インライ と は。 横たわったまま美脚に近付く!『ライイングヒップアダクション』

マーメイド イン. ライ, イギリス

インライ と は

2020年06月15日 商品カテゴリー「天然石 さざれ」を増設致しました。 お問い合わせの多いに付きまして、特設ページを増設致しました。 ラピスはのカテゴリーに、本トルコに関しましては 後日、更新した際にご報告させていただきます。 価格等を含め、ご不明な点がございましたら、弊社までお問い合わせ下さいませ。 2020年05月28日 緊急事態宣言解除に伴う営業時間変更のお知らせ 先日、政府より「緊急事態宣言解除」が発表されました。 弊社をご愛顧いただいておりますお客様には大変ご不便をお掛けしていたことと思いますが、 「宣言解除」に伴いまして、弊社の営業時間も来月6月1日より 通常営業の「9:00A. ~18:00P. 」に戻ります。 ご来社ご希望のお客様に際しましては、通常営業通りの「ご予約をいただいてからのご来社」も 合わせて再開させていただきますので、何卒よろしくお願い致します。 2020年04月06日 ~新商品~モザイクシェル pcs販売 入荷致しました。 新たなモザイクシェル・ が入荷致しました。 現品限りでPCS販売となっておりますので、ご了承下さいませ。 2020年02月19日 ~新商品~テラヘルツ 6mm丸玉カット通穴が入荷しました お問い合わせを多数いただいておりました 「テラヘルツ」 ・に引き続き も入荷致しました。

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横たわったまま美脚に近付く!『ライイングヒップアダクション』

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ライイングリアレイズは「三角筋後部」をメインに鍛える ライイングリアレイズは背中側にウエイトを持ち上げることで、「三角筋後部」を鍛えることができます。 三角筋後部を鍛えることで、肩に丸みを作ることができますよ。 通常のリアレイズは椅子に座って前傾姿勢になってウエイトを持ち上げますが、ライイングリアレイズはベンチにうつ伏せになることで、身体の反動が使えなくなるのためより一層集中して三角筋後部を刺激することができるメニューになります。 ライイングリアレイズの正しいやり方 ライイングリアレイズの正しいやり方をみていきましょう。 正しいやり方でトレーニングをしないとトレーニングの効果が半減したりしてしまいます。 しっかり正しいやり方を押さえておきましょう。 回数・重量の設定方法がわからない場合はを参考にするといいですね。 間違った方法でトレーニングをしてしまうとケガの原因になったりします。 注意点を押さえておきましょう。 肘を少し曲げた状態でウエイトを持ち上げよう ライイングリアレイズを行なうときは肘を少し曲げた状態でウエイトを持ち上げるようにしましょう。 なぜ肘を少し曲げるかというと、肘を完全に伸ばした状態でトレーニングしてしまうと肘関節に余計な負荷がかかってしまうため肘を痛める原因になってしまいます。 ライイングリアレイズを行なうときは肘を少し曲げた状態にしてからトレーニングしましょう。 肩の高さまでウエイトを持ち上げよう ライイングリアレイズを行なうときは肩の高さまでウエイトを持ち上げていきましょう。 肩よりも低い可動域でトレーニングしてしまうと筋肉がしっかり刺激されないためトレーニングの効果が半減してしまいます。 しっかりターゲットである三角筋後部が刺激されるように肩の高さまでウエイトを持ち上げるようにトレーニングしよう。 ライイングリアレイズで三角筋後部を集中して鍛える! ライイングリアレイズはトレーニングベンチにうつ伏せになってを行なうことで身体の反動を使えなくなるためを集中して鍛えることができるトレーニングメニューということがわかりましたね。 を鍛えることで肩に丸みを作ることができますよ。 ライイングリアレイズでを集中して鍛えましょう! ライイングリアレイズについてまとめると• トレーニングベンチにうつ伏せになってリアレイズを行なうメニュー• 身体の反動を使えなくなるので集中して三角筋後部を鍛えることができる• 肘を少し曲げた状態でトレーニングしよう• 肩の位置までウエイトを持ち上げよう.

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インターライ方式について

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「古典は口に苦い」。 先輩や親や教師からどんなに薦められても、文章は読みづらいし、物語も当然のことながら今から見れば古くさい。 そんなわけで、つい、最近出たミステリーや恋愛小説に走ってしまう。 でも、ここに、50年も前に出たのに、読みにくいどころか実に生き生きとした快調なテンポで語られ、洒落ていて、ユーモアもたっぷり、しかも今の我々につよく訴えかけてくる、大げさに言えば読んだ人間の一生の友になるような本がある。 これまで『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)というタイトルで長いあいだに日本でも二百万人に近い読者に愛されてきたアメリカの青春小説だ。 主人公のホールデンは有名高校の生徒で、作文だけは誰にも負けないが、あとの学科はからきしダメな16歳の少年。 物語は彼が成績不良で退学になる直前の冬、自分から学校をおん出るところから始まる。 ニューヨークの街をさまよいながら彼は昔の先生や友人やガールフレンドに再会していくが…… さて21世紀に入って、この『ライ麦畑でつかまえて』が、作家村上春樹による新訳で新しい命を吹き込まれた。 タイトルも原題どおり『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。 原作の圧倒的な魅力は以前と変わりはないが、この本を愛してやまない村上春樹の斬新な翻訳は新たな読者を生み出している。 今回のペーパーバック版刊行を機会に、より多くの若者にこの素晴らしい「古典」の魅力を知ってほしい。 内容(「BOOK」データベースより) 【概論】 村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と、野崎 孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』の比較を試みた。 特筆すべきことは、両者の翻訳で、この小説全体のイメージ、登場人物の性格付けが変る、ということは殆どなかった。 わたし、レビュアーのセンテンス毎(英文と翻訳文とで、センテンスが一致しない場合もありますが)の、英文と訳文とのかなり詳細な比較で、両者、村上と野崎が、原著者 [サリンジャー] の記した原文に敬意を払いつつ日本語に翻訳していることが感じ取れた。 特に、村上の場合、後世の批評に耐えられるように・・・・そんな気持ちも、かなり強くあるような印象を受けた。 【はじめに】 わたしの偏見では、レイモンド・チャンドラーの有名な三つの探偵小説を翻訳する際の清水俊二氏は「娯楽小説」に徹してはいるものの、かなり真摯な訳をされており、一方、F. そして、ここでの主役の一人である村上春樹氏はカーヴァーの翻訳では、おそらく、どの言語の翻訳者がいたとしても、原著からも感じられるゴツゴツ感の再表現がみごとで、ピカイチだと推察します。 また、村上の友人でもある柴田元幸氏は、これらの人の中では、最も原著英文を大切に翻訳しているように私は感じます(大学の先生の故?)。 では、サリンジャーの小説に関して、ここで取り上げる村上春樹氏と野崎 孝氏はどのような特徴があるのでしょうか。 ただ、村上が野崎に競争心(対抗心)に近い気持ちを持っていることは、隠しきれない事実だと思う。 もちろん、村上がしばしば言っているように「翻訳には有効期限みたいなものがある。 だから私はサリンジャーの小説を、新たに翻訳する役目があるのです」、このことも確かだと思う。 この小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ:ライ麦畑でつかまえて』でのいくつかの文章を、村上と野崎、そして英語原文と、並列的に記述してみた。 優劣の判定は、神様以外には不可能ですが、戯れにレビュアーもしてみました。 以下では、この小説にとって重要なセンテンス、16例を選択して掲載してみましたので・・・・どなたも自分はどちらの訳が好きか、の大まかな判断はできるかもしれません。 もっと多くの例を出してみてくれなきゃ・・・・・という希望はムチャです。 加えて、分かり難い英単語には日本語訳を付与した。 1.自身(コールフィールド)のドジで、NYでのフェンシングの試合ができず、高校に帰って来て、落第点をつけられたスペンサー先生宅を訪れての会話。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ19、最後から4行目] 先生は言った、「数週間前に君の母上と父上の御尊顔を拝することができた。 こちらに見えてサーマー校長先生と面談されたときにな。 なかなか風格ある方々だ」 「はい。 その通りです良い人たちです」 僕はこの「風格ある」という言葉が何よりもきらいなんだ。 嘘っぽい言葉だ。 それを耳にするたびにどっと吐きそうになる。 [野崎 訳] [ページ18、2行目] そのうちに先生が言ったんだ。 「何週間か前だが、君のお母さんとお父さんが、校長先生に会いに来られたときに、わたしはお目にかかった。 りっぱな方たちじゃないか」 「はあ、そうです。 非常にいい人たちです」 《りっぱ》か! これこそ僕のきらいな言葉なんだ。 インチキだよ。 聞くたんびにヘドが出そうになる。 Thurmer some weeks ago. I could puke(吐く) every time I hear it. 2.スペンサー先生に自分(コールフィールド)の答案を読み上げられそうになって。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ23、最後から3行目] 「はい、そのとおりです」と僕は言った。 なにしろものすごい早口で言った。 先生がそれを声に出して読み上げるのをなんとしても阻止したかったからだ。 でも止めることなんてできやしない。 先生はもう爆竹みたいね熱くなっていた。 [野崎 訳] [ページ21、最後から3行目] 「はあ、知ってます」と、僕は言ったね。 大急ぎでそれを言ったが、それは、そいつを先生が読みださないうちに、やめさせたかったからなんだ。 しかし、やめさせることなんてできたもんじゃない。 先生はカンシャク玉みたいにカッカしてやがったんだ。 I said it very fast because I wanted to stop him before he started reading that out loud. He was hot as a firecracker(カンシャク玉、がベター?). 3.寮に帰って来て、主人公と隣室のアックリーとの会話。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ38、最後から1行目] 彼はやってきて、僕と明かりのあいだに立った。 「なあ」と僕は言った、「君がここに入ってきて以来、同じ文章をもう二十回ぐらい読んでるんだけどね」 そんなこと言われてぴんとこないのは、アックリーくらいのものだろう。 まったくの話、こいつには道理というものが通じないんだよ。 「お前が弁償させられることになるのかな?」とアックリーは言った。 [野崎 訳] [ページ35、最後から8行目] 奴は、僕のそばへ歩いてくると、明かり先に立ちやがった。 「おい、おまえが入って来てから、おれは、同じ文章を二十ぺんも読み返してんだぜ」僕はそう言ってやった。 アクリー以外の人間だったら誰だって、こう言われればピンとわかるはずなんだが、奴(やっこ)さんはだめなんだな。 「学校じゃお前に弁償させると思うかい?」なんて、そんなことを言いやがんだよ。 [Page 132, line 12] He came over and stood right in my light. Not him, though. 4.主人公が、昔を振り返っての回想:弟アリーを亡くしたときの、ヤケな気持ちを思い出して。 野崎は、このパラグラフの最後の部分「・・・, just for the hell of it. 」を【他にわけがあったわけじゃない、ただぶっこわしたかったからぶっこわしたのさ】と、過剰翻訳した。 レビュアーは、好きです。 普通なら【・・・くそったれ、と思って】程度でしょ? 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ69、4行目] 僕はまだ十三歳だったんだけど、精神分析みたいのにかけられそうになった。 というのは、僕がガレージの窓ガラスを一枚残らず割っちゃったからだ。 だからそうされても文句を言えないんだよ。 ほんとうのところ。 弟が死んだ夜、僕はガレージで寝て、そこの窓ガラスをこともあろうに全部こぶしで割っちまったんだ。 [野崎 訳] [ページ62、最後から3行目] 僕はまだ、ほんの十三だったんだけどね、みんなが精神分析やなんかを受けさせようとしたんだな、僕がガレジの窓をみんなぶっこわしちまったもんだから。 みんなを責めはしないよ、僕は。 ほんとだよ。 あいつが死んだ夜、僕はガレジに寝たんだけど、拳で窓をみんなぶっこわしてやったんだから。 他にわけがあったわけじゃない、ただぶっこわしたかったからぶっこわしたのさ。 [Page 61, line 12] I was only thirteen, and they were going to have me psychoanalyzed and all, because I broke all the windows in the garage. I slept in the garage the night he died, and I broke all the goddam(ことごとくすべて) windows with my fist, just for the hell(この世の地獄)of it. 5.同じ寮、同室のストラドレイターとも喧嘩し、主人公がのされ、寮からとび出すシーン。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ92、6行目] 僕は赤いハンチング帽をかぶり、例によってひさしを後ろにまわした。 それから声を限りに叫んだ。 「ぐっすり眠れ、うすのろども!」。 その階にいる全員がたぶん目を覚ましたはずだ。 それから僕はさっさと出ていった。 どっかの馬鹿が階段じゅうにピーナッツの殻をばらまいていたせいで、あやうく首の骨を折っちまうところだったよ。 あの階にいた奴らはみんな目をさましたに違いないと思うな。 それから僕はとび出したのさ。 どっかの間抜け野郎が階段一面に南京豆の殻をちらかしてあったもんだから、もう少しで首の骨をおっぺしょるとこだったよ。 Then I got the hell out. Some stupid guy had thrown peanut shells all over the stairs, and I damn(ちくしょう! ) near broke my crazy neck. 6.主人公が寮をとび出し、列車でNYのペン・ステーションに着き、タクシーでエドモンドホテルに着いた。 主人公は、自宅にすぐには帰りたくないし、帰れない。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ106、7行目] 僕を部屋まで案内してくれたベルボーイは、よぼよぼで、歳は六十五くらい、部屋よりもさらにうらぶれた代物だった。 禿げている人で、わきのほうから髪を目いっぱいあつめてきて薄いところを隠そうとする人がよくいるじゃない。 この男がまさにそれだった。 僕だったらそんな切ないことをしないで、白昼堂々と禿げてると思うな。 しかしさ、六十五にもなってこんなゴージャスな仕事をしているなんて、参っちまうよね。 [野崎 訳] [ページ97、7行目] 僕をその部屋に案内したボーイは六十五ぐらいのえらい年よりだった。 これには部屋よりももっと気が滅入ったね。 はげをかくすために頭の毛を片側から片側へきれいになでつけてる奴がいるだろ、このボーイもそれなんだな。 僕なら、あれをやるよりは、むしろ、はげてるほうがいいと思うな。 それはとにかく、六十五にもなりそうな人間がやるにしては、いかにも豪華な仕事じゃないか。 [Page 94, line 11] The bellboy that showed me to the room was this very old guy around sixty-five. He was even more dressing than the room was. He was one of those bald guys that comb all their hair over from the side to cover up the boldness. Anyway, what gorgeous job for a guy around sixty-five years old. 7.タクシーで酒場「アニーズ」へ行っての、となりのテーブルのカップルのエッチ・シーンを眺めつつ。 野崎の過剰翻訳のような気もするが・・・・。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ146、最終行から] 男が何をしているのかというと、テーブルの下でこそこそと彼女にちょっかいを出しているわけだ。 そしてそうしながら、同じ寮に住んでいる学生が、自殺をしようとアスピリンまるまる一瓶飲んじまって、もうちょっとで死にかけた話をしているんだ。 相手の女性は彼に向って、「それはひどいことね・・・・やめて、ダーリン。 お願い、やめてよ。 ここじゃだめ」と言いつづけた。 一方で女の子におさわりをしながら、もう一方で自殺未遂をした男の話をするなんて、とんでもない話じゃないか! これには参ったよ。 [野崎 訳] [ページ134、最後から4行目] そして男のほうはどうしてたかというと、テーブルの下で、おいじりをやってやがんだよ。 そして同時に、自分の寮にいた男が、アスピリンを一瓶全部飲んで自殺しそうになった話をして聞かしてんだな。 女の子は「まあ、こわい・・・・よしてよ、あなた。 お願い、よして。 ここじゃだめよ」なんて、そんなことばかし言っているだ。 考えてみろよ、女の子においじりをやりながら、同時に自殺しかかった男の話をしているんだぜ! これには僕も参ったね。 [Page 132, line 12] What he was doing, he was giving her a feel(手探りでのお触り) under the table, and at the same time, telling her all about some guy in his dorm(寮、ドミトリー) that had eaten a whole bottle of aspirin and nearly committed suicide. Not here. They killed me. (参ったよ) 8.NYで、昔の恋人サリーとデートすることになり、彼女を待っているときに出会った二人の尼さんとの、心温まるやりとりの後で。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ192、8行目] 二人が出ていったあとで、十ドルしか寄付しなかったことをひしひしと後悔した。 でも考えてみたら、サリー・ヘイズと一緒にマチネーに行く約束をしていて、そうなるとチケットを買うだとかなんだとかあるわけだし、ある程度のお金は持っていなくちゃならない。 にもかかわらず僕はやはり後悔した。 お金っていやだよね。 どう転んでも結局、気が重くなっちまうだけなんだ。 [野崎 訳] [ページ177、4行目] 尼さんたちが出ていっちゃうと、とたんに僕は、十ドルしか献金しなかったことが気になってきた。 でも、なんといったってサリー・ヘイズとマチネーに行くあの約束をしてたからね、切符やなんか買うために、いくらか金を持っている必要があったんだ。 けど、それにしても気になって仕方がなかった。 金の野郎め! いつだって、しまいには、必ずひとのことを憂欝にさせやがる。 I was sorry anyway, though. Goddam(罵りの言葉) money. It always ends up making you blue as hell(苦悩の場所、地獄). 9.NYで映画をひとりで観た後、カール・ルースと待ち合わせのウイッカー・バーまで歩きながら、兄DBと『グレート・ギャッビー』について言い争った、思い出にふけりつつ・・・・・ 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ238、後ろから6行目] それは嘘じゃないぜ。 僕は『グレート・ギャッビー』に夢中になってしまった。 ギャッビーくん。 オールド・スポート。 あれには参っちゃったね。 いずれにせよ、原子爆弾なんてものが発明されたことで、ある意味では僕はいささかほっとしてもいるんだ。 もし次の戦争が始まったら、爆弾の上に進んでまたがってやろうと思う。 僕はそういう役に志願しよう。 ほんとに、真面目な話。 [野崎 訳] [ページ219、最後から2行目] 実際またそうなんだ。 『偉大なるギャッビー』なんか大好きなんだ。 ギャッビーの奴、友達に呼びかけるときに「親友」とかなんとか言っちゃってさ。 あれには参ったね。 とにかく僕は、原子爆弾が発明されて、うれしいみたいなもんだ。 今度戦争があったら、僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ。 自分から志願してやってやる。 誓ってもいいや。 [Page 216, line 6 from the bottom] I did, too. I was crazy about The Great Gatby. Old Gatby. Old sport(ギャッビーが癖のように使う言葉、君!). That killed me. 10.NYで、自宅にこっそり帰り、妹フィービー寝ている部屋でのシーン。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ272、4行目] 僕はDBの机に座って、そこにあるノートブックを全部読んでしまった。 そんなに時間はかからなかった。 僕はそういうものなら一日中だって一晩中だって読んでいられるんだ。 フィービーのものであれ、ほかの子が書いたものであれ、子どものノートブックみたいなものならね。 子どものノートブックってさ、ほんとにたいしたものなんだよ。 [野崎 訳] [ページ250、最後から行目] 僕はD・Bの机に腰かけたまま、そのノート・ブックを始めから終いまで読んだ。 たいして時間はかからなかったけど、こんなものなら僕は、フィービーのでも誰のでも、子どものノート・ブックだったら、一日じゅう、夜までぶっ通してだって読んでいられるんだ。 子どものノート・ブックってやつには弱いんだよ。 [Page 247, line 6] I sat there on D. 11.妹フィービーとの、かわいい言い争い。 フィービーに自身の生活態度をとがめられて。 《重要》:野崎のこの部分の翻訳は、フィービーとの会話が《仮想の会話:現実ではない》であるように記述している、ように感じられる? 原文でも【anything really】のreally はイタリックで記述されている。 I strongly agree with this idea interpretation by Mr. Murakami , and also Mr. ただし、村上のここでの翻訳では、フィービーが現実のものではない、という感じは、それほど出ていない。 【優劣:村上 < 野崎】 [村上 訳] [ページ290、後ろから1行目] 「とにかく、今こうしていることは好きだよ」と僕は言った。 僕はそういうことにクソうんざりしちまっているんだ」 [野崎 訳] [ページ267、最後から11行目] 「それはとにかく、僕は今みたいのが好きだ」と、僕は言った。 「つまり、この今のことだよ。 Certainly it is! People never think anything is anything really. その夜、主人公が寝ている時、先生に頭や、いろいろな部分を撫でられていることに気が付いて・・・・慌てて逃げる。 僕はこれまで、そんなところでずいぶんたくさん変質的な連中に会ってきた。 僕くらいたくさんの変質的なやつらに会ったことのある人間はまずいないだろうな。 そしてその手の連中は僕の近くにいると、申し合わせたみたいにしっかり変質的になっちゃうんだよ。 学校やなんかで僕は、君がこれまでに会った誰よりも多くの変態野郎を知っているともりだけど、そいつらがまた、僕のいるときにかぎってへんなまねをしやがるんだ。 I started putting on my damn pants in the dark. I could hardly get them on I was so damn nervous. 13.フィービーに別れを告げようとして、博物館に行って。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ340、後ろから9行目] ところが階段を上がっているときまったく出し抜けに、僕はまた吐きたくなってしまった。 でもなんとか踏みとどまった。 しばらくそこに坐っていたら、やがて吐き気は収まってきたんだ。 でもそこに坐っているときに、僕はあるものを目にして頭が変になりかけた。 誰かが壁に「ファック・ユー」って書いていたんだ。 それを見て僕はほんとに頭が変になるところだったね。 [野崎 訳] [ページ312、4行目] ところが、階段をのぼって行く途中で僕は、急に、また吐きそうになったんだ。 でも、吐きはしなかったけどさ。 ちょっと腰を下ろしてたら、気分がよくなったんだ。 ところがそこに腰を下ろしているうちに僕は、気が狂いそうなほど腹の立つものを見ちゃったんだよ。 誰かが壁に「オマンコシヨウ」って書いてあるんだな。 これは頭にきちゃったね。 [Page 307, line 3] While I was walking up the stairs, though, all of a sudden I thought I was going to puke(吐く) again. I sat down for a second, and then I felt better. But while I was sitting down, I saw something that drove me crazy. It drove me damn near crazy. 14.フィービーとの別れ。 フィービーが回転木馬の馬に乗っているところを、ホールデンがやさしく見ている。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ359、後ろから2行目] あやうく大声をあげて泣き出してしまうところだった。 僕はもう掛け値なしにハッピな気分だったんだよ。 嘘いつわりなくね。 どうしてだろう、そのへんはわからないな。 ブルーのコートを着てぐるぐる回り続けているフィービーの姿がやけに心に浸みた、というだけのことかもしれない。 いやまったく、君にも一目見せたかったよ。 [野崎 訳] [ページ330、最後から4行目] 本当を言うと、大声で叫びたいぐらいだったんだな。 それほど幸福な気持ちだったんだ。 なぜだか、それは、わかんない。 ただ、フィービーが、ブルーのオーバーやなんかを着て、ぐるぐる、ぐるぐる、回りつづけてる姿が、無性にきれいに見えただけだ。 全く、あれは君にも見せてやりたかったよ。 [Page 324, line 6 from the bottom] I was damn near bawling(叫ぶ), I felt so damn happy, if you want to know the truth. It was just that she looked so damn nice, the way she kept going around and around(ぐるぐる), in her blue coat and all. 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ360、後ろから2行目] たくさんの人が僕に、九月に学校に戻ったら身を入れて勉強するつもりかって質問する。 精神分析医が一人ここにいて、とくにその男が熱心に尋ねる。 でもそういうのってさ、僕に言わせりゃまったくとんまな質問だよ。 そんなこと今からわかるわけないだろう。 先になって君が何をしているかなんて、実際に先になってみなきゃ君にだってわからないんじゃないか。 うん、わかるわけないよね。 [野崎 訳] [ページ331、5行目] 多くの人たちが、ことに、この病院にいる精神分析の先生なんかがそうだけど、今度の九月から学校に戻ることになったら、一生懸命勉強するかって、始終僕にきくんだな。 そんなの、実に愚問だと思うんだ。 だって、実際にやるまでは、どんなようなことになるか、わかる方法があるかね? 答えは否だよ。 16.この物語の最後での、主人公ホールフィールドの言葉。 日本語の繊細さ、換言すれば、ここまで言わなきゃ相手に真意が伝わらない言語にしてしまった、メンドイ日本人。 【優劣:村上 > 野崎】 [村上 訳] [ページ361、後ろから3行目] まったくの話、あのやくざなモーリスのやつでさえ懐かしく思えるくらいなんだ。 わからないものだよね。 だから君も他人にやたら打ち明け話なんかしない方がいいぜ。 そんなことをしたらたぶん君だって、誰彼かまわず懐かしく思い出しちゃったりするだろうからさ。 [野崎 訳] [ページ332、4行目] あのモーリスの奴でさえ、なつかしいような気がする。 おかしなもんさ。 誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。 話せば、話に出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなって来るんだから。 [Page 326, line 4 from the bottom] I think I even miss([いない] のを惜しむ)that goddam Maurice. If you do, you start missing(いるべき所にいない)everybody. 〔勝敗〕:小説全体では、村上 vs. 野崎 の勝敗は、7 vs. 9というイーブン(有意差なし)の結果となった( P>0. 05;レビュアーの独断検定)。 ただ、作品の前半部での村上と野崎の優劣と、後半部のそれを比較してみると面白い傾向が認められた。 前半部では圧倒的に野崎の「優」が多く、後半では村上の「優」が顕著(有意)であった( P<0. 01;カイ2乗検定)。 このことは考察に記述するまでもなく、村上の本業が小説家であるという、職業的性向(本能?)に起因しているのでしょう。 レビュアーがランダムに翻訳比較部分を選んでいる、ということについては、信じていただくしかないのですが。 【考察】 [夢想]:どんな翻訳が最高の翻訳かについて考えてみる。 例えば、ここで、これまで村上と野崎の訳の比較の対象にしてきたサリンジャーの作品について。 もし、100%の翻訳を読者が読んで(見て)みたいのなら、以下に記す、これしかない。 サリンジャーが、英語と同様に、完璧な日本語の遣い手であれば、その望みは叶うかもしれない。 サリンジャーは言うかもしれない「よし、『The Catcher in the Rye』 は完成だ、こんなもので良いだろう、じゃあ、次はこの小説を日本語でも残しておくか!!」というような状況になれば、できあがった作品、日本語の『The Catcher in the Rye』は(ほぼ)100%の完璧な翻訳と言うしかないでしょう。 ただ、そうすると(仮定、という夢の中で)非常に面白い状況に私たちは立ち会えるかも知れない。 そうです、サリンジャーの手になる日本語の『The Catcher in the Rye』は、村上の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』にも、野崎の『ライ麦畑でつかまえて』よりも劣っていた!!、ということになるかもしれない。 こんなふざけたことを夢想させるほどに、お二人の翻訳は優れていると、わたしは思います。 なぜこんなことを書いたかと言うと、原文英語と日本語をセンテンス毎に、一冊丸ごと比較していると、村上と野崎の翻訳のすばらしさに、しばしば、驚くことがあったからです。 そんな訳で、わたしの想像(夢想) 《この2冊の、同じ主題の日本語の小説って、実はサリンジャーの書いた原作より凄いんじゃない?》 ということになりました。 [この小説の解釈]: 少年期を過ぎての、ある年齢から、人間の根源的に持つ純粋さを捨て、世俗の汚濁に染まらざるを得なくなる。 その転換(世の汚濁を飲み込む)を上手にできないと、この小説の主人公ホールデン君のようになる、ということです。 無理に病名を付けると「適応障害」くらいのものでしょうか。 この小説では、ホールデンは精神病院(サナトリウム?)に入れられ治療を受けつつ、自身のこれまでを回想(想起する)すると言う様式で、物語がクロノロジカルに話が展開し・・・・最後に再び、現在地点、病院のシーンに戻っている。 少し考えてみると誰でもが気付くのですが、ホントに本当の正常な精神を持ち続けているのはホールデン君だけで、「ホールデン以外の人は、実は精神疾患を罹患している」とも言えるのかもしれない。 この想定を否定するのは、実はそんなに簡単ではない、・・・・とわたしは考えます。 【結論】 最後に、村上と野崎の翻訳の比較に関して少しだけ感想のようなものを書かせていただきます。 主人公が非常に個性的な物語の場合、だれがどんな訳を与えてもOKかも・・・・という少し虚しい結論にして、全体を〆たいです。 【使用小説】 1:村上春樹、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、J.D.サリンジャー、白水社 2006年 2:野崎 孝、『ライ麦畑でつかまえて』、J.D.サリンジャー、白水社 1974年 3:J. Salinger, 『The Catcher in the Rye』, 講談社英語文庫 1991年 本書は、少年期の終わりがもたらす心的外傷と、その自己治癒を巡る物語です。 主人公のリアルな心象風景によって、忘れかけていた無垢な心が呼び覚まされます。 【嘘で固められた社会】 ホールデンは、心優しい教師とも仲間の寮生達とも心を通わすことができません。 なぜなら、大人やそれを模倣する同世代のやり方が嘘で固められているから。 【妥協と失意の現実】 彼は寄宿舎を飛び出し、大人の嘘に代わる答えを模索しながら街を放浪しますが、 世間と妥協しなければたちまち行き詰ってしまう現実に失望するばかり。 【ライ麦畑で捕えるもの】 「どんなことにでもしっかり意味があるってことを、みんなぜんぜんよくわかってないんだ。 」 ホールデンは、イノセンス(純真なる精神)の庇護者でありたいと誓います。 【土砂降りの雨の中】 土砂降りの雨の中、無邪気に手を振るフィービーを見ながら感極まる少年の姿。 それはまるで思いの丈をすべて語りつくした作者サリンジャーの至福の瞬間のよう。 子供っぽくて、ナイーブで、時に歯止めなく自滅していく素行にカモフラージュされた反逆性。 批判も称賛も、この作品が内包する巧みな焦土作戦を前に骨抜きにされてしまう事でしょう。 私自身もホールデンの問いかけに対する答えを、未だに持ち合わせてはいません。 中学生で読んだときにはこんなにおもしろい小説があるのかと驚きましたが、 大人になって読み返すと少々退屈に感じてしまいます。 感受性が衰えてしまうと読み進めるのが億劫になってしまいます。 訳に関しては、村上訳のほうは文体がシュッと洗練されていて平易であり、 さらっと読みやすく理解もしやすいです。 野崎訳はごつごつとした野暮ったい文体が刺激的で言葉の選択に重みがあり、 文章から主人公の苦悩や葛藤する力を強く感じます。 村上春樹に抵抗がない人はこっちの村上訳でじゅうぶんわかりやすく読めます。 抵抗がある人は時折文体から村上春樹特有のにおいがサリンジャーを押しのけてまで 発している部分があるので引っかかることもあるかと思います。 私は原文なんて一切読む気もないし、そもそも読めやしないし、読む努力すらしないので両方読みました。 どちらも楽しめますよ。

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