天気 晴朗 なれ ど 波高 し。 篠島Blog 【篠島 釣りとワンコとエコな日々】 » 天気晴朗なれど波高かるべし

『天気晴朗なれど波高し』って??

天気 晴朗 なれ ど 波高 し

天気晴朗なれど・・・(北陸〜東北〜北海道) 2016年6〜7月 北陸〜東北〜北海道紀行 『天気晴朗なれど・・・』 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 2016年梅雨本番。 今年は良く降りますね。 例年ならば敦賀や大洗から長距離フェリーに下駄預け、ノラリクラリと喰っちゃ寝てばかりの横着道中なのですが、上越だったり翡翠海岸だったりと行きたい所が色々溜まって来たので久々にアッチ寄りコッチ寄り陸路北上することとしました。 店を覗いて山陽道に乗り入れ先ずは下り方面。 ワタシね、とても交通量が少ない中国道がお気に入りなんです。 広島JCTで広島道に乗り移り、広島北JCTで中国道に入り、千代田JCTで浜田道が分岐すると交通量はグンと減り、オートクルーズ任せの定速運転に入ります。 三次JCTで松江道と分岐すれば更に交通量が少なくなり、追い越すことも追い越されることも無いままにマイペースで中国山地を走り抜け、吉川JCTから舞鶴若狭道へ。 走ることしばし、舞鶴を通過すると若狭路です。 そんなこんなで快調に流し、2011年にも休憩した徳光PA。 ここはね、すぐ傍に『松任海浜温泉』。 タオル片手にぶらぶら。 こんなロケーションでは到底安眠儘ならず、ビールはグッと我慢。 ひとっ走り金沢近郊『サンセットパーク内灘』海抜40mへ。 『サンセットパーク内灘』の朝。 気持ちの良い景色でした。 でもココはココで冬場は風にヤラレそうですね。 この画像背面に医大病院があるだけで、三方吹きっ曝し。 夕べは普通車の車中泊が多かったモノのキャンパーはゼロでした。 さてさて、今日のお楽しみ一号は千里浜ドライブウエイ。 砂地なのにバスまで走れる砂浜なのだ。 の、積りだったんですが、強風高波で通行禁止になっていました。 この頃浜が痩せてしまって直ぐに通行止めになるそうですよ。 土産物屋の親爺が『スマンな』って風に会釈していきました。 旧い記憶によれば幅はこの四〜五倍はあろうかという砂浜で、乗用車はおろか大型バスまでガンガン行き交う光景でしたが・・・ 治水や砂防などダムの整備が進めば山からの新たな砂の供給が減る訳でして浜が痩せたのはその反作用なのでしょうか。 仕方ない。 能登行きますか。 のと里山海道を走ります。 良い道が出来ているんですね。 この高規格道路が能登半島深部珠洲方面まで伸びているようですが、ワレワレは空港手前で輪島方面に転針しました。 四十年振りの輪島朝市。 何だか人が少ないような気もしないではありませんが・・・? 記憶の中の『天窓から朝日と朝市の喧騒が差し込む情景』を探し朝市通りを縦断します。 見つかりました銭湯の天窓。 名は白山湯。 昔々その昔ここで極上の朝湯を戴きました。 もう少し朝市をブラブラ。 孫たちへの土産に輪島塗の箸。 其々に名を入れて貰います。 お店の方に『漆が乾くまで2週間ほどは触らないで。 』と言われ、『大丈夫、そんな直ぐには帰らんよ。 着いてみてビックリ。 大きな駐車場と道の駅が出来ていました。 それにしても風が強い。 野焼きの煙が棚田を這うように昇っています。 気合が入っていますね。 良い景色と旨いコメを美味しくいただいて旅路に戻ります。 天気晴朗なれど波高し。 観光?塩田。 やってきました禄剛埼。 海岸を伝い珠洲の見附島。 俗称『軍艦島』だって。 うんうん確かに・・・ 更に海岸線を伝い和倉温泉まで出てきました。 大層立派に建て替えられた『総湯』で極上のいで湯を戴きます。 残念・・・ 鮨屋はシャリが尽きたとかで早仕舞してました。 教えて貰った駅前の鮨屋に向かいます。 駐車場もバッチリ! 板さんのお薦めはその名も『のと前、地モノ尽くし十貫盛り』。 『そりゃぁ朝じゃない、昼だろ!』なんてったってダメなものはダメ。 てな按配でアルコールは泣く泣く諦めます。 さて、今夜の野良寝。 色々調べるも、この辺りの道の駅等々は何処も海岸沿いでイマイチ・・・ 明日の旅程も考慮して北陸道に乗り『有磯海SA』に滑り込みました。 ココは安心の海抜56m。 富山湾を西に望む夕景も中々ですよ。

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秋山真之の 「本日天気晴天なれども波高し」とはどういう意味なん...

天気 晴朗 なれ ど 波高 し

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。 大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。 名文として後に有名になったのは 1.先ず海戦に勝ったこと。 (負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。 2.これから出撃します。 と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。 つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。 後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。 即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。 砲撃戦に理想の天気である。 しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。 本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。 ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。 しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。 読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。 やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。 8において参考URLとして紹介されたページですが、そちらに ちなみに「本日」以下は、海が荒れて連繋機雷が使えないため、砲戦主体で戦う意思を示す先任参謀・秋山真之の補筆とされる と、書かれてあります。 この連係(連繋)機雷は機雷2個をつなげたもので、その間の鎖に艦首が突っ込むと両方の機雷が近づいてきて爆発する仕組みになっておりました。 ただし、波の荒い状況では相互にぶつかり合って爆発してしまうので、使用できないと言う意味です(同ページには補助的に使用予定ともあります)。 ただし、これには異説があり、波が高いと低い位置に置かれているロシア側の副砲が使用不能となるので有利だというのもあります。 日本側の艦艇は、全てイギリス式の設計であり(国産艦艇は非常に少なく、戦艦、装甲巡洋艦に関しては全て輸入品でした)、外洋での使用を想定して高所に副砲が配置されていました。 しかし、国産艦も含めてロシア艦は基本的にフランス式で、船型を小さくして発見されにくいようにすると言う考えから比較的低い位置に設置されていました。 また、海面から甲板までの高さが同様の理由から小さく、その点でも不利でした。 ロシア側の砲撃練度に関しては決定的な情報はなかったと思います。 9で話題になった日進、春日は、砲はアームストロング(安)式ですが、船体はイタリア、ジェノヴァのアンサルド社製です。 副砲の配置は低く、日本海海戦でも激浪に洗われて非常に照準が困難であったと言われます。 天橋立の中央にある天橋立神社に奉納されている春日のアームストロング砲は、この15サンチ副砲で、1923年に海軍大臣から下付されたものだそうです。 なお、両艦あわせての購入価格は153万ポンドですが、邦貨にするといくらかは資料を持ち合わせておりません。 ウラジヴォストーク(ウラジオストク)を基地とするロシア巡洋艦戦隊は日本近海で作戦行動を行い、多数の日本船を沈めます。 これを追跡していた日本の第二艦隊は翻弄され、せっかく出会っても霧に紛れて逃走されてしまいます。 このため、濃霧、濃霧と言うけれど逆さに読めば無能なりと国会で問題になったぐらいです。 したがいまして、天気晴朗に関しては、逸する心配はないと言うNo. 6の回答に賛成します。 この電文に関しては、実用を旨とする中にこのような文学的表現をするのはけしからんと言う意見もあり、当時としても非常に異例の文面でありました。 この異例さによってこの文章は有名となり、さらには名文と喧伝されるわけですが、日本海海戦の司令長官であった東郷平八郎を伝説化する過程で生じたのではないかと思っております(「勝って兜の緒を締めよ」と言う言葉で締めくくられる連合艦隊解散の辞も秋山の筆によります)。 秋山自身が非常に精神的な面に関心を持つ人であり、使いやすかったのではないかと愚考いたしております。 本来の質問に関しましては以上の通りですが、派生的に出されたものがありましたので、お答えさせていただきます。 >イギリス製の戦艦 日英同盟もあって、日本はイギリスから大量の艦艇を購入しています。 政治的配慮によりフランス、ドイツ、アメリカでも造っておりますが、武装はアームストロング式に統一しています。 実は、日露開戦時、香取、鹿島と言う戦艦をイギリスで建造中でありましたが、入手不能となったので(戦後入手)、代わりに購入したのが日進、春日でした。 たまたま、日本の2戦艦が蝕雷により沈没したため戦艦と伍して戦いますが、砲の小ささ、装甲の薄さを考えると、本来は主力となるはずのない艦です(このため、日本国内で急遽建造されたのが筑波、薩摩を初めとする大型装甲巡洋艦と戦艦でした)。 もっと大きな大砲を搭載した戦艦より大きな射程を持っていたので使用されましたが、艦隊決戦では非常に危険な艦でした(若き日の山本五十六が同海戦での日進艦上で重傷を負ったとか、春日を回航したのが後の内閣総理大臣鈴木貫太郎であったとか、話題には事欠かない2艦ではありますが、事実はそうです)。 ただ、当時としては優速の20ノット(1ノットは約1. 8km毎時です)の速力を利用すれば、戦艦を持たない国の主力艦、偵察任務、通商破壊等に使用するには適した艦であり、イタリアで建造された同型艦が他国でも使用されています。 なお、魚雷艇は水雷艇のこと、戦艦2隻(日進、春日)は軍艦2隻のことと思われます。 司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」によると、 大本営の気象部から送られてきた気象予報「天気晴朗なるも浪高かるべし」を付け加えたようですね。 ただ、これを撃滅せんとす。 だけでは確かに文として色気はないです。 後の一言で、この文が生き生きしてます。 この文を受け取った方は、晴れた波の高い海を切り裂いて進む三笠の姿が浮かんだんじゃないでしょうか? 天気晴朗は見通しがいいから、敵を逃すことはない<5月の日本海は靄が多い。 しかも、ウラジオ艦隊に霧を利用されて、何度も苦杯舐めている。 浪高しは艦の動揺が激しいから、砲撃戦の練度の高い日本が有利だと言いたかったようです。 秋山真之は正岡子規と友人で、文学に憧憬が深かったことも関連してると思われます。 俳句に「取り合わせ」という技法があるそうです。 この場合、ABは関連性が遠く、言葉として短いほうがぶつけたときの効果が高く、かつABの背後に感じさせられる「はっ」とするような関連性が、強ければ強いほど深い感興を生みます。 くだくだしい説明では言葉数の多さで希釈されてしまう感興を、端的な表現の取り合わせ、ぶつけあわせることで言外に読者に強く印象づけるのです。 たとえば「緑」と「風」を取り合わせることで、具体的に書いていなくても読者には「涼しさ、爽やかさ、初夏」などを連想させる、といったものです。 非常、劇的な状況背後に感じさせつつもひたすら事務的な指令文 指令とはそっぽを向いたような感情の入らない天候の叙述 それらが淡々とした平坦な形で並べられたとき そういった表現の中にムリヤリ抑え込もうとしている内なる感情の激越と状況のひっ迫がむしろ強調されて伝わってくるように思います。 非常な平坦な叙述と、感じさせられる激越。 その落差の大きさが人に名文と感じさせるのではないでしょうか。 参考URL: A ベストアンサー 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義 右派リバタリアン で、それ以後を新保守主義 ネオコン といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン 左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法 戦争など過激な改革を許容する を執ると言う主義 です。 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで 高福祉政策 」などが有ります。 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。 そして変える方向 変えない方向 が自由か統制かで分類できます。 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。 自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。 リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。 seesaa. html 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共... A ベストアンサー めどはやまと言葉ではないでしょうか。 もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。 広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく 不親切です。 朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。 解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、 ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。 ishikawa-c. htmより引用です> ところで皆さん。 突然ですが、サンタクロースの由来を知っていますか?サンタクロースのモデルは、4世紀の小アジアにいた聖人、聖ニコラス(セント・ニコラウス)。 不幸な人々を助け、数々の善行を施したといわれる、えらい司教さんです。 例えば、こんな逸話があります。 貧しい家の娘が結婚できるよう、聖ニコラスはこっそり金貨の袋を投げ入れてあげた。 娘は朝になって、暖炉のそばにつるしてあった靴下に金貨が入っているのを見つけた…。 この伝承が今日のクリスマスの靴下や煙突というアイテムのもとになっています。 (今でもそんなありがたいお坊さんがいたら、是非私の部屋にも金貨を入れてもらいたいものです!(笑)) サンタの服はナゼ赤い?? また、サンタクロースの服も、何故赤いのかといいますと、赤は司教服の色。 司教というのは自分の命を投げうってでも人々の幸福に尽くすことが使命、その覚悟を示す意味で血の色の服が正装と決まっていました。 サンタクロースのモデルである聖ニコラスが司教だったことから、自然とサンタの服も赤くなったのだと考えられます。 一方で、「サンタの服を赤くしたのはコカ・コーラ社だ」という話も。 確かに、ずっと昔に描かれたサンタの中には、革や真っ白な衣装を着てているのもあるそうです。 1930年代以降、コカ・コーラ社は、スゥェーデン人イラストレイターのハドン・サンドブロムが描くサンタクロースの広告で、全米、全世界に進出しました。 明るくはえる真っ赤な衣装、等身大の人間味あふれる「コカ・コーラのサンタクロース」は、その露出量ともあいまって、サンタ人気に拍車をかけました。 これを契機に「サンタ=赤い服」というイメージが一般化したといえそうです。 ishikawa-c. ishikawa-c. htmより引用です> ところで皆さん。 突然ですが、サンタクロースの由来を知っていますか?サンタクロースのモデルは、4世紀の小アジアにいた聖人、聖ニコラス(セント・ニコラウス)。 不幸な人々を助け、数々の善行を施したといわれる、えらい司教さんです。 例えば、こんな逸話があります。 貧しい家の娘が結婚できるよう、聖ニコラスはこっそり金貨の袋を投げ入れてあげた。 娘は朝になって、暖炉のそばにつるしてあった靴下に金貨が入っているのを見つ... A ベストアンサー 連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。 しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。 この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。 ところで、戦力というものは、ただ艦船兵器等有形のものや数だけで定まるものではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも左右される。 百発百中の砲一門は百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当たらないような砲の百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実すなわち訓練に主点を置かなければならない。 この度、我が海軍が勝利を得たのは、もちろん天皇陛下の霊徳によるとはいえ、一面また将兵の平素の練磨によるものであって、それがあのような戦果をもたらしたのである。 もし過去の事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終わったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。 考えるに、武人の一生は戦いの連続であって、その責任は平時であれ戦時であれ、その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。 ことが起これば戦力を発揮するし、事がないときは戦力の涵養につとめ、ひたすらにその本分を尽くすことにある。 過去一年半、あの風波と戦い、寒暑に耐え、たびたび強敵と相対して生死の間をさまよったことなどは、容易な業ではなかったけれども、考えてみると、これもまた長期の一大演習であって、これに参加し多くの知識を啓発することができたのは、武人としてこの上もない幸せであったというべきであり、どうして戦争で苦労したなどといえようか。 もし武人が太平に安心して目の前の安楽を追うならば、兵備の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも砂上の楼閣のようなものでしかなく、ひとたび暴風にあえばたちまち崩壊してしまうであろう。 まことに心すべきである。 むかし神功皇后が三韓を征服されて後、韓国は四百余年間我が国の支配下にあったけれども、ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い、また近世に至っては、徳川幕府が太平になり、兵備をおこたると、数隻の米艦の扱いにも国中が苦しみ、またロシアの軍艦が千島樺太をねらってもこれに立ち向かうことができなかった。 目を転じて西洋史をみると、十九世紀の初期、ナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は、祖国をゆるぎない安泰なものとしたばかりでなく、それ以降、後進が相次いでよくその武力を維持し世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く国益を守り、国威を伸張することができたのである。 考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平和なときにあっても、戦いを忘れないで備えを固くしているかどうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。 われ等戦後の軍人は深くこれらの実例を省察し、これまでの練磨のうえに戦時の体験を加え、さらに将来の進歩を図って時勢の発展におくれないように努めなければならない。 そして常に聖論を奉体して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく永遠に護国の大任を全うすることができるであろう。 神は平素ひたすら鍛練に努め、戦う前に既に戦勝を約束された者に勝利の栄冠を授けると同時に、一勝に満足し太平に安閑としている者からは、ただちにその栄冠を取り上げてしまうであろう。 昔のことわざにも教えている「勝って、兜の緒を締めよ」と。 biglobe. htm 連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。 しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。 この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。 ところで、... Q 皆様、こんにちは。 最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。 他にも『解任』などもあったりして どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。 gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。 『更迭』は他の人に変える事とでてきます。 これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか? なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。 よろしくお願い致します。 A ベストアンサー 今年3月に放送された、ペットを買っている芸能人のスペシャルの時のものが質問された日の中京TVで放送されていたようです。 その時の出演者は・・・ 梅宮アンナ、梅宮辰夫、田中要次、畑正憲、藤井リナ、ほっしゃん。 、前園真聖、MEGUMI、ライセンス(敬称略。 一部でも出演者覚えていたり、誰のとなりにモザイクがかかっていたかと言うのも書いた方が良かったかもしれませんね。 ) だったようで、この中でお笑いコンビというとライセンスになりますね。 東海地方に住んでいる人間ではないので、他局で何が放送されているか分からないのですが、モザイクがかかっていた可能性として一番考えられるのが、裏番組にライセンスが出演していて、放送時間帯がかぶってしまっていたということです。 それで恐らく再放送の方をモザイクをかけたのではないかと思われます。 (自信ないです。 ) 上記のような理由でのモザイクは、たまに見かける光景ですね。 (片方の番組が生放送だったら、もう片方の収録番組放送が終わるまで出られない) 事件事故を起こしたと言うニュースはないでしょうし、大分昔の映像ではないので肖像権の問題が出てくるとも思えないのですし・・・。 goo. html 何か違っているところがありましたら、すみません。 今年3月に放送された、ペットを買っている芸能人のスペシャルの時のものが質問された日の中京TVで放送されていたようです。 その時の出演者は・・・ 梅宮アンナ、梅宮辰夫、田中要次、畑正憲、藤井リナ、ほっしゃん。 、前園真聖、MEGUMI、ライセンス(敬称略。 一部でも出演者覚えていたり、誰のとなりにモザイクがかかっていたかと言うのも書いた方が良かったかもしれませんね。 ) だったようで、この中でお笑いコンビというとライセンスになりますね。 東海地方に住んでいる人間ではないので、他局で何が放... A ベストアンサー 「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。 しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。 これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。 あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。 私もにた様な経験があります。 美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。 といったら「だから、木曜以降って! 聞いてました? 木曜は駄目なんですよぉ 怒。 と言われたことがあります。 しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。 「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。 goo. php3? つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の 体系です。 一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を イデオロギ-と言うんです。 例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。 だから賛成や反対といった意見が出てきますね。 しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。 イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。 例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに 組織されています。 つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。 しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して 公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。 ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。 一応これは一つの例ですけど。 というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。 こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。 この説明で理解してくれると思いますけどね。 イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、 狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。 つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の 体系です。 一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を イデオロギ-と言うんです。 例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。 だから賛成や反対といった意見が出てきますね。 しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。 イデオ...

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秋山真之名言「天気晴朗ナレドモ波高シ」バルチック艦隊VS東郷艦隊

天気 晴朗 なれ ど 波高 し

安倍首相は、衆院解散前に... 石原氏は3月20日、百条委へ向かうため車に乗り込む際、記者団から「現在の心境」を質問され、「天気晴朗なれど(も)波高し」と答えた。 その後、「君ら教養ないから分からんだろ」とも。 「天気晴朗~」は、政財界の関係者も時折使う言葉としても知られる。 たとえば、時事通信(2016年3月16日)によると、就任を間近に控えた日本郵政の長門正貢・次期社長(当時)は、抱負を語る中で「天気晴朗なれども波高し」と述べ、障害はいろいろあるが、「グループ全社一丸となって大海原に繰り出して、大航海をエンジョイしたい」と続けている。 安倍晋三首相も使っている。 2014年11月17日、安倍首相は公明党の結党50周年会合に出席し、経済政策「アベノミクス」について、「天気晴朗なれども波高し、という状況かもしれない」と述べた。 これが、日本海海戦の直前に打電された文言である事を受け、当時、複数のマスコミが、衆院解散が近い事を示唆する発言として注目し報じた。 実際、この年の11月21日に衆院が解散された。 もっとも、同じ言葉であっても、先の長門氏と安倍首相とでは、使用する文脈・心境は異なるようだ。 産経新聞「この史上の名文」 また産経新聞は、2009年5月27日付朝刊の「次代への名言」でこの言葉を伝えている。 「(文章・電文の)起草者はだれか、という議論はおく」とことわりながら、「敵艦見ゆとの警報に接し連合艦隊は直(ただち)に出動之(これ)を撃沈滅せんとす、本日天気晴朗なれども波高し(東郷平八郎)」(編注:記事原文ママ)と、前段部分も含めて掲載。 「この史上の名文」と評価している。 今回の石原氏の発言がテレビニュースで流れると、ツイッターには、 「うまい言い回しだ」 「勝算ありってことか」 といった反応が出ていた。 中には、以前の会見前の「果し合いに出かける侍」と今回の「天気晴朗~」の発言を引きながら、石原氏は結局は百条委でも「知らぬ存ぜぬ」の姿勢であり、「武士でも何でもない」と皮肉る人もいた。

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