ジョルダーノ ブルーノ。 2020年 ジョルダーノ ブルーノの像へ行く前に!見どころをチェック

ブルーノ・ジョルダーノ

ジョルダーノ ブルーノ

元ページ ジョルダーノ・ブルーノの宇宙観 16世紀の後半、コペルニクス・モデルはヨーロッパ全域で知られるようになっていた。 ブルーノはコペルニクスが観察よりも数学的整合性を重要視したことを批判していたが、地球が宇宙の中心ではないという点についてはコペルニクスに賛同していた。 ただブルーノはコペルニクスの理論の中にある「天界は不変不朽で地球や月とは異なった次元のものである」という意見には賛同しなかった。 ブルーノは「世界の中心は地球か太陽か」などという議論を超越し、すなわち 宇宙の中心などどこにも存在しないという立場にたっていた。 ブルーノの主張でもっとも画期的だったものは「地球自体が回転しており、それによって地球上からは見かけ上天球が回転しているように見える」ということであった。 ブルーノはまた、「宇宙が有限である、あるいは、恒星は宇宙の中心から等距離に存在している」と考える理由はないとした。 ブルーノは無限宇宙が「純粋気体」で満たされていると考えた。 これは後に創案される「エーテル」概念のはしりであり、この気体は惑星や恒星の動きに一切影響を及ぼすことはないとされた。 ブルーノの宇宙論で特筆すべきことは、それまで信じられていた宇宙が特定の中心から広がる階層球によって成り立っているという考え方を否定し、地球も太陽も宇宙の一つの星にすぎないと主張したことにあった。 地球だけが特別な星であるという当時の常識に挑戦するかのように、ブルーノは神が宇宙の一部だけに特別に心を配ることはないと考えた。 彼にとって 神とは心の中に内在する存在であって、宇宙のどこかにある天国にいて地球を見ているものではなかった。 ブルーノは四元素説(水、気、火、土)は信じていたものの、宇宙が特別な物質でできているのではなく地球とおなじ物質からなっているとし、 地球上でみられる運動法則が宇宙のどこでも適用されると考えた。 ブルーノは太陽を惑星が囲む太陽系のようなシステムは宇宙の基本的な構成要素であると考えた。 ブルーノにしてみれば神が無限の存在である以上、無限の宇宙を創造することはなんらおかしなことではないということであった。 ブルーノはアリストテレス以来、伝統的に信じられてきた「自然は真空を嫌う」ことを信じていたため、宇宙にある無数の太陽系の間はエーテルによって満たされていると考えていた。 彗星は神の意志を伝える役割をもって天界から到達するというのもブルーノのアイデアであった。 ブルーノにとって宇宙とは 数学的計算によって分析できるものでなく、星たちの意志によって運行しているものであった。 このようなアニミズム的宇宙観は現在のわれわれから見れば突拍子もないものに見えるが、ブルーノの宇宙論のポイントの一つである.

次の

ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統/詳細/工作舎

ジョルダーノ ブルーノ

16世紀から17世紀初頭にかけて、地動説が登場しましたが 実は最初ローマ教会は意外に寛容でした。 地動説を述べたからといってそれで処刑されるようなことはありませんでした。 ローマ教会が地動説に強硬になるのは宗教戦争による社会情勢が変化して放置すると教会の権威が揺らぐと考えを変えたからです。 コペルニクスは現在のポーランド生まれでローマから遠くにいたのも幸いしたようですが、彼自身は1543年に「天球の回転について」という書物を出版したのは死の直前でした。 しかも序文にオジアンダーという人物が「これは地球が本当に動いているのではなくあくまでこうやると計算が楽だ」というような意味の文章を書いていましたから、コペルニクス自身が本当に地動説を信じていなかったのではないか というような疑問を持たれたくらいです。 とはいえコペルニクス自身は1510年頃には「コメンタリオルス」という書物(回覧板のようなもので手紙を添えて回し読みしました)で地動説を唱えていましたから、当時の知識人は地動説についてある程度知っていたようです。 コペルニクスは教会の弾圧が怖くて出版を見送っていたのではなく、変人だと思われるのが怖かったというのが真相です。 それでも死ぬ間際に出版できて、そこに勝手にオジアンダーが序文を書いたものですからかなりショックで死期を早めたとされています。 オジアンダーが保身のため(変な書物の序文を頼まれ断り切れずに書いたので言い訳じみています)コペルニクスの本意を無視したのは後にケプラーが証明して名誉回復しています。 ガリレオが地動説を唱えても当初はあまり問題にされませんでした。 ガリレオは宗教裁判に2回かけられています。 1回目は「あんまり人の悪口を書いて怨まれないよう」という程度の注意ですんでいます。 ガリレオは後のローマ教皇の家庭教師をしたこともあり尊敬を集めていました、しかし徐々に尊大になり自説を認めない者や無関心な者に対して「白痴」「馬鹿」といった悪口を書き連ねることで、周囲から浮き上がっていたようです。 そのため天動説の学者からねたまれ反撃のチャンスを狙われていました。 自分の書物「新天文対話」で3人の人間を登場させていますが、登場する無能な人物がローマ教皇のことだと言いがかりを付けられ、聖書に反することを言っているとされ、さすがのローマ教皇も彼をかばえなくなりました。 またプロテスタント台頭によるローマ教皇の権威を示すためにも有罪にされたのです。 ガリレオは非を認めたため自宅軟禁ですみました。 (「それでも地球は動く」と言ったのは後世の作り話です・・言ったかもしれませんが記録にはありません) ブルーノの場合は 宇宙は無限である、地球が自転しているために恒星が動いて見える 等の主張をしたことで有名ですが、1592年に逮捕されたあと異端尋問まで7年間放置(もちろん入牢していました)されていました。 ブルーノはローマ教皇にたいして自説の一部を撤回することを明言すれば嫌疑は晴れると考えていたようですが異端審問が行われると責任者であったベラルミーノ枢機卿はブルーノに対し自説の完全な撤回を求めました。 しかしブルーノが拒否したため有罪になりました。 後のガリレオが自説撤回を認めたのに対してブルーノは認めなかったため火あぶりになりました。

次の

ジョルダーノ・ブルーノの「無限」

ジョルダーノ ブルーノ

これは高校2年生の夏休みに起きた出来事。 夏休みも終盤に差し掛かる頃。 部活を終え、帰宅した私はクーラーの効いたリビングのソファの上で寝転んでいた。 その日は、特にすることもなく暇だったので、ゴロゴロしながら、料理をしている母に向かって、部活のことや、最近見た映画の話などを話していた。 そうしているうちに、うとうとしてしまい、いつのまにか眠ってしまっていた。 疲れていたのか、ぐっすり眠ってしまい、目が覚めたのは夕方だった。 ぼーっとした顔で起き上がった私を見て、 「あら、やっと目が覚めた?」 と、母は若干からかうように声をかけてくる。 少しムッとして 「なんか面白いことでもあった?」 と聞くと、 「あんたねぇ〜寝言言ってたよ!」 と今にも吹き出しそうな母。 私、寝言なんて言ったかな? と思いつつ、 「私はなんて言ってたの?」 と一応聞いてみる。 「ええっとね、なんか『 ジョルダーノの研究しなくちゃ』って言ってたよ」 「え?? ジョルダーノ?聞いたことないし、変な名前〜www」 予想外の言葉に思わず吹き出してしまった。 「ね、面白いでしょう!何を言ってるのかな、この子は、って思ったよ〜」と母も笑う。 でも ジョルダーノっていったい何なんだろう、、? なんとなく気になった私は「 ジョルダーノ」を検索した。 すぐにWikipediaで名前がヒットする。 ジョルダーノのページを開き、スクロールしながら母に話しかけた。 「ねぇ、お母さん!ジョルダーノあったよ! ジョルダーノ・ブルーノだって!」 「ええ?ほんとに?どんな人?」 「うーんと、イタリアの修道士で、400年くらい前の人みたい。 あっ、、最期は火刑にされちゃったみたいだよ、かわいそー、、ってあれ?」 はじめて開いたサイトの中に、見慣れた数字の並びが目に入った。 その瞬間、携帯を触る手が止まり、全身からさっと血の気がひいていくのがわかった。 この人が処刑された日は、、、 私の誕生日だ ホラー 体験談.

次の