殺さ ない 彼 と 死な ない 彼女 ツイッター。 映画「殺さない彼と死なない彼女」ネタバレとあらすじ、結末と感想(最新情報!)

殺さない彼と死なない彼女の感想(ネタバレあり)|なんすけ|note

殺さ ない 彼 と 死な ない 彼女 ツイッター

(予告編 54秒あたりから) 映画の公開に合わせて、公開直前の11月13日に、奥華子のベストアルバム『奥華子 ALL TIME BEST』の中に収録という形でリリースされます。 2006年の細田守監督作品『時をかける少女』の主題歌「ガーネット」など、今回映画の主題歌としては、4作目になります。 奥華子さんも、「殺カレ死カノ」の原作のファンだったようで、今回の話が来たときには、とても嬉しかったそうです。 「世紀末さんの世界観が好きで原作を読んでいたので、主題歌と劇中音楽のお話を頂いた時は本当に嬉しかったです。 瑞々しい映像と大切な言葉が散りばめられた一つの物語に、心が掴まれて何度も涙が出ました」 引用:殺カレ死カノ公式tumblr とコメントされています。 奥華子さんは、世紀末さんにも今回の映画について、「宝物のような作品ですね」と声をかけられたそうです。 世紀末さんの原作のファンである奥華子さんの手がける、主題歌や劇中音楽、楽しみですね! さらに、小林監督からのコメントも、今回の映画で奥華子さん無しには、この映画は語れないとおっしゃっています。 「幸福と悲哀、それと何かが同時に沸き起こる不思議な感覚を皆さんにも味わって欲しいです。 エンディング、はやく聞いて欲しいです」 引用:殺カレ死カノ公式tumblr 映画で感じる「不思議な感覚」、ぜひ体験してみたいですよね! 「殺さない彼と死なない彼女」作品概要 原作は、Twitterに投稿されたことから始まった、世紀末さんの四コマ漫画。 今回映画化された『殺さない彼と死なない彼女』ですが、書籍の中には、ほかのタイトル『きゃぴ子』『君が代ちゃん』が収録されており、今作でもそれぞれのキャラクター達が、映画の中に登場します。 監督・脚本をつとめるのは、映画『ももいろそらを(2012年)』で第24回東京国際映画祭の日本映画・ある視点部門の最優秀作品賞など、数々の賞を受賞した小林啓一監督。 物語の始まりは、とある少年と少女が出会ったことから始まりました。 何にも興味が持てず、毎日を退屈に過ごしていた男子高生・小坂れい。 「殺すぞ」が口癖で、いつも退屈そうにスマホを眺めていました。 そんな彼が出会ったのは、 鹿野ななという女子高生。 鹿野はいつもネガティブで、リストカットをしては「死にたい」とこぼす女の子でした。 小阪はある日、教室で殺されてしまった蜂の亡骸を埋葬する鹿野を見かけました。 「死にたい」とすぐ言うわりに、生き物の命を大切に扱う彼女を見て、小阪は興味を持ち始めます。 不器用な二人が不器用なりに本音をさらけ出すうちに、いつしか一緒に居ることが当たり前になりはじめ……。 以下原作の結末ネタバレ。 (ネタバレ注意!) 屋上のフェンスを乗り越えようとする鹿野を慌てて抱き止める小坂。 「……ねえ、なんか面白い話して」 「次それ言ったら絶対殺す」 — 映画『殺さない彼と死なない彼女』公式 korokareshikano とある日の帰り道、鹿野と分かれた小坂に、突然見知らぬメガネをかけた男が近づいてきました。 「少し質問していいかな?」と声をかけてきた男。 小阪は断りましたが、男は「それじゃ、今バイバイした彼女を追いかければ間に合うかな?」と怪しい台詞を言うのでした。 小阪は不審に思いながらも、仕方なく対応することに。 男は「君は恋をしているのか?」と突拍子も無い質問をぶつけてきました。 小坂が苛立ちながら「恋?なんなんすか、質問はこれですか?」と答えると、男は「君は恋をしているね、さっき一緒にいた女の子かな?」と笑顔で言います。 次々と意味の分からない質問をされて、ついいつものように「殺されたいのか」と食ってかかる小坂。 すると男は 「殺される?僕が?君に?とんでもない」 と言いながら刃物を取り出しました。 そして 「死ぬのは君で、殺すのは僕だよ」 と小坂の腹部へと刃物を突き刺したのです。 小坂はそのまま命を落としてしまいました。 男はもともとストーキングしていた女性を殺害する予定で、予行練習として小坂を殺害したのでした。 小阪自身に何か理由があったわけではありません。 運が悪かっただけ、というには悲しすぎる運命でした。 ある日、鹿野の夢に小阪が現れました。 夢の中で彼は 「渡したい物がある。 机の引き出しの2番目を見て」 と訴えます。 その言葉の通りに鹿野は、彼の机の引き出しの2番目を探しました。 すると、そこには一通の手紙が。 『鹿野ななちゃん、誕生日おめでとう。 特に書くことがなかった。 』 鹿野は涙を流しながら、「もっとちゃんと書けよ」といつものように呟くのでした。 そしてまた夢の中で再会した二人は、しっかりと抱き合いました。 「さようなら、ありがとう。 原作が大人気というだけあって、期待の声がたくさんSNS上に投稿されています。 「予告編で既に理想が詰まってて完成度も高くて、めちゃめちゃ観に行きたい」 「殺カレ死カノは原作読んで、めっちゃ泣いたから映画も絶対見に行く!」 キャスティングや映像の雰囲気が、世界観にマッチしていることなどから、公開前から高評価な印象ですね。 また、『衝撃の結末』が気になって、原作を買ってしまったという方も多いようです。 映画「殺さない彼と死なない彼女」ネタバレとあらすじまとめ 映画「殺さない彼と死なない彼女」あらすじとネタバレ、結末と感想を紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか? 何度読んでも泣けるストーリーと、まさかの展開、そして誰しもの心にじわりと染み込むようなメッセージ性のある作品なので、映画を観る前に読んでも、映画を観た後に読んでも、何度でも涙してしまいそうですね。 心がぎゅっとする映画ですが、将来への希望を見出せる『殺さない彼と死なない彼女』は2019年11月15日公開です。 四コマで描かれていた彼らの日常が、どんなストーリーを見せてくれるのか、公開が待ち遠しいですね。

次の

映画『殺さない彼と死なない彼女』フル動画を無料視聴する方法!

殺さ ない 彼 と 死な ない 彼女 ツイッター

初週の土曜レイトと日曜のお昼の回の2回鑑賞。 レイトのお客さんはまばらだったけど、日曜お昼はかなり入っていた。 口コミ好評そうだし今後はお客さん増えていきそうな気がする。 試写とかで公開前に観た人の絶賛ツイートがちょこちょこ流れてきていたので、結構気になっていた。 観る前は、高校生同士の緩いやりとりを切り取ったセトウツミ的な高校生の「ゆるふわ会話劇映画」思っていたら、後半で観る前には全く想像していたなかった悲劇が襲ってきてビックリ。 そしてそれすらも乗り越える登場人物同士が儚いけど優しいつながりに泣いた。 ラストの大事件は確かに涙腺刺激ポイントではあるのだけど、前半の何気ないやりとりをしているだけにも見えるメインの3つの話の共鳴の仕方こそが凄まじく感動的である構成が見事としか言いようがない。 とにかく演出がめちゃくちゃ素晴らしい。 お話的な悲劇要素ではない所で涙が出てくる。 例えば冒頭の鹿野さんがハチのお墓を作る所で、それまで長回しの引きの構図が多かったのに、彼の方を見る彼女の笑顔のカットと、それを見つめて思わず少し笑顔になってしまう小坂君の表情のカットが入った瞬間に2人の恋が動き出した合図みたいでいきなりグッときた。 そこから少し前を歩きだす小坂君に追いつく為に鹿野さんがラインの様になっている側溝の蓋を踏んで付いていくシーンで彼の気持ちの敷居を跨ぐのをしっかり表現しているのが巧み。 そして奥華子さんの木琴(?)が印象的なテーマ曲と共にタイトルがドンと出る。 この流れだけで傑作確定の完璧なオープニングだと思う。 こういう映画的な感動が随所にちりばめられていて、(あんまり使いたくないけど)いわゆるそういう「尊さ」みたいな部分で終始チビチビ涙が出てくる。 (往生際の悪い追記) あと、ここのシーンと対になる様にラストで再び出てくるハチのくだりで目玉もげる。 原作にはない素晴らしいアレンジ。 心象ナレーションとかで説明は入るのだけど、何気ない細かな演出で登場人物の気持ちの揺らぎを表現するのが上手い。 例えば小坂君と鹿野さんが歩いている横をランニングする部活集団が通り抜けるのだけど、1人だけ遅れて走るメンバーの子を小坂君が視線で追いかける所で、彼の置いていかれている状況への焦りや、後に明らかになる部活でのケガの件などをさらっと示唆していて凄く良い場面。 あとシーンの進み方も絶妙で小坂鹿野パートは最初の外でウロウロ歩きながら喋るだけのパートから、次の場面でもう小坂君の部屋で二人でゲームしているシーンになり、その次からお泊りも全然ありな関係に発展していたりして、同じことが繰り返されている様で徐々に関係性が深くなっていく感じにドキドキしてしまう。 撮影も素晴らしくて、光の切り取り方が凄まじく美しい。 自然光にこだわって撮影したらしいけど、「そうそう、学校の中に入る光ってこんな感じだった、、、」と凄く切なくも懐かしい気持ちになる。 こだわり抜いたであろう光の一射し一射しが、彼らの愛おしい一瞬一瞬を包み込む様で本当に優しい。 原作は映画を観た後読んだ。 四コマ漫画なのでかなり寓話的なアプローチの作品なのだけど、読み進めていくと同じ様な緩いギャグが繰り返されている様に見えて、最終的にはしっかり関係性の落とし所を描いているのが好き。 ただ緩くも見えつつ合間に入る、主人公たちと同じ様に人を愛している故に狂気に走るしかなかった人の話が同じ世界に同居していて、実はハードな世界観の作品だとも思う。 ある意味で無駄なものを仰ぎ落して寓話化したキャラクターを今回実写化するにあたって、かなり肉付けしているのだけどその膨らませ方が上手い。 原作は短編3つで完全に分かれていて、他のエピソードのキャラクターが全く交わらない構成になっているのだけど、映画版は同じ世界にいる人間として絡ませていく手法が絶妙。 あなた達は1人じゃないとお互いのエピソードを優しく結んでいく。 個人的にはトーンは全然違うけど今年上半期に観た「ひかりの歌」の構成の仕方を連想した。 あと高校生描写として、デートや遊び場所が「ららぽーと」とかに集約している感じが今の地方都市に住む若者のリアルさがあって、登場人物が僕らの生活と地続きな生身の人間として感じることが出来た。 この辺の舞台設定も素晴らしい。 そんな感じで原作から大きくアレンジしてる様に見えるんだけど、映画を観終えた後の感覚が、ちゃんと原作の読後感と同じ種類の切なさが残っていくのが凄い。 作り手の原作に対する愛情にまた泣いてしまう。 キャラクターの描き方も一人一人とても丁寧。 小坂君は冒頭でハチが殺されごみ箱に捨てられる所で、自分の高校生活を象徴するものを心の中で捨てている描写が入る。 だからこそそれを拾い上げてしまう鹿野さんに興味を持ってしまう流れが自然でそのままスッと感情移入していってしまう。 間宮祥太朗さんはちゃんと観たのは「全員死刑」だけだったけど、今回はストレートにイケメン過ぎてビックリした。 全員死刑のあいつとは真逆のアンニュイな雰囲気だけど、今回は所々で高校生らしい無邪気さを醸し出していてしっかり血肉の通ったキャラクターに感じた。 死ぬ直前の演技とか異常なディティールのこだわりで二回目鑑賞時はちょっと過剰な流血の量とかでコミカルさすら感じてしまった。 意識が遠のいて少しずつ白目むいていくの上手すぎる。 原作は真っ黒なコマにセリフだけ書かれている様な表現の仕方なのだけど(こっちはこっちで切なくて胸がくるしくなる)、実写化は「本当にこの人は死んだのだ」という事をこちらに突き付けてくる感じで原作とは違うハードさを描いている。 あとスマホ中毒である彼の最後にする行動が彼女の写真をスクイズしながら力尽きていくのも原作からの素晴らしいブラッシュアップだと思う。 あと小坂君「分け目が逆」なの俺は一瞬で気付いたよ。 鹿野さんは、いじめられたりしていたっぽいし変人扱いされたりはしているのだけど、人目を気にして自殺願望を持っている訳じゃないというのが面白いと思った。 純粋に自分自身への嫌悪感と世界への絶望感で消えたいと思っているけど、実際は死ぬ度胸はないのでまた自身への嫌悪感を増していくという悪循環。 ある意味正直で真っすぐという事でもあるのだけど、そこに気づいているのは小坂君だけで、彼を通して世界に対して希望を取り戻していく様子が愛おしい。 演じる桜井日奈子さんも素晴らしい。 すましている時の顔は凄まじく美人なのに、コロコロと表情を変化させる振り幅が大きくて可愛らしい。 小坂君が「ブスだなぁ」と言いながら撮った写真の数々が若干それも分かる表情の崩壊具合で(褒めています)だからこそ後々涙腺を刺激される。 地味子ちゃんは基本的に絡みがあるのはきゃぴ子ちゃんと八千代君だけなのだけど、二人の接し方の違いが絶妙で面白かった。 キャピ子との関係に百合感があるという意見も分かるのだけど、最早そういう「性」とかを超えた信頼関係があるのが僕はとても好きだった。 八千代君の方は勝手に入ってきておやつを奪ってふすまを閉めずに出ていく姉弟関係故の雑さとかがとても微笑ましい。 あと単純に恒松祐里さんファンなので、今回は眼鏡というアイテムが「鬼に金棒」状態で画面に映る度に見惚れていた。 ドーラのものまね死んじゃう。 原作から考えるときゃぴ子が一番実写化が難しいキャラクターだと思うのだけど、堀田真由さんが見事に実在感がある悩めるキャラクターとして体現出来ているのが凄い。 原作は相手の男も高校生設定になっているのだけど、映画では大学生とかもいるし、漫画の方で濁していたSEXの要素をちゃんと描いていて色っぽい話になっているのが現実感あって良かった。 そんな名前の奴いないだろ、と思ってたけど母親役で佐津川愛美が出てきた瞬間に「あ、コイツが母親なら名付けるかも知れない」という説得力。 撫子ちゃん。 会話のトーンが原作漫画のままなので、実写で観ると不思議な感覚になるのだけど、それが愛らしいし原作へのリスペクトとして違和感なく受け入れられる。 最初彼女の方が言う「好き」という言葉がいかにも軽く描かれているし「付き合いたい訳じゃないのよ」というセリフで変な娘だなぁ位な印象なのだけど、途中彼から告白してもらう夢を見る所で切実に彼の事を愛しているのが分かって胸が締めつけられた。 ここも同じ事を繰り返している様に見えて少しずつキャラクターの印象が変わっていく見せ方がとても達者。 箭内 夢菜さん見た事ないと思ってたけど、HiGH&LOW THE WORSTの鳳仙のリーダーの妹ちゃんだったと、さっき知った。 八千代君、独特な言い回しや、姉に軽く注意された時に「僕もまだまだだね」とかつぶやいたり、読書中の涙をごまかしたり(本当に眠かっただけかもしれない)最初の方はこの子もなんか不思議ちゃんだなぁと思っていたけど、後から考えるとそういう全てが彼が考える「大人」になる為の鎧だと分かる。 要は常に冷静である事(冷めている事)が彼にとっての大人像なのだと思う。 だからこそそんな彼の方に目線が切り替わった時にどこまでも真っ直ぐな撫子ちゃんからの「好き」という言葉の一つ一つを決して受け流すことが出来なかったと分かる所でまた泣いてしまう。 本当にとても優しい映画。 個人的にはこの2人のエピソードが一番好き。 「未来の話をしよう」という言葉が小坂君から鹿野さんへ、鹿野さんから撫子ちゃんへ伝わり八千代君との恋の成就に繋がっていく原作からの改変も見事。 そして本来時系列では二人がくっつくのは最後なのだけど、撫子ちゃんと鹿野さんとが繋がっていたシーンをラストに持っていく事で、小坂君の死が無駄じゃなかった感動を後追いで味あわせてくる話の組み立て方も本当に素晴らしい。 という感じで長々と書いてしまったけど永遠に考えていられるんじゃないか位、この映画が好きになってしまった。 他の人のツイッターの感想とか読むと、確かに1本の映画として歪な感じがあるかもしれないけど、僕はそれこそが作り手の原作への愛情の表れだと思うので、僕はこの作品を全面的に支持したい。 個人的には今年の青春映画ナンバー1作品だと思う。

次の

『殺さない彼と死なない彼女』感想(ネタバレ)…映画が映す今の若者の交流のカタチ : シネマンドレイク:映画感想&レビュー

殺さ ない 彼 と 死な ない 彼女 ツイッター

『殺さない彼と死なない彼女』感想(ネタバレなし) 青春学園モノの新時代が到来2019年の調査によれば10代の若者の約90%が 「LINE」を利用し、60~70%が 「Twitter」を使い、10代の女子の約70%は 「Instagram」を用いているそうです。 この3大アプリは今やティーンにとっては必須。 若者たちのコミュニケーションはこれを基盤によって成り立っています。 そしてその3つはいずれも共通の特徴があり、つまり 「短いコンテンツ」でコミュニケーションを成り立たせるものだということ。 LINEはSMSとして元から短い文章を前提にした会話のやり取りが連続的に連なることに特化していますし、Twitterは140文字までの短文という制限の中であれこれと思考錯誤しながらテキストや画像や動画が流れていきます。 Instagramは写真が主ですが、とくに若者に人気なのが「ストーリーズ」という24時間で写真や動画が消えてしまう中での限られたやりとりができる機能です。 逆にブログみたいな長文コンテンツはどんどん煙たがられるばかりですね。 現代の若者文化の潮流に反して長々と前置きしてしまいましたが、今回の紹介する映画はその 短縮化されたコミュニケーションが日常になっているイマの若者の姿を巧みに反映した青春学園モノと言えるのではないでしょうか。 それが本作 『殺さない彼と死なない彼女』です。 原作は 「世紀末」という人が描いた 4コマ漫画で、それこそSNSで人気を集めていたもの。 漫画もSNSの中でヒットしていくには、やはり4コマみたいなスタイルは適切ですよね。 すぐに目につきやすいですし、読んでみたくなりますから(私も漫画が描けたらなぁ…)。 そんな漫画原作の青春学園モノ映画なんて毎年腐るほどありますよ…と言いたいところなのですが、この『殺さない彼と死なない彼女』はその中でも埋もれることのない、 極めて異色な一作として輝きを放ち、小うるさい映画ファンの心も射止めました。 具体的にどこが異色なの?と聞かれると困るし、とにかく観ればわかる!と説明放棄したい気分なのですけど、クセは相当に強いです。 でも「クセが強い」という言い方も不適当だと思うのです。 なぜならこれまでの王道とされる青春学園映画も冷静に見ればクセだらけですよ。 単に見慣れて何も感じなくなってきただけで。 正確には既存のテンプレどおりではない、 新しいクセ(作品表現)に踏み込んでいるのが『殺さない彼と死なない彼女』だ…と言えばいいのかな。 私は本作を観て 「これはイマドキの若者のネット上のコミュニケーションをあえてそのまま投影したような作品だな」と思いました。 そういうものだと構えて観ると、違和感に邪魔されることも低減するかもしれません。 ある種の実験的なスタイルですけど、これがむしろ主流になるべきなのかも。 間違いなく『殺さない彼と死なない彼女』によって多くの映画ファンの記憶に刻まれたことで、今後も期待される監督のひとりになったでしょう。 』などどちらかと言えばベタベタな恋愛青春映画に出演していた印象がありましたが、今回は一癖も二癖もあるヒロインを熱演し、イメージをリニューアル。 いずれも作中で素晴らしい個性を放つ役柄ながら、魅力全開で、本作で新たにファンになる人も続出したのではないかなと思います。 2019年は青春学園モノの邦画の個性派作が多かった印象でしたが、この『殺さない彼と死なない彼女』は必ず観ておきたい一本です。 「観て」の一言で見てくれるなら何度でも「観て」を連発しますよ。 命を大切にするのに死にたがりな彼女、興味が沸いた瞬間です。 また視点は変わり、職員室に荷物を運ぶ女子二人がいます。 きゃぴ子と 地味子。 「もう別れる」ときゃぴ子はこぼし、なにやら恋愛絡みのいつもの話のようです。 「好きって言われたいから好きって言っているのに」「嫌いって言っても好きって返してほしい」…そんなきゃぴ子の重すぎる愛の自論に地味子は呆れ顔。 さらに視点は変わり、 八千代と 撫子が会話をしています。 「私はあなたのことが好きなのよ。 あなた以外考えられないし、考えたくもないわ」「あなた以外の誰かと幸せになるくらいだったらあなたのそばで不幸になりたいわ」…と撫子は八千代に猛烈にアピール。 一方の八千代は「僕に期待しないでおくれよ、とにかく君とは付き合えない」と冷めた態度。 校庭ではやたら不格好に花壇にハチを埋めている鹿野なな。 独り言を呟きながらハチ供養作業にあたっていると、また小坂れいが話しかけてきて、アイスをくれます。 「このハチは私なんだよ。 だから…」と情緒不安定に涙ぐむ鹿野ななに対し、 「調子のんな、殺すぞ」と牽制する小坂れい。 彼はアイスの棒をハチを埋めた土にさし、それを見て鹿野ななはにんまり笑うのでした。 きゃぴ子は地味子に学校で話題となっている 殺人犯の配信動画を見せています。 「練習台になってくれた彼には感謝です」そういって死体を映す殺人男。 地味子は不愉快を露骨に表し、「まじで消して」と口にしますが、きゃぴ子は「これもひとつの愛のカタチだと思わない?」「少なくともこの殺された女の人は孤独じゃないかったはずだよね」と恍惚。 そんな彼女に地味子は 「1年のとき、お葬式に行ったの忘れたの」と思い出させます。 その葬式では 「そんなに言うなら彼の目を覚ましてみろよ」と叫ぶ声も聞こえていました。 「なんか叫んでた人いたよね、彼女だったのかな」…そして思い直したきゃぴ子は一言。 「やっぱりこの人、嫌い、死ね」 そんなとめどない単発的で短い単語の応酬による交流の先にあるものは…。 声が動きがあるからますます面白い 『殺さない彼と死なない彼女』は鑑賞してみて直感的に 「きっとこれは原作の時点で魅力的なんだろうな」とまずは思いました。 で、原作も少し見たのですけど、4コマ漫画らしくと言いますか、絵がすご~く緩いんですね。 なんかこう、ほわんとしたキャラが、ほわんとしたセリフをぶっきらぼうに投げかけて、ちょっぴりの交流が生まれる…みたいな。 でもそこが面白い。 なるほどこれは中毒性があると、初見でいきなり私も納得できました。 では この原作をどう実写映画化するかという話。 実写となるとそのままリアルな人間になってしまいますし、この独特な空気感は出ないのではないか。 そう心配になるのも当然なのですが、これがまた見事としか言いようがないレベルで原作の味を引き継ぎつつ実写映画として成立するものに仕上がっていました。 やっぱり役者陣の好演に支えられているのは誰が観ても痛感するところ。 基本的にどのキャラクターも癖が強すぎるので、やりすぎるといかにも「漫画のキャラです!」感がくどいほどに全開になってしまうのですが、でも 絶妙にセーブが効いていてそのバランスがたまりません。 そして基本的に二人の掛け合いになりますけど、個性の強いキャラとキャラが組み合わさったときの化学反応がまた最高で。 小坂れいと鹿野ななのペアは絶妙に感情が乗っていないトーンで、セリフを使った二人ドッジボールをしているスタイルと言えばいいのでしょうか。 漫画では脳内空想するしかなかった声ですが、その声が俳優の演技で加わることで、「あ~これだ…」と納得感がある。 リスカの痕を鹿野ななが目の前でうざいほどに見せつけてくるくだりの 「ほら、ほら、ほ~ら」とか、「なんでお前、留年したの? 頭、悪いから?」と聞かれて、 まごまご答える小坂れい(そんな彼への「キャラ設定、崩壊してんぞ」のツッコミ)とか、声があるから面白さが倍増しているシーンの連続。 あと映像ならではの面白さもあって、走り去る鹿野ななが柵をよじのぼって消えていく姿を見守る小坂れいの「かっこよくわないな…」と呟くシーン。 きゃぴ子と地味子のペアは、互いに性格も違いますが、役者というリアルが追加されると余計にその対極さが浮き出て、それが面白くなっています。 八千代と撫子は一番実写化に向いていなさそうな存在です。 「~だわ」と女言葉で話す撫子もそうですし、八千代もやたらと穏やかな語り口で、 イマドキこんな古風な言い回しの高校生男女は絶対にいない、明らかに現実から浮いたペアです。 でも違和感を抱かせない。 これはもう役者の才能ですね。 もちろん俳優だけではなくて、演出も確かな上手さがあって、役者に委ねるために演出を盛りすぎないという演出の立ち位置が良いですね。 BGMやカメラワークで変に煽らないでいいのです。 これで演出でも煽ったら本当にウザい感じになりますからね。 でもさりげない演出のサポートはあって、例えば、地味子と八千代の姉弟関係を序盤に見せることで、 本作の肝になるトリック(小坂れいと鹿野ななのシーンは過去であり、同一時間軸にない)を自然に隠してミスリードさせています。 声や動きをつけるだけならアニメでもいいのですが、実写ならではの素の人間の歪さも味にしてしまうあたりは完全に本作の勝ちですね。 友人でも恋人でもなくフォロワーで…『殺さない彼と死なない彼女』は「イマドキの若者のネット上のコミュニケーションをあえてそのまま投影したような作品」と評しました。 作中の登場人物の関係は、友人とか恋人とか、そういうありきたりな概念で表すよりも、もっと適切な言葉があると思うのです。 それは 「フォロワー」。 「死にたい」「殺すぞ」「好き」「嫌い」…そんな単純な単語だけがフォロワーの間では交わされます。 そういう関係です。 現在のティーンは、 友情、恋愛、フォロワー…この3つの関係性を持っており、しかも その境界が曖昧だったります。 フォローした程度では親友とは名乗れないのか? キスやましてやセックスをしても恋人と言えない感じがする…。 こういう 「今の自分たちの関係性ってどれなの?」というモヤモヤは、多様性が認められる今の時代は余計に浮き上がるものです。 ただこの「フォロワー」という関係性は 「キャラ設定」の上で成り立っていることがほとんどです。 ネットではアカウントというキャラを被っていますから。 本作も誇張されたネーミングのキャラがそれを表していますが、あくまで設定を演じているだけなので、 ときどき乱れます。 撫子なんかはわかりやすく、動揺した時はかなりキャラがぶれます(映画館に誘った際にアッサリ連絡先をゲットできたときの「大丈夫…?個人情報よ…?」とか、八千代から電話が来た時の「だわ」口調がおざなりになっている感じとか)。 そして フォロワーですらない相手からいきなり思わぬ暴力をぶつけられることもあるのがインターネットの世界。 それは小坂れいに降りかかる唐突な死で示されているように。 だからこそコミュニケーションは成立して当たり前だとされるけど、でも コミュニケーションが成り立つって実は奇跡ではないか…そんな純粋な他者と繋がったことの喜びを感じられる映画でもあると思います。 同時にその喪失感も描きつつ…。 そんな時代に生きている、生きないといけない若者たち。 さらにその若者たちを蚊帳の外で全然理解できていない大人たち。 『殺さない彼と死なない彼女』はまさに現代社会のその部分だけを抽出して青春学園モノに落とし込んだ、特異な一作じゃないでしょうか。 それくらい時代は変わっているということです。 『殺さない彼と死なない彼女』のようにアップデートをもたらす映画が生まれるのも当然ですね。

次の