数 [編集 ]• 国際Aマッチ 1試合 0得点(2006年) 年 出場 得点 2006 1 0 通算 1 0 タイトル [編集 ] クラブ [編集 ] 浦和レッズ• 1stステージ:1回()• J1リーグ 2ndステージ:1回()• :1回()• :1回()• :1回() 湘南ベルマーレ• Jリーグカップ:1回() 脚注 [編集 ] []• 日本人選手の10代での出場はの、以来。 [ リンク切れ]• プレスリリース , URAWA RED DIAMONDS OFFICIAL WEBSITE, 2012年12月20日 , 2012年12月20日閲覧。 湘南ベルマーレ(2017年12月27日)• 日刊スポーツ(2018年6月3日)• Goal. com(2018年8月31日)• ゲキサカ(2018年11月24日) 関連項目 [編集 ]• 外部リンク [編集 ]• - - 2017年4月• - 2017年4月-• umeman7 -• — 主催大会成績 (英語)• - による選手データ (日本語).

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