理趣経 全文。 真言宗の葬儀で読まれる理趣経とは

最澄宛、空海の返書-理趣の答案-|北尾克三郎のページ

理趣経 全文

主に各派で読誦される常用経典である。 では、訳『 大楽金剛不空真実三摩耶経』 (たいらきんこうふこうしんじさんまやけい、大楽金剛不空真実三摩地耶経・般若波羅蜜多理趣品、243)を指す。 沿革 [ ] 最もよく読誦されているものは、がからにかけて訳した訳本である。 五種類の異訳があり、訳の『・第十会・般若理趣分(理趣分経)』も『理趣経』の異訳と見なされており、玄奘訳の『理趣分経』が最古のテキストである。 不空訳の『理趣経』は「般若経」系テキストを原流として、『』を編纂したグループが経典として発達させたものであると考えられている。 には、性的な儀式を信奉する密教集団()のもととなる憂き目にあったこともある。 概要 [ ] この経典は『般若波羅蜜多理趣品』(原タイトルは『百五十頌般若』)とあることから、般若部の経典とされているが、内容的に見れば方等部の密教経典群に位置するという見方もある。 理趣とは、道筋の意味であり、「般若の知恵に至るための道筋」の意味である。 他の密教の教えが全て修行を前提としている為、専門の僧侶でないと読んでもわからないのに対し、『般若理趣経』は行法についてほとんど触れておらず、一般向けの密教の入門書という位置づけだと考えられている。 では、18会からなる『』系テキストの内、読誦の功徳を強調する『理趣経』を毎日の勤行で唱えるのが習わしである。 『』や『金剛頂経』に含まれる他の教典には、読誦の功徳の記述が無いので、常用経典として用いない。 これは、他の教典は、ほとんどが密教の行法の解説であるからであるともは考えている。 真言宗では、伝法灌頂までの修行や教学にて『大日経』や『金剛頂経』の教義を習得する。 普通、経典はで読まれるのが一般的であるが、では『理趣経』が日本に伝来した時代の中国語の音からで読誦する。 例えば、経題の『大楽金剛不空真実三摩耶経』は「たいら(く)きんこうふこうしんじ(つ)さんまやけい」(カッコ内は読経時には読まない。 呉音読みなら「だいらくこんごうふくうしんしつさんまやきょう」となる)と読み、本文の最初の「如是我聞」は他のほとんどの経では呉音読みで「にょぜがもん」と読むが、『理趣経』では「じょしがぶん」と読む。 俗に、内容が性的な境地も清浄であるという誤解を招きやすい内容なので、分からないように漢音で読誦するともいわれていたが、松長は漢音使用の政府の命令に従っただけであろうと考えている。 構成 [ ] 『理趣経』は、最初の序説と最後の流通(るつう)を除くと、17の章節で構成されている。 大楽の法門 - の章• 証悟の法門 - の章• 降伏の法門 - の章• 観照の法門 - の章• 富の法門 - の章• 実働の法門 - 金剛拳菩薩の章• 字輪の法門 - の章• 入大輪の法門 - 纔発心転法輪菩薩の章• 供養の法門 - 虚空庫菩薩の章• 忿怒の法門 - 摧一切魔菩薩の章• 普集の法門 - の章• 有情加持の法門 - 外金剛部の諸天の章• 諸母天の法門 - 七天母の章• 三兄弟の法門 - 三高神の章• 四姉妹の法門 - 四天女の章• 各具の法門 - 四波羅蜜の大曼荼羅の章• 深秘の法門 - 五種秘密三摩地の章() それぞれの章節には内容を端的に表したとがあり、真言僧は必要に応じてこの印明を修する。 十七清浄句 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2015年11月) 真言密教では、「自性清浄」という思想が根本にある。 これは天台宗の思想と対比、また同一視されるが、そもそも人間は生まれつき汚れた存在ではないというものである。 『理趣経』は、この自性清浄に基づき人間の営みが本来は清浄なものであると述べているのが特徴である。 特に最初の部分である大楽(たいらく)の法門においては、「十七清浄句」といわれる17の句偈が説かれている。 初句:「妙適清浄の句」の句とは文章の句のことではなく、ごく軽く事というほどの意味である。 また、初句は総論で、四の四倍の十六の各論に総論を一つ足して十七句となっている。 妙適淸淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である• 慾箭淸淨句是菩薩位 - 欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である• 觸淸淨句是菩薩位 - 男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である• 愛縛淸淨句是菩薩位 - 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である• 一切自在主淸淨句是菩薩位 - 男女が抱き合って満足し、すべてに自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも、清浄なる菩薩の境地である• 見淸淨句是菩薩位 - 欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である• 適悅淸淨句是菩薩位 - 男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である• 愛淸淨句是菩薩位 - 男女の愛も、清浄なる菩薩の境地である• 慢淸淨句是菩薩位 - 自慢する心も、清浄なる菩薩の境地である• 莊嚴淸淨句是菩薩位 - ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である• 意滋澤淸淨句是菩薩位 - 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である• 光明淸淨句是菩薩位 - 満ち足りて、心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である• 身樂淸淨句是菩薩位 - 身体の楽も、清浄なる菩薩の境地である• 色淸淨句是菩薩位 - 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である• 聲淸淨句是菩薩位 - 耳にするもの音も、清浄なる菩薩の境地である• 香淸淨句是菩薩位 - この世の香りも、清浄なる菩薩の境地である• 味淸淨句是菩薩位 - 口にする味も、清浄なる菩薩の境地である このように、十七清浄句では男女の性行為や人間の行為を大胆に肯定している。 仏教においてでは、男女の性行為はどちらかといえば否定される向きがある。 これに対し『理趣経』では上記のように欲望を完全否定していないことから、「男女の交歓を肯定する経典」などと色眼鏡的な見方でこの経典を語られることがあったり、十七清浄句は欲望の単なる肯定であると誤解されたり、また欲望肯定(或は男女性交)=即身成仏であると誤解されたりする向きも多い。 しかしこれは真言密教の自性清浄を端的に表した句偈である。 『理趣経』の最後の十七段目は「百字の偈」と呼ばれ、一番中心となっている部分だが、 「人間の行動や考えや営み自体は本来は不浄なものではない。 しかし、人たるものそれらの欲望を誤った方向に向けたり、自我にとらわれる場合が問題なのだ、そういう小欲ではなく世の為人の為という慈悲の大欲を持て。 大欲を持ち、衆生の為に生死を尽くすまで生きることが大切である」と説き、「清浄な気持ちで汚泥に染まらず、大欲を持って衆生の利益を願うのが人の務めである」と説かれていることがその肝要である。 は「欲望を持ち、煩悩に悩まされている凡夫の暮らしのなかに、真理に生きる姿を認めようというのが『理趣経』の立場である」と解釈している。 このような思想は両部の大法のもう一方である『大日経』の「受方便學處品第十八」にも見られる。 復た次に祕密主、菩薩は邪淫せざる戒を持て、 若しくは他の攝する所と、自らの妻と、自らの種族と標相の護る所とに貪心を發さざれ。 況や復た非道に二りの身を交え會せんをや。 餘の方便有らば、應に度すべき所に隨って眾生を攝護せよ。 復次祕密主。 菩薩持不邪婬戒。 若他所攝。 自種族。 標相所護。 不發貪心。 況復非道。 二身交會。 有餘方便。 隨所應度。 攝護眾生。 — 『大正蔵』第18巻、39頁中段 ちなみに、『理趣経』を使った『理趣経法』は、を実践して前行をしてからでないと伝授してはならないという厳しい規則がある。 展開 [ ] この十七清浄句が述べられていることによって、古来よりいろいろな解釈や研究が行われ、また事件があった。 特に有名なのは、の理趣釈経借経(経典を借りる)事件である。 日本の開祖である最澄は、当時はまだ無名で若輩のに辞を低くして弟子入りし、3年()11月から12月に密教の伝授を受け、灌頂も受けた。 最澄と空海の仲は当初非常によく、二人の間にやり取りした手紙は現在23通現存している。 しかし、最澄は天台教学の確立を目指し繁忙だったという理由で、空海から借経を幾度となく繰り返していた。 空海は快く応じていたが、弘仁4年()11月23日、この『理趣経』の解説本である、不空の『理趣釈経』を借りようとして空海から遂に丁重に断られた。 これは、修法の会得をしようとせず、経典を写して文字の表面上だけで密教を理解しようとする最澄に対して諌めたもので、空海は密教では経典だけではなく修行法や面授口伝を尊ぶこと、最澄が著書で不空の法は自分の奉じている『法華経』より劣ると密教をけなしたこと 、面授や修行なしにこの経文を理解することは師匠も弟子も無益で地獄に落ちる振る舞いであることを理由に借経を断ったという。 俗に、この『理趣経』の十七清浄句が、男女の性交そのものが成仏への道であるなど間違った解釈がなされるのを懼れたためといわれているが、これは空海の挙げた最後の理由を分かりやすく一般信者に伝えたものにすぎない。 空海は、その後を完全に密教寺院として再編成し、真言密教以外の僧侶の出入りを禁じて、自分の選定した弟子にのみ、自ら選んだ経典や原典のみで修行させるという厳しい統制をかけた。 また、鎌倉時代には、『理趣経』を依経 とし性的思想を信奉した名称不明の密教集団()が発生し、のから弾圧されて消滅した歴史もある。 しかし、「彼の法」教団の教義は、それを弾圧したの心定の『』にしか残っていないため、それが本当に邪宗視されるべきものであったかどうかについては議論される余地がある。 民間への普及と功徳 [ ] 『理趣経』は本文中で読誦の功徳(ご利益)を明確に謳っている珍しい教典である。 功徳の最たるものは悟りへの道筋が開けることであるが、もっと卑俗な所で、病気よけや収入増加の利益があるとして民間で尊ばれてきた。 ただし、上記のような禁忌があるため、戦前までは在家が経文の内容を理解することは厳しく戒められ、法事の時に和尚の読経に檀家が唱和することも禁じられていた。 漢音で読むのも内容を在家に分からせないためだといわれていたという。 戦後は一般向け解説書も出版され、朝の読経や法事でよく読誦されている。 また、をはじめや等でも、「大般若転読加持法」あるいは「大般若経転読会」として、『理趣経』の先行経典である大般若『理趣分経』が読誦されている。 民間ではこの読経の時の風にあたると、風邪を引かないとして信仰されている。 ちなみに、天台座主のは、比叡山で修行する小僧達に、「君たちはおこづかいがもらえるかね?おこづかいが欲しいと思ったら、『理趣分経』を1000回読みなさい」と薦めていた。 なお、『理趣分経』は前述のとおり、『理趣経』の異本。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 大意は「大いなる楽は金剛のごとく不変で空しからずして真実なりとの仏の覚りの境地を説く経」• 松長が一般向けの『理趣経』講義を行った所、「ポルノ教典か?」と興味本位で聴講に来た者もいたという。 勿論誤解である。 前述の大栗も述べるように、最澄と空海の話は俗に曲解されていることが多いが、空海と最澄の手紙のやり取りからするとこのようにしか解釈できない。 なお、が『空海の風景』で面白おかしく脚色しているものが流布しているが、真言宗では司馬の小説を厳しく批判しており、司馬の親友のに映画『』(1984年公開)の脚本を頼んだ時も、「司馬の解釈は映画に使わないでほしい」と申し渡した上、前述の宮坂の父、が司馬の小説に抗議している。 (『週刊司馬遼太郎9・空海の風景・坂の上の雲 完結編・新選組血風録』所収の早坂の回想及び、司馬の小説のあとがきより)• 「依経」(えきょう)とは、文字通り宗派のよりどころとなる教えを持つ経典を指す。 2000年代以前は立川流の側を性的思想を奉じた集団とする誤解があったが、21世紀現在は史料批判によって否定されている(を参照)• なお、この項目は中に四国で出家した村岡の実体験である。 ある檀家が『理趣経』の経文を覚えており、村岡の師僧の読経に唱和した所、僧は檀家を「ついてくるな!」と大喝し、「『理趣経』はお大師さんが在家のものには教えちゃならんといわれたんじゃ」と述べたという。 理由は、前述の最澄の経文借用の件と同じである。 出典 [ ]• 宮坂、2002年。 『空海の風景』上巻68頁• 松長有慶著『秘密の庫を開く』 集英社 125頁• 松長、1984年。 大栗、2000年。 村岡、2002年。 , pp. 40—41. , pp. 68—71. , p. 村岡、2002年。 『印と真言の本』 [ ] 参考文献 [ ]• 「」『智山学報』第67巻第81号、智山勧学会、2018年3月31日、 1—44。 彌永, 信美「」『智山学報』第67巻第81号、智山勧学会、2018年3月31日、 45—96。 『密教入門』 2000年• 村岡空『理趣経のエッセンス「百字の偈」』 『理趣経が説く「清淨」とは』 2002年• 『印と真言の本 神仏と融合する密教秘法大全』 2004年 関連項目 [ ]•

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理趣経(りしゅきょう)とは何? Weblio辞書

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真言宗とは 真言宗は、中国ではまだ宗派としてまとまらないまま伝わっていたの教えを 弘法大師といわれる日本の空海が体系化して独立した日本のです。 真言宗のは、『 大日経』『 金剛頂経』『 蘇悉地経』の3つで、 これを「 秘密三部経」といいます。 それに加えて『 金剛頂経』の続きのである『 理趣経』も読まれます。 『 理趣経』は、男女の肉体関係によって高い境地に達することができるという 大変な誤解を招く危険な内容を含んでいます。 一体、真言宗とは、どんな教えなのでしょうか? 真言宗の目的 仏教の目的は、を開くことです。 というのは、低いものから高いものまで、 大宇宙に52あるの中で、最高の52段目のさとりです。 ところが、真言宗が現れるまでは、を開くまでに 大変な長い時間のかかる宗派ばかりでした。 では、三阿僧祇劫という果てしなく長い時間、 死に変わりを繰り返しながらし続ける必要があります。 でも、最短で3回の生まれ変わりが必要とされ、 現実には開祖の杜順を含めて誰もできず、3回どころではありません。 は、この世で成仏できるといいますが、 開祖の天台大師でも、52段中10段程度しかを得られませんでした。 そこで、真言宗の開祖の空海は、 この身このままでを開く 「 即身成仏」が可能である理論を示しました。 真言宗の教えは、分かりやすく言うと、 「 即身成仏」の理論と、その実践方法です。 この世で仏のさとりが得られる3つの理論 空海は、この身このままで仏になれる 即身成仏ができる根拠を3つの観点から説明しました。 1つには六大、2つには四曼、3つには三密です。 1.六大 1つ目の六大とは、地大・水大・火大・風大・空大・識大の6つで、 物質と精神です。 物質というのは、地大・水大・火大・風大・空大の5つで、 現象の中にの力があるということです。 精神というのは識大で、のです。 五大は、によって認識されるので、 六大がとけ合って世界が成立します。 これを「 六大無碍」といいます。 この「 六大無碍」によって、と修行者が一体になり、 がえられます。 2.四曼 2つ目の四曼とは、の功徳を表す四つのマンダラのことです。 4つのマンダラとは、 1.大マンダラ 2.三昧耶マンダラ 3.法マンダラ 4.羯磨マンダラ の4つです。 まずマンダラには、『 金剛頂経』に説かれ、 のを表す金剛界マンダラと、 『 大日経』に説かれ、 のを表す胎蔵界マンダラの2つがあります。 1つ目の大マンダラとは、この2つのマンダラに描かれる がそれぞれの徳と姿を持っていることを言います。 2つ目の三昧耶マンダラとは、それぞれの本誓を表します。 は共通して何とか人々を助けたいと思っていますが、 本願が異なるので方法が異なります。 それを形で表わされた、の薬つぼ、の蓮華、 不動明王の刀剣などの能力や本誓です。 3つ目の法マンダラは、種子マンダラともいいます。 は一つですが、 諸仏はそれぞれの機縁に応じてこの世に現れるので、 それぞれの固有の名前や性質があります。 それをサンスクリットの文字で表したのが「 種子」です。 例えばの種子は「 阿字」です。 このようにマンダラを種子で表したのが法マンダラです。 4つ目の羯磨マンダラとは、「 羯磨」とはのことで、 行為のことです。 は、人々を救うために、色々な行いをします。 立ったり、座ったり、色々な印を結びます。 これまでの3つのマンダラを前提とする、 このような変化を羯磨マンダラといいます。 真言宗では、をにおさめて見ますので、 これら4つのマンダラによっての功徳を表します。 と一体になれば、これらの功徳と一体になるので、 を得ることができるということです。 3.三密 三密とは、の三業で、身密、口密、意密の3つです。 深いの状態で、 手に印を結ぶ身業と、 口に真言を唱える口業と、 心に阿字を念じる意業の行者の三業と、 の三業とが相応すれば、 行者の身口意と仏の身口意が融合します。 すると、の三密が行者の三業に加持され、 入我我入してと行者が一体となり、 即身成仏できるというものです。 これを「 三密加持」といいます。 このように、 六大がのものがらであり、 四曼がのすがたであり、 三密がのはたらきです。 こうして3つの観点により、 即身成仏の理論が明らかになりました。 具体的な実践方法と真言宗の2つの危険な点 この即身成仏を体得するための実践方法は観法です。 観法とは、心で何かを思い浮かべることです。 具体的には、阿字観や、月輪観、五相成身観などです。 この心が口に現れたのが真言を口に唱える念誦で、 体に現れたのが供養です。 念誦や供養には、色々な方法が定められています。 ところが、供養するときに、 インドの仏教以外ので、 色々なものを火に投げ込んで神々に供養した 「 護摩」を取り入れているのが危ない点です。 本当の目的は即身成仏ですが、 やっていることは仏教以外のと同じですので、 息災延命や除難招福などの現世利益を祈って 加持を始めると、色々な迷信を引き起こし、 人々の救いの道を閉ざすことになります。 また、危ない2つ目として、 『 理趣経』に説かれる男女の肉体関係も、 から観たであって、 即身成仏を果たさずにを満たせということではありません。 自らのによって、、自ら苦しむことになります。 このように、真言宗では、 すべてでに至るわけではありませんが、 の加威力を受持して加持成仏するには、 やはり大変なのが必要です。 実際やってみると? 真言宗によってを求めた有名な人が 刈萱道心(かるかやどうしん)です。 元は加藤左衛門繁氏といって筑前、筑後、肥前、大隅、薩摩の 6ケ国の探題でした。 出家した理由 ある日、繁氏が花見をしていると、 桜の花びらがひとひら散って、 酒の盃の中に浮かびました。 それを見た繁氏は、 「 自分もこのようにやがて死んで行かねばならない」 と深くを感じて家に帰りました。 ところがその夜、妻の千里と側室の須磨が、 琴を合奏しました。 表面は仲良さそうにしていますが、 障子に映った二人の髪の毛が大蛇となって噛み合っている の心のすさまじさを見て、 このように人を大蛇にする原因は皆自分にあると 重いに驚き、その夜ひそかにして、 高野山に入り、真言宗の僧となりました。 こうして刈萱童心と名乗ります。 子供が生まれる ところが、妻の千里には子供が宿っており、 10カ月後に生まれると石童丸と名づけられました。 やがて大きくなると「 なぜ僕には父様がないの」 としきりに尋ねるので、千里は一部始終を打ち明けました。 石童丸はお父さんが恋しくなり、お母さんと高野山に向かいます。 ところが高野山は女人結界の地なのでお母さんはは登れません。 高野山の麓で別れる時 「 お前の父上は人よりも背が高く左の眉毛にホクロのあるお方だよ」 と言い残して別れました。 石童丸はそれをたよりに高野山の峰や谷の寺々を くまなく尋ね歩きますが、父上らしいに出会うことは出来ません。 我が子と初対面 ある日一つの橋を渡ろうとした時、 左手に花を持ち右手に念珠を持って 南無遍照金剛を唱えながら刈萱道心が下って来ました。 何となく父上でなかろうかと石童丸は駆けよって、 その名を尋ねた。 刈萱道心は不審に思ってよく見れば、 その顔は妻と生き写しです。 その上持っている短刀はまさしく以前、自分が持っていたものです。 「 おおお前は我が子、石童丸ではないか」 とあわや言いそうになりましたが、 真言宗では、一切の恩愛を断ち切れと説かれています。 今、名のれば今までの14年間の苦行は 水の泡になってしまうと思い、 「 そなたの尋ねている刈萱道心は去年の秋に亡くなられた」 と心をにして言い切ります。 一瞬泣きくずれた石童丸が 「 せめてなりとも」 とたのむので道心は仕方なく 一つの新しい墓前に連れていきました。 もみじの様ーような両手を合わせじーっと墓を見つめていた石童丸は、 やがてワッと泣き出します。 刈萱道心は張りさける思いに堪えながら、 漸く下山させましたが、我が子の影がみえなくなると同時に その場に打ち倒れました。 妻と娘の死 石童丸は泣く山を下りてみると 麓でしきりに烏が鳴いています。 に思いつつ帰ってみると、 お母さんも、病気で亡くなっていました。 仕方がないので一人のお姉さんをたよりに筑前に帰りましたが、 その姉もこの世を去って目でした。 石童丸はいよいよを痛感して意を決し、 自分も父のみあとを慕ってしようと 再び高野山を訪ねます。 再び山に登ってきた我が子の姿に驚き 一切を聞かされた刈萱道心は 「 何、母が死に姉も死んだのか」と思わず知らず ほろーッと一滴の涙を落としました。 この一滴の涙が刈萱童心の14年間の難行を 元の木阿弥にしてしまったといいます。 このように真言宗は、即身成仏の理論はあるのですが、 やはりのが必要なので、その実践は極めて困難なのです。 誰かできた人はいるの? この真言宗の難行苦行は大変なもので、 開祖である空海さえも完全な三密加持はできず、 臨終にこのような歌を残しています。 「 空海の 心の中に 咲く花は 弥陀より外に 知る人はなし」 に救われることができなかったので、 の先生である、 にすがらずにはいられなかったのです。 そこで、は、難行苦行のできない私たち、 どんな人でもの境地をえられる教えを説かれています。 その、すべての人がの境地になれる仏教の真髄については、 以下のメール講座と小冊子にまとめておきました。 まずは読んでみてください。 メニュー•

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理趣経は勉強しないで下さい!

理趣経 全文

大意は「大いなる楽は金剛のごとく不変で空しからずして真実なりとの仏の覚りの境地を説く経」• 松長が一般向けの『理趣経』講義を行った所、「ポルノ教典か?」と興味本位で聴講に来た者もいたという。 勿論誤解である。 前述の大栗も述べるように、最澄と空海の話は俗に曲解されていることが多いが、空海と最澄の手紙のやり取りからするとこのようにしか解釈できない。 なお、が『空海の風景』で面白おかしく脚色しているものが流布しているが、真言宗では司馬の小説を厳しく批判しており、司馬の親友のに映画『』(1984年公開)の脚本を頼んだ時も、「司馬の解釈は映画に使わないでほしい」と申し渡した上、前述の宮坂の父、が司馬の小説に抗議している。 (『週刊司馬遼太郎9・空海の風景・坂の上の雲 完結編・新選組血風録』所収の早坂の回想及び、司馬の小説のあとがきより)• 「依経」(えきょう)とは、文字通り宗派のよりどころとなる教えを持つ経典を指す。 2000年代以前は立川流の側を性的思想を奉じた集団とする誤解があったが、21世紀現在は史料批判によって否定されている(を参照)• なお、この項目は中に四国で出家した村岡の実体験である。 ある檀家が『理趣経』の経文を覚えており、村岡の師僧の読経に唱和した所、僧は檀家を「ついてくるな!」と大喝し、「『理趣経』はお大師さんが在家のものには教えちゃならんといわれたんじゃ」と述べたという。 理由は、前述の最澄の経文借用の件と同じである。

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