アルスラーン 戦記 pixiv。 アルスラーン戦記のタハミーネの子について。最終巻で、タハミーネの子供に...

アルスラーン戦記アニメ続編3期の放送日はいつ頃か?原作のどこまでかも予想|漫画最新刊の発売日と続き速報

アルスラーン 戦記 pixiv

【ご注意】 最終巻ネタバレを含みます。 自シリーズとの組み合わせネタです。 こうだったらいいな、という想いだけで書きました。 よろしければどうぞ。 [newpage] 繰り返す高熱にも、そろそろ飽きがきた頃だった。 一回ごとに、自分の中から生命力が削られていくのはわかっていた。 もともと抗えない病なのだろう。 医師は完治の見込みは口にせず、ただ薬湯を飲み静養するように言うだけだった。 昔であれば、とギーヴは思う。 あの方がいた頃であれば、きっとこちらが笑ってしまうほどに慌てふためいて、国中から腕のいい医師を探し出しただろう。 今やその国も亡く、彼が唯一膝を折った主君も同様だった。 この状態にまで陥ったのは、医師の腕の有無ではない。 あの方が、アルスラーン陛下がいてくだされば、自分は軽口の一つでも叩くことができただろう。 病などで俺が死ぬものですか、と笑い飛ばすことができただろう。 あの夜空色の目から、涙を零させないように。 だからこの状態は必然とも言えた。 もう、この元流浪の楽士を待つ止まり木がないのだ。 羽を休めず飛び続けた鳥がどうなるか、ギーヴにはよく、わかっていた。 あのように言い遺されたら、どうしようもないではないですか。 ギーヴはこの十年、よく夜空を見上げながら口に出さずにぼやいた。 愛する人の遺言通り、最年少の生き残りの青年を補佐して、後進を育成した。 異国の地に渡り、何度も戦に参加してきた。 彼女の愛した国の欠片の安寧が、少しでも保たれるように。 楽しくやらねば死んだも同然だと。 そういう意味では、あの時に己は彼女と一緒に逝っていたのかもしれない。 半身をもがれて生きていられる人間がいようか。 新天地は美女の多い国ではあったが、そもそも女遊びは彼女と恋仲になってからとんと遠ざかっていた。 互いだけでいいだろう、と彼女が言ったからだ。 いまや他の女と寝たところで、泣いたり怒ったりするであろう人はもういない。 もう誰も、咎める者はいないのだ。 主君の親友も、女神官も、誰も己を責めはしない。 それはわかっていた。 そもそもギーヴは、誰かに責められるからといって行動を変えるような男ではなかったが。 唯一、彼女を除いて。 久方ぶりに甘ったるい香にまみれて、肌の色の違う美女に酌をされて、気の利いた台詞もなしにギーヴは酒を呷っていた。 適当な時間も過ぎて、普通ならそろそろ女と床につく頃合いだった。 ふと、このまま女と一夜を共にしても、アルスラーンは怒らないだろうとギーヴは思った。 泣いたりもしないだろう。 徐々に無口になっていく楽士をみて、周囲は何も言わなかった。 慰めも激励も、この男にもはや届かないことを知っていたからだ。 皆が淡々と、こなすべきことだけをこなしてきた十年だった。 そうすることでしか、それぞれ覚束ない道程を歩いてくることができなかったのだ。 最期まで、ギーヴは冷静だった。 次に発熱したら命が尽きるだろうことを悟って、年下の青年に簡単に言い残すべきことだけを言い残した。 これでやっと終わるな、と特に飾り気のない簡素な部屋を横目にしながら、ギーヴは思った。 長かった。 彼女と過ごした蜜月の方がはるかに短いのに、まるでその期間だけが色を持ち輝いていたかのように感じられた。 人を一人喪っただけで、ここまで人生が色褪せるなどとは思わなかった。 弾いてとねだる人も、弾いて喜ばせたい人も、もういなかったからだ。 ふう、とギーヴは細く息を吐いた。 かつては数々の美女を落とし、色事師の名を欲しいままにした男の乾いた唇からこぼれたのは、一人の少女の名前だった。 [newpage] 再び目を開くとは思っていなかったのに、重い瞼を上げると、ギーヴは無音の世界に佇んでいた。 耳が聞こえなくなったかと思うほどの静寂。 しかし、景色は記憶にあるものだった。 特有の手の込んだ絨毯の織模様、一人用にしては大きすぎる寝台。 だが王の部屋にしては質素と言えた。 そう、幾度も訪れた、アルスラーンの私室だった。 こんなはずはない。 自分の身は異国にあるはずだし、あの王宮は棄てられてしまったのだ。 今どんな姿になっているのか、知る術もなかった。 気が付けば、身体から怠さが抜けている。 頭の中もやけにすっきりしていた。 「少し、早すぎるんじゃないか」 まだ若い女の声が、静寂を破って耳に届く。 聞き間違うはずもない、彼が主君と仰ぎ、真に恋した人のものだった。 慌てて振り向くと、光る銀の髪と深い夜の空を切り取ったかのごとき瞳が、ギーヴの目に飛び込んできた。 あまりの懐かしさに目眩がした。 世界が、瞬時に色を取り戻したかのようだった。 「アルスラーン、陛下」 掠れた声で名を呼ぶと、アルスラーンはにこりと笑った。 「いや、これは……」 熱に浮かされた自分が見た都合のいい夢ではないかと、ギーヴは訝しんだ。 だが彼女を夢に見ることなど、もうしばらくなかった。 目覚めた後の虚しさが、無意識に遠ざけていたのかもしれない。 「おぬしがいないと、エラムが困るだろう。 アイヤールも」 「……手厳しいものですなぁ」 アルスラーンの台詞から、これはどうも都合のいい夢というわけではなさそうだ、とギーヴは思った。 「ギーヴ」 「……は」 とても長い時を経て、愛しい声で呼ばれた自分の名前の余韻に浸って、返事をするのがやや遅れた。 かなり間抜けな顔をしているのではないか、とぼんやり思う。 目の前のアルスラーンの姿は、あの時のままだ。 十九のまま、何も変わっていない。 もはや最近は、鮮明に思い出すことは叶わなくなっていたが。 二歩ほど歩み寄ると、アルスラーンは両の腕をギーヴの背に回した。 己よりも頭一つは低いままの背丈。 細身のままの身体だった。 彼女だけの肌の香りが、ギーヴの鼻をくすぐる。 抱きしめ返そうとするのに、身体が強張って言うことをきかない。 急激に脈が速くなる。 夢でも何でもいい、もう一度会いたかったではないか。 触れたかったではないか。 冷たくなった身体ではなく、血の通った彼女に。 せめて何か言わねばと思うものの、頭の中が真白になって言葉も出ない。 口数が減ったのは自覚していたが、まさかここまで舌が錆びついているとは。 ええい、何でもいい。 そして同じように、震えた声がギーヴの懐から漏れた。 「よく、頑張ったね……」 せっかく出かけた何某かの言葉を、結局ギーヴは飲みこむことになった。 飲みこんだ喉がひりつく。 頑張ったつもりなど毛頭なかった。 元来頑張る、ということからは縁遠かったからだ。 頑張っていた、ということであれば、彼女の親友の方がよほどだろう。 師に続き、主君も友も一時に喪ったのだ。 喪失の重みを比べるつもりはなかったが、少なくとも生き残った者は、休まず働くことで自分を保つほかなかったように見えた。 それでも、アルスラーンの涙混じりの労りは、ギーヴの渇いた心にしんと沁みた。 彼女が身命を賭して作った国の欠片を、守ってやりたかった。 そのもの自体に愛着があったわけではない。 ふらりと元の旅の楽士に戻るという選択肢もあったが、それはできなかった。 あのままその欠片が潰えてしまったら、短い人生を国に捧げたアルスラーンが報われないような気がしたのだ。 ただただ、それだけだった。 どれだけの功をたてても、異国の王に認められようが意味はなかった。 ぎゅうとギーヴにしがみついて、アルスラーンは小さく、やはり震えたか細い声で一言こう言った。 「ありがとう」 華奢な肩に顔をうずめて、ギーヴは喉を震わせた。 目の奥が、病とは違う熱を持つ。 そして、ぎこちなくもどうにか動いた腕で、思いきり胸の中の温もりを抱きしめた。 もうこの肩には何も乗っていない。 アルスラーンは自由なのだ。 そのことが、ギーヴには何よりもの喜びだった。 二人は手を握って、懐かしい寝台に腰掛けた。 空いている手で、ギーヴはアルスラーンの涙を払ってやる。 王として、親しい仲間の前でもほとんど泣くことがないアルスラーンだったが、その割には自分はよく泣いている彼女を目にしたな、とギーヴは思い出した。 泣き顔だって、拗ねた顔だって、向けられるのが己だけと思えば愛しいものだった。 泣かれると弱いところはあったが。 すん、と鼻を鳴らして、アルスラーンは自分でも目元を擦る。 少し気恥ずかしそうに笑って見せると、大きな目の中に恋人を映した。 そしてまじまじと眺めてから、小首をかしげる。 「それにしても、ギーヴは歳をとってもあまり変わらないな」 「変わらないのは、あなたの方でしょう」 見上げてくる彼女に時間の経過の跡がないことが、現実を突きつけられているようで、ギーヴの心に翳りを落とす。 もし、一緒に歳を重ねることができていれば、当時の自分の年齢を超えているはずだ。 「そりゃあ、私は……。 しかし、まただいぶ歳の差が開いてしまった。 いつまで経ってもギーヴには追いつけそうにないね」 赤くなった目で、拗ねた様にアルスラーンは言った。 かつては歳の差、というより実のところは経験の差なのだろうが、それを気にしていたのは変わっていないらしい。 愛しい懐かしさに目を細めつつ、ギーヴは久しぶりに心から笑った気がした。 「何をおっしゃられるやら。 やっと追いついたのは、俺の方ですよ。 まったく」 ようやく回るようになってきた口で恨み言を言えば、う、とアルスラーンは言葉に詰まった。 「いや、本当に悪かった。 アルスラーンが何事かと目を瞬かせたところへ、楽士は歌うように言い放った。 「俺が欲しいのは、そのような言葉ではありません」 不遜な物言いは、在りし日の様に戻っていた。 堂々と何かを強請る恋人に、一瞬呆気に取られたアルスラーンだったが、すぐにその意図を察した。 繋いだ手を解き両手をギーヴの頬に添えると、ためらいなく唇を寄せる。 十年ぶりの口付けは、えいえんのように長かった。 [newpage] ご覧いただきありがとうございました。 以下、最終巻に対する想いなんで読み飛ばしてください。 彼は生き残れないんだろうな、とは薄々思っていましたが、国があんな状態になってしまったのが本当に切ないです。 十年、楽士がどういう思いを抱えて生きたのか想像するに泣けて仕方なかったです。 無口、女遊びの件、最後のページを読むに、一途にもほどがあると……。 侍衛長のくだりがああならば、楽士にだってこういうことが起こってもいいじゃない! そうであってほしい!そうじゃないと嫌だ!! ツッコミどころは多々あるかと思いますが、私の中で最終巻を消化するためのお話として書きました。

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アルスラーン戦記の登場人物

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アルスラーン戦記のタハミーネの子について。 最終巻で、タハミーネの子供についての真相が明らかにされました。 普通に男児だけ買い取って、「これがお前の産んだ息子だよ」と言えばいいだけの話ではありませんか。 何故、女児まで買い取る必要があったのでしょうか。 タハミーネが出産後、アルスラーンを与えたが、何らかの事情で彼女が自分の子供では無いと気づき、そのため苦し紛れに、「産まれたのは女児で、お前は子供の産めない体になったから、取り換えて神殿に預けた」としたのでしょうか。 一体、彼女の出産後、何があって、四人もの赤ん坊を巻き込む事態になったと皆さんは思われますか? まぁ、第七巻の執筆時点では『タハミーネが男児を死産』は考えていなかったと思います。 第七巻の尊師の台詞(「私が死ねば我が子に会うことは出来なくなるぞ」という強迫)がありえない事になってしまいますし。 普通に男児だけ買い取って、タハミーネに実子と告げるのは、子供が育つにつれてアンドラゴラス又はタハミーネに似ていなければ、いずれバレてしまうと思います。 女子を買い取ってあちらこちらにばら蒔いたのは「自分の娘がどこかで生きている」とタハミーネに信じ込ませる為でしょう。 それなら一人で十分かもしれませんが、三人も用意したのは、女子の誰かが成長してタハミーネと出会った場合を想定しての事でしょう。 アンドラゴラスの考えにしては小細工が過ぎるという気もするので、重臣の誰かの入れ知恵かもしれません。

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アルスラーン戦記第二部

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春まだ遠い季節。 大陸公路の中心地、エクバターナは雪こそ降らないものの、乾燥した寒風が吹きすさぶ時期に入った。 新年を迎えようかという、この時期に国王アルスラーンは床についていた。 毎年、この季節になると一過性に流行する、熱と咳を主症状とする、流行り病である。 要は風邪。 国王が病床に臥せったと知れ渡ると騒ぎになるからと、このことは、ごく一部の近臣にのみ知らされた。 表面上は、年始を前に休暇ということになっている。 [newpage] アルスラーンはカーテンが引かれ、昼間というのに薄暗くした自室で、ふと目を覚ました。 朝からうとうとと、寝たり起きたりしている。 たくさん寝て、もう眠れないだろうと思っても、横になっていると眠気が襲ってくるのだ。 昨日の昼間までは、変わりなかった。 あまり食欲がないのを感じたが、そういうこともあるかと、果物だけ口にして、新年の行事の一環として予定されている神事について、ファランギースを交えて相談をしていた。 神事の準備や手順の打合せが終わり、さて戻ろうかという頃、ファランギースはアルスラーンが寒そうに二の腕をさするのに気がついた。 よくよく見ると、普段よりも顔色は血の気が引いており、指先は白っぽい。 「陛下?お寒いのですか?」 ファランギースが問うと、アルスラーンは首を傾げた。 「そうなのかな。 今日は寒い日だから、皆そうではないのか?」 どうも自分の体調が悪いことに気がついていない様子に、ファランギースは早々に休んでもらうが得策と判断した。 「エラム、陛下はお体が優れぬ。 はよう自室にお戻りいただくがよかろう」 アルスラーンの背後にいたエラムに告げる。 いや、大丈夫だ、というアルスラーンに近づき、そっと白い手をアルスラーンの額に置いた。 「アルスラーン陛下、失礼つかまつります。 …やはり、少し熱もでてきております。 寒いのであれば、まだこれから熱も上がりましょう。 今日はどうぞお休みください。 」 アルスラーンに向けられる眼差しは、優しく、慈愛に満ちている。 「…うん。 ありがとう、ファランギース。 そなたの言うとおりにしよう。 」 ファランギースの手にアルスラーンは驚いた様子だったが、すぐに気持ち良さそうに目を閉じ、素直に頷いたのだった。 [newpage] 「陛下、体調が優れないなら、そう言っていただけたら、今日はゆっくり過ごしていただきましたのに。 」 エラムが責めるように言うが、自分自身を一番責めているのが分かる。 「エラム、そう心配ないよ。 私もファランギースに言われるまで、気がつかなかったんだから。 そなたのせいじゃないよ」 くすくす笑うアルスラーンは機嫌が良さそうだ。 ファランギースやエラムが心配してくれるのが、申し訳ないような、だが、くすぐったい。 自室に戻り、ゆったりとした服に着替えを済ましたアルスラーンは、エラムに追いたてられるように寝台に入った。 実は、だんだん寒気は強まり、倦怠感が押し寄せてきていたが、それは見せないようにしていた。 ベッドに入り、エラムにも下がってよいことを伝えると、眉を潜めて、何かあればお呼びください、と告げて下がった。 [newpage] 寒気はおさまったが、今度は身体が熱い。 口が乾く。 エラムを呼ぼうかと思ったが、声を出すのも億劫で、アルスラーンは重たい身体で寝返りをうった。 外はすっかり日が落ち、室内にはいつの間にか灯りが灯されていた。 ぼんやりと見ていたアルスラーンは、遠慮がちな声とドアの開く音を聞いた。 副宰相兼宮廷画家ナルサスがエラムに伴われて入ってきた。 「ナルサス…」 呼び掛ける声は思ったより掠れて、起き上がろうとするのを、優しい眼差しと手の動きでとどめられる。 「アルスラーン陛下、どうぞ楽になさってください。 お休みのところ申し訳ありません。 」 「いや、私のほうこそすまない。 」 ナルサスは困ったように微笑む。 「陛下はいつも仕事をしすぎていますから、少しぐらいお休みください。 疲れていらっゃるんでしょう。 」 そう言ってアルスラーンが休む寝台の側に寄る。 医学の心得もあるナルサスは、アルスラーンの脈を取り、首筋からそっと触診していく。 冷たく感じるナルサスの手が気持ちよくて、アルスラーンは目を細めた。 さらに症状を聞き取り、ナルサスは一つ頷いた。 心配そうに見守るエラムを振り返り、いくつか指示する。 「エラム、後で薬を調合して届けるから、陛下に差し上げてくれ。 あとは、部屋を暖かくして、飲みやすいものを寝台の近くに準備しておくんだな。 」 「陛下、仕事は私と宰相殿とで片付けますゆえ、しばらくお休みください。 なに、問題ありません。 」 軽く請け負うナルサスにアルスラーンは熱で潤んだ目を向けて頷く。 ナルサスはアルスラーンの近くに寄り、掛布から出ていた左手を持ち上げ、その甲に軽く唇を落とした。 「陛下が早くお元気になられるよう、祈っております。 お休みなさいませ」 突然のナルサスの行為にアルスラーンは目をひらいたが、何も言わず、赤い顔をして頷き、目を閉じた。 [newpage] ナルサスが届けた薬を飲み、アルスラーンは一刻ほど眠っていた。 ふと、目を覚ますと時間は深夜になるころと思われた。 寝台から見える窓越しに、ほぼ満月に近い月が高く上っている。 喉の渇きを強く覚えて、アルスラーンは身体を起こした。 傍らに置かれた水差しはエラムの配慮だろう。 しんと静まりかえった部屋で、アルスラーンは不意に心細さを感じた。 「誰か、いるか?」 ドアの外に掠れた声で呼び掛けると、キィと遠慮がちにドアが開き、ジャスワントが顔を除かせた。 「陛下、どうなさいました?どこか苦しいのですか。 あぁ、どうしましょう。 エラム殿をお呼びしましょうか。 それとも医師を」 アルスラーンの不安げな様子にジャスワントがわたわたとする。 それを見ていると、アルスラーンの心に暖かいものが灯った。 「いや、今は大丈夫。 ジャスワントも寒くないか?」 一転して柔らかく微笑むアルスラーンに見とれながら、ジャスワントはぶんぶんと首を振る。 「いえ、私はなんともありません。 外に比べて王宮内は暖かいですから。 」 「そうか。 …ジャスワント、何か言いたいことがあるのか?」 言おうか言わまいか、躊躇う様子に気がついたアルスラーンが問うと、 「はい。 実は陛下が臥せっていることを知った皆様が、来られては陛下の様子を聞いて帰られています。 」 きょとんとアルスラーンは首を傾げた。 「皆?」 「はい。 」 ダリューン、アルフリード、ギーヴ、ファランギース、クバート、キシュワード。 指折り数えてジャスワントは名前をあげる。 「どうしたのかな。 何か急用だったら起こしてくれて構わないのだけど。 」 「はぁ。 皆様、お見舞いとおっしゃって。 陛下がお休みなら、起こすことはないから、と。 」 アルスラーンはばちりとまばたいたあと、くすぐったいように笑った。 「お見舞いか。 」 王太子として王宮にいたころ、こんな風に風邪を引くことがあった。 その時は、アンドラゴラス前王もタハミーネ前王妃も、アルスラーンの様子を見に来ることはなかった。 侍女たちは世話をしてくれるが、大半の時間は一人で寝ていた。 乳母たちと生活していた時は、夜もずっとそばに居てくれたのに…、と思い出して、泣いてしまった。 だが、今の自分には血縁に繋がるものはいないが、自分を心配し、慕ってくれる人がいる。 その事実にアルスラーンの胸は暖まった。 ジャスワントに、がきたら、自分が寝ていても構わないから通すように頼み、アルスラーンはまた寝台に潜り込んだ。 [newpage] 夢を見ていた それが夢だと分かった。 アルスラーンは一人、自分の身体よりも大きな王座に座っている。 周囲は真っ暗で、しんと静まり返っている。 誰か、と大きな声で呼んでみても返事はない。 探しに行こうと立ち上がったところで、アルスラーンは足元に何かあるのに気がついた。 血臭がたちのぼり、足元にぬるりとした感触。 無数の死体が足元に転がっている。 よく見ると、今まで座っていた王座は、死体が重なりあった上に置かれている。 ひゅっ、と息を飲んで後退りしたアルスラーンの目に、見覚えのある顔がうつる。 「ダリューン!ナルサス!エラム!」 「あぁ、ファランギース、ギーヴ、アルフリード、ジャスワント…みんな…」 大切な臣下、仲間たちが折り重なるように倒れている。 「ああっ、いやだ!みんな…!」 アルスラーンは自分の声で目が覚めた。 嫌な汗を全身にかいている。 涙が頬をつたう。 夢の中で誰かが囁いた。 血塗られた王座、犠牲なくして王座はあり得ぬ [newpage] 「陛下、いかがなされた。 悪夢でもご覧になられましたか」 寝台にそっと人影が近づく。 宮廷顧問官ファランギースである。 「精霊 ジン たちが騒いでいたので、気になって参りました。 ご無礼をお許しあれ」 片膝をつき、気づわしげに見上げるファランギースに、アルスラーンはようやく返答した。 「あぁ、ファランギース。 うん、嫌な夢だった。 …ファランギースが、皆が足元に倒れていたんだ。 私一人だけ残って…」 途切れ途切れに話すアルスラーンの手をそっと握り、ファランギースは優しく声をかける。 「陛下。 私たち誰一人として、己を犠牲にしているなど思っておりません。 陛下を大切な方だと思い、自分の意志でお仕えしているのです。 ご心配召されるな」 「うん、ありがとう。 ファランギース。 いつもあなたに勇気を貰ってばかりだ。 私には兄弟はいないが、姉上がいたら、あなたのような人だろうかと思う。 」 少し恥ずかしげに打ち明けるアルスラーンに、ファランギースは珍しく破顔した。 「陛下が弟君のようとは、おそれ多いことですが、嬉しいものですな」 そう言って、二人で顔を見合わせてクスクス笑う。 アルスラーンの目にもう涙はない。 「陛下、もう悪い夢など見ないよう、私がお守り致します。 」 アルスラーンの手を離して、ファランギースは胸元から水晶笛を取り出した。 「お身体が優れない時には、悪しきものがつけいりやすくなるもの。 精霊たち ジン に」寝所の周囲を守らせましょう。 どうぞ御安心して、お休みください。 」 [newpage] ファランギースに寝かしつけられたアルスラーンは、今度は朝まで目が覚めずに休んだ。 普段より遅い時間に身体を起こし、アルスラーンは目をぱちぱちとまばたく。 長く寝ていて、目が重い。 まだ熱はあるのだろう。 身体は重たいが、昨夜より随分気分は良くなった。 さて、今日は普段通りに起きようかと思っていると、エラムが朝食の盆を手に入室した。 「アルスラーン陛下。 ご気分はいかがですか。 召し上がれそうでしたら、少しでも」 米をスープで煮たものや果物数種類準備されている。 まだあまり食欲はなかったが、アルスラーンは頑張って少しずつ口にいれた。 食事が終わると、アルスラーンはまた、寝台に追いやられた。 「エラム…」 情けない顔をするアルスラーンをみて、エラムはぐっと感じたが、重々しく首をふる。 「まだ駄目でございます。 ナルサス様もまた後で様子を見に来られます。 ナルサス様からも、自分行くまで、陛下を寝台から出さないよう、きつく申しつかっていますから」 ナルサスの元侍童 レータク は胸をはる。 体調が戻っていないことが分かるので、アルスラーンは諦めて寝台に戻った。 こんな朝から眠れるものかなとも思うが、横になると眠気が襲う。 アルスラーンは再び夢の住民になった。 [newpage] 浅い眠りを繰り返すアルスラーンの寝台の側に、入れ替わり立ち替わり、将軍たちが訪れた。 黒衣の騎士ダリューンは、市場で購った、真っ赤に熟れた林檎 アザル を手に御前に現れた。 過保護な騎士は、自らの手で切り分け、アルスラーンと分け合い、ほのぼのとした時間を過ごした。 アルフリードは、兄メルレインと訪れた。 相変わらずの兄妹のやりとりに、アルスラーンは声をあげて笑った。 キシュワードは、新妻が持たせた焼き菓子を手土産に訪れた。 順調な妊娠の報告を受けて、アルスラーンは嬉しそうに見舞いの菓子を受け取った。 クバートは、良質の葡萄酒 ナビード を手に訪れ、エラムの叱責を受けて慌てて退散した。 アルスラーンのことを思い、後の16翼将と呼ばれる面々は、次々と訪れ、アルスラーンを喜ばせたのだった。 [newpage] 夜半過ぎ、エラムが緑茶の碗と黒衣の騎士が持ち込んだ林檎 アザル を手に、アルスラーンにそろそろ休むように進言した。 「まったく、皆様次から次へと。 陛下がお休みになれなかったじゃないですか。 」 立腹して呟くエラムにアルスラーンは笑って答える。 「いや、私がそうして欲しいと言ったんだ。 今日は良い1日だったよ。 ありがとう、エラム」 穏やかに微笑むアルスラーンは大分調子が戻ってきているようだ。 ただ、と心の内でアルスラーンは呟いた。 ギーヴは来てくれなかったな、と。 アルスラーンが眠っている間に来ていたようだが、目を覚ます前に退室していったと、エラムから聞いたアルスラーンは歯痒い。 なぜ目が覚めるまでいてくれなかったのか、と。 ギーヴに会いたいと一言いえば、ジャスワントかエラムが伝えてくれるだろうと思いながら、アルスラーンはそれが出来なかった。 また明日は会えるだろうかと思いながら、今日のところは休もうと、ここ2日で慣れ親しんだ寝台に潜り込んだ。 [newpage] 眠りに落ちる寸前、アルスラーンは聞き覚えのある琵琶 ヴード の音を聞いた。 身体を起こしたアルスラーンが期待を込めて見守る中、きぃと小さな音をたてて、露台に繋がる扉が明き、冷たい空気とギーヴがすべこんだ。 「ギーヴ、」 弾んだ声で呼びかけるアルスラーンに、大仰な仕草で一礼して宮廷楽士は、彼の主君の元に音もなく近づいた。 以前よりも警備が厳しいのは、軍師殿のさしがねかな。 だが、俺にかかればまだまだ。 人の悪い笑みを隠して、ギーヴはアルスラーンの寝台に近づいた。 「こんばんは、アルスラーン陛下。 ご気分はいかがですかな。 不肖、ギーヴがお慰めしたく、参上しました」 相変わらずな口上を述べるギーヴに、アルスラーンはおおらかな笑う。 「うん、皆がお見舞いに来てくれて、すっかり良いみたいだ。 そろそろ、ギーヴの声が聞きたくなったところだ」 無邪気に笑うアルスラーンに、ギーヴの胸が暖まる。 まったく、いつもこの王様にかなわない。 「陛下、お休みまで我が琵琶 ヴード でお慰めしたく、参上しました。 」 「うん、どうか聴かせてくれ。 そなたの琵琶 ヴード もそなたの声も、とても好きだ。 」 本当に嬉しそうに笑うアルスラーンに、ギーヴも、くったくない微笑みを返し、寝台の側に腰をおろした。 さて、何にしましょうかね。 そう呟きながら、弦の調律を始めるギーヴに、アルスラーンが音をねだる。 「いつか、そなたが旅立つ前に弾いてくれた曲を聴きたい。 」 数ヵ月前、ギーヴが朝までアルスラーンの寝台で過ごした夜。 その時に演奏した曲をねだられ、ギーヴは一瞬虚をつかれたが、黙ってひきはじめた。 ゆったりと、嫋々とした響きに合わせて、普段より低い声でギーヴは唄う。 故郷と愛する人を想う異国の唄。 [newpage] 最後の音を弾き終え、その響きが空気を揺らすのを感じながら、アルスラーンは閉じていた瞳を開けた。 涙の膜を張る目に捕らわれたギーヴは、誘われるようにアルスラーンの頬に右手を伸ばす。 膝に置かれた琵琶 ヴード は、左手で体の後ろに置く。 自然に目を閉じたアルスラーンの唇に、ギーヴはゆっくりと己のそれを重ねた。 一度触れて、離れたアルスラーンを逃がさぬように、ギーヴはアルスラーンを寝台に押し倒し、さらに口づけを深めた。 驚いて引こうとするアルスラーンの顔を両手で固定し、酸素を求めて僅かに開いた唇をこじ開ける。 遠慮なく蹂躙して、ようやく解放すると、熱が上がったかのように、顔を紅くするアルスラーンと目が合った。 [newpage] アルスラーンに体重をかけないようしながら、ギーヴは遠慮なくアルスラーンの目を覗きこむ。 その目に拒絶がないことをみてとり、さらにアルスラーンの顔中に唇を落とし、首筋に舌を這わせる。 「っ、ギーヴ、ちょっと待て、ん、あぁ」 翻弄され、甘い声をあげるアルスラーンに、ギーヴは熱が集まるのを感じた。 これ以上、自制心が働くなる前に止めなければ、と思いながら、離れがたく、衝動を誤魔化すように、アルスラーンに接吻を振らせた。 「…陛下、陛下。 …」 快感に涙の滲むアルスラーンの目元を唇ですすり、ようやくギーヴは身体を起こした。 身体の下で、アルスラーンは酸欠のように荒い息で呼吸を繰り返すのを、いとおしく感じる。 「申し訳ありません、陛下。 驚かせてしまいましたか。 」 「いや、うん。 驚いたけど、大丈夫。 そうだ、ギーヴ、あのときのように、一緒に寝ないか?」 押し倒されながら、ギーヴを疑わないアルスラーンに、ギーヴの方が頭を抱えた。 どうも危機感が足りないというか、信用されているといおうか。 そう悩むギーヴをよそに、アルスラーンはいそいそと身体をずらして、ギーヴの場所を作る。 元より、一人には大きすぎる寝台である。 二人で寝ても、十分な広さがある。 「はぁ、ではお言葉に甘えまして。 」 いささか情けない気分でギーヴはアルスラーンの寝台に一緒に転がり込んだ。 こんなところをほかの将に見られでもしたら、どんなからかわれかたをするやら。 あるいは、アルスラーンを信奉する黒衣の騎士やら、シンドゥラの黒ヒョウやらにどんな目にあわされるやら。 アルスラーンが嬉しそうにギーヴに寄り添うものだから、ギーヴは己の運命を諦めることにした。 何はともあれ、アルスラーンが喜ぶなら良いか、と思ってしまう自分が、一番困り者だと。 しなやかで、熱のせいか、普段よりも体温の高いアルスラーンの身体を感じて、ギーヴは、いつかのように、自分が朝まで眠れぬことを覚悟した。 [newpage] 翌朝、すっきりとした気分でアルスラーンは目を覚ました。 ギーヴの側はよく眠れると呑気なことを考えて、隣を見るが、ギーヴの姿はすでになかった。 ただ、彼のいた、確かな熱が寝台に残っており、アルスラーンは静かに微笑んだ。 春まだ遠い季節。 大陸公路の中心地、エクバターナは雪こそ降らないものの、乾燥した寒風が吹きすさぶ時期に入った。 新年を迎えようかという、この時期に国王アルスラーンは床についていた。 毎年、この季節になると一過性に流行する、熱と咳を主症状とする、流行り病である。 要は風邪。 国王が病床に臥せったと知れ渡ると騒ぎになるからと、このことは、ごく一部の近臣にのみ知らされた。 表面上は、年始を前に休暇ということになっている。 [newpage] アルスラーンはカーテンが引かれ、昼間というのに薄暗くした自室で、ふと目を覚ました。 朝からうとうとと、寝たり起きたりしている。 たくさん寝て、もう眠れないだろうと思っても、横になっていると眠気が襲ってくるのだ。 昨日の昼間までは、変わりなかった。 あまり食欲がないのを感じたが、そういうこともあるかと、果物だけ口にして、新年の行事の一環として予定されている神事について、ファランギースを交えて相談をしていた。 神事の準備や手順の打合せが終わり、さて戻ろうかという頃、ファランギースはアルスラーンが寒そうに二の腕をさするのに気がついた。 よくよく見ると、普段よりも顔色は血の気が引いており、指先は白っぽい。 「陛下?お寒いのですか?」 ファランギースが問うと、アルスラーンは首を傾げた。 「そうなのかな。 今日は寒い日だから、皆そうではないのか?」 どうも自分の体調が悪いことに気がついていない様子に、ファランギースは早々に休んでもらうが得策と判断した。 「エラム、陛下はお体が優れぬ。 はよう自室にお戻りいただくがよかろう」 アルスラーンの背後にいたエラムに告げる。 いや、大丈夫だ、というアルスラーンに近づき、そっと白い手をアルスラーンの額に置いた。 「アルスラーン陛下、失礼つかまつります。 …やはり、少し熱もでてきております。 寒いのであれば、まだこれから熱も上がりましょう。 今日はどうぞお休みください。 」 アルスラーンに向けられる眼差しは、優しく、慈愛に満ちている。 「…うん。 ありがとう、ファランギース。 そなたの言うとおりにしよう。 」 ファランギースの手にアルスラーンは驚いた様子だったが、すぐに気持ち良さそうに目を閉じ、素直に頷いたのだった。 [newpage] 「陛下、体調が優れないなら、そう言っていただけたら、今日はゆっくり過ごしていただきましたのに。 」 エラムが責めるように言うが、自分自身を一番責めているのが分かる。 「エラム、そう心配ないよ。 私もファランギースに言われるまで、気がつかなかったんだから。 そなたのせいじゃないよ」 くすくす笑うアルスラーンは機嫌が良さそうだ。 ファランギースやエラムが心配してくれるのが、申し訳ないような、だが、くすぐったい。 自室に戻り、ゆったりとした服に着替えを済ましたアルスラーンは、エラムに追いたてられるように寝台に入った。 実は、だんだん寒気は強まり、倦怠感が押し寄せてきていたが、それは見せないようにしていた。 ベッドに入り、エラムにも下がってよいことを伝えると、眉を潜めて、何かあればお呼びください、と告げて下がった。 [newpage] 寒気はおさまったが、今度は身体が熱い。 口が乾く。 エラムを呼ぼうかと思ったが、声を出すのも億劫で、アルスラーンは重たい身体で寝返りをうった。 外はすっかり日が落ち、室内にはいつの間にか灯りが灯されていた。 ぼんやりと見ていたアルスラーンは、遠慮がちな声とドアの開く音を聞いた。 副宰相兼宮廷画家ナルサスがエラムに伴われて入ってきた。 「ナルサス…」 呼び掛ける声は思ったより掠れて、起き上がろうとするのを、優しい眼差しと手の動きでとどめられる。 「アルスラーン陛下、どうぞ楽になさってください。 お休みのところ申し訳ありません。 」 「いや、私のほうこそすまない。 」 ナルサスは困ったように微笑む。 「陛下はいつも仕事をしすぎていますから、少しぐらいお休みください。 疲れていらっゃるんでしょう。 」 そう言ってアルスラーンが休む寝台の側に寄る。 医学の心得もあるナルサスは、アルスラーンの脈を取り、首筋からそっと触診していく。 冷たく感じるナルサスの手が気持ちよくて、アルスラーンは目を細めた。 さらに症状を聞き取り、ナルサスは一つ頷いた。 心配そうに見守るエラムを振り返り、いくつか指示する。 「エラム、後で薬を調合して届けるから、陛下に差し上げてくれ。 あとは、部屋を暖かくして、飲みやすいものを寝台の近くに準備しておくんだな。 」 「陛下、仕事は私と宰相殿とで片付けますゆえ、しばらくお休みください。 なに、問題ありません。 」 軽く請け負うナルサスにアルスラーンは熱で潤んだ目を向けて頷く。 ナルサスはアルスラーンの近くに寄り、掛布から出ていた左手を持ち上げ、その甲に軽く唇を落とした。 「陛下が早くお元気になられるよう、祈っております。 お休みなさいませ」 突然のナルサスの行為にアルスラーンは目をひらいたが、何も言わず、赤い顔をして頷き、目を閉じた。 [newpage] ナルサスが届けた薬を飲み、アルスラーンは一刻ほど眠っていた。 ふと、目を覚ますと時間は深夜になるころと思われた。 寝台から見える窓越しに、ほぼ満月に近い月が高く上っている。 喉の渇きを強く覚えて、アルスラーンは身体を起こした。 傍らに置かれた水差しはエラムの配慮だろう。 しんと静まりかえった部屋で、アルスラーンは不意に心細さを感じた。 「誰か、いるか?」 ドアの外に掠れた声で呼び掛けると、キィと遠慮がちにドアが開き、ジャスワントが顔を除かせた。 「陛下、どうなさいました?どこか苦しいのですか。 あぁ、どうしましょう。 エラム殿をお呼びしましょうか。 それとも医師を」 アルスラーンの不安げな様子にジャスワントがわたわたとする。 それを見ていると、アルスラーンの心に暖かいものが灯った。 「いや、今は大丈夫。 ジャスワントも寒くないか?」 一転して柔らかく微笑むアルスラーンに見とれながら、ジャスワントはぶんぶんと首を振る。 「いえ、私はなんともありません。 外に比べて王宮内は暖かいですから。 」 「そうか。 …ジャスワント、何か言いたいことがあるのか?」 言おうか言わまいか、躊躇う様子に気がついたアルスラーンが問うと、 「はい。 実は陛下が臥せっていることを知った皆様が、来られては陛下の様子を聞いて帰られています。 」 きょとんとアルスラーンは首を傾げた。 「皆?」 「はい。 」 ダリューン、アルフリード、ギーヴ、ファランギース、クバート、キシュワード。 指折り数えてジャスワントは名前をあげる。 「どうしたのかな。 何か急用だったら起こしてくれて構わないのだけど。 」 「はぁ。 皆様、お見舞いとおっしゃって。 陛下がお休みなら、起こすことはないから、と。 」 アルスラーンはばちりとまばたいたあと、くすぐったいように笑った。 「お見舞いか。 」 王太子として王宮にいたころ、こんな風に風邪を引くことがあった。 その時は、アンドラゴラス前王もタハミーネ前王妃も、アルスラーンの様子を見に来ることはなかった。 侍女たちは世話をしてくれるが、大半の時間は一人で寝ていた。 乳母たちと生活していた時は、夜もずっとそばに居てくれたのに…、と思い出して、泣いてしまった。 だが、今の自分には血縁に繋がるものはいないが、自分を心配し、慕ってくれる人がいる。 その事実にアルスラーンの胸は暖まった。 ジャスワントに、がきたら、自分が寝ていても構わないから通すように頼み、アルスラーンはまた寝台に潜り込んだ。 [newpage] 夢を見ていた それが夢だと分かった。 アルスラーンは一人、自分の身体よりも大きな王座に座っている。 周囲は真っ暗で、しんと静まり返っている。 誰か、と大きな声で呼んでみても返事はない。 探しに行こうと立ち上がったところで、アルスラーンは足元に何かあるのに気がついた。 血臭がたちのぼり、足元にぬるりとした感触。 無数の死体が足元に転がっている。 よく見ると、今まで座っていた王座は、死体が重なりあった上に置かれている。 ひゅっ、と息を飲んで後退りしたアルスラーンの目に、見覚えのある顔がうつる。 「ダリューン!ナルサス!エラム!」 「あぁ、ファランギース、ギーヴ、アルフリード、ジャスワント…みんな…」 大切な臣下、仲間たちが折り重なるように倒れている。 「ああっ、いやだ!みんな…!」 アルスラーンは自分の声で目が覚めた。 嫌な汗を全身にかいている。 涙が頬をつたう。 夢の中で誰かが囁いた。 血塗られた王座、犠牲なくして王座はあり得ぬ [newpage] 「陛下、いかがなされた。 悪夢でもご覧になられましたか」 寝台にそっと人影が近づく。 宮廷顧問官ファランギースである。 「精霊 ジン たちが騒いでいたので、気になって参りました。 ご無礼をお許しあれ」 片膝をつき、気づわしげに見上げるファランギースに、アルスラーンはようやく返答した。 「あぁ、ファランギース。 うん、嫌な夢だった。 …ファランギースが、皆が足元に倒れていたんだ。 私一人だけ残って…」 途切れ途切れに話すアルスラーンの手をそっと握り、ファランギースは優しく声をかける。 「陛下。 私たち誰一人として、己を犠牲にしているなど思っておりません。 陛下を大切な方だと思い、自分の意志でお仕えしているのです。 ご心配召されるな」 「うん、ありがとう。 ファランギース。 いつもあなたに勇気を貰ってばかりだ。 私には兄弟はいないが、姉上がいたら、あなたのような人だろうかと思う。 」 少し恥ずかしげに打ち明けるアルスラーンに、ファランギースは珍しく破顔した。 「陛下が弟君のようとは、おそれ多いことですが、嬉しいものですな」 そう言って、二人で顔を見合わせてクスクス笑う。 アルスラーンの目にもう涙はない。 「陛下、もう悪い夢など見ないよう、私がお守り致します。 」 アルスラーンの手を離して、ファランギースは胸元から水晶笛を取り出した。 「お身体が優れない時には、悪しきものがつけいりやすくなるもの。 精霊たち ジン に」寝所の周囲を守らせましょう。 どうぞ御安心して、お休みください。 」 [newpage] ファランギースに寝かしつけられたアルスラーンは、今度は朝まで目が覚めずに休んだ。 普段より遅い時間に身体を起こし、アルスラーンは目をぱちぱちとまばたく。 長く寝ていて、目が重い。 まだ熱はあるのだろう。 身体は重たいが、昨夜より随分気分は良くなった。 さて、今日は普段通りに起きようかと思っていると、エラムが朝食の盆を手に入室した。 「アルスラーン陛下。 ご気分はいかがですか。 召し上がれそうでしたら、少しでも」 米をスープで煮たものや果物数種類準備されている。 まだあまり食欲はなかったが、アルスラーンは頑張って少しずつ口にいれた。 食事が終わると、アルスラーンはまた、寝台に追いやられた。 「エラム…」 情けない顔をするアルスラーンをみて、エラムはぐっと感じたが、重々しく首をふる。 「まだ駄目でございます。 ナルサス様もまた後で様子を見に来られます。 ナルサス様からも、自分行くまで、陛下を寝台から出さないよう、きつく申しつかっていますから」 ナルサスの元侍童 レータク は胸をはる。 体調が戻っていないことが分かるので、アルスラーンは諦めて寝台に戻った。 こんな朝から眠れるものかなとも思うが、横になると眠気が襲う。 アルスラーンは再び夢の住民になった。 [newpage] 浅い眠りを繰り返すアルスラーンの寝台の側に、入れ替わり立ち替わり、将軍たちが訪れた。 黒衣の騎士ダリューンは、市場で購った、真っ赤に熟れた林檎 アザル を手に御前に現れた。 過保護な騎士は、自らの手で切り分け、アルスラーンと分け合い、ほのぼのとした時間を過ごした。 アルフリードは、兄メルレインと訪れた。 相変わらずの兄妹のやりとりに、アルスラーンは声をあげて笑った。 キシュワードは、新妻が持たせた焼き菓子を手土産に訪れた。 順調な妊娠の報告を受けて、アルスラーンは嬉しそうに見舞いの菓子を受け取った。 クバートは、良質の葡萄酒 ナビード を手に訪れ、エラムの叱責を受けて慌てて退散した。 アルスラーンのことを思い、後の16翼将と呼ばれる面々は、次々と訪れ、アルスラーンを喜ばせたのだった。 [newpage] 夜半過ぎ、エラムが緑茶の碗と黒衣の騎士が持ち込んだ林檎 アザル を手に、アルスラーンにそろそろ休むように進言した。 「まったく、皆様次から次へと。 陛下がお休みになれなかったじゃないですか。 」 立腹して呟くエラムにアルスラーンは笑って答える。 「いや、私がそうして欲しいと言ったんだ。 今日は良い1日だったよ。 ありがとう、エラム」 穏やかに微笑むアルスラーンは大分調子が戻ってきているようだ。 ただ、と心の内でアルスラーンは呟いた。 ギーヴは来てくれなかったな、と。 アルスラーンが眠っている間に来ていたようだが、目を覚ます前に退室していったと、エラムから聞いたアルスラーンは歯痒い。 なぜ目が覚めるまでいてくれなかったのか、と。 ギーヴに会いたいと一言いえば、ジャスワントかエラムが伝えてくれるだろうと思いながら、アルスラーンはそれが出来なかった。 また明日は会えるだろうかと思いながら、今日のところは休もうと、ここ2日で慣れ親しんだ寝台に潜り込んだ。 [newpage] 眠りに落ちる寸前、アルスラーンは聞き覚えのある琵琶 ヴード の音を聞いた。 身体を起こしたアルスラーンが期待を込めて見守る中、きぃと小さな音をたてて、露台に繋がる扉が明き、冷たい空気とギーヴがすべこんだ。 「ギーヴ、」 弾んだ声で呼びかけるアルスラーンに、大仰な仕草で一礼して宮廷楽士は、彼の主君の元に音もなく近づいた。 以前よりも警備が厳しいのは、軍師殿のさしがねかな。 だが、俺にかかればまだまだ。 人の悪い笑みを隠して、ギーヴはアルスラーンの寝台に近づいた。 「こんばんは、アルスラーン陛下。 ご気分はいかがですかな。 不肖、ギーヴがお慰めしたく、参上しました」 相変わらずな口上を述べるギーヴに、アルスラーンはおおらかな笑う。 「うん、皆がお見舞いに来てくれて、すっかり良いみたいだ。 そろそろ、ギーヴの声が聞きたくなったところだ」 無邪気に笑うアルスラーンに、ギーヴの胸が暖まる。 まったく、いつもこの王様にかなわない。 「陛下、お休みまで我が琵琶 ヴード でお慰めしたく、参上しました。 」 「うん、どうか聴かせてくれ。 そなたの琵琶 ヴード もそなたの声も、とても好きだ。 」 本当に嬉しそうに笑うアルスラーンに、ギーヴも、くったくない微笑みを返し、寝台の側に腰をおろした。 さて、何にしましょうかね。 そう呟きながら、弦の調律を始めるギーヴに、アルスラーンが音をねだる。 「いつか、そなたが旅立つ前に弾いてくれた曲を聴きたい。 」 数ヵ月前、ギーヴが朝までアルスラーンの寝台で過ごした夜。 その時に演奏した曲をねだられ、ギーヴは一瞬虚をつかれたが、黙ってひきはじめた。 ゆったりと、嫋々とした響きに合わせて、普段より低い声でギーヴは唄う。 故郷と愛する人を想う異国の唄。 [newpage] 最後の音を弾き終え、その響きが空気を揺らすのを感じながら、アルスラーンは閉じていた瞳を開けた。 涙の膜を張る目に捕らわれたギーヴは、誘われるようにアルスラーンの頬に右手を伸ばす。 膝に置かれた琵琶 ヴード は、左手で体の後ろに置く。 自然に目を閉じたアルスラーンの唇に、ギーヴはゆっくりと己のそれを重ねた。 一度触れて、離れたアルスラーンを逃がさぬように、ギーヴはアルスラーンを寝台に押し倒し、さらに口づけを深めた。 驚いて引こうとするアルスラーンの顔を両手で固定し、酸素を求めて僅かに開いた唇をこじ開ける。 遠慮なく蹂躙して、ようやく解放すると、熱が上がったかのように、顔を紅くするアルスラーンと目が合った。 [newpage] アルスラーンに体重をかけないようしながら、ギーヴは遠慮なくアルスラーンの目を覗きこむ。 その目に拒絶がないことをみてとり、さらにアルスラーンの顔中に唇を落とし、首筋に舌を這わせる。 「っ、ギーヴ、ちょっと待て、ん、あぁ」 翻弄され、甘い声をあげるアルスラーンに、ギーヴは熱が集まるのを感じた。 これ以上、自制心が働くなる前に止めなければ、と思いながら、離れがたく、衝動を誤魔化すように、アルスラーンに接吻を振らせた。 「…陛下、陛下。 …」 快感に涙の滲むアルスラーンの目元を唇ですすり、ようやくギーヴは身体を起こした。 身体の下で、アルスラーンは酸欠のように荒い息で呼吸を繰り返すのを、いとおしく感じる。 「申し訳ありません、陛下。 驚かせてしまいましたか。 」 「いや、うん。 驚いたけど、大丈夫。 そうだ、ギーヴ、あのときのように、一緒に寝ないか?」 押し倒されながら、ギーヴを疑わないアルスラーンに、ギーヴの方が頭を抱えた。 どうも危機感が足りないというか、信用されているといおうか。 そう悩むギーヴをよそに、アルスラーンはいそいそと身体をずらして、ギーヴの場所を作る。 元より、一人には大きすぎる寝台である。 二人で寝ても、十分な広さがある。 「はぁ、ではお言葉に甘えまして。 」 いささか情けない気分でギーヴはアルスラーンの寝台に一緒に転がり込んだ。 こんなところをほかの将に見られでもしたら、どんなからかわれかたをするやら。 あるいは、アルスラーンを信奉する黒衣の騎士やら、シンドゥラの黒ヒョウやらにどんな目にあわされるやら。 アルスラーンが嬉しそうにギーヴに寄り添うものだから、ギーヴは己の運命を諦めることにした。 何はともあれ、アルスラーンが喜ぶなら良いか、と思ってしまう自分が、一番困り者だと。 しなやかで、熱のせいか、普段よりも体温の高いアルスラーンの身体を感じて、ギーヴは、いつかのように、自分が朝まで眠れぬことを覚悟した。 [newpage] 翌朝、すっきりとした気分でアルスラーンは目を覚ました。 ギーヴの側はよく眠れると呑気なことを考えて、隣を見るが、ギーヴの姿はすでになかった。 ただ、彼のいた、確かな熱が寝台に残っており、アルスラーンは静かに微笑んだ。

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