いけしゃあしゃあ 意味。 「いけしゃあしゃあ」と「ぬけしゃあしゃあ」はどちらが正しいの?

しゃあしゃあ

いけしゃあしゃあ 意味

1.いけしゃあしゃあ 「しゃあ【洒】(副詞)(1)愛想がなく、つんとしているさまを表す語。 (2)あつかましいさま。 」(「国語大辞典」小学館) 「いけしゃあしゃあまじまじと(副詞)つら憎いほど平然と。 平気の平左衛門で。 2.ぬけぬけと 「ぬけぬけ【抜け抜け】(副詞)(2)(「と」を伴って) イ 愚かで人にだまされるさま。 まぬけなさま。 (ロ)あつかましいさま。 鉄面皮なさま。 しゃあしゃあ。 」(「古語大辞典」小学館) 本来は人に騙される愚かさの形容だが、それが後には「しゃあしゃあ」に通じる意味にもなった。 ただし、その「愚か振り」の態度から発する言辞での「抜け潜(こぐ)り文句」「逃げ口上」を貫くために、その「愚か」というマヌーバーな擬態を通し抜く趣での「しゃあしゃあ」であって、本来の「しゃあしゃあ」の持つ、相手を相手とも思わず悔恨や自責の念といった人間感情を遠く離れた「破廉恥漢・人非人」という、「われ関せず焉」「まじまじ(知らん顔/常態)」までは至っていないのでしょう。 投稿日時 - 2012-06-16 02:02:17 それぞれの言葉の由来が異なるので、意味を説明するとなると違う表現で説明されたりしますが、用法としては重なる部分があると思います。 「自分の事は棚に上げておいて、いけしゃあしゃあとそんなことを言いやがった」 対象とされている人物の態度様子に少しも恥じ入る風もない、ということを述べている感じがします。 当人のいない場所で語っている感じも。 また、自分の非を平然と認めているという場合もあるかもしれず、その場合には 「ぬけぬけと」 というのとは、やや違うかもしれないという気がします。 「自分の事は棚に上げといて、よくもぬけぬけとそんなことが言えたもんだ」 これは当人を前にしての発言としても、当人がいない場所での発言としても通るのではないかと思います。 「ぬけぬけ」 は 「抜け抜け」 なので、「言い逃れ」 というニュアンスもあったのかもしれない。 「言い逃れ」 をするには動揺するところを見せないようにしますから、「ずうずうしい」 態度とも取られるわけです。 非常に微妙ですが、お示しの例の場合には、今日の感覚では、ほとんど同じだとしてよいように思います。 投稿日時 - 2012-06-16 00:32:13.

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「いけしゃあしゃあ」とは?

いけしゃあしゃあ 意味

まどか Says: いけしゃあしゃあとよく言うわ!と、突っ込みたくなる人ばかりですね。 ニュースを見てると、アメフトの問題やら森友加計問題やら、 イライラモヤモヤします。 これらの問題の当事者たちの、人相の悪さが気になる。 顔色の悪さ、たるんだ頬、萎んだ唇、むくみまくった瞼、 嘘をつき続け、隠し続けると、あんな顔になるんですね。 アラタマ ゲタヨ Says: 圭さん、こんばんは 現役選手達も、しっかりした判断を 求められる処まで来ましたね。 選手達は関係ないのに巻き込まれ どんだけ迷惑な大人やねん… いや、子供以下か。 ジナン Says: 厚顔と言うやつどすな。 監督、コーチの保身とキレイゴトも酷かったが、日大関係者?の司会も酷かった。 謝罪会見、釈明会見の意味をわかっているのか? 昨日も申しましたが、政治家含め今この国には謝り方を知らない大人が多すぎる。 無粋でセンスの無い奴らがテレビに映ってますな。 kaz Says: 圭アニ 本来、学生を守るべき立場の学校側のコメントとは思えない、まさに、いけしゃあしゃあとしたコメント。 大人として恥ずかしい• TM-BASE Says: 今晩の日大の元監督、コーチの会見を見ていて「井上コーチ! 本当の事をこの場でぶちまけろ!!」と何度思ったかという印象でした。 昨夜の真のスポーツマンの高校からの恩師らしいが非情に心が痛みます。 宮崎利子 Says: ほんとにいけしゃぁしゃぁですね。 困った人達 こういう人が、権力の座にいる日本が、不安要素一杯です。 金魚 Says: 日大の評判も悪くなる一方ですねー! 日大の司会の人も最悪でした。 日大にはあんな人ばかりで嘘のかたまりの方ばかりいるのでは、と思われても仕方ないですよね。 アメフトの選手の方や日大の学生さんに恥ずかしいとは思わないのか、監督とコーチの話聞いてたら腹が立ってしかたがありません、あの二人にアメフト選手のみなさんタックルして下さい!• ころぼ Says: 圭さん、こんにちは。 毎日更新、ありがとうございます。 新聞で、内田監督は日大の常務理事で、大学の理事に不祥事や法令違反が確認された場合、大学への助成金は不交付または減額されまると書いてありました。 ちなみに日大は年80億を超す助成金を受けているそうです。 なるほどね。 と思いました。 それはなりふりかまわずとなりますね。 最低です。 den0310 Says: 森友やら加計みてもわかるように大学も商売ですな 人間だれしも失敗はつきもの そこを認める能力こそ大事だと思います 若者よ失敗を恐れるな君たちには時間がたくさんある しかしあのじいさん達には時間がない あ? 時間がほしい!• しぇるびー Says: もう通り越してすっとこどっこい会見としか 見てる方もすっとこどっこいしょてな感じでありました• キム兄 Says: 圭兄さんの『今日の清水君』 あまりにも怒りがにじみ出ていて、顔と唇がひん曲がってますやん。 いやほんまに、ちょっと前のめりですし。 圭兄さんも息子を持つ身、ご察っしします。 タマちゃん Says: 部活動とは本来、その競技を通じて学生の人間形成や教育を目的とするもの。 今回の事件は目的が試合に勝つ事にすり替わり、その手段として学生に反則を強要させるという卑劣な行為。 目的と手段を履き違え、自らは保身に走り、ミエミエの言い訳を繰り返す、 厳罰止むなし。 kent Says: ひどい会見でしたね…日大くらいの規模の大学であれば色んな人材いるはずなんですが、悪く言うと有能な方はこの問題に関わるのですら敬遠してるんですかね… Leave a Reply Name Mail will not be published Website.

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「いけしゃあしゃあ」の使い方や意味、例文や類義語を徹底解説!

いけしゃあしゃあ 意味

「あの人はいけしゃあしゃあとして気に入らない」「いけしゃあしゃあとした態度を取ってしまった」など、日常会話の中で耳にすることのある「いけしゃあしゃあ」という言葉。 この言葉にはそもそもどのような意味があり、どのような場面で使うのか、あなたは詳しく知っていますか? 何となくのニュアンスで使っていると、思わぬところで間違いを指摘されてしまい、赤っ恥をかいてしまうかもしれません。 そのため、この機会に「」の意味や使い方について再確認しておきましょう! いけしゃあしゃあって聞いたことある? あなたは「いけしゃあしゃあ」という言葉を聞いたことがありますか? 「いけしゃあしゃあ」という言葉自体を知らない人では、誰かがそれを口にしているのを聞いた時に、「え?なんていったの?」と不思議に思うことでしょう。 それほど言葉の響きは不思議であり、何を意味する言葉なのか想像がつかないという人もいるかもしれません。 「いけしゃあしゃあ」という言葉の響きは、少々乱暴なイメージがあり、また方言のようなイメージもあるでしょう。 その言葉を知っている人からすればごく当たり前の言葉であり、知らない人からすればまったく何を意味するのか予想もつかないのが、「いけしゃあしゃあ」なのです。 子どもなら「いけしゃあしゃあ」を知らなくてもおかしくはありませんが、大人であれば当たり前に知っておきたい言葉の1つでもありますので、意味や使い方をよく知らないという人はこの機会にぜひ「いけしゃあしゃあ」について身に付けておきましょう。 最近の若者はあまり使わないかも? 「いけしゃあしゃあ」は、年配の人やある程度の年齢になった人が使うことの多い言葉です。 お年寄りの友人同士で話をしている時に、「あの人は昔からいけしゃあしゃあとして変わらないね」などと口にしているのを耳にすることがあるでしょう。 また、会社の上司が「あいつは本当にいけしゃあしゃあとした態度をしているな、どうにかならないのか。 」などと、愚痴を零しているのを聞いたことがある人もいるかもしれません。 「いけしゃあしゃあ」は、ある程度の年齢の人は当たり前に使っていますが、最近の若者が使っている姿はあまり目にすることがないでしょう。 10代や20代の人は普段からあまり「いけしゃあしゃあ」という言葉を使いませんので、若い人が実際に使っているのを聞いたら、違和感を覚えたり、感心したりすることがあるかもしれません。 「いけしゃあしゃあ」の意味は後述しますが、場合によっては若い人がいけしゃあしゃあとした態度を取ることもありますので、上の世代の人から若い人に対して「いけしゃあしゃあ」という言葉を使われることはあっても、当の若い人たちがそれを使うことはあまりありません。 いけしゃあしゃあの解説 「いけしゃあしゃあ」という言葉を使うには、まずはその言葉の意味を詳しく知らなければなりません。 言葉の本来の意味は知らずに、周りの人が使っているからと何となくのニュアンスで言葉を使うことはありますが、それはあくまでも言葉の響きから何となくその意味が想像出来る場合に限られます。 一方で、「いけしゃあしゃあ」という言葉の場合には、言葉の響きからその意味を推測することが難しいでしょう。 ひらがなで表されていることもあり、知らない人にとっては一体どんな意味で周りの人たちが使っているのかが分からないため、他の言葉のように「なんとなく」のニュアンスで使うことも困難でしょう。 「いけしゃあしゃあ」を使う時には、その言葉を口にしている人は憎々し気な表情をしていたり、不愉快そうな表情をしていたりすることが多いため、何となく「良い意味の言葉ではないのだろうな」ということは想像出来ても、おいそれと意味を知らないままに口にすることは出来ないでしょう。 もし意味をよく知らずに言葉を使ってしまえば、恥を掻くのは自分自身です。 恥を掻くことなく、適切な場面で言葉を使いこなすことが出来るように、まずは「いけしゃあしゃあ」という言葉について解説していきます。 いけしゃあしゃあの意味 「いけしゃあしゃあ」とは、恥ずかし気もなく事を行う様子を、罵りを込めて言う表現です。 例えば公共の場でゴミのポイ捨てをしている人や、平気な顔をして歩きたばこをしている人などに対して、「いけしゃあしゃあとしている」などと表現することがあります。 「いけしゃあしゃあ」は罵りの気持ちが込められている言葉ですので、この言葉を使う時には、使う人は大抵怒りや苦笑など、不愉快な感情を顔に浮かべていることが多いです。 そのため「いけしゃあしゃあ」と言われている本人も、相手の不愉快な感情を敏感に受け取りやすく、それに気まずさを感じたり、もしくは反対に苛立ちを感じたりすることがあります。 憎らしいほどに平気でいる様子 「いけしゃあしゃあ」には、「憎らしいほど平気でいる様子」という意味があります。 「憎らしいほど」という言葉が付いているため、相手に対する罵りや不愉快な感情が明確に言葉の中に表されています。 「憎らしい」といった言葉を使ったものには他にも「子憎たらしい」「可愛さ余って憎さ100倍」などがありますが、これらは純粋に憎々しいといった感情を込めて使われることもあれば、ちょっと皮肉っぽく使ったり、冗談っぽく使ったりすることもあります。 一方で、「いけしゃあしゃあ」の場合には、本心から相手を憎たらしく思っている時に使うことが多いです。 「憎らしいほどに平気でいる様子」とは、普通であればとても平気ではいられないような場面で平気な顔をしている時に使います。 例えば悪いことをして親や周りの人から怒られているのに素知らぬ顔をしている人や、会社で上司に説教されているのに、まったくそれが堪えておらず、「気にしていない」といった平気な顔をしている人に対して使います。 また、公共の場で皆の迷惑になる行為を堂々としていたり、周りの非難や白い目を一切気にしないかのような平気な様でいる人に対しても、「なんていけしゃあしゃあとしているのだろう」などと使うことがあります。 癪に触るほど平然としている様子 「癇に触る」とは、「気に入らないで腹立たしく思うさま」という意味です。 よく「あいつは癇に触る」などと使うことがありますが、要するに「見ていると腹が立つ」「言動」にイラついて仕方がない」といった意味で使われています。 「癇に触る」という言葉を使う人は、相手に少しの可愛らしさも感じておらず、純粋に敵意や悪意、苛立ちなどの感情を持っていますので、誰かに「癇に触る」と言われたら、それは本心から「あなたは腹の立つ人だ」と言われていることになるでしょう。 そして「いけしゃあしゃあ」とは、「癇に触るほど平然としている様子」という意味もありますので、「見ていると苛立たしくなるほどに平然としている様子」となります。 例えば車を運転している時に、強引に横から入ってきてお礼のハザードもたかない車や、並んでいる列に横入りしてきて平気でいる人のように、非常識な行動を平気で行う人に対して、このような感情を抱くことがあるでしょう。 私たちにはそれぞれ、頭の中に自分の常識を持っています。 それは世間一般で言われている常識もあれば、自分の性格から考え出された独自の常識もあります。 例えばある人にとっては、「電車の席は身障者や年配者に譲るものだから、例え空いていても優先席には座らない」というのが常識でも、別のある人にとっては「空いている時なら優先席に座ってもいい」というのが常識の場合もあります。 この個人が思う常識を他人に対して押し付けてしまうような人は、それに相応しくない行動をとる人に対して何かと癇に触り、「いけしゃあしゃあ」に思えてしまうかもしれません。 いけしゃあしゃあの語源 「いけしゃあしゃあ」には、語源があります。 元々「いけしゃあしゃあ」という言葉があったわけではなく、ある2つの言葉が組み合わさって「いけしゃあしゃあ」になっています。 その2つの言葉とは、「いけ」と「しゃあしゃあ」です。 「いけしゃあしゃあ」の成り立ちについて、詳しくご紹介していきます。 いけの意味 「いけ」は、その言葉だけで使うことはありません。 「いけ」は接頭語であるため、他の言葉の頭にくっ付けて使う形になっています。 「いけ」という言葉には、一緒にくっ付けて使う言葉を強調する意味合いがありますので、何かの言葉を強調したい時には、言葉の前に「いけ」を付ければ良いでしょう。 とはいえ、どんな言葉に付けても良いというわけではありません。 分かりやすく言えば、「いけ」をつけて使っていいのは「いけしゃあしゃあ」「いけ好かない」「いけしつこい」などで、それ以外の言葉には普通は付けることはしません。 卑しめるという意味を持たせる 「いけ」は「卑しめる」という意味を持たせます。 「卑しめる」はそもそも「下品な、取るに足りないものとして見下げる」「軽蔑する・蔑む」などの意味がありますので、相手に対して本心から嫌だと思う気持ちや、卑しめる意図がある場合に「いけ」を付けた言葉を使います。 つまりはそれだけ相手の事を軽蔑していたり、見下していたりするということでもありますので、心底相手を嫌だと思う気持ちがある人でなければ簡単には使う言葉ではないでしょう。 「いけ好かない」という言葉も、「好かない」だけで使われることはあまりなく、大抵は「あの人はいけ好かない」などと接頭語が付いた状態で使われます。 「いけ好かない」とは、相手のことを心底気に入らない、嫌いだという気持ちの表れですので、性格的に自分とどうしても合わない相手や、言動がいちいち自分の癇に触って仕方がないような相手に対して用いられることが多いでしょう。 しゃあしゃあの意味 「いけしゃあしゃあ」の「いけ」が接頭語で、相手を卑しめる意味を持たせるのであれば、「しゃあしゃあ」にはどのような意味があるのでしょうか? 「しゃあしゃあ」は、言葉の響きからも分かるように、昔からの標準語というわけではありません。 また、「いけ」という接頭語は関東方面の方言だとされていますので、「しゃあしゃあ」も同じく関東方面の方言であり、江戸時代頃から使われ始めたとする説があります。 「しゃあしゃあ」には「図々しい」「厚かましい」などの意味があるとされています。 しゃあしゃあは俗語 「しゃあしゃあ」は、江戸時代に庶民の間で生まれた言葉であるため、標準語ではなく俗語の種類になります。 江戸時代の庶民たちが、日常会話の中で育んできた言葉であるため、いかにも標準語とは思えない言葉の響きや、少々乱暴な感情の込められた言葉になっています。 現代では「いけしゃあしゃあ」という言葉は公式の辞書にもきちんとその意味が載っていますが、元が俗語であることや、関東方面の方言であったことからも、「いけしゃあしゃあ」という言葉自体を知らないという人がいても、おかしな話ではないのでしょう。 「いけしゃあしゃあ」のように、元は標準語として存在しない言葉でも、庶民の間で育まれるようになった俗語が後に公式の辞書に登録されることは珍しいことではありません。 図々しい 「しゃあしゃあ」には、「図々しい」という意味が込められています。 「図々しい」とは「人に迷惑をかけても平気でいるさま」といった意味がありますので、例えば皆が並んでいる列に平気で横入りをしてくるような人のことを、「図々しい人だなぁ」などと言うことがあります。 図々しい人は、他人に平気で迷惑をかける行為を行いますが、それが他人の迷惑になっていることには無自覚なことが多いです。 例え直接誰かに「図々しいですよ」と注意されたとしても、それに対して素直に謝罪をするような人はそもそも図々しい行為をしませんので、図々しい人は人に注意をされてもそれに知らんぷりをするか、余計に反発するかのどちらかでしょう。 図々しい人はそれだけ自分勝手で自己中心的な性格をしていることが多いです。 そのためもし誰かに「いけしゃあしゃあとしているね」と言われた時には、「図々しい性格をしているね」と言われていることでもあるので、悪い感情を向けられているでしょう。 厚かましい 「しゃしゃあ」には、「厚かましい」という意味もあります。 「厚かましい」とは「行動や態度に慎みがなく、ずうずうしいさま」です。 日本人は外国人に比べると行動や態度に慎みを持っている人が多いです。 それは日本人が持つ特有の恥の文化から来ていますが、最近は行動や態度にそうした慎みを持たない人が昔よりも増えています。 ひと昔前までは、日本という社会全体が慎みを大切にし、恥の文化を尊重してきました。 そのため誰かが恥知らずな行動をとろうとしたり、また慎みのない言動をしようとしたなら、周りの人たちから総出で責められたり叩かれたりして、そうした行動をしないようにと当たり前のように教育されていました。 しかし現代ではそのような教育をしなくなっているため、人によっては恥知らずな行動を平気でしたり、慎みのない態度をとったりする人が増えています。 社会に囚われることなく、自分で好きなように生きることが尊重されるようになった反面、日本人が持つ奥ゆかしさや他人への気遣いといった、良い部分も伝わらなくなってきているため、他人に迷惑をかけても平気な厚かましい人が増えているのです。 もちろん日本人全体で見れば、厚かましい態度を取る人はそこまで多くはないのでしょう。 しかし、物事は悪いものが目立ってしまう傾向にありますので、そうした厚かましい人がいると、慎み深い人よりも存在が悪目立ちしてしまい、大きな問題のように思えてしまうことがあります。 「しゃあしゃあ」は、そうした一部の厚かましい人のことを指す言葉でもあります。 どちらも悪い意味を表わす言葉ですので、2つを合わせることによって、「より図々しい人」「とても厚かましい人」といった悪い部分が強調された言い方になりました。 この「いけしゃあしゃあ」とは、本来は何の問題もない、ごく一般的な人から性根の悪い人を見た時に使う言葉ですので、性根の悪い人が誰かに対して「いけしゃあしゃあ」という言葉を使っていても、あまり説得力はないでしょう。 「いけしゃあしゃあ」は使い方によっては悪口にもなりますが、大抵はそう言われてしまうほどに他人に迷惑をかける人に対して用いられることの多い言葉ですので、それを使う当人が責められる立場になることはあまりないでしょう。 いけしゃあしゃあの使い方 「いけしゃあしゃあ」は、どのような場面でどんなふうに使うのが正しい使い方なのでしょうか? 例え「いけしゃあしゃあ」の意味を理解していても、使い方を間違えてしまうと聞いている人に違和感を与えたり「その使い方は違うんじゃない?」と指摘されたりすることになりかねません。 そのため、正しく言葉を使うためにも、どんな場面で使うべきなのかをきちんと把握しておきましょう。 以下に例文と共に使い方をご紹介していきます。 「いけしゃあしゃあ」の使い方がよく分からないという人は、ぜひ参考にしてみてください。 いけしゃあしゃあとやってのける 他人の迷惑になるような行動を、一切周りを気にすることなくやってのける人に対して、「いけしゃあしゃあとやってのける」と使うことがあります。 例えばタクシー乗り場でタクシーに乗ろうとしていた人の横から、「ちょっと急いでいるから」と言って乗ろうとしている人を押しのけて、自分がさっさと乗ってしまう人がいるとします。 「やってのける」という言葉には、一般的な「やる」という意味ではなく、「普通ならばやらないようなことをやってしまう」といった意味が込められています。 そのため、「普通ならばやらないような、他人に迷惑をかける図々しい行為をやってしまう人」という意味で「いけしゃあしゃあとやってのける」と使っていることが多いです。 いけしゃあしゃあとした顔つき 他人に迷惑をかけておきながら、それを全く気にせずに平然とした顔をしている人に対して、「いけしゃあしゃあとした顔つき」と表現することがあります。 この場合の「いけしゃあしゃあ」とは、ふてぶてしいといった意味とも似ています。 いけしゃあしゃあとした顔つきをしている人は、「他人に迷惑をかけておきながら、普通では考えられないようなふてぶてしい態度を取っているさま」でもあるため、周りの人たちからは嫌がられたり、疎ましがられたりしている可能性が高いです。 あんなに怒られたのにいけしゃあしゃあとしている 会社の上司や親、目上の人などから散々怒られておきながら、それでも平然とした態度を取っている人に対して、「あんなに怒られたのにいけしゃあしゃあとしている」と使うことがあります。 理不尽な理由でもない限りは、自分が悪いことや失敗をして目上の人から怒られた時には、誰でも反省の態度を示します。 例え本心では反省していなかったとしても、表面上は相手の留飲を下げるために、「申し訳ありません」と頭を下げたり、謝罪の言葉を口にしたり、反省しているといった表情を浮かべたりすることでしょう。 しかし、いけしゃあしゃあとしている人の場合には、「自分が悪い」という考えが頭にないため、例えどれだけ怒られても、それで反省の意志を示すことはありません。 それどころか人によっては、「何故自分が怒られなければならないのか」と不服に思い、不満げな態度を取る人もいるでしょう。 そうした反省の無さをそのまま顔や態度に出してしまっている人は、人から怒られてもいけしゃあしゃあとした態度を崩すことがありません。 しかしそんな態度ではもちろん相手を余計に怒らせてしまうだけですので、どんどん自分が不利な状況に追い込まれたり、怒られる時間が伸びてしまったりするだけでしょう。 いけしゃあしゃあの類語 「いけしゃあしゃあ」は、「憎らしいほど平然としているさま」です。 すなわち、誰に何を言われたり思われたりしても、全然平気な様子だったり、人様に迷惑をかけても平然としていたりする人に対して用いる言葉です。 この「いけしゃあしゃあ」には、いくつかの類語があります。 現在ではとくに若い人たちで「いけしゃあしゃあ」という言葉を知らない人もいますので、そうした人を前に使う時には、「いけしゃあしゃあ」の類語を用いることもあるでしょう。 では、「いけしゃあしゃあ」にはどのような類語があるのでしょうか? 以下にご紹介していきます。 ふてぶてしい 「ふてぶてしい」は「平然と図太く構えているさま」や「憎らしいほど図々しいさま」という意味です。 そのため「いけしゃあしゃあ」とよく似た類語として、日常会話の中でも使われることが多いです。 心底相手を憎らしく思っている時や気に入らない時に使われる言葉でもありますので、「あの人は本当にふてぶてしいなぁ!」と口にする時には、その言葉の語気が強くなることも珍しくはないでしょう。 一方で、例えば猫や犬など、動物が何とも言えない構えた表情で座ったり寝ていたりするポーズを見た時に、つい「ふてぶてしいなぁ」と言葉を使うこともあります。 しかしこの場合の「ふてぶてしい」は、本心からの憎らしいという意味ではなく、「憎たらしいけれども可愛らしい」といった愛着や愛情を表現しています。 「腹が立つけど可愛い」のように、子憎らしさと可愛らしさが混在している場合には、それを口にする人の顔には笑顔が浮かんでいることが多いため、どのような意味で「ふてぶてしい」という言葉が使われているのか分からない場合には、それを言っている人の表情で判断することも出来ます。 世にはばかる 「憎まれっ子世にはばかる」ということわざを聞いたことがありますか? これは、「人から恨まれるような人間の方が、かえって世間では威勢を振るうものだ」という意味のことわざです。 例えばあなたの前に、良い人と悪い人がいるとします。 良い人は大人しくて気遣いも出来て、あなたの手を一切煩わせません。 一方で、悪い人は何かと問題ばかりを起こして、あなたに迷惑をかけて危なっかしくて目が離せない状態です。 この2人を比べた場合に、選ばれるのは常に良い人でしょう。 しかし、周りの人やあなたが常に目が離せずに意識を集中させるのは悪い人です。 つまりは、問題がある人や周りに迷惑をかける人、悪い人の方が世間から何かと注目されるのです。 それが例え悪目立ちであっても、悪い人や世間から恨まれている人の方が、良い人よりも世間では幅を利かせているということです。 「世にはばかる」とは、そんなふうに世間で威勢を振るうという意味がありますので、問題行動を起こしたり、周りに迷惑をかけたりするという点では「いけしゃあしゃあ」と意味が似ているでしょう。 けろりとして よく、「昨日はあんなに体調が悪かったのに、今朝はけろりとしている」や「散々怒られた割に本人はけろりとしている」など、何でもないことのように振舞うさまを「けろりとして」と表現することがあります。 辞書としての意味は「物事にこだわらずに平然としているさま」で、「あっけらかん」と同一視されることもあります。 ただし「あっけらかん」の場合には、本来なら恥ずかしいと思われるような行為を平気で行い、平然としている態度を指すことが多いです。 一方の「けろりとして」は、何事もなかったように平然としているさまを指しますので、同一視はされていても使い方は微妙に違っています。 「けろりとして」は、「いけしゃあしゃあ」よりも憎たらしいといった印象が感じられない言葉のため、まだ可愛げがあるような場合には「けろりとしている」という言葉を用いる方が多いでしょう。 しれっとして よく何事もなかったかのように、素知らぬ態度を取っている人に対して「しれっとしている」と表現することがあります。 この「しれっとして」とは、「何事もないような顔で攻撃的なことを言うさま」や「何事もなかったかのように平然としているさま」という意味があります。 「いけしゃあしゃあ」が開き直った憎たらしい態度であるのなら、「しれっとして」は自分のこともまるで他人ごとのように無関心に振舞っているさまを指す時に使うことが多い言葉でしょう。 恥知らず 「恥知らず」は、「恥ずべきことをしておきながら平気でいること」「厚顔なこと」などの意味があります。 普通の人であれば恥ずかしいと思うべきことでも、何でもないことのように平気な顔をしている人に対して使うことが多いです。 他人に迷惑をかけておきながら、そんな自分を恥じるどころか平気な顔をしていたり、堂々とした態度で振舞っている人に対して向けられた皮肉や敵意の込められた言葉でもあります。 臆するところがない 「臆するところがない」とは、「直前まで怖気づいたり気後れしてしまったりすることがない有様」「怖がらないで堂々としているさま」などの意味があります。 「臆するところがない」という言葉は、本当に堂々として立派なさまでいる人に対して使うこともあれば、厚顔でいけしゃあしゃあとした態度でいる人に対して使うこともあります。 いけしゃあしゃあの意味を覚えておこう 「いけしゃあしゃあ」は、今の若い人たちはあまり使わない言葉です。 そのため言葉の意味や使い方を知らないという人もいるでしょう。 実際に使わないのであれば、意味を覚えておく必要もないと思うかもしれませんが、世の中にはこの言葉を使っている人たちはたくさんいます。 そしてそんな人たちからもしも自分が「いけしゃあしゃあとしている」と言われてしまったなら、自分の行動について省みなければならないこともあるでしょう。 そのため、「いけしゃあしゃあ」の意味は覚えておいた方が良いのです。

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