なんでもないと口をつぐんだ 歌詞。 須田景凪『veil』歌詞の意味を考察・解釈

Ran 環

なんでもないと口をつぐんだ 歌詞

O mio babbino caro Lauretta オ ミーオ バッビーノ カーロ ミ ピアーチェ エェッ ベッロ ベッロ O! ミ ストゥルッゴ エム ミ トルメント オッ ディオ ヴォルレーイ モリル Mi struggo e mi tormento! O Dio , vorrei morir! 《直訳》 ねえ 私の大切なお父さま わたし あの方が好き とてもステキな人なのよ だからポルタ・ロッサ(フィレンツェの中心街の通りの名)へ 指輪を買いに行きたいの! ええ そう あそこへ行きたいの そしてもしもこの愛が儚いものなら ヴェッキオ橋(フィレンツェの街中を流れるアルノ河にかかる橋で街のもっとも繁華な場所)に行って 代わりにアルノ河へ身を捨てますわ! わたし 切なくて 苦しくて ああ 神さま いっそ死にたいくらいです! お父さま お願いです お願いですから! 解説 一幕の三部作のひとつとして、第一部 『外套』、第二部 『修道女アンジェーリカ』 と 同時上演を意図して三種三様の対象面白く作ったものですが、現在では必ずしも一緒に上演されていません。 第一部 『外套』は、ヴェリズモ・オペラに多い、嫉妬からの殺人を扱った救いのない愛の悲劇、 第二部はイタリアのある修道院を舞台にした神秘的な奇跡劇で、不義の子を生んだ名門の娘が修道院に入れられ、 罪の償いをしているが、子供の死を知って自殺するという話で、登場人物が女性のみなのが特徴です。 そして第三部にあたる 『ジャンニ・スキッキ』 は活力と機知に富んだプッチーニ唯一の喜歌劇で、1918年4月20日完成しました。 原作はダンテの 『神曲』 の地獄編、第30歌ですが、1866年にピエートロ・ファンニーニが編集した、「14世紀の フィレンツェ人による 『神曲』 への注釈」 を参考にしていると思われます。 ダンテはにせの遺言状を作りあげ、莫大な遺産を横領したスキッキを酷く扱っていますが、オペラのほうは 恋人同士の若いふたりを創造し、スキッキを恋に悩む娘の父親にして、その悪巧みも決して私利私欲のためでなく、 若い二人の幸福を願う親心から思わず一役買ったかたちに仕組み、遺産の分け前にあずかろうとする親族たちの欲などを辛らつにあらわして、 スキッキのいかさま行動にむしろ痛快さが感じられるようにまとめられています。 プッチーニはこの三部作をローマで初演したいと考えていましたが、戦争中のため不可能となり、1918年12月14日、 ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で初演されました。 初演にはいつも立ち会う彼も、このときは交通事情が不便で渡米できず、自宅で首を長くして吉報を待っていたところ、 結果は 『ジャンニ・スキッキ』 だけが好評で、幕がおりないうちから拍手がなっていました。 今日ではヴェルディのファルスタッフ以後、イタリア最高の喜劇的オペラといわれています。 「ジャンニ・スキッキ」 のあらすじ 1299年9月1日の朝。 フィレンツェの金持ち、ブオーゾ・ドナーティが自宅で息を引き取った。 親族一同はおおげさに嘆いているものの、彼らの本当の興味はブオーゾの遺産。 しかしブオーゾが遺産をある修道院に寄付する遺言書を書いたという噂を知り、びっくりした一同は必死に部屋を探しだす。 部屋中ひっかきまわすが、なかにはこの騒ぎの間に見つけた金目のものをポケットに隠す不心得者もいる。 ブオーゾの従妹ツィータの甥のリヌッチォが遺言状をみつけ、皆が駆け寄るが、リヌッチォはその証書を高く掲げて逃げまわり、 ツィータに、もしブオーゾが遺産を残してくれて金持ちになれたら、恋人のラウレッタととの結婚を許してと懇願する。 だが皆は彼の言葉に気をとめることなく、よってたかって遺言状を取り上げ、ツィータはすべてがうまく運べば、そのときは誰とでも一緒になるがいいという。 一同が遺言書に見入ってる隙にリヌッチォはブオーゾの甥の息子ゲラルディーノをそっと呼び、 ラウレッタと彼女の父のジャンニ・スキッキを呼んでくるようにいう。 ツィータが遺言書を読み上げようとすると、誰もがそれぞれ勝手な空想を描き、なんとなく落ち着かない。 遺言証書が開かれると、皆はむさぼり読み、まもなく絶望の声をあげ、力なく座り込む。 噂は本当だった。 一同はブオーゾの死によって、本当に自分達が泣かねばならぬはめになったと恨み言をならべる。 しばらくして冷静さを取り戻した一同は、何かいい知恵はないものかと誰ともなくつぶやく。 リヌッチォがひとりだけうまくやれる人物がいるといい、恋人の父ジャンニ・スキッキの名をあげる。 そこへゲラルディーノが駆け込んできて、ジャンニ・スキッキがすぐ来ると告げる。 一同はリヌッチォの勝手な行動を責め、あんな田舎者の成り上がりと親戚関係を結ぶのはまっぴらだと反対する。 リヌッチォは懸命に、スキッキがいかに頭の回転の早い知恵者で、法律にも明るい善人かを説き、ジャンニ・スキッキを快く迎えようという。 そこへ扉をノックする音が響き、ジャンニ・スキッキが娘ラウレッタと一緒に現れる。 スキッキは皆のしょんぼりした様子を見て、わざとお悔やみをいいつつも、遺産が転がり込むだろうと皮肉を言う。 ツィータが食ってかかり、持参金のない娘と甥を結婚させるわけにはいかないと嫌味を並び立てると、スキッキも負けずに言い返す。 リヌッチォはブオーゾの遺書をよんで、うまく助けてくれと頼むが、スキッキはこんなわからずやたちの利益なんか考えるのは御免だと断る。 そのときラウレッタが父の前にひざまずき、「わたしのお父さん」を歌って哀願する。 娘の願いにスキッキは遺言書を読み、考え込む。 スキッキは一同にブオーゾの死が外に漏れていないことを確かめると、寝台を整えさせ、自分がブオーゾになりすまし、 公証人に改めて遺言書を作らせることにする。 感激した一同は、スキッキを誉め、抱き合って喜び、リヌッチォは公証人を呼びに行く。 一同は遺産の分配について考え始め、それぞれ希望をのべ、勝手な欲を主張しあって大騒ぎし、ジャンニ・スキッキはそれを眺めて大笑いする。 皆はスキッキにブオーゾの衣装を着せるのを手伝いながら、その耳元に小声でそれぞれに自分の望みを告げる。 スキッキは彼らの欲張った要求に調子よく返事する。 浮かれる一同を制し、スキッキは真面目な顔をして、もしも遺言状を書き換えたことがバレれば、 みんな右手を手首から切られ、この町から追放されるという布告を告げ、皆を震え上がらせたうえ、 そのときには二度とフレンツェには戻れないぞと脅かし、さらばフィレンツェと歌い、一同をすっかりおびえさせる。 まもなく公証人がふたりの証人を連れてやってくる。 ブゾーニになりすましたスキッキは改めて遺言を述べたいと訴え、まず先の遺言の無効を宣言する。 そして親類の者に、それぞれ望みのものをひととおり与えてから、真剣な面持ちで耳をすます一同に、 ブオーゾの遺産で一番価値のある、トスカナで一番のロバを、わしの忠実な友人、ジャンニ・スキッキに与えるという。 一同が唖然とするうち、続いてこの邸宅を・・・と言い、彼らが騒ぎ出すと、さらばフィレンツェと口ずさみ、 手首を切り取られることを思い出した一同は口をつぐんでしまう。 スキッキはさらに遺言を続け、粉ひき場もジャンニ・スキッキに与えるといい、一同が騒ぎ出すとまた、 さらばフィレンツェ、手のない腕で別れの挨拶を・・・と脅しながら遺言を終える。 さらにツィータに彼女の財布から遺言状作成代を払うように命じ、たっぷりの謝礼に公証人とふたりの証人は感謝して帰っていく。 公証人たちが外に出ると、親戚一同は、泥棒!と叫びながら、スキッキに飛びかかるが、彼は杖を振り、ここは自分の家だと追い払う。 一同は手当たりしだい金目のものや手近な品を持てるだけ持って、怒鳴り散らしながら追われて出てゆく。 やっと静かになると、テラスではようやく結ばれることになったリヌッチォとラウレッタが幸せに酔い、 ブオーゾの親戚たちが今持ち出していった品物を両手一杯に取り戻してきたスキッキは、彼らをうれしげに眺める。 帽子を脱いで舞台の前に進み出たスキッキは聴衆に向かって、「皆様方、私の無法なたくらみも、ダンテの御認可を得て、 もしこの芝居がお気に召しましたなら、どうか私をお許しくださいますよう」 と挨拶し、幕がおりる。

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いかないで の女の子視点 歌詞ってどこにもないんですか??分かる方歌詞...

なんでもないと口をつぐんだ 歌詞

ふと思いだしてネタ。 「世の中に不満があるなら自分を変えろ。 それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。 それも嫌なら…」 言わずと知れたの主人公、「少佐」ことの名台詞です。 「SAC」シリーズ第1期の1話冒頭で、テロリストを追い詰めた際に飛び出した強烈な台詞ですが、ネットで様々なネタを目にする際、これが本編とは異なるニュアンスで引用されていて、なんだかなーと思うことがたまにあります、 感想として「少佐かっけぇ…!」や「もっと罵ってください!ハァハァ」的な無害なものは構わないのです。 しかし、「少佐も言っていただろ!世の中に不満があるなら自分を変えろよ」的な使われかただとかなり危うく感じます。 なぜなら少佐はあの台詞、括弧つきで言っているはずなんですよね。 1話を観て「シビレました!私も自分を変えようと思いました!」みたいな感想もわりと身構えてしまう。 なんかめちゃくちゃ消極的なメッセージを勝手に受け取ってね?みたいな。 しかしそもそもこの台詞ってめちゃくちゃ有名ですが、あまり解釈を語っている人って見かけないんですよね。 とりあえずググってみて、あの台詞について解釈を書いてくれているところはここくらいしか見つからなかったです。 「お前ら警察が・・・もはや体制に正義はない!」 とほざかれ素子が言い返しました。 意味(妄想); 小さな物差ししか持たないものが世界を自分のサイズに合わせようなんて5億年早いのよ 文句があるなら見える目を獲得してからいらっしゃい そのままの自分でしかいられないなら何からも影響されない、何にも影響しない処へ行ってしまいなさい そうすればStand Aloneなら誰にも迷惑かけずに、誰からも干渉されずに生きられるわ どうせその目は見えていないし耳も聞こえていないんだから、なくたっていいでしょう? らちもないことばっかり言う小うるさい口もついでに噤んだらどう? それもいやなら・・・本当に何も見えず聞こえず話せないところにいく? そんなわけでここからはあくまで自分なりの解釈ですよ…と断っておきます。 素子の台詞をよく見ると、「世の中に不満があるなら自分を変えろ。 それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。 それも嫌なら…」このように、文末に「それも嫌なら」とあります。 この部分もの凄く重要だと思うのです。 これに続く言葉というのはおそらく、「死になさい」でしょう。 これは逆に言えば、「死にたくなければ、黙って捕まれ」という事ですね。 しかしこれは、「それも嫌」という考えを全否定しているわけではなく、無言で拳銃を頭に突きつけていることが象徴するように、素子的には「よろしい、ならば戦争だ」というだけのことな気がします。 お互い穏やかでいられない「次のフェーズ」に行ってしまいますよ?という警告。 有名な話ですが、あの台詞はの『』に出てくる一節が元ネタとなっています。 I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes(僕は耳と目を閉じ口をつぐんだ人間になろうと考えた) 上記の日本語訳は劇中でトグサが意訳していたものですが、実際の小説ではこんな感じの流れで出てきた一節です。 どこかのガソリン・スタンドに雇ってもらって、ひとの車にガソリンを入れたり、オイルをつめたりして働くことを考えた。 でも、仕事の種類なんか、なんでもよかったんだ。 誰も僕を知らず、僕のほうでも誰をも知らない所でえしたら。 そこへ行ってどうするかというと、僕は唖(おし)でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ。 そうすれば、誰とも無益なばからしい会話をしなくてすむからね。 誰かが何かを僕に知らせたいと思えば、それを紙に書いて僕のほうへおしてよこさなきゃなんない。 そのうちには、そんなことをするのがめんどくさくなるだろうから、そうなれば僕は、もう死ぬまで誰とも話をしなくてすむだろう。 みんなは僕をかわいそうな唖でつんぼの男と思って、ほうっておいてくれるんじゃないか。 彼らは自分の串のガソリンやオイルを僕に入れさせて、それに対する給料やなんかをくれるだろうから、僕はだ金でどっかに小さな小屋を建てて、そこで死ぬまで暮らすんだ。 この色々諦めてしまっている感じと、トグサが持っているような青臭い正義感を併せ持っているのが素子だと思うんです。 素子の「諦め」の理由としては、彼女が「個人の力の限界」を感じている事が関係してると思いますが、その裏返しとして、「コンプレックス」のような現象や、カリスマ性を持ったクゼのような男を見ると、つい目を輝かせてしまうんですよね。 そういう意味では、「SAC」1話のテロリストに対しては、そもそも「心身ともに凡人であるところのお前が一人でいきがったところでどうにもならないんだよこのばかっつらー!」という素子の個人的な苛立ちが入っていた気もします。 なので、そんな場面を見て「かっけー!」なり「もっと罵って!」と興奮するのは正解だと思いますが、「自分を変えろ」というのを積極的に受け入れるような解釈はどうなのかなと。 また、引用して誰かに対して使うとなると、どうしても純粋な悪口として「このばかっつらー!」的になってしまうので、自分はなかなか使えないですね。 神山監督あたりがこの台詞の意図を語ってくれているインタビューでもあれば凄く読みたいんですが、自分が見た限りだとチラリとは触れていても、突っ込んだ事は語ってくれてなかったですね。 もはや紙媒体だったかインタビュー映像だったかも覚えていませんが、「素子を象徴するような台詞をしょっぱなに持ってきたかった」みたいなことは言ってたと思います。 〜オマケ〜.

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歌愛ユキ「いかないで」 (sm22001720) [動画記事]

なんでもないと口をつぐんだ 歌詞

笑えない日々を辿ったって 変わらない今を呪ったって 宙に舞った言葉じゃ あなたを救えないのだろう 届かないままの景色と 温まることない痛みと 肩を寄せ合って歩いていた 遠いところへ行けるように あなたの言う希望だとか 夢に見た理想ならば どんなに冷たくたって愛してみせるよ 笑えない日々を辿ったって 変わらない今を呪ったって 宙に舞った言葉じゃ あなたを救えないのだろう 不甲斐ない声で叫んだって 熱を持つ夜に変わっていく この手が離れても また歩いて行けるように 分かち合うことない言葉が ふと気付く度に増えていた 今と向き合って変わっていく その姿を見ていて欲しい あなたの言う未来は ただ、この手に収まらなくて どんなに繕ったって その笑みの奥を疑ってしまうだろう 終わらない日々の向こうだって 救えないくらいの憂だって この指がもがくほど 遠く滲んでしまうのだろう 触れない思いの色なんて 知りたくはないと思っていた あなたが居なくても夢を見ていたいのに 象ったような不幸があなたを襲うなら この手の平で触れていたいな 繕って吐いた言葉が誰かを呪うなら 口をつぐんでさ 笑えない日々を辿ったって 変わらない今を呪ったって 宙に舞った言葉じゃ あなたを救えないのだろう 不甲斐ない声で叫んだって 熱を持つ夜に変わっていく この手が離れても また歩いて行けるように さよならは言わずに 何処かでまた会えるように Veilとは おおって見えなくするものや、見せかけ、口実、仮面などの意味がある単語ですが、一体どう言った意味で曲名として使われているのでしょうか? この「Veil」という曲は、TVアニメ『炎炎ノ消防隊』エンディングテーマに起用されています。 つまり、 アニメの内容に沿って曲名がつけられている可能性が高いわけです。 まずは、『炎炎ノ消防隊』がどんなアニメか知るために、Wikipediaの紹介を引用してみます。 ある日を境に突然始まった人体自然発火現象によって全身が炎に包まれ変異し暴れ出すようになった「焔ビト」と呼ばれる怪物や、それによって引き起こされる脅威と戦う特殊消防隊の活躍を描いた消防士SF漫画作品。 サスペンスやバトルアクションの要素を取り入れたサイエンス・ファンタジー作品でもある。 どうやら、消防士SF作品のようですね!ということは、Veilとは消防服のことを指しているのでしょうか?それとも「焔ビト」の炎のことを指しているのでしょうか? どちらのことを指しているのかはわかりませんが、どちらにしても、Veilは「 おおって見えなくするもの」という意味で曲名として使われていそうですね! ただ、歌詞を見てみないとなんとも言えないので、歌詞をしっかりみていきましょう! 解釈 まだみたことがない景色(希望)を見るために まだ癒えない痛みとともに前に進んできた。 想像もできないほど強くなるために。 この部分の歌詞ではまだ「希望」という言葉は出てきてはいませんが、次に続く歌詞で「希望」という歌詞があり、 景色=希望であると思ったのでそう解釈しています。 「温まることない痛み」という歌詞。 この曲はバトルもののアニメのEDですから、 傷の痛みという意味が込められているのでしょう。 加えて、「笑えない意味を辿ったって 変わらない今を呪ったって」という歌詞からもわかるように、 「心の痛み」という意味も込められているのだと思います。 いろんな痛みを抱え、ボロボロになりながら前に進む主人公。 まさに正統派主人公と感じさせるような人物ですね。 あなたが口にした言葉なら、たとえどんなに悲しい希望だって愛してみせるよ。 希望とは、未来に望みをかけること。 こうなればよい、なってほしいと願うこと。 また、その事柄の内容。 という意味を持つ言葉です。 「希望」と聞けばいい未来を想像しがちですが、「希望」という言葉の意味からもわかるように必ずしもいい未来を願っているとは限らないんですよね。 たとえ、悲しい未来を願ったとしても君が願うなら愛してみせるという場面によっては告白の言葉にすら聞こえる想いをここでは歌っているのかもしれませんね。 笑えない意味を辿ったって 変わらない今を呪ったって 宙に舞った言葉が あなたを救えないのだろう 解釈 揺るがない想いを口に出していれば、冷たい夜も熱を持ってくるだろう。 そうしたら、手を繋がなくても歩けるはずだから 「さよなら」と言えずにあなたと別れたくないから。 夜とは、しばしば冷たいと表現されます。 面白いことに、多くの歌手が夜を冷たいと表現するんですよね。 もしかしたら、なんだか物悲しい感じがするから冷たいと表現するのかもしれません。 そんな冷たい夜が熱を持てば手が離れても歩いていける。 つまり、手を繋がなくても一人で前に進めるということでしょうか。 なんだか、 失恋ソングに聞こえてきますね。 失恋ソングだと仮定すると、先ほどの歌詞の「あなたの希望」というのは 別れることを指すのかもしれませんね。 そして揺るがない声というのは別れる決断をするということなのかもしれません。 曲名のVeilも「おおって見えなくするもの」という意味ではなく、「(本当は別れたくないけれど、あなたが別れたいというから別れるという)別れる口実」という意味で使われているのかもしれませんね。 アニメに沿った解釈と、Veilという曲単体での解釈の2通りの考察ができて面白い歌詞ですね。

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