自分 で 自分 の 首 を しめる。 自分で自分の首を絞める 類義語

どうも私は自分で自分の首を絞める傾向があるようです。うま...

自分 で 自分 の 首 を しめる

2か月ほど前から、自分の首をコードなどで絞めつけることが癖になり 昨日ついに意識が飛んでどうなったのか分かりませんが 気づいた時にはお尻がものすごく痛かったです…。 今も、椅子に座っているのも階段を昇るもの痛くて、 気のせいじゃないんだな、本当にやってしまったんだな…って実感しています。 ネットで見つけてしまったんです 簡単に首吊りで意識を失う瞬間の体験ができるって。 これまでどんなに力いっぱい絞めつけても意識が飛ぶところまで行けてなかったので…。 それで死んでももう別にいいかって、やってみてしまいました。 ネットには一応、すぐ壁に寄りかかれるところでやりましょうねって書いていたのに。 勉強しなきゃいけないのに、 今やらなきゃ本当に落ちちゃうのに、 ネットでいらないこと調べて、自殺関連のページ見たりして…時間くって。 本当にばかです。 今、医学の3年で、来週にも厳しい再試が迫っています。 部活も古典的な運動部で、幹部になってしまって…簡単に休むことなんて許されないです。 医学生がこういったことをしてしまう事に対するご非難は承知の上です…。 決して器用ではないけれど、やるべきことは必ずきちんとやって、一生懸命勉強して… それだけが取り柄であったのに 本分である勉強すらまともにできなくなっている。 首を絞められるに値すると思っています。 部活を辞めればいいとは言われるけれど、幹部になるまで続けてきてしまった手前… でも、こんな部活のために心身すり減らして、留年の危機まで…って、本当に嫌です。 それにもう、部活のせいだけでもないんだなって自覚しています。 部活のない限られた日だって、そんなガツガツ勉強できてませんもん…。 精神科…と思いましたが、 もう浅く授業でやってはいるのですが鬱病には当てはまらないと思うのです。 非定形鬱病とかも入れるならあるかもしれませんが 笑 ただの甘え、逃げたいだけなんだな…って。 先生に言っても笑われちゃいます。 1回だけ、はじめてコードに手を出した日に受診してみましたが、そんな感じでした。 私はどうしたらいいんでしょうか…。 何も考えずに勉強すれば一番いいんですけどね それしかないんですけどね…。 非定型うつ病かどうかはわかりません。 私はただの素人ですが、質問者様の過去の質問などを拝見すると、パーソナリティ障害に近いかな?という印象を受けました。 ご自身が思っているように、「甘え」が根っこにあるのでしょう。 折角医学部にいるのですから、精神科を極めてみてはどうですか。 ご自分の身の処し方のヒントがあるかもしれません。 現実的な話をしますと、今就職難ですが、医療系の資格を持っている人は強いです。 事件でも無い限り一生安泰です。 しかし、「医学部中退」では何の役にも立ちません。 これから先、若い人たちは年金も満足に出るかわかりません。 だから働けるうちにしっかり働いて蓄えて、自分を守るほかないのです。 何も考えずに勉強はできないと思います。 動機がなければ続かないですよ? いろいろな人と話をして、本を読んで、視野を広げてみてはどうでしょう。 貴方のご質問を拝読致しました。 お困りのご様子お察し申しあげます。 「医学部3年生」とのお話し、貴方のこれまでの進路希望等を思い出してみましょう。 深刻な医師不足であることは、国会でも取り上げられ、マスコミにも報じられたことはご存じのとおりです。 貴方が「医学生」の道に進まれたことからも、「医療を通じて国民の健康増進に寄与する」という期待を持たれておられるのであり、立派な医師となって社会貢献するのが義務ではないかと思います。 「ただの甘え、逃げたいだけなんだな…って」ご自身でも分かっておられるように思います。 ご自分が病気としても学んでいる「医学」の知識が「セルフメディケーション」として役立つことでしょう。 余程のご事情がない限り、「立派な医師となって社会奉仕される」ことが今の貴方のなすべきことでしょう。 微力ながら貴方の進路を願っております。 sophia-s そろそろやりたい勉強に切り替えてもいいんじゃないでしょうか? いつまで義務教育の影響を受けているのでしょうか? と思います。 幹部になるまで続けた手前って、「手前」ってなんですか。 世間体ですか、プライドですか? 死んだら元も子もないですね。 損切りという考え方も大事です。 死ぬのが一番なさけないですよ。 プライド捨ててるし、世間体も悪いです。 あなたはしなければならないことばかりやってきましたね。 自分の人生を生きていません。 あなたの人生はまだ始まってすらいません。 どうせ死ぬなら、やりたいことやってちゃんと生きてから、死にませんか? すいませんね。 尋問みたいになっちゃいました。 勉強はお休みになって、すこし療養なさってください。 Q 彼氏が一カ月前に自殺していました 原因は私にあるとおもいます。 彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし 二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。 毎日大すき!っと言ってくれていました 私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり 私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて 月一で彼の家にとまりに行く程度でした 彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました その時は 彼氏がバイトもしないで奨学金で専門学校に通ってることに無償にいらいらしてたり 彼氏の恰好が v系寄りで少々派手だったり 彼の愛情が重く感じたり そんな理由でした。 一度本気で別れようといって連絡をとらなくしました そしたら 着信が90くらい来たり メールのあらしが来て 最後のメールで 俺はお前がいなきゃ生きてけない ごめん 死にます という文面で 首吊りのロープの写真がはられてました 私は怖くなって 怖くなって警察に連絡しました 警察から後ほど連絡きたら そのときは大丈夫だったそうでした それから話し合うことになって 会って話し合いました その時も彼の部屋で話し合ったのですが、 私は命をかけごとに使うことはおかしい と言いました 彼は別れたくないし 俺が死んだってお前には連絡いかないから大丈夫だよ^^ 言ってました・・ それからまた寄りを戻すことにしました そのころは、ただ死なれるのが怖かったんです 本当に死なれる気がしてどうしょうもなかったのです。 一回目の自殺予告のまえに ミクシーのほうで 死にたいとか もとから身長175cmで体重45キロくらいのかなり細身な体だったのに 首をつって余計なものが出ないように断食をする!って書いてあり その結果40キロまで落としてました その様子で 家族に精神病院にまでつれていかれたそうです。 私には何も遺言はありませんでした ただ 遺体には ポケットに私とのプリクラを入れて 手にはペアリング それだけの持ち物でこんな寒い深夜に山で首をつりました そしてミクシーのにっきに 彼女を責めないでください すべて弱い自分に原因がある お酒のせいですこし気がらくだ やっぱり世界一かわいい さすが俺が愛した人だ それだけ書いてありました 後悔しかありません そして今ではこんなにも引きずって なぜ振ってしまったのか こんなに自分を愛してくれてた人を どうして捨てたのか どうして救ってあげられなかったのか 後悔だらけです そしてできればあとをおいたい。 会いたい ただそれだけです これからさき一生このきもちをひきずっていくかとおもうと もう人生を終わりにしてもいいかなと思います だれかのアドバイスをききたいです また同じような経験をして今 どうやって暮らしているのか・・ できるかぎり質問にもこたえます よろしくお願いします 彼氏が一カ月前に自殺していました 原因は私にあるとおもいます。 彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし 二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。 毎日大すき!っと言ってくれていました 私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり 私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて 月一で彼の家にとまりに行く程度でした 彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました その時は... A ベストアンサー 度々すみません。 誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。 あなたはできる事は全てしました。 彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか? それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。 あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか? 私はそうは思えませんよ。 彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。 人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。 あなたは幸せになりなさい。 辛さを経験しただけ、大きくなりなさい。 人の弱さや辛さがわかった今回を、忘れろとは言いません。 バネにして、誰かを愛した時、その人をありのままあなたの綺麗な目で見て、尊重してあげてください。 甘やかす事がすべてではありませんよ。 時には厳しく突き放す事が愛でもあります。 あなたは、この事を彼にしましたよね? 今は辛い、自分を責めるのも理解できます。 でも、あなたの人生はあなたが創るべきです。 厳しく書きましたね。 ごめんなさい。 ただ命を粗末にして、後悔しているのは彼自身でしょう。 あなたまで悩むと、彼はますます辛くなりますよ。 彼への供養は、あなたらしく生きること。 度々すみません。 誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。 あなたはできる事は全てしました。 彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか? それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。 あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか? 私はそうは思えませんよ。 彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。 人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。 あなたは幸せになりな... Q 「死」こそゴールです。 生きててもつまんないです。 このままだと犯罪者になってしまうかもです。 ムカつく奴を殺したり、いい女をレイプしたりしてしまうかも。 そこで、社会に迷惑をかけずに、一歩でも「死」に近づくためにはどんな努力がありますか? 35歳の無職です。 世間でいう「クズ」「ゴミ」です。 一人暮らしで貯金を崩して生活してます。 自殺系は勇気がないので無理です。 ヤクザに絡んで殺されるとかも痛いので無理です。 理想はガンとかになりたいんですが。 自然に、病気で死にたいです。 突発的になら、急に通り魔に刺されるとかもいいですが、これはよほど運がよくないと無理ですね。 関係ないですが、こないだショッピングセンターの障害者トイレでカップルがセックスしてました。 こういうマナーのない人に腹が立ちます。 自分たちだけ気持ち良ければいいのか、とおもいます。 最後に、私は右利きです。 A ベストアンサー なにも早くゴールに行く必要ないですよ! クズなんかじゃないですし。 非常識な人に腹を立てる感情がありますしね。 35なんてまだ折り返し地点までも行ってないじゃないですか! まだまだですよ! それに無職の状態がずっと続くかは分かりません。 時間とともに気持ちも状況も環境も変わっていくものです。 前まで成績がどん底だった人が一年経ったらいつのまにか首位に立っていたりとか そんな話世間にはたくさんあります。 ・・ 今がつまらないなら今後楽しくなる出会いやきっかけに巡り会うかもしれないじゃないですか! この先なにが起こるかわからないように、楽しくなる可能性がゼロとは言えないのです。 楽に死ぬ事なんか簡単です。 長く生きてぽっくりいけばいいのです。 症状は3年くらい前から出ているように思います。 ・毎日死にたいと思う 最初は夜寝るときだけだったのですが、最近では昼間でも考えるようになりました。 自殺の方法を考えたりすることもあります。 ただ、1度も行動に出たことはなく、妄想してるだけという感じです。 ・感情が抑えられない 母親のことがとても嫌いです。 なので、電話がきて話をして電話を切った後、憎悪の感情が押し寄せてきて体が熱くなり、感情が高ぶります。 そんな状態が2時間くらい続くことも。 電話に限ったことではなく、母親のことを考えただけでこうなることもあります。 生活は普通にできているし、食事も普通にできています。 ただ、人と会ったり話したりすると精神的にとても疲れてしまって、起きていられなくなることはあります。 カウンセリングなどに行ったほうがいいのでしょうか? その場合、カウンセリングにかかる金額も教えてもらえると助かります。 A ベストアンサー 毎日死にたいと思うようでは、実際辛いでしょう。 早く病院に行きましょう。 カウンセリング単独のところもありますが、精神科、心療内科で、カウンセリングを行っているところもあります。 はじめに医師が診察して、カウンセリングが必要だ、もしくは、患者が希望していて妥当だと思うと、カウンセラーの予約を入れてカウンセリングをするというシステムですね。 後者のほうは保険が利きますので、コスト的に大分安くなります。 まずは、医師と相談してみてください。 精神科、心療内科といっても、普通の診療科とそれほど違いありません。 料金もとりあえず3割負担で1500円程度です。 カウンセリングのことはそのとき話し合えばよいでしょう。 カウンセラーがいる精神科、心療内科を探すのは、ちょっと手間ですが、電話帳か、 通信簿. tusinbo. Q 自殺したくて実際に自殺してしまう人と、自殺したいという気持ちは同じだけれど、結局出来ない人との間には、どのような心境の違いがあるのでしょうか。 自殺したいという状況、絶望感?は全く同じだとして考えて下さい。 私としては、自殺する時の苦痛に耐えられるかどうかが双方の違いの1つとして考えられるのではないかと思っているのですが、その点については皆さんどうお考えになりますか。 真面目な意見をお願いします。 例えば私は、この世に自分の存在価値を見出せず、こんな人間は生きる価値なんてないと思い、死にたいと考えてはいるのですが、自殺する際の身体的痛みや苦しさを考えると、「無理だ…」と思ってしまうのです。 血やグロいのが苦手なので、ウィキペディアの「自殺」のところで「自殺の手法」の「首吊り」などを読むだけで気持ち悪くなってくるのです。 もし、仮に、寝る前に一錠飲めば、寝ている間に自然に楽に死んでいるとかいう薬があれば、私はとっくに飲んで死んでいると思います。 つまり、安楽死のような苦痛を伴わない方法があれば、自殺を試みる人もいると思うので、やはり、自殺する際の苦痛を耐えられるか耐えられないかは少なからず関係しているのではないかと考えるのです。 今回は、自殺したら家族や周りの人に悲しみを与え、不幸にしてしまう、迷惑をかけてしまうといった周囲のことを考えての意見は置いておき、あくまで自殺したいという気持ちは同じだけど、実際にする人とやっぱり出来ない人との間にはどのような心境の違いがあるのかという点について、皆さんの考えが知りたいです。 よろしくお願いします。 自殺したくて実際に自殺してしまう人と、自殺したいという気持ちは同じだけれど、結局出来ない人との間には、どのような心境の違いがあるのでしょうか。 自殺したいという状況、絶望感?は全く同じだとして考えて下さい。 私としては、自殺する時の苦痛に耐えられるかどうかが双方の違いの1つとして考えられるのではないかと思っているのですが、その点については皆さんどうお考えになりますか。 真面目な意見をお願いします。 例えば私は、この世に自分の存在価値を見出せず、こんな人間は生きる価値なんてない... A ベストアンサー 自殺についての質問ですが、 個人の主観と他人が思っている事を比べるのは、難しいですね。 ご質問にある 1)自殺したくて自殺してしまうひと 2)自殺したくても自殺しないひと ですが 1,2が同じ気持ち場合、1,2の境界は何ですか? という質問だと認識しています。 まず、1,2で同じ「自殺したい」という気持ちは、 比較できないと思います。 ドラマなどで、「Aさんを好きな気持ちは、あなたより大きい、私が一番だ」 などというくだりが出てきますが、 気持ちを比べるのは、難しいと思いませんか? 1の場合でも2の場合でも、それぞれ事情があり、気持ちも異なると思います。 どちらも、大変な悩みを抱えていることに間違いはないと思います。 この大変な悩みを抱えている中に、質問者様もいるのでしょうね。 勇気を出して、このような内容を投稿したという事は、 それだけで、大変な思いをしているのが、読み手に伝わってきます。 私は、人生の中で2の経験は何度もあります。 ただ、それが1との境界がなんだったのかは、わかりません。 私に1の経験があれば、ここでコメントする事はできないですからね。 ましてや、他人の1と他人の2は、比較できないでしょうね。 回答にはなっていませんが、大変な悩みを抱えていると伝わって来たので コメントさせてもらいました。 自殺についての質問ですが、 個人の主観と他人が思っている事を比べるのは、難しいですね。 ご質問にある 1)自殺したくて自殺してしまうひと 2)自殺したくても自殺しないひと ですが 1,2が同じ気持ち場合、1,2の境界は何ですか? という質問だと認識しています。 まず、1,2で同じ「自殺したい」という気持ちは、 比較できないと思います。 ドラマなどで、「Aさんを好きな気持ちは、あなたより大きい、私が一番だ」 などというくだりが出てきますが、 気持ちを比べるのは、難しいと思いませんか?...

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自分で自分の首を絞める 類義語

自分 で 自分 の 首 を しめる

その悪影響は数字で出ている。 9%と14カ月連続のマイナス。 同11月の鉱工業生産指数は2013年4月の水準に落ち込んだ。 同じく11月の倒産件数は3カ月連続の増加、特に飲食店の倒産は年間最多ペースだという。 20年度当初予算案は、歳出規模が102. 6兆円である。 マスコミ各社は、これを放漫財政などと批判するが、間違っている。 この歳出規模は前年度比1. 2%程度の増額に過ぎない上に、消費増税によって家計に2~3兆円程度の恒久的な負担を課したのだから、令和元年度補正予算4・3兆円を含めても、積極財政にはほど遠い。 そもそも、昨年話題となったMMT(現代貨幣理論)が示すように、日本の財政破綻があり得ない以上、財政赤字の評価は、その規模ではなく、インフレ率で判断すべきものだ。 すなわち、デフレ・ディスインフレである以上、日本の財政支出の規模は、少なすぎると評価しなければならない。 MMTと聞いただけで、「インフレが高進して制御できなくなる」などと紋切り型の反応をする論者が後を絶たない。 かかる批判の愚劣さについては、すでに書いたので繰り返さない(本誌19年8月号『消費増税も量的緩和も愚の骨頂』)。 ここで問いたいのは「20年もデフレから脱却できない国が、国内外で景気が悪化している時に、消費増税をすべきであるなどという経済理論が、いったい、どこにあるのか」ということだ。 経済学通ぶって、MMTを「トンデモ理論」扱いしたければ、それでも結構。 しかし、MMTに批判的なクルーグマン、サマーズ、ブランシャールといった主流派経済学者ですら、デフレ下での消費増税を批判し、財政赤字の拡大を提言しているのである。 つまり、デフレ下の増税などというものは、わざわざMMTを持ち出すまでもなく、教科書的な経済学においてもあり得ないのだ。 それを正当化する理論があるとしたら、それこそ「トンデモ理論」の類いであろう。 しかも、デフレ下での消費増税が消費の減退とデフレをさらに悪化させることを、我が国は1997年と14年の2回にわたって、実証している。 景気が悪化すれば税収も減少するから、結局、財政健全化は達成できないことも、学習済みだ。 この上、さらに増税すれば何が起こるかは明らかなはずだ。 しかも、繰り返すが、昨年は国内外ともに景気は後退していた。 それにもかかわらず、日本の政界・官界・財界そしてマスメディアの大半は、財政赤字の削減や消費増税を疑うことなく、むしろ正論と思い込んで支持した。 特に、消費増税によって大きな打撃を被るはずの経済界は、消費増税を強力に支持した。 自殺行為としか言いようがない。 このような政策判断が平然と行われたという異様さに、私は恐怖すら覚える。 野心にとり憑かれた井上準之助蔵相 Photo:Jiji Press 国内外が不況であるにもかかわらず、緊縮財政を断行するという愚行の記録は、日本の近代史にもある。 最悪の例は、昭和初期に、民政党の浜口雄幸内閣の下で、井上準之助蔵相が断行した「金(輸出)解禁」である。 「金解禁」とは、第一次世界大戦を契機に離脱していた金本位制への復帰を指す。 金本位制とは、自国通貨を固定レートで金と交換することを約束する制度である。 金本位制下の国は、一定量の金準備を必要とする。 したがって、例えば、財政支出の拡大が輸入増を通じて国際収支の悪化をもたらすと、金準備が不足してしまうので、財政支出を制限して輸入を減らさなければならない。 こうして金解禁(金本位制復帰)は、財政規律を強制したのである。 当時、金本位制は、言わば文明の根幹をなす基本的な制度と信じられており、大戦後の欧米諸国も、順次、金本位制への復帰を果たしていた。 こうした潮流の中で、日本も金本位制への復帰を目指していた。 しかし、当時の日本は、27年の金融恐慌の爪痕がまだ残っており、為替レートも低位の状態であった。 このため、金本位制への復帰は見送られてきたのである。 だが、井上蔵相は、金解禁の断行へと邁進した。 彼の論理は、こうだった。 政府が財政を緊縮し、国民も消費を節約すれば物価が下がり、輸入も減る。 そうすれば、為替レートが上昇する。 そういう準備を行った上で、金解禁を実施すれば、問題ない。 これは、当時の主流派経済学の教科書通りの論理ではある。 しかし、要は、金解禁の準備のために、デフレ政策を行うというのである。 そんなことをすれば大不況になるのは当然であった。 しかも、もっとまずいことに、金解禁実施の直前の29年10月、世界恐慌の端緒となったニューヨーク株式市場の大暴落が起きていたのである。 それにもかかわらず、30年1月、金解禁は断行された。 その結果、金が大量に流出し、世界恐慌の影響が日本を直撃し、昭和恐慌が勃発した。 しかし、井上蔵相は、緊縮財政を強硬に押し通した。 翌31年9月18日には満州事変が勃発し、さらに、その直後には、金本位制の守護者であったイギリスが金本位制から離脱した。 それでもなお、井上は路線変更を拒み続けた。 結局、31年12月に民政党政権(第二次若槻礼次郎内閣)が倒れ、政友会の犬養毅内閣が誕生したことで、緊縮財政路線は終わった。 そして、蔵相高橋是清の下で、金輸出再禁止が実行され、「高橋財政」と呼ばれるケインズ主義的な積極財政政策が行われた。 この高橋財政が昭和恐慌からの脱出を実現したのは、周知の通りである。 しかし、井上は、下野した民政党の筆頭総務としての立場から、高橋による金輸出再禁止を攻撃し続けたのであった。 後知恵で考えるならば、国内外ともに不況というタイミングで、緊縮財政を行った井上の政策は愚行と言うほかない。 しかし、浜口内閣が金解禁を掲げた時、それに反対する声は、財界、学界そしてマスメディアにおいても、少数だった。 当時、金本位制は、欧米諸国においても、文明の根幹をなす制度であると固く信じられていたからだ。 当時の主流派経済学においても、金本位制は疑うべからざる仕組みであり、それに異を唱える経済学者は、日本のみならず海外でも、異端であった。 こうした当時の知的・政治的環境の下において、大勢が金解禁に傾いたのも無理はなかった。 しかし、注目すべきは、かかる状況においても金解禁に反対し、緊縮財政の危険性を理論的に理解していた者が少数とは言え、存在したという重要な事実である。 「緊縮財政」に松下幸之助の嘆き 最も有名なのは、言うまでもなく、高橋是清である。 高橋がケインズ主義的な「高橋財政」を行ったのは、ケインズの主著『雇用・利子・貨幣の一般理論』が刊行される前のことだった。 高橋は、ケインズの理論を知らずして、ケインズと同じ理解に達していたのである。 例えば、高橋の次の言葉は、ケインズ経済学の有効需要の原理や乗数効果を先取りしたものとして、後世の研究者を驚かせたものである。 〈緊縮といふ問題を論ずるに当つては、先づ国の経済と個人経済との区別を明かにせねばならぬ。 (中略)更に一層砕けて言ふならば、仮にある人が待合へ行つて、芸者を招んだり、贅沢な料理を食べたりして二千円を費消したとする。 (中略)即ち今この人が待合へ行くことを止めて、二千円を節約したとすれば、この人個人にとりては二千円の貯蓄が出来、銀行の預金が増えるであらうが、その金の効果は二千円を出ない。 しかるに、この人が待合で使つたとすれば、その金は転々して、農、工、商、漁業者等の手に移り、それが又諸般産業の上に、二十倍にも、三十倍にもなつて働く。 ゆゑに、個人経済から云へば、二千円の節約をする事は、その人にとつて、誠に結構であるが、国の経済から云へば、同一の金が二十倍にも三十倍にもなつて働くのであるから、むしろその方が望ましい訳である。 茲が個人経済と、国の経済との異つて居るところである〉 高橋は、この洞察を経済理論からではなく、自身の豊富な実務経験から得たのであろう。 だが、このような発想は高橋だけのものではなかった。 政友会の大物政治家三土忠造も『経済非常時の正視』(1930年)の中で、緊縮財政が消費の減退とデフレを招くメカニズムを正確に示していた。 〈先づ政府が一番大きな消費者であり、次は地方公共団体である。 この大なる消費者が急に財政を緊縮して事業の中止又は繰延を行ひ、物資の購入を激減し、事業に従事する多数の人々の収入を杜絶する結果として、生産者及商人に大影響を及ぼし、これ等の人々の購買力を減退せしめることは明かである。 又政府の奨励に従つて多数国民が消費を節約することになれば、これが生産者及販売者の利益を減少せしめることも云ふを俟たない。 即ち国家及び公共団体並びに多数国民が急に消費を減少するだけでも、経済上に相当大なる打撃を与へ、不景気を招来することは初めより明かであるが、それよりも更に不景気を深刻ならしめるものは、之に依つて起る所の物価先安見越である。 (中略)苟も常識あるものは如何なる品物でも今買ふよりも後になつて買ふ方が利益であると云ふ打算をする。 かくの如くにして物価先安見越が強くなつて来れば、一般に差当り止むを得ざるものゝ外は購入を見送る気味に一致する〉 実務家のセンスから、ケインズと同じ洞察に達したのは、高橋や三土のような政治家だけではない。 かの松下幸之助も、当時、こう考えていたという。 〈緊縮政策もここまでくると、自分で自分の首をしめるがごとくことさらに不景気を造っている(中略)物を使った上にも使ってこそ、新たなる生産が起り、進歩となって不景気が解消され、国民には生気がみなぎり、国力が充実されて繁栄日本の姿が実現するのだ。 それにはかかる政策はことごとくその反対の結果を招来するものである。 私のような学理を知らない者にとっては不思議でならなかった〉 「学理を知らない」松下が訝しんだ緊縮政策を断行した井上は、エリート中のエリートであった。 二高で高山樗牛と首席を争い、東大法学部に進み、卒業後は日本銀行に入り異例の昇進を遂げる。 19年日銀総裁、23年には大蔵大臣、27年から28年にかけては再び日銀総裁を務めた。 しかし、この経歴から明らかなように、井上もまた豊富な経験をもつ実務家であった。 しかも奇妙なことに、彼は29年夏に民政党に入党する直前までは、金解禁は「肺病患者にマラソン競走をさせるようなものだ」と述べていたのである。 それが、民政党政権で蔵相となるや、突然、金解禁論者の最右翼に豹変し、少なくとも公式には、死ぬまで自説を改めなかった。 なぜ、井上はこのような頑迷な姿勢を貫いたのか。 「怨念」吸い上げるポピュリスト勢力 井上は、浜口内閣の蔵相に任命され、金解禁を政策課題として与えられた際、かつて誰も為し得なかった金解禁を実現して、歴史に名を刻みたいという野心にとり憑かれたのだ。 そして、その政治的野心が、冷静な情勢判断を妨げたのである。 金解禁後、その失敗が明らかとなったが、失敗を認めることは政治的敗北を認めることに等しい。 批判の声が高まれば高まるほど、井上はますます己の立場に固執せざるを得なくなるというディレンマに追い込まれた(中村隆英『昭和恐慌と経済政策』)。 しかし、井上が自らの政治生命を守ることに執着したせいで、国民、特に中小企業と農民層が絶望的な困窮に追い込まれた。 既存の支配層に絶望した彼らは、過激な右翼思想へと引き込まれていった。 井上の緊縮財政がもたらした危機がファシズムを生み、日本を軍国主義へと駆り立てたのだ(長幸男『昭和恐慌:日本ファシズム前夜』)。 これと同じことが、この令和の時代にも繰り返されようとしている。 なぜ、景気後退にもかかわらず、消費増税は断行され、財政健全化路線が続くのか。 おそらく、2012年の消費税増税法案の成立を推進・支持したエリートたちは、金解禁に邁進した井上のように、「先人が成し得なかった悲願の消費増税を自らの手で実現する」という政治的野心に駆り立てられたに違いない。 それなのに、今さら景気後退を理由に、消費増税の凍結や積極財政に転じるなどということは、あり得ない。 それは、彼らの政治的な敗北を意味する。 その結果、国民がどうなろうと知ったことではない。 不況の理由など、他に探せばいくらでも見つかる。 こんな調子で、内外の景気後退期に消費増税を行うという愚行が粛々と行われたということではないか。 さらに残念なことに、平成・令和の時代には、高橋是清や三土忠造のような政治家も、松下幸之助のような企業人も、全くと言っていいほど現れなかった。 それどころか、経団連や経済同友会は、さらなる消費増税を求めている始末である。 松下が言った通り「自分で自分の首をしめるがごとくことさらに不景気を造っている」のだ。 現代の財界人は、かつて松下がもっていたような実践感覚をすっかり失ってしまったようだ。 日本が長期停滞から抜け出せず、没落の一途をたどっているのも当然である。 その結果、苦境に陥った中低所得者層や若年層は、エリート層に対して強い不信を抱くようになるだろう。 そして、彼らの怨恨を吸い上げるポピュリスト勢力が必ず台頭する。 こうして、日本の政治も経済も混迷に陥って収拾がつかなくなるだろう。 その兆候は、すでに表れているのではないか。 現代人は、戦前の支配層の弱さや愚かさを反省したり、嘲笑したりするのを好むが、自分たちもいつか来た道を歩んでいることをもっと自覚した方がよい。 著者プロフィール 中野剛志(なかのたけし) 評論家 1971年、神奈川県生まれ。 元・京都大学工学研究科大学院准教授。 専門は政治経済思想。 1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。 2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。 2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。 主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(ともに集英社新書)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬舎新書)などがある。

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必要以上の深読みは、自分の首を絞めることになる。

自分 で 自分 の 首 を しめる

尼崎の連続死体遺棄事件の主犯・角田美代子容疑者(64)がきのう12日(2012年12月)に留置場で自殺した経緯が明らかになった。 兵庫県警本部留置場の3人部屋で、わずか15分ほどの間に寝たまま首を締めていた。 はたしてそんなことが可能か。 首に巻いたTシャツすぐにほどけた謎 兵庫県警によると、角田は10月末から「死にたい。 どうやったら死ねますか」と再三言うようになったため、特別要注意者として、通常は1時間に4回の巡回を6回にして警戒していた。 角田は3人部屋の端に寝ていた。 12日は午前5時25分には上半身を出していびきをかいていて、5時38分には布団を首までかけ寝息を立てていた。 顔の脇にTシャツがあった。 5時55分にも同じ状態だったが、6時10分に異常があった。 巡回の巡査長が寝息がないことに気付き、もう1人に報告して2人で「息がない」ことを確認して、当直の担当者に連絡してカギを開けて中に入ったのが6時21分だった。 救急車を呼び病院に搬送し、7時15分死亡が確認された。 角田はTシャツを首に巻いていたが、踏み込んだとき簡単にほどけたという。 司会の加藤浩次は「Tシャツで自分の首を絞められるかな」といぶかった。 元監察医の上野正彦氏は「1度締めて意識を失ったときにシャツが緩まなければ可能」という。 西村綾子レポーターも「監察医の話では、気絶したあと緩まなければ、過去にそうして死んだ例はあるそうです」と伝える。 昨年11月、尼崎市内の倉庫でドラム缶詰めの死体が見つかったのが始まりで、これまでに死体が6つ、なお行方不明が3人という異様な事件だ。 角田はすべての中心にいたといわれ、当初は死体遺棄容疑だったが、その後は殺人などで8人が逮捕・再逮捕されている。 公訴棄却で事件未解明のまま 加藤「この自殺で事件にどんな影響があるのでしょう」 弁護士の本村健太郎「すでに起訴されている事件は公訴棄却になり、起訴前の事件は不起訴になる。 未解明の部分がまだあるが、それがわからないままになる可能性が出てきました」 角田に一家離散に追い込まれた男性は「逃げられた。 死んでからも困らされる」といっているそうだ。 キャスターのテリー伊藤は「身勝手な女ですよね。 小さな世界を作って好き勝手をやって、苦しめて殺して、逮捕されたら死にたい、生きる意味がないという。 あんたの生きる意味は罪の償いとどんなにつらかったかを思い知ることですよ。 影響は大きい」と語る。

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